悪ガキ共と不良警官4


今日も、久遠は体育の授業をサボって、甲斐と屋上にいた。
甲斐は、ときどきふと思いついたようにとりとめのない話を投げかけてくるが。
久遠は適当な生返事が多かった。
下手に友好関係を築く気は、全くない。
相手にしていないことを察すれば、いずれ話しかけてくることもなくなるだろう。


そうして、二人でぼんやりとしているとき、屋上の扉が荒々しく開かれた。
何事かと、扉の方を見る。

「おい、今すぐ来な。いちゃもんつけてきた奴等と一戦やるからよ」
入って来たのは、金髪のリーダー格の男だった。

「お、久々だな。一暴れすっか」
甲斐は腰を上げ、リーダーの方へ歩み寄る。
一応、久遠もそれに続く。
甲斐はともかく、久遠は腕っ節が強いわけではない。
だが、誰かに見咎められたのときのため、言い逃れができるようについていくだけだった。




場所は、定番の広々とした川原。
短い草が茂っているこの場所なら、多少地面に血がついても教師や見回りに気付かれないし。
周りがよく見渡せるので、伏兵の心配もない、ケンカにはうってつけの場所だった。

集合場所には、すでに相手グループがいた。
人数は5人、こっちは久遠を除くので3人になる。
もっとメンバーがいないわけではないが、仲間意識の低いグループでは全員が集まることはなかった。

「はっ、そっちは4人か。5人だって言ったのによ。統率なんて、まるで取れてねーんだな」
相手のリーダー格と思われる人物が、一歩前へ出る。

「ああ、こっちは、お前らみたいな仲良しこよしなんてやってられねーんだ。。
あと、コイツは除外な。こっちの人数減っても、問題ねーだろ」
金髪の男が、久遠を指差して言う。

庇っているわけではない。
盾に血が付いてしまえば、言い逃れに支障が出るからだ。
ただそれだけのことだと、メンバー全員がわかっていた。


「ナメられたもんだな・・・とっととノシてやんよ!」
相手のリーダー格が、地面を蹴る。
それを合図に、一斉に乱闘が始まった。
この騒ぎに、何か理由があるわけじゃない。
どこかの派閥を潰せば、それだけで拍がつく。

自分達の名誉のため、お互い殴り合う。
不良達にとっては、ストレス解消になって一石二鳥だが。
久遠だけは、見回りが来たらどう言い訳をしようかとひたすら考えていた。




乱闘は、それほど長く続かなかった。
人数では負けていたが、実力の差はかなりあったようで。
久遠が言い訳を考えている内に、勝負はほとんどついていた。
相手側は、ところどころに擦り傷を作り、口端や鼻からも血を流していた。

「何だ、二人分ハンデがあってもこんなもんかよ。うぬぼれた奴らだな」
「ぐっ・・・」
相手は負けを認めたくないのか、唇を噛み締める。
そろそろとどめをさそうかと、甲斐達が迫る。
相手側が一歩退き、もう勝負はついたように見えた。


だが、そこで予想にしない音が響いた。
バン!という、大きな破裂音。
それは、徒競走のスタートの合図にとても似ており、その場にいた全員が音の方を向いた。

「やべえ、サツだ!」
誰かが発したその一言で、全員は反射的に駆け出した。
警察に見られたとなると、もう睨み合っている場合ではない。
久遠だけは、当たり前のようにその場に残っていたが。
今日はなぜか、甲斐もその隣にいた。


「チッ、逃げ足の速い奴らだ」
聞き覚えのある、警官の声。
そして、こんな乱暴な言葉づかいをする公務員は一人しか知らなかった。

その相手は、ゆっくりと二人へ歩み寄る。
久遠は、言い逃れる術を考えていたが、それよりも隣に居る甲斐のことが気になっていた。
その甲斐はというと、真っ直ぐに不良警官を見据えていた。
相手が目の前に来ても逃げるわけではなく、視線はそのままで。
久遠は言い訳を考えることを忘れ、甲斐の様子を見ていた。

「何だお前、いっぱしに群れの中でご活躍してたのか」
「うるせーな、この不良警官!」
初対面とは思えないやりとりが、二人の間で交わされる。
もしや知り合いなのかと、久遠は不思議そうに諦観していた。

「それで、俺は喧嘩を取り締まりに来た訳だが、何か言い逃れすることはあるか?」
真夜が、久遠の方を向いて問いかける。

「え、ええと・・・」
久遠は、言葉を詰まらせる。
こういうときは、お決まりの優等生っぽい台詞が出てきたものだが。
この相手には嘘をついても無駄だろうと、そんな気がして、何も言えなかった。

「何の意味もねえ、ただのストレス解消のケンカだ。兄貴にとやかく言われる筋合いはねーよ」
「・・・兄貴?」
今、甲斐は目の前の、この警官に向けてそう言ったのだろうか。

「うるせー、この愚弟が。空砲にびびって逃げ出したお仲間と一緒に行ってりゃあよかったのによ」
「愚弟・・・」
今、この警官は、目の前の高校生にそう言ったのだろうか。
こんな至近距離の会話を聞き間違えることは、まずない。
そういえば、以前、甲斐に真夜という名を告げたとき、様子がおかしいことがあった。
それは、兄の名前が出てきた驚き故のことだったのだ。


「まあいい。事情聴取だ、来い」
真夜は、問答無用で久遠の手を取る。
甲斐はそれを見て、とっさに久遠のもう片方の手を取った。

「事情聴取とか、意味わかんねーし。ただのストレス解消だって言ってんだろ」
お互い、久遠を掴んだまま睨み合う。
そんな視線の真ん中で、久遠はとりあえず腕を離してほしいと思うばかりだった。
その思いが通じたのかどうかはわからないが、真夜が意外にもあっけなく手を離した。


「・・・今日は譲ってやる。どうせ、お気楽なお前は何も知らないことだしな」
「は?どういう意味だよ」
甲斐の問いには答えず、真夜はきびすを返し、川原を歩いて行った。
腕を離され、久遠はほっと胸を撫で下ろす。

「また、助けられたな。ありがとう、甲斐」
「ん、まあ、兄貴の言いなりなんて癪に障るしな」
甲斐は、どこか照れくさそうにそっぽを向いた。
そのとき、久遠は、未だに自分の手が握られていることに気付いたが。
さして、それを振り払おうとはしなかった。

腕ではないのだから、別に構わない。
それに、触れている手が、自分のものよりだいぶ暖かくて。
人に触れることも悪くはないことのだと、そう気付かせられていた。
久遠は、甲斐が自ら手を離すまで、何も咎めなかった。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!。
一話一話が短いので、進展が遅いですねorz。