どこでもいっしょ8


「うニャ〜、暑いニャ・・・」
「うん・・・そうだな・・・」
太陽が照りつける日中
この前の寒い日とはうってかわって、今日は日差しがとても強かった

「暑くておさんぽ行けないニャ、残念なの・・・」
トロは、しゅんとして窓の外を見る
家の中はクーラーがきいていて涼しいが、外は10分歩けば汗が噴き出てくることだろう
トロと散歩に行きたいのはリクもやまやまだったが
外の日差しを見ると、その気持ちは萎えてしまう
どうにかならないものかと、リクは考えた

「おひさま、どこかに隠れてくれないかニャ・・・」
トロが空を見上げるが、あいにく、陽を遮ってくれる雲はない
太陽が隠れてくれれば、だいぶ涼しくなるのだけれど
それには、夜を待つしかなさそうだった


「・・・そうだ、トロ、散歩なら夜に行かないか?」
「えっ、おさんぽ、行けるの?」
トロは、期待を込めた眼差しでリクを見る
夜に涼しくなるのなら、その時間に行けばいい
何も、この暑い日中に行くことはないのだ

「あまり遠くまではいけないけど、そこらへんを一回りするくらいならできるよ」
散歩に行けると聞いて、トロの目は輝いた
「行きたい!リクとおさんぽ、嬉しいニャ〜」
トロの機嫌は一気によくなったようで、思わずリクに飛び付く
リクは頬笑み、トロを抱き留めた
トロが喜んでくれると、自然と気分がほがらかになる
本当に純粋な子供を相手にするのは、こんな気分なのかもしれなかった




夜に散歩へ行くと決まり、トロは陽が沈むまでうきうきとしていた
しょっちゅう外を見ていて、夜を心待ちにしている様子がよくわかる
そして、夕食が終わった後、完全に陽が沈んだ

「リク、おひさま隠れたのニャ!おさんぽ、行こ〜」
トロは、両手でリクの腕をぐいぐいと引っ張る
「そんなに慌てなくても、時間は充分あるよ」
リクは腕を引かれるまま、トロと一緒に外へ出た




昼間の暑さはどこへ行ったのか、外はさわやかな風が吹き、ほどよい具合に涼しかった
「気持ちいいニャ、すずしいニャ〜」
トロは両手を広げ、その涼しさを堪能する
夜風は、まるで今が夏だということを忘れさせてくれるようで、リクの気分も清々しいものになっていた

「トロ、近くの公園まで行こうか」
「うん!」
トロは、リクに駆け寄り隣に並ぶ
その様子がまた嬉しそうで、リクは自然と微笑んでいた


夜の道は、とても静かだった
たまに民家からテレビの音が聞こえてくるものの、それ以外の音はカエルの鳴き声くらいだった
いつも、散歩と言えば昼間に行っているので、こうして夜に外出するのは初めてだ
暗いと、危なっかしいというイメージがあるが
風の涼しさと静けさは、心を穏やかにしてくれるようだった
それだからか、公園への道のりはとても短く感じられて
夜の静けさを堪能しきれないうちに、着いてしまった

「少し、公園でゆっくりしていこうか」
「うん。お外にいるの、気持ちいいもんニャ〜」
このまますぐに帰るのは勿体ないと、二人は公園のベンチに腰かけた
夜の公園に人気はなく、テレビの音さえも聞こえない
この空間が、とても静かで、平穏だった

「夜のおさんぽって、まったりするニャ〜」
「うん。静かで、落ち着く」
ゆったりと、時間が流れてゆく
一人では、夜に散歩をするなんて考えられなかった
こうして穏やかに過ごせるのも、トロが居てくれるからだと、しみじみ思う

「トロ、リクと一緒におさんぽできて、一緒にまったりできて、とってもシアワセだニャ」
トロは、ふいにリクと手を重ねる
小さくて温かい掌を感じると、リクは手を仰向けにして、その小さな手をやんわりと握った
それが嬉しかったのか、トロは柔らかな笑みを浮かべ、リクに擦り寄った

「えへへ。リク〜」
トロが嬉しそうにリクの首元へ擦り寄ると、ふわふわした白髪が首元をくすぐる
それが気持ちよくて、リクは目を細め、そっと髪を撫でた
遠慮なしに甘えてくるこの相手を、愛おしいと思う
傍に居てくれる、この時が幸せだった


「トロ、リクのこと大好きニャ。ずっとずっと、一緒にいたいの」
「・・・うん」
ずっと一緒に居られたら、どんなにいいかと思う
けれど、不可思議すぎる出来事はいつ消えてしまうかわからない
リクは幸せを噛みしめるように、トロの肩に手をまわす
それを合図にしたかのように、突然トロが切り出した

「リク、トロが一人前のニンゲンになったら・・・トロと、結婚してほしいのニャ」
「えっ」
「そうすれば、ずっと一緒にいられるニャ。どこでもいっしょにいられるの」
「うん、そう・・・だけど・・・」
トロの告白に、リクは言葉を濁した
嬉しくないわけではない
トロはかわいいし、愛おしいと思う
けれど、それはたぶん、恋愛感情ではないんだと、リクはおぼろげながら感じていた

「・・・ごめん、今すぐに返事はできない」
自分の気持ちが固まっていないのもあるが
何より、未だにトロの性別がわかっていない
男性を相手に言っているのだから、トロは女の子なのかもしれないが
たとえ相手が同姓であっても、好きになった相手になら、かまわず同じことを言いそうな気がしていた


「そっか・・・。・・・あのね、トロ・・・リクと、いっぱいキスしたかったのニャ。
前は、結婚してないのにしちゃったけど・・・結婚したら、いつでもしていいからニャ」
合っているような気もするが、どこかずれている気もする
それでも、リクは一瞬心音が高鳴るのを感じていた

「トロ、まだケッコンしてないけど・・・・・・リク、しちゃ、ダメ・・・?」
「え・・・」
単刀直入な言葉に、閉口する
リクは、ふと、トロの方へ顔を向けた
じっと、無垢な瞳に見つめられている
それだけで、お互いを触れ合わせることを強く望んでいるのだとわかる
叶えてあげるべきだろうか
トロが喜んでくれると、自分の気分も明るくなる
それに、トロが望むことをしても、嫌悪感は抱かないだろうと予測がついていた


「・・・いいよ。トロがしたいって言ってくれるんなら・・・する」
「いいの?リクから、してくれるの?・・・ありがとう」
トロは頬を赤らめ、目を閉じた
今度は、されるのではなく自分からする
緊張感はあったが、今更尻込みするわけにはいかない
リクは肩を抱いている姿勢のまま、トロへ近付いていく

もともと近かった距離が、さらに近くなる
二人が触れ合うのにそれほど時間がかかるわけもなく、ゆっくりと、唇が重なった

「ん・・・」
重なった箇所は、とても柔らかかった
トロは、頬も、髪も柔らかいのだが、そこは、どの個所よりも、触れていて心地良かった

トロが、リクの首に手をまわす
もっと触れてほしいと、重ねてほしいと求めるように
リクはそれに答え、少しだけ強くトロに身を重ねる
触れ合う感触が、鮮明に感じ取れるようになると、気付けば、リクはトロの後頭部へ手を添えていた
ふわふわとした髪に触れ、優しく撫でる
お互いが触れ合っているこの時は、至福と呼んでもいい瞬間だった




少し息が詰まってきたところで、リクは身を離す
こんなことを、誰かにできるようになるなんて思ってもいなかった
それも、トロが遠慮なしに甘えて来てくれるから、自分も遠慮することはないのだと感じたからかもしれない
トロの頬はほんのりと紅潮していて、見惚れるような眼差しでリクを見ていた

「トロ、リクともっともっといろんなことしたいのニャ・・・
でも、どうすればいいのか、わかんないの・・・」
トロはまた、リクの首元に身を寄せる
「ね、リク・・・トロに、もっといろんなこと教えてほしいニャ
どんなことすれば、もっとあったかい気持ちになれるの?」
「ど、どんなことって・・・」
リクは、続きを言えなくなる
トロの知りたがっていることは、今の行為よりもっと先のこと
それを言葉にするのは、いくら相手がトロでも恥ずかしいことだった


「・・・僕にもわからないんだ。
僕は、トロみたいに誰かを好きになったことがなかったから・・・」
トロの将来のことを考えたら、教えておくべきことなのかもしれない
けれど、トロがそのことを知ったら、甘えに甘えて、実行に移す可能性がある
それを、断れる自信がない
トロに甘えられると、なすがままになってしまう自分を、リクは自覚していた

「そっか、わかっ・・・くしゅん!」
言葉の途中で、トロは盛大にくしゃみをした
「そろそろ帰ろう。涼しいからって、あまり長く外にいると風邪をひきかねない」
リクは、トロの手を取り立ち上がる
内心、トロの言及から逃れられたとほっとしていた

「リク、トロがんばるニャ。リクとケッコンできるように、がんばるの〜」
トロは、満面の笑みでそう告げた
単純だが熱烈な言葉に、リクの頬がほんのりと染まる
ひたむきな想いが、素直に嬉しいと感じた
リクは軽く頬笑み、トロの手を少し強く握る
そして、二人は帰路を辿った
お互いが、胸に温かな愛おしさを抱きながら



―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
そろそろクライマックス突入です。