洋菓子店のスイーツ男性達1。


今日も今日とて、来客を示すベルが店内に鳴る。
入って来たのは、いつもの常連の女子高生。
店長はわざとらしくない、満面の笑顔でお客様を出迎えた。

「いらっしゃいませ!」
「店長さん、こんにちは。あ、珍しくかわいいケーキがある!」
お客様が、ショーケースの中でひときわ目立つケーキを指差す。
それは、四角いチョコスポンジに茶色のチョコレートがコーティングしてあり、
上には、ハートマークを象ったホワイトチョコレートが乗っている、今日の為に店長が作った新作だった。

「今日はバレンタインデーだからね!少しこじゃれたものを作ってみたんだ」
「じゃあ、これを下さい!私も食べたいから、2つお願いします」
「ありがとうございます。スズナ君、頼むよ」
オーダーが入ると、僕はすぐにケーキを取り出し、箱に詰める。

「お会計、800円になります」
暗算でもできそうな計算をレジに打ち、合計を言うと小銭がきっちり支払われた。
買い物はそこで終わるけれど、お客様はまだ帰らずに店長ととりとめのない話をしている。
話の内容は、新作の服がどうこう、流行っているアロマがどうこう、完璧に女性同士が話すような内容だ。
けれど、店長は全て流暢に受け答えをし、お客様の話しについていけていた。
これが接客業のプロなのかと、話題の豊富さに感心する。
次のお客様が来ると、女子高生話を止め、軽く頭を下げて店を出た。


「いらっしゃいま・・・せ」
来店された、背の高いそのお客様を見たとたん、店長の笑顔が少しひきつった。
「こんにちは、店長。今日も新作を買いに来たの」
このお客様も常連で、新作が出る日は必ず来店される。
最初に見たときは、端正な顔立ちで、身だしなみにも気を使っている、とても整っている男性だと思った。
それだからか、店長はやけに緊張して、普段通りの流暢な会話ができなくなっていた。

「あ、ありがとうございます。・・・どなたかにプレゼントされるんですか?」
「うふふ、どうかしらね。私も食べたいから、2ついただけるかしら」
「2つ・・・か、かしこまりました」
オーダーが入ると、さっきと同じくすぐに箱に詰める。
「お会計、800円になります」
機械的に言うと千円札が手渡され、お釣りと一緒にケーキを入れた箱を渡した。


「スズナ君も誰かにあげるのかしら?それとも、貰う側かしら」
「いえ・・・どっちもないと思います」
あげるにも貰うにも、こうしてバイトに来ているので大学の知り合いとは会う機会がなかった。
「あら残念、寂しくなったらいつでも電話してね。じゃあ店長、また来るわ」
「お、お待ちしています」
店長は無理をしているような笑みで、僕は空笑いでお客様を見送った。

「相変わらず、スズナ君はルネさんに気に入られているね」
「まあ、お客様ですから、嫌われるよりはいいですけど・・・」
相手から好かれれば、普通は嬉しいことだと思う。
ただし、その性別が女性であれば、の話だけれど。


この洋菓子店で働き始めて、一ヶ月が経つ。
選んだ基準はとにかく単純で、バイトを募集している店の中で自宅から一番近いという理由からだった。
洋菓子店に男一人で入るのは気が引けたけれど、店内は花柄の可愛い壁紙やきらきらしたデコレーションなどはなく。
シックな木の作りにシンプルなショーケースといった、飾りっ気のない雰囲気で入りやすかった。

募集し始めた頃だったからか、電話をかけたらすぐに面接を受けることがでた。
その内容は店長の作ったケーキを目の前で食べるというもので、普通に食べていたら、なぜか合格していた。
そうやって、幸運にもバイトとして働く事ができたのだけれど、店長も、客層も、少し変わっていた。





今日はいつもより来客数が多く、店長はひっきりなしにお客様の対応をしていた。
それでも、店内が混雑するほど込み合っているわけではなく、レジもフル稼働というわけでもない。
ただ、店長はとにかくお客様と話すのが好きなので、つい盛り上がり、一人のお客様と10分20分話すのは日常茶飯事だった。
洋菓子店のメイン客層は女性だけれど、この店には、女性のような男性もよく来店する。
話術に長けている店長はそんなお客様にウケがよく、常連客が増えて行き。
閉店時間になる頃には、ほとんどの菓子が売り切れていることが多かった。

「今日は盛況だったな、おかげで完売だ!」
「そうですね、これで店長の胃の負担が減りますし」
「それは、嬉しいのか悲しいのか微妙だな」
残った菓子はいつも二人で、特に店長が中心に平らげているので、苦笑いをしている。
店長は洋菓子店を営んでいることもあり、甘ければ何でも食べられるスイーツ男子だ。
男子、というには少し年が行きすぎているが、見た目は20代で、それもお客様を引き寄せる一つの要因だった。


「今日はおこぼれがなくて残念だと思ったかもしれないけれど、実は一つだけキープしてあるんだ!」
ショーケースの中にもうお菓子はなかったけれど、店長はキッチンから小さな箱を持って来た。
そのお持ち帰りの箱は、コンパクトで持ち運びやすいと評判で。
色も定番の白だけでなく、茶系統や青系統など、シックなものもあり評判が良かった。

「わざわざ箱に入れなくてもいいんじゃないですか?どうせ皿の上にあけるんですから」
「いや、それはだな・・・まあ・・・」
店長は言葉を濁らせ、視線を右往左往させる。
ルネさんに接しているときといい、戸惑っている様子がこれほどわかりやすい人はそうそういないと思う。
最初から、店長は裏表がない人だという印象があった。
接客の時は心から楽しそうに満面の笑みを浮かべ、お菓子を作っているときは鼻歌を歌い、
苦いものを食べたときは眉を潜め、甘いもののときは頬を緩ませる。
感情がそのまま顔に出るタイプらしく、ころころと変わる表情は見ていて飽きなかった。

「まあ、とにかく開けてみてくれ!」
三度の飯より甘いものが好きな店長に、残り一つしかない菓子を進められることが意外だった。
押し付けられるように迫られ、とりあえず箱を受け取る。


「・・・今日は、特別な日、なんだよな・・・」
突然、店長の声色が緊張したものに変わる。
「そうですね。おかげで、新作の売れ行きが良かったですし」
この店だけでなく、他の店でも洋菓子は大いに売れたはず。
今日は女性が男性に想いを込めたお菓子を渡す日で、来客数が増える日に備えて、店長も新作を作っていた。
茶色がメインで、華やかさには欠けるケーキだったけれど。
一風変わった雰囲気は、男性受けがよさそうだととらえられたのか、見事完売となった。



「・・・・・・スズナ君」
「何ですか?」
箱を渡した後でも、店長はやたらと言葉に詰まっている。
昼間に接客をしていた時からは信じられないほど口ベタになっていて、まるで別人だ。
じれったくなって、先に箱の蓋を開く。

「そ、それ、俺の気持ちだ!本気の気持ちだ!受け取ってくれえ!」
絞り出したような声に、意味がわからず呆けた表情で店長を見る。
中身を見ると、そこには完売したはずの新作ケーキが入っていた。
ご丁寧なことに、フォークも添えてある。


「・・・店長の、気持ち?」
「そ、そう、それが、俺の気持ちなわけで、つまり、わかると思うけど」
そう言われても、味見のつもりでもなければわざわざ取っておいた意味が分からない。
何も答えずに言葉の続きを待っていると、また、振り絞ったような声が発された。

「スズナ君が、その・・・ケーキを、食べてくれるんなら・・・俺と・・・・・・。
俺と、付き合って!ほしい!」
張り上げられた言葉に、硬直した。
からかわれているのだろうかと、そう思うのが当然だった。
けれど、顔を真っ赤にして、落ち着きなく視線を動かしている様子を見ると、
本気で動揺して、緊張して、冗談などではないんだと察してしまった。


「・・・どうしたんですか店長、おネエさん達に毒されたんですか」
「ち、違う!ほ、ほんとに、ほんとの気持ちだ!この日をずっと待っていたんだ!」
必死すぎるその口調からは、本気だと言うことが嫌という程伝わって来る。
働いてから、一般男性にしては少し変わったところがあることは知っていた。
けれど、それは女性の話しに合わせられるとか、男女共の流行に敏感だとか、そういうことで。
まさか、恋愛に関しても普通とは違うなんて思わなかった。

「・・・つまり、恋人になってほしいということでしょうか」
「そ、そうだ」
しどろもどろになっている店長を見て、すぐに首を横に振る事が出来なかった。
男性と付き合ったことなんて、今の今まで一度もない。

だからこそ、きっぱりと拒否できないでいる。
恋愛は、異性とするものだというのが定石だけれど。
だからといって、同性と付き合って何も面白くもないとは言えない。
正直に言って、店長をそういう目で見た事はないし、恋愛感情もない。
けれど、嫌っているわけでもないし、むしろ好感は覚えていた。



店長の不安げな眼差しをよそに、俯きがちにケーキを見詰める。
そして、数秒の間を空けた後、フォークを取った。

ケーキを口に運ぶと、とたんに、質の良いビターチョコレートの香りが広がる。
一口噛むと、柔らかなスポンジ生地の控えめな甘さと、チョコの濃厚な甘さが混じり合う。
ホワイトチョコレートはミルクの甘さが引き立てられていて、舌の上からじんわりと優しい甘味が広がって行く。
目を閉じてバランスのとれた味を堪能している最中、店長の視線をひしひしと感じていた。

「ごちそうさまでした。相変わらず、店長のケーキは美味しいです」
店長は顔を真っ赤にして、池の鯉の様に口をぱくぱくとさせている。
「あ、あの、食べてくれた、ってことは・・・」
「完食しておいて何ですけど・・・試用期間、ということでは駄目でしょうか」
卑怯なことを言うようだけれど、恋人になっていろいろとするなんて今は考えられない。
ただ、同性と付き合ったら自分と相手がどうなるのかと、面白半分で返事をしていた。


「いい!それでもいい!徹夜して新作を考えたかいがあった!スズナ君、これからよろしく!」
店長の声は明瞭になり、とても爽やかな笑顔を向ける。
それは、常連の女子高生やルネさんに向けた方が喜ばれるに違いなかった。
「じゃあ、僕はそろそろ帰ります」
あまり感激する事もなく、そっけなく出口へ向かう。
「スズナ君ありがとう!また明日!」
よほど嬉しかったのだろうか、最後まで、店長の声はとても軽やかだった。




―後書き―。
読んでいただきありがとうございました!
衝動的に思いついたスイーツ男子?の話です。
少し展開早くしたいので、いきなり告白から入らせていただきました。

私はカロリーを気にして、滅多にお菓子類は食べられないので・・・。
それなら、小説のキャラに思い切り食べさせたい!と思ったことから書き始めました。
なお、ここで出て来るおネエのルネさんは外見が女性ではなく男性をイメージしています。