憑物が見える子 江雪編1
（途中までは宗近編と同じです）
宗近にも、江雪にも、本当の目的を話した。
非人道的で、宗近にも、江雪にも反対されてもおかしくなかった。
けれど、二人はついてきてくれると言ってくれて
今回は三人で、採掘場へ向かっていた。
「宗近、江雪も…一緒に来てくれてありがとう」
「ここまで来て、引き返すことはせぬよ」
「これが、あなたの戦いを終わらせることになるのなら…」
昭彦は、感謝の意を示すようやんわりと微笑む。
採掘場に着くと、気を引き締めて真顔になった。
「強者の気配がします。お気をつけを」
「うむ、今までの相手とは一味違うようだな」
昭彦も、洞窟の奥から異様な気配を感じる。
奥へ進むと、大型の鬼が長い薙刀を携えて待ち構えていた。
雑魚とは違う、これが大将なのだと直感で分かる。
二人は即座に抜刀し、身構えた。
鬼は洞窟の中で岩を削りながら薙刀を振り回し、懐に入る隙を与えない。
離れている昭彦にも風圧が伝わり、一太刀でもあびれば致命傷になることは間違いないだろう。
最初は、二人共かわすことに集中していて、なかなか斬りつけることごできないでいた。
だが、太刀筋を見切るのは早く、かわし身にも余裕が出てくる。
初めての太刀を与えたのは宗近で、灘をふるう腕を浅く斬りつけた。
鬼は血を流しながらも、刀を振るう。
わずかに動きが鈍くなったところで、今度は江雪が脇腹を斬る。
やはり二人は強く、鬼が倒されるのも時間の問題のようだった。
そうして、安心して諦観していた昭彦へ、鬼の目が向けられる。
ぞくりと寒気を覚えた瞬間、薙刀の矛先は自分の方へ向けられていて
鬼が大きく踏み込み、瞬く間に灘が振り下ろされていた。
突然の出来事に反応できず、昭彦は硬直する。
「昭彦！」
死期を悟ったとき、目の前を影がよぎる。
自分の体は、両の腕に抱きとめられていて
すぐ側で、金の髪飾りが揺れていた。
踏み込んだ瞬間の大きな隙を、江雪は逃さない。
高く跳躍し、鬼の首を胴体から切り離した。
「宗近…？」
宗近の体重がかかり、後ろに倒れそうになる。
支えようと宗近に腕を回したとき、生暖かい液体が掌についた。
「あ、あ…」
鉄臭い匂いが鼻につき、体が震え出す。
「傷付いては…いないか…」
「僕は大丈夫、大丈夫だけど…宗近が…」
宗近が力無く膝をつき、昭彦はその身を支える。
「宗近、だめだ、いなくならないで…」
宗近は昭彦と視線を合わせ、頬へ手を添える。
「俺は少し眠るよ。…終わるとよいな、お主の悲哀が…」
その言葉を最後に、宗近は項垂れる。
そして、その姿は薄らぎ、もう人型ではなくなっていた。
「宗近、宗近…！」
刀を抱きしめ、昭彦は必死に呼びかける。
鬼が動かなくなったことを確認し、江雪は昭彦に歩み寄った。
「江雪、宗近が…！」
江雪は、宗近の刀身に触れて何かを感じ取るよう目を閉じる。
「…弱ってはいますが、存在は感じられます。直すことは可能でしょう」
「よかった…まだ、ここにいるんだ…」
昭彦は、刀となった宗近を労るように抱く。
「そろそろ参りましょうか。新たな鬼が来るかもしれません」
「そうだね…」
帰宅しても、昭彦は宗近を抱き項垂れていた。
大きな不安感が襲いかかってきて、心が冷え切る。
ずっと俯いている昭彦の傍へ、江雪が寄り添う。
視界に水色の髪が入り、昭彦は顔を上げた。
「不安に思うのも無理はありませんね、残るのがこの方だったら良かったのですが…」
江雪は、刀となった宗近に軽く触れる。
「そんなこと言わないでくれ、江雪だけでも残ってくれて良かった。
一人になったら、僕は、もう…」
一度、誰かが居る温かみを知ってしまった心は一人の頃へ戻れない。
今の昭彦にとっては、江雪が唯一の救いだった。
「…髪に、触りますか？」
「ん…撫でたい」
昭彦は一旦宗近を置き、江雪の髪を指ですく。
相変わらずの美しい毛並みに触れていると、少し気が紛れるようだった。
自然と求めてしまい、髪を口元へ持って行く。
江雪は拒むことはせず、慰めるように昭彦の頭をそっと撫でていた。
「江雪…髪以外にも、触っていいかな…」
「どうぞ、ご自由に」
すぐに発された了承の言葉に、昭彦は膝立ちになっておずおずと江雪の頬に触れる。
雪のように白い肌は滑らかで、ここも手触りが良い。
撫で回すのは失礼だろうと、ものの数秒で手を離す。
そうして身を引こうとしたとき、昭彦の背に腕が回された。
軽い力で、簡単に体が引き寄せられる。
身が重なり、昭彦は驚いて江雪を見上げた。
江雪も自分のことを見下ろしていて、すぐ近くで視線が合う。
瞬間、整った顔立ちを前に昭彦は硬直した。
「江雪…」
慰みが欲しい、宗近を失って冷たくなった心を温めてほしい。
そんな欲求が、昭彦を突き動かす。
両腕が、相手を求めて江雪の後頭部に回る。
もっと近づきたいと、そう思ったとき江雪の体が後ろに倒れた。
腕を回されたままで同じく倒れて、昭彦は江雪の上に被さる。
「あ…」
自分の真下に江雪がいて、昭彦は動揺する。
「主は、私をどうなさりたいですか」
「どうっ、て…」
頭の中が落ち着かなくて、昭彦は江雪を見下ろす。
真下にあるそれに、触れてみたい。
衝動的にそう感じ、昭彦は徐々に身を下げて行く。
けれど、触れる前にその動きは止まった。
「…ごめん、血迷ったことだな、こんなこと」
我に返り、昭彦は上体を起こそうとする。
そのとき、体を抱き留めている腕に力が込められて
はっとしたときには、江雪と唇が重なっていた。
感じる柔さに、気が動転する。
最初は落ち着きを無くしていたものの、伝わる温かみが心地よくなってきて目を閉じていた。
求めるように、江雪の髪に触れる。
二人はしばらく、そのまま重なり合っていた。
やがて、昭彦がわずかに身を起こす。
体温を共有し、心音は平常より早くて、熱かった。
この眼前の相手をどうしたいのかと、自問する。
透明感のある肌、薄青の長い髪を、どうしたいのか。
考えている内に手が伸び、また頬に触れる。
良い感触だと感じたとき、その手に江雪の手が重なる。
そうやって触れられた瞬間に、どきりとしていて
そんな反応が、自分の欲求を表しているようだった。
昭彦は江雪の上に身を下ろし、頭を肩口のあたりに乗せ、目を閉じた。
「…今は、このまま休ませてほしい…」
「ええ。共に居るのが私で良ければ…」
江雪は静かに答え、昭彦の背を優しく抱いていた。
―後書き―
読んでいただきありがとうございました！
江雪はだいぶ雰囲気重視、じわじわですが次はやっぱりいかがわしい。