憑物が見える子1


あるところに、人は少なくとも資源が豊かで栄えている村があった。
食いぶちに困ることはなく、貧困もない。
一見平和そうに見える村の、一番の豪邸に一人の少年が招かれていた。
平服の少年は、嬉しそうでも恐縮そうでもなく、ただ辺りを警戒していた。

「おお、参ったか」
少年に気付くと、部屋の奥から初老の男性が駆けてくる。
相手を見ると、少年はさっと一定の距離を置いた。
男性はぴたりと止まり、一瞬だけ目を鋭くする。
「遠いところからよう来た。ささ、くつろがれよ」
だが、すぐに柔和な笑みを浮かべて少年のもとに座布団と菓子を用意させる。

「…村長が僕みたいなのを呼ぶなんて、どんな重大なご用なんですか」
座りもせず、少年は低い声で問う。
村長はぴくりと眉を動かしたが、笑顔は崩さなかった。
「実はのう、最近この地域の資源を狙って鬼共が暴れておるのじゃ」
「鬼が…?」
鬼と言えば、森の奥に住む熊のような存在で人里に近付くことはない。
そのはずだが、村長は神妙な表情で悩ましげにしていた。

「うむ、採掘場へ資源を取りに行った者が襲われ、重症を負っておる。嘆かわしいことじゃ」
「…それで、ご用は何ですか」
さっさと出ていきたいと主張するように、少年は要件を急かす。
「せっかちだのう。要件と言うのは他でもない、その鬼共を退治してほしいのじゃ。…そちの、特殊な神通力で」
今度は、少年の目が鋭くなった。


「いいんですか?そんな不届きで人離れした力を使っても」
「そうこう言っている場合ではないのだ。資源が取れなくなれば村は廃れ、人々が餓えて苦しんでしまう。
鬼に対抗するには、そちの力が必要なのじゃ」
村長は、ありったけの情けない声で懇願する。
大げさすぎる姿を、少年は冷ややかに見下していた。

「…わかりました、鬼退治をすればいいんですね」
「おお、引き受けてくれるか!では、そちの力を引き出せそうなものを授けようぞ」
村長が手を叩くと、使いの者が刀を携えてひざまずく。
一見、普通の刀だが少年の目には違うものが映っていた。

「この刀は古くから伝わるもの、蔵に入ったままだったが…」
少年は、承知の上で刀を受け取る。
「わかりました。これで、鬼退治をしてきます」
それだけ言って、少年は早足で出て行く。
相手が背を向けたとたん、村長の顔から笑みは一切消えていた。




村から離れた家に帰り、少年は早速刀を抜く。
手入れがされておらず輝きは鈍いが、内に秘めたる力強さは感じられる。
柔らかな布で刀身を拭くと、それだけでも少し光を取り戻したようだった。
少年は一旦刀を置き、距離を置く。

「刀に宿っているのはわかってる。姿を、見せてくれ」
少年は目を閉じ、気配が変わったのを感じてゆっくりと目を開ける。
そこにあったはずの刀は、まるっきり姿を変えていた。

「やあ驚いた。俺のことを感じられる者がいるとは」
刀があった場所に佇んでいるのは、宮廷にいそうな雅な青年。
端正な顔立ちに、少年は一瞬だけあっけにとられたが、すぐ平静に戻った。

「古刀に憑いているにしては、綺麗な姿なんだな。…名前は?」
「俺は三日月宗近、年齢的にはもうじじいさ。お主は?」
「僕は昭彦。聞いてたと思うけど、僕はこれから鬼退治をしないといけない。
でも、武力に長けているわけじゃない。ただ…見えるだけなんだ」
「協力するぞ。そなたのおかげで、暗い蔵の中から出られたのだから」
昭彦は、微かに笑む。
神通力とは、古きものに憑いている者が見え、話ができること。
生まれながらのこの力が、やっと役に立つ時がきたのだ。


昭彦はさっそく外に出て、採掘場を目指す。
「昭彦は、村に住んではいないのか?」
「…皆、苦手だから」
どちらがどちらを苦手なのかは語られない。
真っ直ぐ進んでいくと、ガサガサと物音がしてきた。
「少し、下がっていたほうがよいぞ」
警告通り、昭彦は宗近の後ろへ下がる。
その瞬間、茂みの中から刀を加えた鬼の骨組みが飛び出してきた。

「うわっ!」
勢い良くとびかかってきたものだから、昭彦は驚き怯む。
「そうそう簡単には通さぬよ」
宗近は素早く抜刀し、鬼を真っ二つに切る。
頭と体が別れた鬼は力をなくし、その場にからからと転がった。
その鬼がくわえている刀に目が行き、手を伸ばす。

「これ、まだ触れては…」
静止の声は遅く、昭彦は刀を手にする。
その瞬間、拒むように鬼の口が閉まり、手を挟み込んだ。
「っ…!」
皮膚が貫かれ、血が流れ落ちる。
宗近はとっさに鬼の頭部を払い、牙を外す。
昭彦の手からは血がしたたっていたが、刀はしっかりと握ったままだった。

「鬼はなかなか息絶えん、むやみに触れてはいかんよ」
「身にしみてわかったよ。…でも、刀が手に入った」
この刀にも何かがいると、一目でわかる。
これ以上奥へ進むのは危険だと、ひとまず帰宅した。




家に着き、昭彦はすぐに刀を磨こうと思ったが、その前に宗近が肩を掴む。
「先に、手当をしたほうがよいだろう。傷口を洗わねば」
「あ…そう、だな。そうする」
刀を宗近に預け、井戸水で傷口を洗う。
誰かに心配されるなんて、いつ以来だろうか。
昭彦は戸惑いつつも、疎ましいものではないと感じていた。

包帯を巻こうとするが、利き手を使えないので上手くいかない。
苦戦していると、宗近が近付く。
「どれ、手伝おうか」
「え…あ、ありがとう」
誰かと暮らすことも久しくて、こうして声をかけられることに慣れない。
包帯を渡すと、宗近はぐるぐると巻き始めた。

「あの…巻きすぎじゃないかな」
「おっと、そうか」
今度は、包帯をぐるぐると解いていく。
だいぶ長くなってしまい、途中でからまって手が引っ張られる。

「い、痛い痛い、やっぱり、自分でするから」
これはたまらないと、包帯をひったくる。
「いやあ、すまんな」
宗近はのほほんとした様子で、包帯を巻く昭彦を眺める。
戦闘のときとは打って変わって、頼りになるのかならないのか、よくわからない相手のようだ。
これから鬼退治をするのなら、この一体だけでは無理だろう。
昭彦はもう一本の刀を見て、期待していた。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
待ちに待った刀剣乱舞、これが書かずにいられようか!
と、いうことで三日月宗近ともう一人で進んで行きますー。