悪ガキ共と不良警官2


久遠が、不良警官と出会った翌日。
昼休みに放送が入り、久遠は来客室に呼び出されていた。
まさか、ここまでしつこく追ってきたのかと、久遠は不安感を覚えつつ来客室への扉を開いた。

「よお。来たか」
不良警官は遠慮を知らないというかのようにソファーに座り、足を組んでいた。
警帽を被っていないので、これでは誰も警察だとは思わないだろう。

「・・・失礼します」
一言断ってから、向かい側のソファーに座る。
昨日は暗がりでよくわからなかったが、相手の髪の毛はなんと緑色に染まっていた。
色とりどりの髪の集団に入れば、すぐに馴染めそうな感じだ。
この公務員は一体何なのだろうかと、久遠はますますいぶかしんでいた。

「まあ、そう身構えるな。今日は帽子を被ってないから補導しに来たわけじゃない」
警察内に、そんな規則があるとは思えなかったが。
補導しに来たわけではないと言われ、久遠は少しだけ安心した。


「ほら、忘れ物だ」
相手から、何かが投げられる。
受け取ってみると、それは昨日渡した生徒手帳だった。
逃げるのに夢中で、手帳の存在などすっかり忘れていた。

「・・・ありがとうございます」
小声で、お礼を言う。
元々は、相手が帰しそびれていたものなのだが。

「そのまま持ってたら、カツアゲと同じになるからな」
そのまま持っておらずとも、あの状況はカツアゲに近かったんじゃないですか。
そんな言葉を、久遠は飲み込む。

「じゃあ、僕はこれで」
久遠は立ち上がろうとしたが、とっさに腕を取られて引き止められる。
思わず、びくりと肩が震えた。

「待て。まだ用事が終わったわけじゃない」
腕を引かれ、隣に座るよう促される。
できれば、離れたところにいたかったけれど。
下手に逆らえば厄介なことになりかねないと、久遠は大人しくソファーに腰かけた。

「お前は、何で悪ガキ共と一緒にいる?ただの盾にされて、楽しいか?」
腰を下ろした瞬間、率直に問われる。


「・・・楽しくなければ、一緒にいません。あれは、喧嘩ができない僕の役目ですから」
嘘だ。一緒に居て、特に楽しいわけではない。
ただ、理由があるだけだった。
他人には、とうてい理解されないような理由が。

「はーん。誰かに弱みを握られてるにしちゃあ、怯えがないな。。
自分の意思で悪ガキ集団の中に居るってことか」
普通なら、こんな平凡な生徒が不良の中にいたら、弱みを握られ、脅されていると推測するだろう。
けれど、やはり目の前の不良警官は普通ではなくて。
自分の言葉は絶対正しいと、そんな自信があるような、はっきりとした口調で告げていた。

「母子家庭で仕事づくしの母親に構ってもらえなくて、寂しくて集団に入ったか?」
母子家庭と言われ、久遠はぎょっとする。
これは、グループの不良にさえ言ったことがないことだった。


「・・・まあ、そんなところです」
久遠は、どうでもよさそうにふっと目を逸らす。
その瞬間、顎を掴まれ、無理矢理顔を上げられた。

「適当な返事するんじゃねえ。寂しいからって、自分からホイホイ悪ガキの中に入る馬鹿なのか?お前は」
鋭い目に見据えられ、久遠はたじろぐ。
目を逸らしたいが、一時でも相手を視界から外してしまったら。
その隙に殴り倒されてしまうような、そんな圧迫感があった。

「もう一度しか聞かない。何で、お前は悪ガキ共と一緒にいる?」
あと一回嘘を言えば、容赦はしない。
そう警告するように問われる。
どんな警官と対峙したときより強い緊張感を覚え、久遠はわずかな怯えを交えつつ答えた。


「・・・あいつらと一緒に居れば、誰も寄り付かなくなる。。
あいつらは、仲良しごっこが嫌いな奴だから」
たとえ、平平凡凡な男子高校生でも。
グループの中にさえいれば、自然と人が寄り付かなくなるし、クラスメートとの接点が自然となくなってゆく。
それ故、久遠には友人というものがいなかったが。
自分が望んでいる状況なのだから、仕方ない。

「一匹狼気取りか?結局は群れて行動してるんだろうが」
「群れてはいるけど、仲間意識はないんです。切ろうと思えば、いつだって切れる。。
あいつらは、そんな希薄な集団なんですよ」
だからこそ、久遠はグループの中に居た。
相手に踏み込みすぎることなく、いつでも希薄な集団。
その希薄さが、久遠にとっては安心するものだった。

「昨日、お前は誰かに助けられたな。それでも、仲間意識はないのか?」
その問いに、久遠は苦笑いを浮かべた。

「僕がいなくなったら、補導される確率が高くなる。だから、そうしたにすぎません。。
仲間意識なんて、ないんだ」
あの時、良く言えば、助けられたと言うべきかもしれない。
けれど、その行動は、結局は自分達の保身のために繋がる。
これからも、言葉の立つやつを使って、自分達が逃げられるようにするために。
不良警官は一瞬目を細めた後、久遠から手を離した。


「・・・あなただって、人とあまり関わりたくないんじゃないですか。。
夜の裏路地を、一人で見回るなんて普通はしない」
解放されたのをいいことに、久遠は相手を睨んで問うた。
いくら警官といえども、物騒な場所は最低でも二人で見回るもの。
単独で行動しているこの相手は、自分と同じように慣れ合いを好まないように見えていた。

「寂しがりなお前らと一緒にするな。それと、あなたなんて呼ぶな、虫唾が走る」
またグループを悪く言われ、久遠は嫌悪感を覚える。

「・・・だったら、何て呼べばいいんですか」
「シンヤだ。真の夜で、真夜。お似合いだろ」
真夜、と頭の中で反復する。
確かに、闇に紛れる喪服の様な服装は、その名前によく似合っていた。
その名は、たぶん名字ではないだろう。
わざわざ下の名前を教えるなんて、やはりこの警官はおかしくて、物好きなのだと思った。
そうして、名前を聞き終えたとき、チャイムが鳴った。

「僕、授業がありますから、失礼します」
久遠は今度こそここから出ようと立ち上がった。
授業を妨害する気はないのか、それとも質問がなくなっただけなのか、真夜は何も言わず久遠を見送った。




部屋を出た久遠だったが、真っ直ぐ教室へ向かったわけではない。
次の時間は体育、それはサボることに決めている授業だった。
他の授業には普通に出席し、良い成績を取っているが。
体育だけは、絶対に出ていなかった。

それも、不良グループの中にいるから、下手に注意はされないし。
普通の教科で高得点は取っており、完璧に不真面目な生徒でもないので、教員からは放っておかれていた。

「久遠、やっと出てきたのかよ。長話だったな」
廊下を曲がったところで、甲斐と出くわした。
一瞬、出てくるのを待っていたのかと思ったが、まさかと打ち消した。
たぶん、甲斐はこの盾が逃げ出さないようお目付け役を任されているのだろう。
そうでなければ、グループの奴らは無闇に相手に接したりはしない。

「ああ、生徒手帳を返されて、名前を自慢された」
本当は、もっと話の内容があったけれど。
全てを言うと面倒なことになりそうなので、黙っておいた。

「名前?なんて自慢されたんだ」
「真の夜と書いて真夜。この名前が似合ってるだろうって。。
昨日、あの警官の服装、喪服みたいだっただろ?悔しいけど、確かに似合ってた」
そう言い終えた瞬間、甲斐がぴたりと動きを止めた。
目は見開き、驚きを露わにしている。


「・・・どうした?」
久遠が呼びかけると、甲斐ははっとしたように瞬いた。

「いや・・・何でもねーよ。それより、次、サボるんだろ?屋上でも行こうぜ」
甲斐はわざとらしく笑い、久遠の腕を引く。
腕を掴まれて真夜を思い出したのか、久遠の肩はわずかに反応する。
けれど、大人しく腕を引かれていた。
まるで、甲斐は今の驚きをごまかしたくて仕方がないように見えたから。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!。
悪ガキと言っても、それっぽい口調で書いているだけなので・・・性格は丸かったりします。