悪ガキ共と不良警官6


休んでいた甲斐が登校してきたその日。
久遠は、屋上に来てほしいと呼び出されていた。
一緒にここへ授業をサボりに来るのは、日常茶飯事だったが。
放課後に呼び出されたことは、始めてだった。

「久遠、前、家に兄貴が来てなかったか?」
何の前置きもなしに、唐突に問われる。
また、つけてきていたのだろうか。
いくらお目付け役だからと言って、ここまで監視されるのは好ましくなかった。

「来たけど、それがどうかしたのか」
久遠が答えると、甲斐は不安そうな表情になった。
「なあ、兄貴に何かされなかったか?」
「え・・・っ」
何かされたと、なぜ知っているのだろう。
直接聞いたのだろうか、それとも、ただの予測だろうか。
どちらにせよ、抱き留められ、髪を撫でられたなんて答えるのは気が引ける。
そんなことを堂々と言えるほど、厚顔無恥というわけではなかった。

「あいつは・・・検挙率は高くても、良い警官ってわけじゃねーし。。
無茶な取り調べされて、無理矢理何か言わされたりしなかったか?」
「それは・・・」
的確な予測に、久遠は困ったように視線を逸らす。
ありのままのことを言ってしまえば、自分の腕のことも言わなければならなくなる。
そうなれば、共に屋上へ来ることはなくなり、遠巻きに見られるようになってしまうだろう。
最悪の場合、グループに報告されて、厄介者扱いされかねない。
何も聞かないでほしかったが、久遠が視線を逸らしたことで、甲斐は何かを察したようだった。


「やっぱり、何かされたのか?無理に、何か言わされたのか?」
甲斐は詰め寄り、しきりに尋ねる。
踏み込まないでほしい。
踏み込まれたくないから、このグループに入ったのに。
なのに、甲斐はしつこかった。

「なあ、久遠・・・」
甲斐が、久遠の肩に手をかける。
そのとき、久遠は思い切りその手を跳ね退けていた。


「・・・うるさい」
低い声で、呻くように言う。
「久遠?」
久遠は、甲斐をきっと睨んだ。
「うるさいって言ってるんだ!僕の家にお前の兄貴が来たからって、そんなのどうでもいいことだろう!?。
甲斐はお目付け役を任されてるんだろうけど、それならただ遠巻きに見てるだけにしろ!」
突然の豹変ぶりに、甲斐は呆気に取られている。

「・・・僕に、踏み込まないでくれ」
最後に静かに言い、久遠は屋上から去って行った。




好奇心で、踏み込まれたくない。
踏み込んできた後は、もう近寄らなくなるくせに。
事実を知って、離れて行くのなら。
その前に、こっちから離れてやればいい。
そうすれば、希薄な関係のままでいられる。
それが、望ましいことのはずなのに。
甲斐を突き放したことは、正しい選択のはずなのに。
何で、気分が重たくなるのだろう。

久遠は気が重たいまま、帰り道を歩む。
今は、誰とも会いたくなかった。
けれど、それは叶わぬことで。
家に着く前の道に、5人の男が立ち塞がっていた。

「お前、久遠って奴だよな」
見覚えのある人物に呼び止められる。
絆創膏やガーゼが張られている顔を見たら、それが誰なのかは一目でわかった。
この前喧嘩をして、のしたグループの一員だ。

「ちょっとツラ貸せよ」
大人しくついて行く馬鹿はなかなかいないと思うけれど、断っても無理矢理連れて行かれるのは目に見えている。
腕力で敵う相手ではないと、久遠は何も言わず、相手の後をついて行った。




着いた場所は、人気がない、広い倉庫。
ここも、喧嘩をするには定番の場所だった。
そうして目的地に着いたとたん、鉄骨を背にして座れと言われる。
久遠が従順にしていると、メンバーの一人がロープで鉄骨と体を縛り付けた。

「お前、やけに大人しいな。ま、やりやすくていーけど」
久遠は何も反応せず、相手が縛り終わるのを待っていた。
自分の力では、抵抗しても無駄なことはわかっているし。
グループに入ったときから、こういうことはあるだろうと覚悟していた。
縛り付けられた腕が痛んでも、自分の身がかわいいとは思わない。
これから、徹底的に殴られるのかと思ったが。
見るからに華奢な相手をわざわざ縛り付けるには、他の理由があったようだった。

メンバーは久遠に手を出す様子はなく、携帯で何かを話している。
距離が離れているので、その内容は聞き取れない。
しばらくして、通話が終わったのか、その相手が久遠に歩み寄ってきた。


「気になるか?話してたこと」
相手はにやにやと笑い、久遠と視線を合わせる。
波風を立てないよう、一応頷いておいた。

「今、お前んとこのグループを呼びだした。まあ、お前は人質ってことだな」
「・・・そうなんですか」
久遠は、驚きも何もしなかった。
呼び出したとしても、誰も来ることはないだろう。
元々、お互いは希薄な関係だったし。
お目付け役の甲斐も、さっき突き放したばかりだ。
誰も来なかったら、憂さ晴らしに殴られるかもしれないが、恐怖心は生まれなかった。


「・・・お前、すげー冷静なんだな。ちょっとぐらい慌てふためいてもいいもんなのによ」
相手が、久遠の顔を覗き込む。
人質を用意するなんて卑怯極まりないことだったが、目的の相手が来なければ意味はない。
久遠が黙ったままでいると、髪を引っ張られ、顔を上げられた。

「ふーん、やっぱあいつらと群れてるのが不思議なくらい綺麗な顔してんな」
じろじろと顔を見られ、良い気分ではなくなる。
確かに、喧嘩をする役割ではないので、傷や痣はないが、そうやって褒められてもあまり嬉しいものではなかった。
そうして、お互いが顔を観察していると、ふいに相手が迫り、頬に舌を這わした。

「っ・・・」
とたんに背筋に寒気が走り、久遠は顔をしかめる。
「お、やーっと嫌そうな顔見せたな」
久遠の表情を見て、相手はなぜか嬉しそうにしている。
「あーあー、お前、またいらん趣味出してよー」
他のメンバーの一人がたしなめるが、久遠の前にいる相手は聞いてはいないようだった。

「いいじゃねーか、少しくらい楽しませてくれよ」
久遠の前の相手はにやりと笑い、今度は首筋へと舌を這わせる。
また寒気がして、顔をしかめずにはいられなかった。
これなら、殴られた方が幾分かましかもしれない。
舌が動かされるたびに、寒気と嫌悪感が湧き上がる。
やめろと叫びたかったけれど、それは相手を逆撫でする結果にしかならない。
久遠は、身震いを抑えつつ、ひたすら耐えるしかなかった。


「おい!来てやったぞ!」
突然、倉庫に、通りの良い声が響き渡る。
全員が声の方を向き、久遠の前にいた男はゆっくりと立ち上がった。

「やけに早かったな・・・って、お前1人か」
「ああ。お前らぐらいなら、俺一人で充分なんだよ」
「はっ、いくらお前がケンカ慣れしててもな、5対1じゃあ結果は見えてんだろ」
倉庫に来たのは、甲斐だけだった。
誰も来ないと思っていたのに、まさか、さっき突き放したはずの相手が来るなんて。
お目付け役なのだから責任取って取り返して来いと、そう命令されたのだろうか。
それにしても、一人で来るなんて無茶にもほどがある。
決して、甲斐は弱いわけではないけれど。
相手の言う通り、五人が相手では無謀でしかない。
メンバーの命令をほいほいと聞いて単身で来るなんて、久遠には甲斐が愚かだとしか思えなかった。

「まあ、これでボコらなきゃ、折角の人質も報われないってもんだしな。。
オメーら、行くぞ!」
リーダー格の号令を合図に、五人が一斉に甲斐へと向かって行った。




それは、喧嘩というよりは、一方的なリンチだった。
やはり、一人で五人を相手にするのは無茶なことで。
甲斐は反撃はしていたものの、受けるダメージの方が大きすぎた。
久遠は、思わず目を逸らす。
喧嘩を見るのには慣れているはずだけれど、この状況は見るに堪えない。

殴られている相手が、甲斐だからだろうか。
それとも、あまりに一方的な光景に心を痛めているのだろうか。
どちらにせよ、もう、止めてほしかった。
甲斐はすでに反撃する力を失っているのか、足元がおぼつかない。
そして、とうとう座り込んでしまった。

「いいザマだな。でも、これくらいで終わると思うなよ」
メンバーの一人が、なおも甲斐に近付いてゆく。
そのとき、久遠は反射的に叫んでいた。

「もう、やめてくれ!甲斐は、反撃する力だってないんだ!」
今までじっと黙っていた久遠が声を張り上げたので驚いたのか、メンバーがその方を向く。
すると、先程久遠と対峙していた相手がにやりと笑った。

「そーか、止めてほしいか。まー、俺はそろそろ止めてもいいって思ってんだよな」
相手が久遠に歩み寄り、しゃがんで視線を合わせる。
「でも、まだ物足りねえって感じもあるからよ。お前がさっきみたいに大人しくしてたら、満足するかもな」
相手は久遠の耳元で囁き、そして、同じように舌を這わせた。

「っ・・・!」
嫌な寒気が、久遠の身を襲う。
それを見た甲斐は、目をかっと見開いた。
「テメェ!離れろ、今すぐ離れろ!」
甲斐は立ち上がろうとしたが、異変に気付いたメンバーにはがいじめにされて止められた。
周囲のメンバーは、必死になっている甲斐をあざけわらうように観察していた。

「お前のお友達、必死だなぁ。もっと焦らせてみるか?」
面白くてたまらないというような口調と共に、相手は久遠の服を脱がそうと、ボタンを外し始めた。
「っ、嫌だっ、止めろ!」
今まで耐えていた久遠だったが、とたんに焦りを見せた。
弄られるだけならまだしも、服を取られることだけはされたくない。
そうなってしまえば、見られてしまう。
目の前の相手だけではなく、甲斐にも。

「おい、テメェ!止めろって言ってんだろうが!」
「うるせぇ、黙ってろ!」
叫んだ途端に殴られ、甲斐の言葉が止められる。
「へぇ、お前、服剥ぎ取られるときは流石に抵抗すんのか。。
やっぱり、従順な奴より、そっちの方が面白いよなぁ」
抵抗を示したことが逆手になってしまったのか、相手は口端を上げて笑う。
服の前面がはだけ、肌が露わになる。

「嫌だ・・・見られたくない、嫌だ・・・」
怯えのあまり、久遠の声がか細くなる。
それでも、やはり相手の行動は止まらず、服に手がかけられた。
もう、見られてしまう。
久遠は、泣きそうになりながら俯いた。




「群れて寂しがり屋のガキ共が、倉庫でかくれんぼでもしてんのか?」
「あぁ?」
メンバー以外の声がして、久遠の前に居た相手が振り向く。
他のメンバーは現れた者を見て、顔色を青くしていた。

「チッ、またサツかよ!・・・けど、一人だ。俺らでノシちまえば・・・」
そう言い終わらない内に、バン!と激しい破裂音が響いた。
破裂音と共に放たれた弾は、勢い良く壁にめり込む。

「え?お、おい、ちょっと、待・・・」
もう一度、バン!と破裂音が響く。
今度は、動揺している相手のすぐ脇を、銃弾が通り過ぎていった。
「散れ、ガキ共が!」
構えられた銃は、真っ直ぐに同じ相手を狙っていた。

「マ、マジかよ。おい、行くぞ!」
顔を青くしていたメンバーは、蜘蛛の子を散らすように慌てて倉庫から逃げ出した。
「兄貴・・・」
解放された甲斐は、その場にへたりこんだ。
真夜は脇を通り過ぎ、久遠のロープを解きにかかる。

「ったく、お盛んなガキ共が。銃弾二発も使わせやがって」
相手を怯えさせるためとは言え、必ずしも拳銃を撃つ必要はないんじゃないかと久遠は思ったが。
この状況で、そんなことは言えなかった。
ロープが解かれ解放されると、久遠はすぐに服を整えた。

「ありがとうございます、真夜さん。・・・本当に、助かりました」
もう少し遅ければ、今頃、傷を見られていた。
そんなときに真夜が現れたものだから、久遠は心底安心していた。
真夜に礼を言うと、すぐに甲斐の元へ駆け寄る。

「甲斐・・・」
「・・・はは、全然ダメだな、俺。何にもできねえで、ただサンドバッグにされて・・・」
甲斐は、自嘲するように力なく笑った。

「駄目なんかじゃない。・・・甲斐は、僕が嫌なことをされそうになったとき・・・止めろって、そう言ってくれた」
散々殴られた後で、まだ周りに敵がいる中で、そう抗議してくれた。
友好関係のない、希薄な関係ならば、少しでも自分を保身するために、放っておかれてもおかしくはなかった。
けれど、甲斐は自分が殴られるのも構わずに叫んでいた。
今日、突き放されたはずの相手のために。
久遠は、甲斐にひどいことを言った自分を嫌悪し、情けない気持ちで一杯になった。

「甲斐、立てるか?僕の家、そんなに遠くないから・・・手当てさせてほしい」
久遠は、甲斐に肩を貸し、立ち上がる。
突き放しておきながら、今更なことを言っているのかもしれないけれど。
せめて、痛みを和らげることはしたかった。
甲斐もそれを望んでいるのか、久遠に身を預け、ゆっくりと歩みを進めた。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!。
いちゃついてなくてさーせんorz次回はちょっとひっつきますので!。