憑物が見える子2


いきなり二人暮らしになり、昭彦は最初戸惑った。
今まで、憑物を見たり話したりすることはあっても、共に暮らすことなんてなかった。
誰かと接することすら久々で、何を話していいかわからない。
もう一人いれば宗近のいい話し相手にもなるだろうと、鬼から手に入れた刀を拭こうとした。

「…布がない」
昨日使ったのが最後の1枚だったようで、棚の中はすっからかんだ。
「これでは手入れができんな。どれ、俺が買ってこようか」
「いや…僕が行くから、いい」
行きたくはないが、仕方ない。
裏から大根と白菜を一個ずつ籠に入れ、村へ下りる。
職にありつくことはできず、物を買う手段は、もっぱら物々交換だった。

村へ行くと、裕福な場所には似合わない物売りを蔑むような視線が突き刺さる。
昔からの視線にはもう慣れたものだが、不快でしかなかった。
真っ直ぐに服屋を目指し、他の一切の物には目をやらない。
中に入った瞬間、周りの客からも、店主からも視線が向けられた。
一瞬静まり返り、またざわめく。

「刀を拭く布を売ってほしい」
店主に話しかけると、渋々といった様子で布を数枚差し出す。
昭彦は野菜を床に置き、布を受け取ると足早に服屋を出た。
きっと、今頃嫌な噂をされているだろうと想像していた。


村を離れ、家に戻ってくるとやっと息をつけるようになる。
村の中では、身を潜めるようにして呼吸も自然と細くなるのだった。
「やあ、帰ったか」
「あ…うん」
帰りを待つ人がいることに、今更ながら驚いてしまう。
生返事しかできないまま、早々と布を棚に片付ける。
その中から一枚取り出し、新たな刀を手にする。
慎重に鞘から抜くと、使い込まれているのか汚れが多くあった。

「今、綺麗になるからな」
自然と語りかけ、丁寧に刀身を拭いていく。
布だけでは完璧に綺麗にすることはできないが、あらかた汚れは落ちた。
ある程度終わると、身を離す。

「憑物よ、その姿を現してくれ…」
深呼吸して、静かに瞬く。
目を開けたときには、新たな相手が佇んでいると思っていたが
予想に反して、刀はそのままだった。

「…おかしいな、憑いていると思ったんだけど」
「ふうむ、確かに何かがいるようには感じられるが、出てきたくないようだ」
刀の姿のままで、静かに眠らせてほしいのだろうか。
沈黙している刀を、昭彦は残念そうに鞘に戻した。
戦力がいなければ、鬼退治はできないのだ。

「仕方ない、他の刀を探しに行こう」
「あいわかった」
宗近は昭彦の隣に並び、森へ進んで行った。


「近いところから、鬼の気配が感じられるのう」
「用心する。…今日も、頼む」
非力な自分を情けなく思いつつ、宗近の後へつく。
自分に憑物のような力があれば、鬼退治なんて一人でできるのに。
宗近が一歩踏み込むと、ざわざわと木々が揺れる。
そして、2体の鬼が飛び出してきた。
一体は昨日と同じ骨組みだが、もう一体は人の形をして牙を剥き出しにしている。

「これはこれは、怒っているようだ」
「昨日、仲間から刀を奪ったからかな…」
仲間を切られる痛みは人と同じだろうかと、想像してしまう。
いきりたって襲いかかってくる骨組みを、宗近は一刀両断した。

「今度は、きちんと葬らねばな」
頭の部分も砕くと、もう動かなくなる。
続けざまに人型の鬼が雄叫びを上げていきりたち、斬りかかる。
宗近はひらりとかわし、脇腹をさっと切った。
鬼は低く唸りつつも、がむしゃらに斬りつける。

「そんな太刀筋では、兎も捉えられんよ」
余裕しゃくしゃくというように、宗近は平静としたまま鬼の腕を落とす。
鬼は力尽き、地面に突っ伏して倒れた。
華麗なもので、宗近は返り血一滴浴びていない。

「この二本は、どうかな」
「えっと……何も感じられない」
「それは残念。もう少し探しても良いが」
「…うん、そうする」
本当に、今襲撃を受けたのだろうかと疑うほど宗近はおっとりとしている。
どこか抜けている雰囲気が、昭彦から警戒心を無くしていた。


森の道を外れ、奥へ進む。
すると、かつんかつんと音が聞こえてきた。
「誰か、いるのかな…」
足音を潜めて音に近づくと、開けた場所に出る。
そこには岩壁に不自然な横穴があいており、音はその奥から聞こえてきていた。
中からは他に人の声もし、昭彦はとっさに森へ身を潜めた。

「鬼を探しているときより、警戒しているのではないか?」
「…まあね」
多くは語らず、息を細くする。
中からは屈強な男が数人出てきて、鉄や銅などの資源を運び出していた。

「今日はこんなもんでいいだろ」
「ああ、早くずらからないと鬼が来る」
男は鉱物を袋に詰め、足早に去って行く。
足音が聞こえなくなったのを確認し、昭彦と宗近はは穴の中に入る。
中は人工的な光に照らされていてぼんやりと明るく、周囲の岩場には鉱物がきらめいていた。
いい穴場なのか、奥はまだまだ続いている。

「これだけあれば、刀を打ち放題だな」
「そうだね、でも、勝手に持って行くのは…」
言葉の途中で、気配を感じて寒気を覚える。
「昭彦!」
宗近が昭彦の腕を引き、身を引き寄せる。
その場を風が通り抜けた瞬間、鬼が悔しそうに唸っていた。
宗近は素早く刀を投げ、鬼の頭を貫く。
鬼は一撃で葬られ、呻き声も上げずに倒れた。

「危ない危ない、鬼の目がぎらついておった」
「あ…ありがとう」
宗近にしっかりと抱き留められていて、動揺する。
こうして触れられることなんて、もう遠い昔のことだったから。
「…今日は、もう帰ろうか」
宗近から離れ、穴を出る。
なぜか、人と対峙したときとは違う緊張感が感じられていた。


家に戻り、肩の力を抜く。
そのとき、血の匂いがしていることに気付いてはっと宗近を見た。
「宗近、血が…!」
「ああ、さっきの洞穴だな」
腕から指先にかけて血が滴っているのに、宗近の調子は変わらない。

「早く、手当しないと…」
「怪我を気遣ってくれるのか、やあ嬉しいな」
宗近は、まるで痛覚がないかのようにのんびりとしている。
昭彦は傷付いていない方の腕を引き、傷を洗って手早く包帯を巻いた。

「おお、鮮やかな手際」
「普通だよ」
しげしげと手を見ると、武士には似合わない綺麗な手だと改めて気付く。
自分が触れてはいけない気がして、さっと手を離して少し距離を置いた。

「そういえば、あの刀はまだそのままなのか?」
「…うん、変化なし」
「それは残念、茶飲み仲間ができると良かったのだが」
昭彦は、宗近を不思議そうに見上げる。
刀でも茶を嗜むのかと、一気に人間味が増していた。
「気遣いの礼に、これをやろう」
宗近が歩み寄り、昭彦に小石のような塊を手渡す。
まじまじと見ると石にはきらめきが混じっていて、素人目でも宝玉だとわかった。

「これ、いつの間に…」
「どさくさに紛れて頂戴してきた。それで旨いものでも食べるといい」
昭彦は、掌の上の宝玉を見詰める。
気遣いなんて煩わしいものだと思っていたけれど、胸の内が温まるようだった。




後書き
読んでいただきありがとうございました!
じっちゃん、いいキャラしてます。しかもイケメン。