洋菓子店のスイーツ男性達2


今日は、ほとんどの人が待ちに待ったであろう日曜日。
特に学生にとっては嬉しい日なのだけれど、僕は朝早くからバイト先へ向かっていた。

店側にとっては休日でも何でもなく、稼ぎ時で忙しくなる。
あまり客数が多くない店でも、休日は売れ行きが良くなるので。
店長はかなり早くから出勤し、仕込みをしているに違いなかった。
そんな日は同じく早めに店に赴き、お菓子を並べたり調理器具を洗ったりすることを手伝う。
バイトの規定時間外労働になるけれど、日曜には賃金以外の楽しみがあった。


店に入ると、早速洋菓子の焼ける香りが漂ってくる。
ほのかにバターと抹茶の香りがし、早足でキッチンへ入った。

「店長、おはようございます」
「おはよう!折角の日曜なのに、いつもありがとうな」
昨日の事があったので、またしどろもどろになっているのではないかと思ったけれど、店長はいつも通りの爽やかな笑顔を向ける。
朝がどれだけ早かろうが、お菓子を作っている時は機嫌が良くて。
今も、大きなボウルを片腕で支え、泡立て器で手早く生地を混ぜていた。

お菓子はまだ焼けていないようなので、いつも通りシンクにたまっている洗い物を片付け始める。
市販のものより一回り大きいボウルに、何枚もの軽量皿、散乱している調理器具を洗って行く。
洗い流したら、乾かす間もなく乾いた布巾で拭いて、どんどん積み重ねた。

お菓子作りには、とにかく多くの調理器具を使う。
味が混ざらないようにするため、バリエーションが増えるほど数は必要になり。
パティシエが店長一人だと言っても、洗った端から調理器具は次々と使われ、また流し台に置かれる。
その早さは、店長がかなりの腕前だということを示しているようだった。


洗い物が一段落つくと同時に、オーブンのタイマーが鳴る。
店長はボウルを置き、すぐに中からお菓子を取り出した。
とたんに、さっきより強い抹茶の香りが漂い、引かれるようにオーブンを覗き込む。

「今日の新作は、濃厚抹茶タルトにしてみたんだ!」
鉄板の上には、大きな丸型のタルトがどんと乗っている。
飾り気のない、シンプルな緑色のタルトだったけれど、切り分けられていない形状を見ると少し心が躍った。

「甘党の店長が、抹茶主体で作るなんて珍しいですね」
「ああ、今までは客数を増やすために女性向けのものを作っていたけれど。
これからは、男性向けの洋菓子も作って行くんだ!」
店のことを話すとき、店長はお菓子作りをしているとき以上に生き生きとする。
店長は、男が一人でも入りやすい洋菓子店を作る事を目指していた。

面接を受けた時、確かにシックな様式は男の自分でも入りやすかった。
けれど、店長は若者だけでなく、中年男性や年配のお客様も狙い目としていて。
いつかは、女性客よりも男性客の方が多い店にすると意気込んでいる。
今は、男性と言うかその中間のおネエさん方が多いので、少しずつ近付いて行っているのかもしれなかった。


「抹茶は男女共に好まれますし、良い新作だと思います」
店長は、毎週日曜には必ず朝一番で新作を焼き上げる。
まだ陽も出ていない内から時間外労働にも関わらず手伝うのは、そのおこぼれを貰うためだった。
「ありがとう!それに、スズナ君は抹茶系が好物だから・・・」
自分の事が話題に出て来て、一瞬動きが止まる。

確かに、抹茶風味のものは苦さも甘さも楽しめるので特に好きだった。
お店に出すためのお菓子なのに、そんな好みを意識して作ってくれたことにわずかな戸惑いを覚える。
けれど、僕は店長の様に感情を表に出す事があまり得意ではないので、表向きは平静としていた。



「・・・あ、もう並べてもいいものはありますか?」
「冷蔵庫に入ってるドーナツが良い頃だと思うから、それを頼むよ」
指示された通り、大型の冷蔵庫を開けてドーナツを取り出す。
冷蔵庫で保管してしまったら、生地がぱさつきそうなものだけれど、これは特殊だ。
下半分は通常のドーナツ生地だけれど、上半分は少し固めのムースになっていて。
しっとりとした食感と滑らかさを味わえる、女子に人気のお菓子だった。

その分、色も苺味のピンクやバナナ味の黄色がメインだったけれど、今回はここにも抹茶味のドーナツがあった。
生地にも練り込んであるのか、ほんのり緑がかっている。
新作が出ると、それを試食するのも楽しみだったけれど、どれくらい売れるのかも興味深かった。

トレーごとドーナツを取り出し、ショーケースの中へ並べて行く。
少しでも見栄えを良くするため、色ごとに分類し、ずれがないよう整列させる。
お菓子は、味はもちろんのこと、見た目も重要だ。

店の陳列は、定番のショートケーキやチーズケーキはショーケースの右半分に並べていて、ほとんど女性客が買う。
中年男性がランチタイムに食べていても違和感を覚えなさそうな、シンプルなものは左半分を占めていた。
武骨な形をしたシュークリームや、色が濃いエクレアなどがあり。
そっちはコクの深い大人な味がするとして、おネエさん方に評判だった。




次々と出来上がる洋菓子を並べて行くと、ケースの中が賑やかになる。
開店時間まで残り30分になったところで、店長に呼ばれた。
「スズナ君、朝早くからありがとう!荒熱が取れたから、抹茶タルト食べてみなよ」
「いただきます」
間髪入れず即答し、1ピース残っているタルトを掴む。
切るのも煩わしくて、三角に切られた先端を齧った。

タルトのさっくりとした食感に、抹茶のフィリングが溶け合う。
濃厚と言っていただけあって、今までに味見させてもらったどの抹茶フレーバーよりも味が主張していた。
けれど、苦味だけでなく、生クリームの甘さも加わって、何とも言えない深い味わいを醸し出している。
これなら、甘い物が苦手な人でも美味しく食べられそうだった。


一かけらも残さず堪能すると、店長の視線に気付く。
働き始めた頃から、こうしてお菓子を食べている時は、いつもそんな視線を感じていた。
目を向けると、店長はさっと体の向きごと変えて、意味もないのにボウルを持ち上げたり下ろしたりしていた。

「あの、店長・・・」
「さ、さあ、少し早いけどもう開店しようか!」
タルトの感想を言おうとしたら、露骨にうろたえてさっさと店の方へ行ってしまった。
面白いのはいつものことだけれど、慌てている様子はことさら面白くて。
今日からバイトが一段と楽しくなりそうだった。




店を開けると、店長の新作が出る日曜日には必ず来て下さる、常連のお客様が来店された。
けれど、その表情はいつもより冴えなかった。
「お、おはようございます、ルネさん。・・・お疲れですか?」
「店長には隠せないわね。創作活動に熱が入っちゃって、少し徹夜したらもうこのザマよ」
よくよく見ると、目の下に薄らとクマが見える。
化粧で隠した跡があるけれど、一目で気付いた店長の観察眼には脱帽した。

「創作活動って、ルネさんは芸術家なんですか?」
「まあね、一応絵描きやってるわ。あ、店長、今日の新作6個お願いね」
「ありがとうございます!」
前々から知っていたのか、店長は特に驚く事もなくとても良い返事をする。
どんな絵を描くのか聞いてみたかったけれど、6個と聞いてすぐに箱詰めに取りかかった。
お裾わけしたい相手が何人かいるらしく、いつも数個お買い上げになる、良いお客様だ。
箱を渡し、会計を受け取ると、ルネさんはいつも笑顔を向けてくれる。
そこには疲労が垣間見えて、少しの徹夜とはどれほどの時間だったのだろうかと心配になった。


その後は、日曜ともあり来客数がやや多く、あまり暇はなかった。
仕事をしている時の店長はいつもと変わらず、にこやかに接客をしていて。
僕も特に変わりなく箱詰めをし、レジを打っていった。

抹茶タルトの売れ行きは良く、抹茶好きな女性客も購入する事が多く。
昼休憩のときには、昼食もそこそこに追加で焼き上げたほどだった。
何の飾りっ気のないタルトだけれど、店長のお菓子の美味しさが認められているのだと思うと。
自分のことではないのに、少し鼻が高くなった。

午後は、昼食のデザートやおやつに購入する人が増え、休日なので学生も来店する。
中には店長のスマイル目当てで訪れるお客様もいて、時たまそんな風に人を引き付けられることを羨ましく思っていた。

やがて、ショーケースの洋菓子があらかた売れ、閉店時間になる。
閉店は5時と少し早目だけれど、今から明日の仕込みがあり、店長はまだ帰るわけにはいかない。
早朝からお菓子を作り、日中はひっきりなしにお客様と会話して、夜は仕込みをする。
休日は不定期で、下手をすれば一週間に一日も休まない時があり、店長の体力は無限大かと思うことがあった。


「スズナ君お疲れ様!今日はシュークリームが残ったから持って帰っていいよ」
「ありがとうございます」
店長が、武骨なシュークリームを3つ箱に詰めて、手渡してくれる。
洋菓子店でバイトをするようになってからというもの、両親もおこぼれを期待しているのでありがたかった。
そこから、父母共に口コミで店の評判が広がって行くので、一石二鳥だ。

「・・・今日、残ってるのが、ケーキだったら、よかったんだけど、な・・・」
露骨に言葉が途切れがちになり、店長は何か言いたげなのだとわかる。
「ケーキが食べたかったんですか?」
「い、いや・・・ケーキだったら、この場で・・・・・・。
あ・・・あーんして、っていうことが、できたな・・・と・・・」

恥ずかしい事を言っていると自覚しているのか、語尾が小さい。
そんな様子を見ると、昨日告白されたことを思い出す。
朝と日中の店長はお菓子のことで頭が一杯になっていて、変わったところはなかったけれど。
ひと段落ついた今、仕事時との落差が激しくて、面白かった。


「・・・そういえば、何で僕を選んだんですか?店長、女子高生にモテるじゃないですか」
また面白い反応が見られるかと、そんな問いかけをする。
そのとたん、店長が急に真顔になった。
「面接の時、シュークリームを食べてもらったこと、覚えてる?」
「はい。見た目以上に美味しかったので驚きました」

そのときに食べたのは、今持っている武骨なシュークリームだった。
よく見かける、いかにも生地が柔らかそうなものとは違い、岩石の様な形状が印象的だったのを覚えている。
よほど固いのかと想像しつつ食べたとき、確かに市販のものよりはやや硬めだったけれど。
パイ生地のようなさっくりとした軽さがあり、何層にも重なった食感に驚いていた。
中のカスタードクリームは濃厚で、口当たりが良くて、砂糖をただ大量に入れた甘さではなかった。
集中して味わうと、蜂蜜とバニラエッセンスの香りを感じ、思わず目を細めていた。



「俺は、そのシュークリームを食べている時の顔を見て採用したんだ」
「顔、ですか」
「ああ、スズナ君は何かを食べたとき、余計なことは一切考えず、それだけを味わうことに集中してくれる。。
それはパティシエとしてすごく嬉しいことだし、だから、君の顔をずっと見ていたら・・・ときめいて、いた」
成人男性から、ときめきなんて言葉が飛び出して来て笑いそうになる。
けれど、頬は緩まなかった。

「気になるんだったら、これからは、横目で見る程度に留めておくけれど・・・」
「いえ、店長がそうしたいんだったら、構いません」
僕は、朝にタルトを貰ったときのように即答していた。
確かに、昔から物を食べる時は、味覚に意識を集中させる癖のようなものがあった。
味わって食べているけれど、それを全て口に出して伝えることは難しくて。
母がお菓子を作ってくれたときも、「おいしかった」の一言で済ませることが多かった。
けれど、流石腕利きのパティシエと言うべきか、店長は心情を読み取ってくれていた。
それだけ注視して、理解しようとしてくれたのだと思うと、悪い気はしなかった。

「あ、ありがとう。・・・スズナ君を見ていられるのは・・・嬉しい」
途切れがちの口調から、いきなり熱烈な言葉が出て来てふいをつかれる。
何て反応していいのかわからなくて、僕は視線を逸らしていた。

「・・・じゃあ、そろそろ帰ります」
「あ、ああ、また、明日」
きびすを返すときに、視界の端で、店長の手がわずかに伸ばされるのが見える。
けれど、僕は何も見えなかった振りをして、店を出た。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
お菓子を味わう描写は力が入ります。それが小説のメインなもので・・・。
主人公視点で書いているので書き易いことこの上なし。

店長はとても奥手なので、告白から書いていて良かったです。たぶん、そうしないと後半飽き始めてだらけてしまうので。
これから、いちゃつきシーンでも心理描写入れて行きます。