悪ガキ友と不良警官5


珍しく、一人で帰る放課後。
今日は甲斐が休み、グループで集まることもなかった。
そして、よりにもよってそんなタイミングで、あまり会いたくない相手に出くわしてしまった。

「よお、奇遇だな」
久遠は、自分に呼びかけた相手の方をちらと見る。
警帽を被っていないので、どこの不良かと思った。

「ええ、全く持って奇遇ですね。それじゃあ、僕は帰宅途中ですので失礼します」
ぴしゃりと会話を遮断し、早足で立ち去ろうとする。
しかし、真夜はすぐに並行して、歩調を合わせた。
久遠は小さく溜息をつき、腕を掴まれない内に立ち止まった。

「・・・何か、ご用事ですか」
目の前に居るのは、最近よく出くわす不良警官。
自分の運は、こんなにも悪かったのだろうかと疑問に思う。

「この前、事情聴取ができてなかったからな。このままお前の家まで同行させてもらう」
真夜は、当たり前のことを言うように、堂々と厚かましいことを言った。

「無理矢理家に入っていいとでも思っているんですか。。
そんなこと、いくら警察官でも、認め・・・」
久遠が言葉を言い終わらない内に、真夜は警帽をきっちりと被った。
それは、言うことを聞かなければ補導するという、暗黙の脅し同じ。
久遠は恨めしそうにその帽子を見上げた後、諦めたように再び歩き始めた。




「・・・どうぞ、入って下さい」
家に着き、久遠はしぶしぶ真夜を中へ通した。
真夜は、遠慮という言葉を知らないかのように、ずかずかと部屋へ入って来た。

「何だ。一見、普通の家だな」
「当たり前です。家には、ほとんど僕しかいないんですから。。
それで、事情聴取・・・」
久遠の言葉を聞かず、真夜は目に付く扉を片っ端から開けている。
久遠は、それを呆気にとられたように見ていたが。
自室の扉に手がかかった瞬間、声を張り上げた。

「何してるんですか!事情聴取のはずでしょう、これじゃあまるで家宅捜査じゃないですか!」
自分の部屋に入られてはまずい。
思春期の男子にありがちな、いかがわしい本が置いてあるわけではないが。
それ以上に、見られてはまずいものがあった。

久遠がそう言っても、真夜は構わず扉を開ける。
そして、部屋を見渡し、遠慮なくベッドに座った。

「殺風景な部屋だな、暇潰しできる物なんてないんじゃないのか」
本当は、ある。
ベッドの脇にある、ゴミ箱の中に。
幸いにも、それには気付かれていないようだった。

けれど、視線を落とされたら、いつ気付かれてもおかしくない状況。
久遠は、何とか気を逸らせようと、真夜の隣に腰かけた。

「無趣味で悪かったですね。結構、一人でぼんやりするのが好きなんです」
ゴミ箱がある方とは逆に座ったので、そこから真夜の視線がうまく逸らされる。

「母親は、頻繁に帰ってくるのか」
「いえ、一月に一回、帰って来るかこないかです」
探るだけ探っていいから、さっさとこの部屋から出て行ってほしい。
そのためなら、たいていのことには正直に答えようと思ったけれど。
真夜の次の言葉は、久遠の顔を曇らせるものだった。


「・・・お前、服脱いでみな」
久遠は、とたんに驚きを隠せなくなる。

「・・・そんな趣味があるなんて、意外でした」
いや、おそらく、そういう趣向ゆえに言っているのではないのだと思う。
自分に向けられている視線の鋭さが、それを物語っているようだった。

「うるせー、さっさと脱げ。それとも、脱げない理由があるのか」
真夜の視線が、久遠に突き刺さる。
脱げない理由があるんだろうと、そう確信しているように。

久遠は俯きがちになり、沈黙する。
弁論したいけれど、動揺してしまって、言葉が浮かんでこない。


久遠が黙ったままでいると、真夜はさっとその体を引き寄せた。
肩に手がまわされ、思わず、体が緊張で強張る。

「寂しがり屋が、悪ガキ共の仲間に入りやがって。。
構ってほしくて仕方なくても、親密にはなりたくないんだろ?」
反論することなく、久遠は黙っていた。
それは肯定の意と同じだと察したのか、真夜は続けた。

「寂しさを紛らわせる物もない、紛らわせてくれる相手もいない。。
お前は、代償行為でそれを忘れるしかなかったんじゃないのか」
久遠は、まだ沈黙を続けている。
それは、ただの予測でしかない言葉のはずだったけれど。
全ての言葉は、まるで胸の内を見透かした上で言っているような、そんなよどみのないことだった。


「俺は、確信が欲しいんだ。脱ぐのが嫌だったら、袖を捲れ」
その言葉に、久遠の体はさらに緊張する。
きっと、この部屋を一瞥したときから、気付かれていたのだ。
だから、肩を掴んで逃げ出さないようにしている。
どんなにごまかしたくても、この相手にはもう見透かされてしまう。


それでも、決して自分からは見せたくなかった。
観念して、袖を捲ってしまったら、自分がとても哀れな存在に思えてしまうから。

未だに久遠が何も反応しないままでいると、真夜は袖の隙間から指を滑り込ませた。
久遠の緊張は最高潮に達し、震えを堪えるように、強く目を瞑った。



指先が、腕に触れる。
そこからは、普通の肌とは違う感触が伝わっていた。

真夜は、久遠の袖を捲り、確認する。
その皮膚には、何本ものみみず腫れのような痕が引かれていた。
途切れがちなものもあれば、一直線に引かれている痕もある。
傷の本数の多さが、これは事故でできた痕ではないと物語っていた。


真夜の指は、ゆっくりと、その傷をなぞってゆく。
もうどうにでもなれと、久遠は覚悟していた。

相手は、どんな哀れな目をして自分を見ているのだろうか。
言われたとおり、寂しくて仕方がなかった。
紛らわせるために、寂しさより強い感覚を自分に与えるしかなかった。
傷をつけたとき、皮膚がかっと熱くなる感覚は、望み通りの効果を与えてくれて。
何回も、その熱い感覚を味わうために、同じことをし続けていた。

こんな傷があるとわかれば、厄介な奴とは関わりたくないと、人は自然と離れて行く。
それならば、自分から寄せ付けなくするようにすればよかった。
けれど、一人になるのは嫌だなんていう我儘な気持ちがあって。
集団でいるけれど、いつでも離れることができる希薄な関係に身を置いた。

それなら、自分の腕が見られて遠巻きにされるようになっても。
希薄な関係にある相手になら、切り捨てられてもそれほど悲しむことはないから。


「もう・・・いいでしょう。自分の予測が当たって、満足でしょう。。
・・・さっさと、出て行って下さい」
か細い声で、訴える。
ここに居られては、自分がしたいと思っていることができない。
早く、また、あの熱を感じたい。
この惨めな現状を忘れさせてくれるものを。

久遠は身じろぎ、相手から離れようとする。
しかし、逆に、体はさらに引き寄せられた。

とたんに、真夜にぶつかる。
離れようと思っていた体は、両の腕に抱き留められていた。
突然のことに、久遠は息を飲む。

「お前は、誰かにこうされたいってそう思ってる。違うか?」
「こうされたい、って・・・」
今、自分の体は、不良警官に抱き締められている。
驚いているからか、動揺しているからか、大人しく納まってしまっている。
身をよじって、振り払ってもいいはずの腕の中に。

「ほら、お前が意識しなくても、緊張感がなくなってるぞ」
久遠の体が弛緩していることを察した真夜が言う。
そう言われて、久遠も始めて気付いていた。
さっき感じた惨めな感情も、肩を強張らせる緊張感も消えていることに。

相手は、踏み込まれたくない所にあつかましく踏み込んできた不良警官。
それなのに、自分は、安心しているのだろうか。
腕の傷を見た上で、抱き留めてくれている相手に。

ふいに、真夜の手が、久遠の後頭部に伸ばされる。
その手は、子供を安心させる様なゆったりとした動作で、久遠の髪を撫でた。

「は・・・」
久遠は、思わず溜息をついていた。
髪を撫でる手が、眼前の相手のものとは思えないくらい優しく感じられて。
呼吸が、安定した、ゆっくりとしたものになってゆく。
それは、ごまかしようもない安心感を覚えていることに他ならなかった。

自然と脱力したのか、体の重心が相手の方へずれ、まるで身を寄せているような形になる。
今や、髪を撫でる手が、自分を抱き留めている腕が、とても心地良く感じられてしまっていた。


そうしていると、ぴた、と髪を撫でる手が止まった。
そして、いつかのように顎を取られ、上を向かされる。
相手と目が合ったが、そこには侮蔑も、憐れみも、久遠が恐れていたものは何も含まれていなかった。

「教えてやろうか。気を紛らわせる、良いやり方を」
今の行為で、久遠の気はだいぶ紛れていたが。
他にも方法があるのなら、知りたかった。

久遠は、抵抗しないことを示すように、静かに瞬いた。
その意図を察したのか、真夜は少しずつ自分の上体を下げ、久遠に近付いてゆく。
相手との距離が徐々に狭まっていることに気付いたが。
それでも、視線を逸らすことはなかった。



もう、抵抗する気はなかったが、相手の吐息がかすかに感じられた瞬間。
予想外なことに、玄関の扉の鍵が開けられる音がした。
その音を聞いたとき、真夜の動きはぴたと止まり、久遠を解放した。

「・・・母が、帰ってきたみたいです」
まさか、月一のタイミングがこんなときに被ってしまうなんて。
それを予測していなかったのは真夜も同じなのか、明らかに不満そうな顔をしていた。

「俺は帰る。何か聞かれたら、適当に説明しておけ。はぐらかすのは、得意分野だろ」
真夜はやや早口で言うと、部屋から出て行った。
さっきは、あれほど出て行ってほしいと思っていたのに。
久遠は、真夜の背を見送ることが、少しだけ物寂しく思えていた。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!。
やっと、自重しないシーンが出てきました。
ここから、甲斐ともじわじわ進めて行きます。