憑物が見える子3


昭彦は、朝から村へ下りていた。
目的は、服屋でも鍛冶屋でもない。
滅多に行くことのない店に行ったものだから店主は目を丸くしていたが、宝玉を見せると顔色が良いものに変貌した。
いい金ヅルにはにこやかに接し、快く販売する。
だが、どんな笑顔を向けられても、昭彦は顔色を変えることはなかった。

「ただいま、宗近」
「お帰り、早速何か買ってきたのか」
昭彦は畳に座り、風呂敷包を開く。
それは食料品ではなく、2対の茶器だった。

「これは…俺が、茶飲み仲間が欲しいと言ったからか?」
「うん、まずは茶器がないと話にならないから」
宗近は茶器を見て、昭彦の手ににやんわりと自分の手を重ねる。
そして、肩にも手を添え、その身をそっと引き寄せた。

「ありがとう、俺はとても嬉しいよ」
言葉でも態度でも感謝の意を示され、昭彦の頬に自然と熱が上る。
「そ、そもそも、宗近が宝玉を取ってきてくれたからで、僕はただ買ってきただけだよ」
「村へ行くのは嫌なのだろう?それでも用意してくれたのだ、感謝せねば」
間近で囁かれ、耳まで熱くなる。

「…あの、早速お茶を淹れるよ。良い茶葉も買えたから」
「それはそれは、よろしく頼む」
宗近が手を離すと、昭彦はさっと茶器を取って炊事場へ行く。
動揺しているのは、不慣れだからに違いなかった。


ほどなくしてお湯が沸き、お茶を淹れる。
とりあえず、茶葉を急須に入れてお湯を注げばいいのだろうと、量は適当だ。
「良い香りだ」
匂いを嗅ぎつけて、宗近が後ろから覗き込む。
「お茶なんて、淹れたことないから適当だけど…」
「両親と共に、縁側で嗜まなかったのか?」
ぴた、と昭彦の動きが止まる。

「…父さんも母さんも、鬼に殺されたよ」
「そうだったか、申し訳ないことを聞いた。てっきり、両親は村にいるのかと思っていた」
「昔はそうだったけど、あんな村なんて…」
昭彦は、口を閉ざして押し黙る。

「そろそろ、良い頃合いではないか?」
「…そうだね」
数分蒸らした後で、急須の蓋を開ける。
適当な量だったので、中は膨れた茶葉で一杯になってしまっていた。
「ははは、まあ飲めればよい」
話をそらしてくれたのか、天然なのか不思議に思う。
けれど、その気楽さに昭彦は救われる気がしていた。


二人分のお茶を淹れ、縁側に並んで座る。
一口すすると、だいぶ渋かった。
「う…作り直してこようか」
「よいよい、薄いよりは濃いほうが好みだ」
口に合うとは思えないが、宗近は顔をしかめることもせずお茶をすする。

「静かな縁側で茶を飲むと、平穏を感じるな」
「うん…穏やかになる気がする」
味は悪くとも、晴れ晴れとした日にのんびりとする雰囲気は良いものだ。
一人きりでは、こんな時間は過ごせなかっただろう。

「先は、無神経なことを聞いてしまったな」
「気にしなくていいよ」
小さな湯のみのお茶は、すぐに飲み終わる。
茶器を横に置いて、宗近の言葉に耳を傾けた。

「親と別れ、寂しくはないか?何なら俺のことを父だと思っても構わんぞ」
「いや、そこまでしてもらわなくても…」
「ふむ、俺は治療も料理もできん、何か他に役立てればよいのだが」
「そんなこといいから、ただ、側にいてくれれば…」
ぽろりと言葉がこぼれて、はっと口を閉じる。
言葉が途切れると、宗近が昭彦ににじり寄った。

「そうかそうか、そんなことでよいのならいつまでもいよう」
宗近は昭彦の身を抱き寄せ、両腕を回して包み込む。
「む、宗近」
また、どうしていいかわからなくなる。
相手は刀の憑物でも温かなものを感じ、振り払うことはできなかった。

「こうして、甘えてくれてもよいのだぞ」
「甘えるなんて…」
恥ずかしくとも悪い気はしなくて、昭彦は宗近に身を委ねたままでいる。
じっとしていると、宗近の指が髪を優しく撫で始めた。

心地よくなり、自然と目が細まる。
慈しまれている温もりを、本能が求めているようだ。
「休憩したら、また鬼退治に行くのか?」
「うん…それが、僕の目的だから」
すぐに、死の危険が伴う森の奥へ行くことになる。
それまで、この腕に守られていたかった。


しばらくして、二人は再び森へ歩む。
昨日の採掘場に行ってみると、今は誰もいなかった。
その代わりに感じた気配は、異質なもの。
目をやると、巨大な鬼がずしりと足音を響かせて姿を表した。

肩には巨大な太刀を担いでいて、腕はかなりたくましい。
鬼が大太刀を振り下ろすと、地面が切れて地響きが伝わってきた。
明らかに、倒すごとに鬼の強さが増している。
戦闘は宗近に任せ、昭彦は後ろへ退いた。

鬼の太刀は大振りで速度が遅く、宗近はさらりとかわす。
すれちがいざまに鬼を斬りつけるが、なかなか倒れない。
昭彦がはらはらしつつ見守っているさなか、鬼の体がぐらりとバランスを崩す。
その隙に、宗近は一気に接近して鬼の首をはねた。

返り血を浴びないよう、すぐさま距離を置く。
鬼は右へ左へふらふらと揺れ、やがて力無く前のめりに倒れた。
その瞬間、大太刀が木々をなぎ倒し、地面を震わせる。
はっとしたときには、昭彦の目の前に大木が迫ってきていた。

「いかん!」
宗近は、反射的に昭彦の元へ駆ける。
木の周辺に目をやると、昭彦が横向きに倒れていた。
「昭彦、無事か」
「う…何とか、直撃はかわしたけど…」
起き上がろうとすると、脇腹に鈍い痛みが走る。
恐る恐る見てみると、痛んだ箇所は真っ赤に染まっていた。

「ここは危険だ、すぐに帰らねば」
宗近は昭彦を軽々と抱き、走り出す。
恥ずかしい体制だと思いつつも、昭彦は大人しく抱かれていた。


帰宅すると、宗近は昭彦を壁にもたれて座らせる。
流れ落ちる血を見て眉をひそめたが、治療の知識はなかった。
宗近は、昭彦の手を両手で包み込む。

「俺は、こうして手を握ることしかてきない…自分の無知が恥ずかしい」
「…いいよ、側にいてくれるだけで…」
このまま放置されれば、出血多量で意識は薄れていくだろう。
まだ、目的は達成されていない。
けれど、誰かの温もりを感じながら眠りにつくのも幸せなのではないだろうかと、そう感じていた。

目を閉じようとしたところで、薄い青色をした長い髪が視野に入る。
視線を上げると、見慣れない相手が包帯と布を持って佇んでいた。
「主よ、生きることを諦めてはいけません」
宗近が退くと、その青年は昭彦の服を脱がせる。
傷口を清潔な布で抑えて血を吸い、脇腹を包帯で巻いていく。

「あなたは、憑物…?」
「はい。鬼の手から救ってくださったにも関わらず、姿を見せずに申し訳ありません」
服は白と黒の二色で、刀には似つかわしくないような清廉潔白な雰囲気を醸し出している。
静かな声も、穏やかな印象を与えるようだった。

「暫くは、体を休めていた方がいいでしょう」
青年がてきぱきと布団を敷くと、宗近が昭彦を抱えてそこへ横たわらせた。
「ありがとう…少し、休むよ」
言葉に甘えて、昭彦は目を閉じる。
未だに宗近が手を握っていてくれて、すぐに眠りにつくことができた。




目が覚めた時、手の温もりがなくなっていて全て夢だったのかと不安になる。
今までのことは、自分の願望が見せていた幻だったのではないかと。
確かめたくて体を起こすと、ずきりと傷口が痛んだ。
「無理に動いてはいけませんよ」
静かな声と共に、長い髪の青年が傍へ来る。
「…幻じゃ、なかったんだ」
昭彦は思わず、水色の髪をさらりと触る。
しなやかな感触がして、ほっとした。

「私は、江雪左文字と申します。北条の刀として生み出されました」
「それなら、鬼が求めるほどいい切れ味なんだろうな」
褒めたつもりだったが、江雪は目を伏せる。

「質について否定はしません。それゆえ、私は多くの人を傷付けました…」
切なげな声で、江雪は続ける。
「主は鬼退治を望んでおられるようですが、私は力になれません。もう、誰も殺めたくはないのです」
「…宗近と共に、戦ってはくれないのか」
江雪は、神妙な面持ちで頷いた。

「申し訳ありません、それ以外の手伝いであればさせていただきます」
戦力が増えず、昭彦は気落ちする。
誰も切れない刀なら、いっそ溶かしてしまおうかとも考えてしまう。
「おや、目が覚めたか」
昭彦が起きていることに気付き、宗近が傍に寄って手を取る。
「ちゃんと生きているな、よかったよかった」
心配されるとどことなく気恥ずかしくて、昭彦は目を逸らす。

「いやあ、江雪が姿を現してくれてよかった。これで茶飲み仲間が増えた」
相変わらず呑気な宗近がそう言うものだから、江雪を溶かそうと思った昭彦は複雑な気持ちになる。
「戦力にはなりませんが、宜しくお願い致します」
この静かな声を、交戦的なものにできないものか。
2人の間で、昭彦は考えを巡らせていた。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
2人目は江雪左文字となります。長い髪が好きなのです、切ない感じが好きなのです。