悪ガキ共と不良警官3


今日、久遠は自室のベッドの上でごろごろとしていた。
学校をサボっているわけではなく、今日が休日なだけだ。
休みの日でも、家の中は朝から静まりかえっていた。

集団の中に居る学校と違い、休日になるととたんに周囲が静かになる。
母子家庭の家は、母が仕事に明け暮れ、帰ってくることはほとんどない。
全く寂しくないと言えば嘘になるが、それは、自分を養ってくれるため。
だから、久遠はほぼ一人暮らしの状態に文句一つつけないでいた。

文句はつけないでいたが、不満がないわけではない。
それが、胸の内に、たまに募ってくる。
そんなとき、久遠は決まって洗面所に行っていた。


洗面所にあるのは、歯ブラシ、コップ、タオルなど、一般家庭に普通にある物。
その中の剃刀も、本来ならば違和感のない物のはずだが、久遠は、それをじっと凝視していた。




自室に戻った久遠は、ベッドに寝転がる。
そして、手に持つ剃刀を見上げ、静かに呼吸をする。

また、持ち出して来てしまった。
これは、望ましくないこととはわかっているのに。
でも、胸の内にある虚しさを解消する術を、他に知らない。

久遠は深呼吸をし、服の袖をまくる。
そして、手を動かそうとしたその時。
滅多に鳴るはずのないチャイムが、ふいに室内に鳴り響いた。


突然の音に驚き、久遠は身を起こす。
母宛ての宅配便でも来たのだろうか。

扉を開く前に、念のためドアのレンズから相手を見てみた。
そこに立っていたのは、宅配業者とは見えない相手。
久遠は来訪客を珍しく思いつつ、扉を開けた。


「よ、久遠」
来訪者は、片手を上げて軽く挨拶する。

「甲斐・・・」
目の前にいるのは、学校以外では会うはずのない相手。
しかも、住所は教えていないはず。
もしかして、甲斐がお目付け役であるがゆえに、後をつけてきたときがあったのだろうか。

「何か、用事か?」
できれば、部屋の中には入らず、さっさと退散してほしかった。
ベッドの上に放り出してきた物を見られたら、とても面倒なことになるから。

「ああ、お前、休日って何してんのかなーって思って」
プライベートな部分に、踏み込んでくる。
そんなつきあいを避けるために、グループに入ったというのに。


「・・・別に、何もしてない」
「なら、ゲーセンにでも行かねーか?一人で行ってもしらけるし」
お目付け役というのは、休日まで相手を監視しなければならないものなのだろうか。
あまり気は進まなかったが、何もしていないと言った手前、断るのは不自然になる。

「まあ、いいよ」
了承すると、甲斐は子供っぽく笑った。
不良達の仲間入りをするにはどこか似つかわしくない、純粋な表情。
なぜ、甲斐がグループに入ったのだろうかと、疑問がわく。
相手のことに興味を持つ自分が、意外だった。

「じゃ、行こうぜ」
質問を投げかける前に、甲斐は先を歩いてゆく。
久遠は遅れないよう、後を追いかけた。




ゲームセンターに来た二人は、定番のクレーンゲームやシューティングゲームで適当に暇を潰した。
ただ金を浪費しただけで何か商品が取れたというわけではないが、とりあえず暇潰しにはなっていた。
そして、帰り道、久遠は忘れない内にさっき湧いた質問を投げかけた。

「甲斐はどうして、グループに入ったんだ?」
ふいの質問に、甲斐は目を丸くする。

「あ、あー・・・それな、あー・・・」
そして、答えづらそうに口をもごもごと動かした。

「・・・ほら、こんな髪してると、周りから相手にされねーじゃん。。
だから、なんとなーく入った・・・って、感じだな」
どうやら、甲斐は誰かと群れたくて入ったようだった。
これじゃあ、不良警官が言っていた通り、グループは寂しがり屋の集りのように聞こえてきてしまう。
誰かと関わりを持ちたいのなら、髪を黒く戻せばいいと言いたかったが。
あまり相手の事情に踏み込むのはよくないと、それ以上は質問しないでおいた。


「・・・久遠は、どうして入ったんだ?」
昨日も問われた質問に、またかと思う。
けれど、先にこちらが質問したのだから、答えないわけにはいかなかった。

「僕は、甲斐とは逆だ。グループに入れば、誰も近寄って来なくなる。だから入った」
甲斐は、意味がわからないと言いたげに呆けていた。

「僕は、誰かと友達ごっこをするなんて嫌なんだ」
「でも、あいつらは友達・・・とは言えないかもしれねーけど、仲間だろ?。
それって、集団で一緒にいるってことになるんじゃ・・・」

「僕は、あいつらを仲間だって思ったことはない」
反射的に、言葉が飛び出す。
その後、久遠ははっとして口をつぐんだ。
物のはずみで、つい本音が零れた。
よりによって、お目付け役の前でこんなことを言ってしまうなんて。


「・・・そうかよ」
甲斐はぽつりと呟き、沈黙した。
場が、とても、気まずい雰囲気に包まれる。
甲斐は、あんな奴らの中にいても、仲間意識がとても強いのかもしれない。

いつ切り離されるかわからない、希薄な関係。
仲間意識なんてものがあれば、希薄な関係の中で切り捨てられたときに悲しくなるだけだというのに。




沈黙が続いたまま、家の前に辿り着く。
こんなに気まずくても相手を見送らなければならない役割は、結構大変なものだと思った。
別れも告げず、家の中へ入ろうとしたが、ふいに、肩を掴まれた。
振り向き、甲斐の方を見る。

「お前はさ・・・俺のことも、ダチでもないし、仲間なんかじゃないって・・・そう思ってんのか・・・?」
「えっ・・・」
思わず、言葉に詰まる。
そうだと答えればそれで終わり、今までの希薄な関係になる。
けれど、その言葉がすんなりと出てこなかった。
聞こえてきた声には、怒り以外の何かを堪えているような、そんな響きが感じられたから。

その声を聞くと、そうだと答えて突き放してしまうのは、とても残酷なことのように思えてくる。
だから、返答に困った末に、こう言った。

「甲斐は・・・・・・前、不良警官に絡まれたとき、助けてくれた。。
・・・だから、他の奴らよりは・・・まあ、いいかなって思ってる」
はっきりとは言わない、とても抽象的で、はぐらかしやすい答え。
自分でもずるいと思う返答だが、これが精一杯の返答だった。


「・・・そっか」
甲斐は手を離し、とたんに表情を弛緩させる。
その表情には、抑えきれない安堵感が垣間見えていて。
なぜ、この返事で甲斐がそこまで安心しているのか、久遠には見当がつかなかった。

やがて、甲斐の表情が笑顔に変わる。
そして、久遠は、突然肩を引き寄せられた。
本当に唐突なことに、今度は久遠が驚く。

「じゃ、明日、また体育サボって屋上行くか!じゃあな」
甲斐はそれだけ言い、すぐに肩を離し、去っていった。
久遠は返事もできぬまま、甲斐の背中を見送った。

甲斐は、やはりグループの奴らとは決定的に違う。
少なくとも、ああして感情のままに相手の肩を引き寄せるなんてことはしない。
意外な出来事だったが、少し、面白いと感じていた。
久遠は自室に戻っても、ベッドの上に置き去られたものに目を向けることはなかった。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!。
短い話が、ぽんぽん進んで行きます。
ですが、更新はやはり週一で・・・一週間たつのが早すぎる\(^o^)/。