悪ガキ共と不良警官7


自宅に着いたとき、久遠はすぐに甲斐をソファーに座らせ、救急箱を用意した。
長年使っておらず使用期限が気になったが、ないよりはいい。
久遠はガーゼを消毒液で湿らせ、甲斐の傷を拭いていく。
それがしみるのか、甲斐はたまに眉をひそめたが、苦痛の声はあげなかった。

消毒が終わり絆創膏を貼ろうとしたが、甲斐は「もういい」と言って久遠を押しとどめた。
何から何までされるのは子供の扱いを受けているようで、気が引けるのかもしれない。
言われた通り、久遠は絆創膏を箱に片付けた。

手当てが終わってしまうと、することがなくなり、沈黙が流れる。
なぜか、その空気が苦しくなり、久遠は控えめに尋ねた。

「甲斐は・・・どうして、来てくれたんだ?」
そう問われると、甲斐は何でそんなことを尋ねるのかと不思議に思うようにすぐ答えた。
「そんなの、仲間だからに決まってるじゃねーか」
「仲間・・・」
あんなふうに突き放した相手を、まだそんなふうに表現するのかと驚く。
けれど、もう甲斐のことを愚かだとは思わなかった。
自分のために必死になってくれた相手に、今は感謝の念を抱いていた。


「・・・それは、どんなことがあっても、覆らないことなのか?」
久遠は、自分でも驚くような質問をしていた。
仲間だなんて言われたら、鬱陶しいと思うはずだったのに。

「ああ、覆らねーよ。お前は仲間だ。・・・でも、お前はそういうの、嫌なんだったな」
甲斐の言葉が、胸に突き刺さった気がした。
全く持ってその通りだと、そう答えていいはずなのだが。
嫌だと、はっきりと言い切ることもできなかった。

「それでも・・・俺、お前が、好き勝手にされてるの見て、本気で嫌だったし、それを助けられない俺自身も嫌だった」
久遠は、甲斐と視線を合わせる。
すると、控えめがちに、甲斐の手が伸ばされた。

「お前が、ここに触られてるとき・・・すげえ、嫌だった」
甲斐の手が、久遠の首筋にそっと触れる。
久遠は、それを退けようとはしなかった。
さっき弄られたときの寒気は、全く感じない。
触れているのが、舌ではなく手だからなのだろうけれど。

「ここも、汚ねーもんに触られて・・・」
甲斐の手が、久遠の頬を包む。
そうして包まれると、久遠は抱き留められたときと同じような安心感を覚え、自然と目を細めていた。
久遠がじっとしていると、甲斐が腰を上げ、距離を縮めてくる。
そのとき、甲斐はふと何かに気付いたように久遠の腕を見た。

「ここ、縛られてたのか」
「え・・・?」
手に包まれ、安心していたせいで、反応が遅れた。
気付いたときには、腕を取られていて。
そして、袖を捲られていた。

「・・・!」
声にならない声が喉を通り、安心感が吹き飛ぶ。
「あ・・・」
甲斐は、久遠の腕を見て目を丸くしていた。
とっさに、久遠は甲斐の手を振り払う。
そして、怯えるような目で目の前の相手を見た。

見られてしまった。
油断した自分がいけなかった。
まさか、あんなにあっさりと見られてしまうなんて。
もう近寄ってこない、遠巻きにされる、根掘り葉掘り質問される。
傷を見られた事実が、とたんに久遠を怯えさせていた。

「久遠・・・」
甲斐の手が、再び久遠へ伸ばされる。
さっきまで安心感を与えてくれていた手が、急に恐ろしく見えて。
久遠は俯き、強く目を瞑っていた。
怯えている様子を見て、甲斐は手を引っ込める。
けれど、引き下がったわけではなかった。

「久遠・・・」
もう一度名前を呼び、甲斐は久遠の体に両腕を回した。
抱擁してもいいかと尋ねるように、やんわりと。
それでも、久遠の体は頑なに強張る。
けれど、真夜に抱き留められたときと同じように、自ら腕を振りほどこうとはしなかった。

「・・・軽蔑されるって思ったか?何か、ヤバイとこに、切り傷があるから・・・」
久遠は小さく頷き、肯定した。
「実は、兄貴からもう聞いてた」
「えっ・・・」
声にならない驚きが、また久遠の喉を通る。

「それで、兄貴が無理矢理お前から聞きだしたんじゃないかって、そう思って・・・」
だから、甲斐は屋上で、しつこく尋ねずにはいられなかった。
自分の兄が何か迷惑をかけたんじゃないか、久遠に嫌な思いをさせたのではないかと、気がかりでならなかったのだ。

「じゃあ、甲斐は誰に言われて僕と一緒にいるんだ?。
僕がグループから抜けないよう、監視しておけって言われてるんだろ?」
傷のことを知っているのに、近付いてくる。
その理由は、逆らえない誰かに命令されているからとしか考えられなかった。
久遠は顔を上げ、甲斐を見て答えを待った。
ごまかして、視線を逸らす様子を見逃さないよう。

「は?別に、監視しろなんて言われてねーよ?」
迷いのない返答に、久遠は虚をつかれた。
「・・・じゃあ、甲斐は自分の意思で僕と一緒に居て、倉庫に来たって言うのか?」
「ああ、そうだけど。今更聞くことか?」
またもや迷いのない答えに、久遠は呆気にとられた。

甲斐が嘘をついているようには見えないのだから、困る。
本当に、甲斐は誰に命令されたわけでもなく、自分の意思で共に居ることを望んだというのだろうか。
こんな傷物の相手のために、倉庫へのこのことやって来たというのだろうか。
事実を知っても、遠巻きにしないでいてくれる相手が二人もいるなんて。
久遠は、すぐに信じ切ることができないでいた。

「久遠は、傷のこと気にしてるのかもしれねーけど・・・さっき、言っただろ?。
俺とお前は仲間、それは覆らねーって」
甲斐は、まるで子供のように笑った。
純真無垢を思わせる、屈託のない笑顔。
そんな表情で平然と嘘をつけるほど、甲斐は器用には見えなかった。

「・・・ありがとう、甲斐」
ぽろりと、お礼の言葉が零れる。
知らず知らずの内に、嬉しいと、そう思っていた。
遠巻きにされることを望んでいたときもあったのに、今は―――。

久遠の言葉が嬉しかったのか、甲斐はまた無邪気に笑い、今度は思い切り腕をまわした。
久遠は、真夜のときと同じように安心し、甲斐の抱擁を受け入れていた。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!。
七話目で、やっと抱擁が・・・自分でもじれったいくらい進展が遅いです。
けれど、ここからはむしろ進展しかしません←。