どこでもいっしょ7


今日は、春先にもかかわらず、寒い日だった
窓を開けると、冷たい風が流れ込んでくる
トロはそんな日でも、いつものように元気だが、リクはというと、あまり動きたくないと思っていた

「今日はすずしいニャ〜。ね、リク、外に出たら、もっとすずしいよー」
「ああ・・・」
リクは、あいまいな返事を返す
外に出て遊びたいと言っているのだろうが、肌寒いせいで気乗りがしない
でも、トロが望むのならそうしてあげるべきだろうかと迷う
そうしているとき、唐突に玄関のベルが鳴った


「はいはーい、今行きますニャ〜」
あまり動こうとしないリクの代わりに、トロが玄関へ向かう
誰が来たのだとろうかとリクが確認しに行く前に、トロは帰ってきた
「よっ、リク。また遊びに来たミャ〜」
「クロ・・・こんにちは」
以前と同じく、真っ黒な相手が目の前に佇む
トロは何とも嬉しそうに、クロを招く
そのとき、リクはしめた、と思っていた
クロがトロと遊んでくれるのなら、外に出ずにすむかもしれない
しかし、その期待はすぐに打ち砕かれてしまった

「クロ、この前、リクに楽しい場所教えてもらったの〜。クロも一緒に行こ!」
脳裏に、ふっと嫌な予感がよぎる
「お、いいミャ〜。じゃあ、リクと三人で出かけるミャ!」
「え・・・」
「うん!行くニャ〜」
リクはトロに腕を取られ、有無を言わさず引っ張っられて
クロは早く行こうと、もう廊下に出ている
この状況で、外に出たくないなんて、言えるわけがなかった




外は、すずしいと言うより、寒いと言った方が近かった
だが、トロとクロはさして寒さを感じていないのか、足取りは軽い
今日は、いい日和とは呼べない日だからか、公園に人はいなかった

「今日は、あの楽しいものが使い放題なのニャ〜。リク、行こ!」
トロは、二人の手を遊具の方へ引っ張ってゆく
クロは結構乗り気だったが、リクは少し気が引けていた
だが、何を言っても無駄だろうと、もう観念していた


それから、トロとクロは大いに遊んだ
その中睦まじい様子は、見ていて微笑ましいもので
リクはその二人の様子を見ているだけでも楽しめていた
けれど、寒いものは寒くて、体を動かすより眺めている時間のほうが長かった
しばらくして、遊んでいた二人は満足したのか、リクの元へ帰って来た

「リク、楽しかったのニャ〜」
トロは満足げに笑い、リクの手を取る
そのとき、トロの表情は驚きに変わった

「ニャ!?リクの手、すっごく冷たいのニャ!」
体を動かしていた二人とは違い、リクの体温は冷え切っている
トロの声を聞き、クロもとっさに手を取った

「ほんとだミャ!ごめんミャ、リク。こんなになるまで放っておいて」
クロは、冷えた手を労わるように、両手でそっと包む
自分より少し大きな手に指先まで包みこまれ、リクはその温かさに目を細めた
「これ以上、風が吹きさらすとこにいられないミャ。トロ、帰るミャ!」
トロが返事をする前に、クロはリクの手を引いて歩きだしていた

「リク、ごめんニャ・・・」
トロはしゅんとして、リクの空いている方の手を取り、横に並んで歩いた
少しでも温めようとそうしてくれているのだろうが、両手を繋がれて歩くのは気恥ずかしい
けれど、繋がれている手から伝わる二人の体温は、とても心地良いもので
人目がないのをいいことに、家に着くまで手を振り払うことはしなかった




帰宅すると、リクは手を洗う間もなくリビングへ引っ張られてた
「リク、ここに座るミャ。すぐにあっためてやるからミャ」
何をする気だろうかと疑問に思いつつ、リクは指示されたソファーに腰を下ろす
「そうじゃなくて・・・横向きに座るのミャ」
リクは一瞬呆けたが、今のクロには有無を言わさぬ雰囲気があって、大人しく言われたとおりにした
ソファーに乗り上げ、横向きに座る
リクがそうした瞬間、クロはすぐその後ろに座り、両手を広げて体を抱きしめていた

「ク、クロ・・・?」
とたんに、身動きがとれなくなる
それと同時に、自分よりかなり温かいクロの体温が、背中から伝わってきていた
「ほら、トロ、ぼーっとしてないで、お前も同じようにするのミャ!」
「あ、うん、わかったニャ」
そう言われ、トロもソファーに乗り上げる
そして、前から思い切りリクを抱きしめた


「トロ・・・」
トロの体は、クロと同じくらい温かくて
リクは思わず、感嘆の声を漏らしていた
トロに抱きつかれ、クロに抱きしめられ、瞬く間に体が温まる
体温が上昇してきたからか、それに伴い心音が強くなってきていた
「リク、あったまってきたかミャ?」
クロが、後ろからリクの顔を覗きこむ

「うん、温かい・・・」
やはり気恥ずかしさはあったが、その心地良さに逆らうことはできなかった
それに、自分より大きなクロになら身を預けても安心できて、庇護される安心感を覚えていた
「よかったミャ。あ、でも、ここはまだあったまってないミャ?」
そう言うと、クロはふいにリクの頬に自分の頬を重ねた
「っ・・・クロ」
頬がくっつき、とたんに柔らかい感触がする
クロとこうして密接することにはまだ慣れていないからか、少し慌ててしまった

「あ、じゃあ、トロはこっち〜」
トロは、頬ではなくわずかに露出している首元へ擦り寄った
「ト、トロ・・・」
首元に、ふわりとしたトロの髪と、熱を持った頬が触れているのがわかる
トロに触れられることは慣れているはずなのに、リクはまた焦りを感じていた
より強く、心音が鳴る
これは、二人の温もりを感じているからに違いないとは思うけれど
本当にその理由だけで高鳴っているのかと、疑ってしまいそうになる強さだった

「リクの頬って、柔らかいミャ。気持ちいいミャ〜」
クロは、まるでトロが甘えるように頬を擦り寄せる
リクはさらに気恥ずかしさを覚えたが、そのまま二人に身を預けていた
どんなに強い羞恥心でも、この温もりを拒む要因とはならなかった

「人肌って、いいもんだミャ〜。オレっち、リクの肌好きミャ」
クロは恥ずかしげもなくそんなことを言い、一旦頬を離した
そして、すぐにもう一度頬へ顔を近付け、リクの頬を軽く舐めた

「っ!」
頬に感じた、また違う柔らかな感触に、目が丸くなる
それは、以前にも感じたことのあるもので
クロが何をしているのかわかってしまい、リクの鼓動はおさまることがなかった
「ふにゃにゃ、トロも、リクのこと大好きニャ〜」
トロは、すりすりとリクの首元に頬を寄せ、クロに習い、その箇所を同じように舐めた

「や・・・!」
首元にも頬と同じ感触がして、リクは声を詰まらせる
とたんに、寒気にも似た感覚が背に走り、体が一瞬震える
二人は、リクのそんな様子に気付いていないのか、頬と首元を舐め続けていた
柔らかな感触に、動悸がする

二人は、何かやましいことを思ってしているわけではない
ただ、相手に好意を示すためだけにしているだけのこと
その他には、何の意図も含まれていないと思うのに
リクは、自分の熱と共に、とある感情が昂っていくのを感じていた


「っ・・・二人共・・・!」
少し強い声に、二人は動きを止める
「僕・・・もう、十分温まったから・・・もう、いいよ」
このままでいれば、何か、強い感情に捕らわれてしまいそうになる
それを危惧したリクは、たまらずそう言っていた

「ん、ほんとミャ。もう、リクもあったかいミャ」
クロは、リクを温める以外の目的は最初からなかったのか、ぱっと両手を解いた
「でも、トロ、もうちょっとリクにくっついていたいニャ〜」
クロとはうってかわって、トロは離れるどころか、さらに身を寄せる
それは、嫌なことではないのだけれど
これ以上こうしていると、自分の中で何か変化が起こってしまいそうな、そんな予感がしていた

「トロ、リクが離れてほしいって言ってるんだから、さっさとどくミャ!」
クロは、トロの背後にまわり、肩を引く
「うにゃにゃ、わ、わかったニャ」
名残惜しそうにしていたが、トロはしぶしぶ身を離し、リクは、ほっと胸を撫で下ろした

「トロ、お前はリクに甘えすぎミャ。そんなんじゃ、いつまでたっても一人前のニンゲンになんてなれないミャ」
「うニャ〜・・・トロ、まだまだあまえたさんなのニャ・・・」
トロとクロのやりとりを見ていると、まるで兄弟だとリクは思う
猫のときから、クロはトロを弟分として扱っていたが
それは、本当の家族のような、そんな信頼関係があるとリクは悟っていた
自分も、その中に入りたいと思う
この二人と、家族になれればどんなにいいだろうか
それほど、リクはトロとクロを良く思っていた


「じゃ、オレッちはそろそろ帰るミャ」
「えっ、クロ、もう帰っちゃうの」
トロは、とたんに悲しそうに眉根を下げる
残念に思ったのは、リクも同じだった

外へ出ようと、クロは玄関口へ向かう
そのとき、リクは反射的に、クロの腕を掴んでいた
「ミャ?」
クロは振り向き、リクを見る
リクは、自分の行動に驚いていたが、クロの目を見て、告げた

「クロも・・・一緒に、暮らさないか」
その発言に、今度はクロが驚いていた
贅沢なことを言っていると、リクは自分でわかっていた
トロがいてくれるのに、それだけでは足りないのかと
けれど、クロがいればトロはもっと楽しく過ごせるし
学校がある時も、寂しい思いをさせることはなくなる
何より、クロがいてくれたら、とても心強い気がしていた

クロは、目を丸くしてリクと視線を合わせる
そして、少し宙を見上げて何かを考えた
「・・・駄目ミャ。オレッちは、一人気ままに暮らすほうが性にあってるのミャ」
「・・・そうか」
残念に思いつつも、リクはクロの腕を離す
クロは、長い間野良猫でいた
それを、すぐに飼い猫のような環境へ移すのは無理なようだった

「リクには、トロがいるミャ?それに、一人暮らししてたリクが、三人暮らしになるなんて大変ミャ」
「え・・・」
トロより、何かと物を知っているとは思っていたが
こんな心配をされるとは思わず、リクは微笑した
「まあ、ちょくちょく遊びには来るミャ。リクと、トロと一緒にいると楽しいしミャ。じゃ」
クロは別れの合図に片手を挙げ、外へ出て行った
「クロ、また遊ぼーね!」
トロは、去ってゆく背に大きく手を振り、リクは黙ってクロを見送った




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
だんだん、クロとも密接になってきましたー