憑物が見える子5


目が覚めた時、とても温かくてぼんやりとしていた。
うまく見動きが取れず、昨日は宗近と寝たのだと思い出す。
寝息がうなじにあたり、また眠ってしまいそうになる。
「宗近…」
一声かけるが、返事はない。
腕の力は緩んでいたのでそろそろと抜け出し、部屋を出た。

冷たい水で顔を洗って目を覚まし、縁側へ出ると、そこにはすでに江雪が座っていた。
月明かりだけでなく、陽の光に照らされている姿も不思議と見つめていたくなる。
「江雪、おはよう」
「お早うございます。傷の具合はどうですか」
「もう傷まないし、大丈夫だよ」
隣に座ると、江雪が昭彦の服に手をかける。
どきりとして、昭彦は目を見開いた。

「傷を、見せていただいてもよろしいですか」
「あ…うん」
はらりと上半身の服が落ち、包帯が解かれていく。
長い指が少し素肌に触れると、それだけで体が強張った。

「傷口は塞がっているようですね」
「そ、そうか、よかった。江雪のおかげだ。
…それにしても、まさか刀の憑物が手当をできるなんて思わなかったよ」
「私は、誰かを救える存在になりたかったのです。
その願望が、知恵を授けてくれたのかもしれません」
切ない声に、悲哀を感じる。
人を殺すために生まれた刀が、おこがましいことを言っていると痛感しているようだ。


「僕は、江雪のおかげで救われたよ。放っておかれてたら、きっと死んでた」
言葉を区切り、江雪の髪をさらりと撫でる。
「江雪の髪に触れずに死んでたら、きっと未練が残っただろうな…本当に、感謝してる」
江雪は、じっと昭彦を見詰める。
そして、静かに頭を下げた。

「ありがとうございます…。あなたのお言葉、身にしみるようです」
「そんな、お礼なんていいよ。助けられたのは僕の方なんだから」
江雪が顔を上げると、昭彦はすぐ髪に触る。
こうして、自然と触れさせてもらえることが幸せだった。
そうしていると、江雪も昭彦の髪にそっと触れた。

「僕の髪は、固くて気持ちよくないと思うけど…」
「さほど、悪いものではありませんよ」
指の腹が、感触を確かめるように頭皮を撫でる。
相手に触れているときとは違う緊張感を覚え、昭彦は硬直していた。

「触れられるのは、苦手ですか」
「え、いや、慣れてないだけで…嫌じゃない」
まるで、触れて欲しいと訴えているようで自分で恥ずかしくなる。
このままでいようか、立ち去ろうか迷っていると、背後に気配を感じた。

「おやおや、いつの間にいなくなったかと思いきや、邪魔したかな」
昭彦は反射的に立ち上がり、さっと宗近の方を向く。
「お、おはよう。何も、全然邪魔じゃないから。
…もう傷は治ったし、採掘場へ行こう。すぐ準備してくるから」
「ああ、今日も宝玉が取れると良いな」
昭彦は、あせあせと部屋へ引っ込む。
自分はなぜこんなに焦っているのだろうか、よくわからなかった。


とりあえず服を整え、出かける準備をする。
「宗近、お待たせ。採掘場に行こう」
「ああ。江雪はどうする?」
江雪は少し間を開け、「申し訳ありません」と一礼した。

「無理に行くことない、留守番しててくれ」
残念に思いつつ、採掘場へは二人で行く。
道のりは慣れたもので、すぐに着ける。
ちょうど、採掘場には人も鬼もいなかったが、警戒しつつ中へ入った。
「今は、奥の方にもいないみたいだな」
何の気配もせず、中は静かだ。

「では、少々宝玉を頂戴しよう」
宗近は遠慮なく岩を削り、きらびやかな石を採掘する。
「これで、また買ってきてほしいものがあってな」
「んー…まあ、いいけど。それなら、もう帰ろう」
すんなり帰れることもあるのかと思いつつ外に出ると、早速唸り声が聞こえてくる。

「やはり、ただで頂戴するわけにはいかないようだ」
「そうだね。…宗近、頼む」
宗近は三日月形の刀を抜き、鋭い眼差しで声の方を見据えた。


今回の戦闘でも宗近は傷一つ負わなかったが、いつもよりは時間がかかった。
サソリのような体付きの鬼は耐久力も素早さもあり、なかなか倒れなくて
やっと退治したとき、宗近は珍しく息をついていた。
「宗近、お疲れ様。帰ったら、すぐ買い物に行くよ」
「おお、ありがたい。使い走りをさせてすまんな」
「宗近のおかげで鬼退治ができるんだ。これからも…よろしく頼むよ」
後半、昭彦の目は宗近ではなく遠くを見ているようだった。

帰宅すると、宗近を残してすぐ村へ出かけた。
荷物運びくらいはと、江雪もついてきてくれたので心強い。
村へ下りると、やはり注目が集まった。
だが、いつも自分だけに向けられている視線が分散して少しは楽になる。
寄り道は一切せず、向かったのは酒屋だった。
一度も来たことのない客が来て、店主は露骨に驚く。

「これで、酒と盃と徳利を三つずつ売ってほしい」
宝玉を差し出すと、店主はこわごわと受け取り、要求の品を持ってくる。
重たい酒樽は江雪が軽々と抱え、その他は昭彦が持った。
「ま、まいどあり…」
店主の小さな声を背に、二人は早々に店を出た。

「やあやあ、今日もご苦労だな」
店を出た途端、しわがれた声にぴたりと足を止める。
「…村長、お早うございます」
「うむ、隣の者は用心棒か。お主らのお陰で順調に資源が取れている、ようやってくれた」
「…待っている者がいるので、失礼します」
昭彦は無表情のまま、村長の横を通り過ぎる。
雰囲気が変わった昭彦を、江雪は怪訝そうに観察していた。


「感謝されているのに、嬉しそうではありませんでしたね」
無言の帰路のさなか、江雪がふいに問いかける。
「喜べないよ。あんな奴の言葉、薄っぺらだ」
「…過去に、何かあったのでしょうね。畏怖の視線を感じないときらありませんでした」
「あったよ…いろいろと」
具体的なことは語られないまま、家に着く。

「おお、待ち望んでいたぞ」
気楽な声に、硬い雰囲気が解かれる。
「江雪がいたから、まだ楽だったよ」
「そうかそうか、夜が楽しみだ」
結構な酒飲みなのか、宗近は上機嫌だ。
こうして喜んでくれる相手がいると、自分も嬉しくなる。
そんな感覚を、昭彦は感じていた。




昼間は畑仕事をしたり、お茶を飲んだりして過ごす。
夜も更けると、宗近が率先して盃と徳利を持ってきた。
「さあさあ、月見酒といこうか」
宗近が三人分持ってきていたので、江雪も縁側に座る。
それぞれ手渡され、昭彦もちびりと飲んだ。

「ああ、幾年ぶりかのうまい酒だ」
宗近は一息で飲み、また盃を満たす。
昭彦は特別おいしいとは思わなかったものの、飲めないほどではない。
喉への刺激があり、量は増やせないが少しずつ飲み進めていく。
初めての酒は回るのが早くて、ほんのりと頬が温かくなってきていた。

「昭彦、酒の味はどうだ」
「うーん…あんまり美味しくはないけど、温まってきて気持ちいい」
「ははは、不味いと言わんだけ良いな」
宗近は一本開け、酒樽から追加をついでくる。
江雪も嫌いではないのか、宗近より後で二本目をつぎにいっていた。
昭彦は一本も飲むことができず、体温が上がってきたところで止めておいた。

「昭彦、もうよいのか」
「んー…うん、ぽかぽかしてきたから」
「なら、残りは酌をしてくれるか」
昭彦はこくりと頷き、宗近の盃に酒を注ぐ。
なみなみ注いだが、宗近はすぐ飲み干した。

「残りは、江雪に…」
昭彦が方向転換して江雪の元へ行こうとしたとたん、宗近は手を伸ばす。
そして、抵抗される前に昭彦を自分の元へ抱き寄せていた。
徳利をひっくり返しそうになって、とっさに床に置く。

「む、宗近、危ない…」
「はは、昭彦は俺の腕にうまく収まるな」
すっぽりと包まれて、見動きが取れなくなる。
ぼんやりとしていて、抵抗せずに宗近にもたれかかっていた。
宗近の体温も高くて、背中に感じる呼吸のリズムが心地良い。

「半合だけで、もう真っ赤だな。ここも、いつもより熱い」
宗近は、昭彦のうなじに唇を寄せる。
「んん…」
柔らかいものを感じて身じろぐけれど、腕がしっかりと回されていて離れられない。
「柔らかい肌だ。人に触れるのは、心地良いな」
宗近は昭彦のうなじを軽く食み、唇を押し付ける。
昭彦はわずかに肩を震わせて背を丸くしたが、宗近は離れない。

「こ、江雪、何とかして…」
手を伸ばして助けを求めると、江雪が近付く。
開放してくれるかと思いきや、江雪は昭彦の手を掴み、下へ下ろさせた。
「可愛らしいとは思わんか?こんなに酔うて」
「ええ…もう、耳まで赤く染まっていますね」
江雪は、指先で昭彦の耳に触れる。
「え…なに…」
動揺する昭彦をよそに、江雪は指を滑らせ頬に掌を添える。
自分より体温が低くて、昭彦は目を細めた。


「それにしても…鬼退治の意図がやはり気になる。
口が軽くなっているうちに、教えてはくれんものか?」
耳元で、宗近が促すように語る。
「…その時が来たら、話すから」
「やはり、主目的があるのだな。江雪も気になるだろう」
「そうですね。あなたが、なぜ身の危険を冒してまで戦うのか…興味があります」
江雪も、言葉を誘うように昭彦の頬をなだらかに撫でる。
酔いと羞恥が伴って、昭彦の思考が鈍くなる。
抱きとめられ、愛撫され、二人に迫られてどうにも逃れられない。

「口を割った方が、楽になるぞ…?」
宗近の指が、昭彦の口元に触れる。
閉じられた唇を開くようにやんわりとなぞられると、くすぐったくて昭彦は隙間を開いてしまう。
そこへ、宗近は指を滑り込ませて舌に触れた。
「は…」
差し入れられた指の感触に、昭彦は思わず吐息をつく。
違う意味で口を割り、宗近は昭彦の舌を撫でていく。

「は、ふ…」
触れられたことのない箇所への愛撫に、頬に熱がつのっていく。
昭彦が口を閉じることを忘れると、宗近は二本目の指を差し入れてさらに舌を弄る。
昭彦は逃れようと舌を引っ込めるけれど、すぐにとらわれてしまう。
もてあそぶように何度も弄られ、昭彦の吐息は熱を帯びてきていた。
息が少し早くなってきたところで、宗近が指を抜く。

「柔い感触は良いな。言葉を発するのなら、今のうちだが」
「っ…だから、その時が来たら…」
「ふむ、なかなか我慢強い」
諦めてくれるだろうかと、昭彦は一息つく。
しかし、今度は違う指先が唇をなぞり、同じく中へ入り込んだ。

「んっ…」
舌に江雪の指が触れ、昭彦は一瞬目を見開く。
だが、ゆったりと撫でられると目はうつろいでいた。
なだらかで、ゆったりとした手つきに抵抗することを忘れてしまう。
江雪がこんなに大胆なことをするのが意外で、驚きつつも指を噛めないでい。
あまり激しくしないよう、江雪の静かな愛部が続く。
安定的な動きに慣れてきて、昭彦の呼気は深くゆっくりとしたものになってきていた。

そうして落ち着いてきたさなか、宗近が昭彦の腰帯を解く。
作務衣の前がはらりとはだけ、宗近は昭彦の脇腹に手を添えた。
「ん、は…や」
「ふふ、もう全身温まってきているな」
直に素肌に触れられ、昭彦は身震いした。
江雪は指を抜き、その姿を見詰める。
そして、再び手を伸ばして昭彦の胸元へそろそろと触れた。
同時に、宗近の手は脇腹から腹部へと動いていく。

「や、や…」
二人の手が、素肌を滑る。
少し動かされるだけで熱い感覚を覚え、同時に危機感も芽生える。
そして、宗近の手が下肢の服へかけられた瞬間、肩が震えた。
「わ、かった…言うから…もう、勘弁して…」
「俺としては、このまま口をつぐんでくれていてもよいのだが」
宗近の手が、昭彦の腰元をさする。

「い、言うから…。…でも、どうか…僕から離れて行かないで…」
昭彦がか細い声で言うと、宗近が腕を解く。
江雪も手を引き、昭彦に向き直った。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
二人のいやらし場面。次からルート分岐いたしまする。