悪ガキ共と不良警官9


久遠は、今日も学校へは行っていなかった。
二日連続でさぼっているわけではなく、今日が祝日なだけだった。
家で過ごしてもよかったが、外へ出れば、甲斐か真夜に会えるかもしれない。
久遠はそんな期待を抱き、玄関へ向かう。

けれど、外へ出る必要はなかった。
扉を開けようとした瞬間、ちょうどチャイムが鳴らされた。
相手を確認することもなく、久遠は扉を開く。

「よお、ちょっと上がらせてもらうぜ」
目の前に居たのは、会えるかもしれないと期待していた相手。
久遠は断るはずもなく、真夜を部屋へ通した。


真夜はソファーに遠慮なく腰かけると、すぐに問うた。
「で、昨日、甲斐とはどこまでやった?。
まさか、何もされなかったってわけじゃないよな」
来て早々そんなことを聞かれ、久遠は少し戸惑う。
昨日のことを思い出すだけでも、頬に熱が上ってくるというのに。

「・・・・・・キス・・・されて・・・好きだと、そう言われました」
どちらもとても衝撃的なことで、久遠は言葉に詰まりつつ答えた。
「へえ、あの愚弟がよくやったもんだ。で、お前はどうなんだ?」
「え?あ・・・・・・温かくて、安心しました」
真夜さんに抱き留められたときと同じように、と付け加えたかったけれど。
そんな恥ずかしい台詞は、とても言えなかった。

「そうじゃない。甲斐の言葉に、お前はどう答えたんだ」
質問を取り違え、久遠は恥ずかしそうに視線を逸らした。
「・・・どうとも、答えられませんでした」
だって、甲斐の腕の中で、真夜さんの顔が思い浮かんでしまったから。
そんな台詞も、易々と言うことはできなかった。

「何だ、拒まなかったのに、お前は何も言わなかったのか」
言われた通りで、久遠は口をつぐむ。
抱擁も、口付けも、決して嫌悪するものではなかったし。
こんな傷物を好いてくれている甲斐の言葉も、嬉しかった。
けれど、その言葉に答えるときは、自分が相手を愛していると明確に分かったときだ。
自分の気持ちが確立していないまま返事をしても、何の意味もない。

「あいつのことが嫌いじゃないんだったら、受け入れちまえばいい。。
甲斐はお前のこと、抱きたいって思ってんだから」
ただの抱擁ではない事を言われ、久遠は目を丸くする。
たとえ、甲斐にそう言われたとしても、やはり嫌悪感は覚えないと思う。
けれど、自分はすんなりと肌を見せることができるだろうか。
それに、もし、甲斐とそんな関係になったとき。
そのときも、やはり真夜のことを思い出すのではないだろうか。

「まあ、これで俺はお役ご免だな。もう、自傷はしてないんだろ」
「していませんけど・・・お役ご免って、どういうことですか?」
「俺は、お前の自傷癖を止めるためにこの街にいた。。
だから、それが解消されたから、別のとこへ行くんだよ」
言葉にならない声が、久遠の喉を通る。
ここを離れると、真夜はそう言った。
確かに、真夜はこの街に常駐している警官ではないけれど。
まさか、こんなに早く去って行ってしまうなんて。

「僕の癖を直すために・・・そのために、甲斐をけしかけたんですか」
昨日、真夜が甲斐を押し、切欠を与えた理由が今わかった。
それは、寂しがり屋の相手に友人以上の存在を作り、自傷を忘れさせるためだったのだ。

「勘違いするなよ、甲斐がお前に好意を抱いてたのは事実だ。。
ちょうどよかったから、俺はそれを利用させてもらっただけだ」
全ては、自虐癖のある少年を改心させるためにしていたこと。
いつかの抱擁や、髪を撫でたことも、そのためだけにしていたことだったのだろうか。

「・・・もし、甲斐が僕のことを何とも思っていなかったら・・・真夜さんは、どうしたんですか」
それは予想していなかった質問だったのか、真夜は少しの間口を閉じた。
「・・・そうだったら、他の奴を見つけてお前と引き合わせただろうな」
その答えは、久遠が望んでいたものではなくて。
それが無性に悲しくなり、思わずその場を離れていた。
駆け足で、洗面所へ向かう。
もう、目を向けることはないと思っていた物がある場所。
久遠はその刃物を手に取り、袖を捲った。

「おい、何してんだ!」
追いかけてきた真夜に、手を抑えつけられる。
「放して下さい!僕には、まだこれが必要なんです!」
真夜の手を振り払おうと、久遠は抵抗する。
そうして無我夢中で腕を振り回していたせいで、真夜の手にさっと剃刀がかすめた。

「あ・・・」
刃が、皮膚を切ってしまった感触がして、久遠ははっとする。
自分を止めようとしていた真夜の掌には、はっきりとした赤い線が引かれていた。
久遠は青ざめ、剃刀を床に落とす。
そして、力なくその場に崩れた。

「どういうつもりだ、いきなり・・・」
真夜は久遠の正面に回り、厳しい目で睨む。
久遠はその視線を受け止め、真っ直ぐに目を見て言った。

「・・・僕にまだ問題があれば・・・真夜さんは、ここを離れるわけにはいかなくなる。。
だから、だから、僕は・・・!」
離れて行ってほしくない。
真夜がこの街を去ると聞いたとき、はっきりとそう感じた。
引き止めるためならば、何回だってこの腕を切ろう。
そうしようとした結果が、真夜を傷つけることになってしまったが。
一人になったら、どんなに深い傷だって刻んでみせる。
それで、真夜を引き止められるのならば、傷付くことなんて怖くなかった。

「こんなの、ただの我儘だってわかってます。。
・・・でも、行ってほしくないんです・・・どうしても・・・」
それは、自分勝手な、子供のような我儘に他ならない。
たとえ、真夜が、最初から仕事を遂行するために一緒にいたのだとしても。
この相手と離れたくないと、切望していた。

一瞬だが、真夜の目が揺らぐ。
好意を抱かれていると知り、眼光がわずかに弛緩したものになった。
それを機に、久遠は真夜の手を取る。
そして、許しを乞う思いで掌の傷に口をつけ、赤い線を舌先でおずおずとなぞった。
鋭い眼光は、驚愕に変わる。
その瞬間、真夜は久遠を抱き寄せ、血に触れていたその箇所を塞いでいた。

「ん・・・っ」
深く口付け、久遠の自由を奪う。
ただ重ね合わせるだけではなく、唇を甘く噛み、理性を消し去るように貪った。
激しい行為に、久遠の息が熱くなる。
呼吸をしようと口を開くが、余裕を与えぬよう、真夜は再びそこを塞ぐ。
そして、己の物を久遠の口内へ進めようとしたが。
ほんのわずかに残った理性がそれを止めたのか、真夜は久遠を解放した。


「は・・・っ・・・」
久遠は、大きく息をつく。
相手が離れても、熱は少しも消えなかった。

「いっちょまえに誘うようなことしやがって。甲斐を差し向けた意味がなくなるだろうが」
「甲斐・・・」
その名前を聞き、姿を思い出す。
差し向けられていたとは言え、好きだと、そう言ってくれた相手のことを。

「抱かれる覚悟は、できてんのか」
「え、あ・・・」
率直な問いかけに、久遠はうろたえる。
そういう行為がしたいから引き止めたわけではない。
ただ、会えなくなるのが嫌で、突発的にしたことだった。
それに、もし、覚悟ができていると答えてしまったら。
甲斐の言葉を拒むことと同意になってしまう。

真夜の傍に居たいと思う一方、甲斐が傍に居てほしいとも思う。
どちらかに身を許すということは、どちらかの想いを切り捨てなければならないということだった。

「まあ、何もすぐに移動になる訳じゃない。・・・選ぶのはお前だ」
真夜は久遠の頭を軽く叩き、その場を後にした。
そして、久遠は一晩中悩むことになる。
自分は、どちらとの関係を望んでいるのかということを。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!。
個人的にお気に入りなシーン、本能が勝つ場面が好きなのです(´Д`*)。