洋菓子店のスイーツ男性達3


今日はバイトのシフトが入っておらず、授業もなく家でのんびりとしていた。
休みと言っても、平日なので両親は仕事に行っていてとても静かだ。
いつも賑やかな店にいるからか、たまの静けさに癒される。
そんな中、静寂を打ち壊すように着信を示すアラームが鳴った。
着信先を確認してから、電話に出る。

「はい」
『スズナ君!連絡が付いて良かった。申し訳ないんだけど、今から来てくれないかな』
店長はやや早口で、声だけでも焦っている様子が浮かぶ。
口調がよどみないので、仕事関係の事だろうとすぐに返答した。

「わかりました。すぐに行きます」
『ありがとう!自給は割り増しにするから!』
忙しいのか、余計な会話はなく通話が切られた。
仕事と言っても、閉店時間まであと2時間しかない。
特別な緊急事態が起こったのだろうかと、急いで支度をして家を出た。



店に着くと、正面入り口からではなく、職員専用の裏口から店内へ入る。
扉が開いた音に気付いたのか、店長がキッチンへ駆け込んできた。
「スズナ君、助かるよ!早速なんだけど、これをルネさんの家に届けてもらえないかな」
返事をする前に、店長から白い箱と地図が手渡される。

「ルネさん、どうかしたんですか?」
「それが、うちのお菓子を食べたがっているんだけど、家から出たくないらしくてね・・・。
あの人、創作活動に熱中すると食事もしないことがあるから、スズナ君に届けてほしいんだ」
それだけ力を入れて描いている絵はどんな大作なのだろうかと、好奇心が疼く。

「わかりました。行ってきます」
「ありがとう!俺はお客様を待たせているから戻るよ」
店長がいそいそとキッチンから出て行くのを見送ると、僕は箱を持って再び外へ出た。





地図の住所はさほど遠くなく、迷うことなくルネさんの家に着くことができた。
二階建ての家は、普通の一軒家よりはやや大きい。
チャイムを押すと、しばらくしてから扉が開いた。

「あら、スズナ君、来てくれたのね。どうぞ上がって」
そう言って出迎えてくれたルネさんの目の下は、以前より黒くなっていた。
「おじゃまします」
普通の配達なら、注文の品を受け渡して帰るところだけれど。
一度、芸術家の家を覗いてみたくて、厚かましくも入らせてもらった。

「人手が少ないのに、無理言ってごめんなさいね」
「いえ、一度ルネさんの家を見てみたかったので」
廊下は清潔感があり、埃一つ落ちていない。
けれど、先導されて部屋に入ると、雰囲気ががらりと変わった。


まず目に付いたのは、広い部屋のそこかしこにたてかけてある大小様々な絵だった。
テーブルの上には美術関連の本が山積みになっていて、カラフルな絵の具の跡がついている。
ソファーの前にはイーゼルがあり、キャンバスには作成途中の何かが描かれていて。
廊下の清潔さからは考えられないほど、散らかっていた。

「すぐに退けるから、少し待っていてね」
片付ける、のではなく退けるだけで、ルネさんは重たそうな本を軽々と持ち上げ、床に置く。
すると、テーブルに色とりどりの跡が見えて、流石にそこへ食べ物を置くのは気が引けた。
棒立ちになっていると、ルネさんが台所から真っ白なテーブルクロスを持って来て上に敷いた。
とたんにお洒落で清潔な雰囲気になったので、箱を置く。

「店長には適当に詰め合わせてって言ったんだけど、何を持ってきてくれたのかしら」
中身は僕も知らなかったので、隣から中を覗き込む。
そこには、抹茶タルト、シュークリーム、フルーツケーキ、ワッフルの4つが入っていた。
大半はシンプルな外見をしているけれど、フルーツケーキだけは何種類もの果物が乗っていて、色鮮やかで目を引かれる。


「相変わらずおいしそうね〜。でも、4つも食べられないから、スズナ君も食べて行かない?」
「え、でも、ルネさんがお買い上げになったものですし・・・」
「お堅い事言わないの。少し付き合ってちょうだい」
そのまま押し切られ、僕は椅子に座った。

「スズナ君、どれがいい?」
「じゃあ、フルーツケーキを・・・」
「わかったわ。折角だし、ミルクティーでも淹れるわね」
ルネさんが箱を持ち、キッチンへ移動した。
配達だけのつもりが、お茶とまでご馳走になってしまうなんて図々しいにもほどがある。
けれど、店長のお菓子を目の前にすると、つい居座りたくなってしまっていた。



食器を出す音がし、ほどなくしてほのかにミルクティーの香りが漂って来る。
「お待たせ。遠慮なくくつろいでね」
「ありがとうございます」
目の前に、ケーキ1つを乗せるにしては大き過ぎる皿が置かれ、隣にはまるで王室で使われていそうな綺麗なカップが並んだ。
添えてあるフォークは金色で、いかにも豪華な雰囲気が醸し出されている。
ルネさんはワッフルにしたようで、それが乗っている皿もまた大きい。
目を丸くしていると、ルネさんがくすりと笑った。

「部屋はごちゃごちゃだけど、自分が使う物にはこだわりがあるの。よくデパートに買いに行くのよ」
「そ、そうなんですか」
確かに、ルネさんは来店されたときから姿恰好が洗練されていて。
一目で男だとわかったとしても、どこか注視してしまうものがあった。


「さ、お茶が冷めない内にいただきましょ」
「あ、はい。いただきます」
恐る恐るカップを取り、ミルクティーに口を付ける。
まだ熱くてあまり量は飲めなかったけれど、茶葉の香りがかぐわしくて落ち着く。
上品な香りとは、こういうことを言うのかもしれない。
ルネさんの方を見ると、カップを持つ姿がかなりさまになっていた。

僕は慎重にカップを置き、フォークを手に取る。
恐縮に思いつつフルーツケーキを切るが、それを食べた瞬間、緊張感に構っていられなくなった。

果物の果糖と、砂糖を抑えた生クリームが絶妙に調和していて。
まるで果汁だけで甘くしたような、新しい生クリームの味を感じ、無意識の内に口端が緩む。
ケーキの上にはもちろん、スポンジケーキの間にも、苺やキウイなどが挟まれていて。
甘酸っぱさも加わり、後味がさっぱりしていてやみつきになりそうだった。


「ふふ、店長の評判通り、良い顔するのね」
ルネさんに見詰められ、はっとして表情を戻す。

「あの・・・僕、どんな顔をしているんですか?」
「そうねぇ、この世の最上級の幸せを噛み締めてるっていう感じかしら」
自感情を表に出すことは苦手だと思っていただけに、それほど露骨にわかってしまうのが意外だった。
確かに、店長の作るお菓子を食べているとき、幸福感を覚えないときはない。
全神経を味覚に集中させて味わいたくなる、そんな魅力があった。

「ねえ、そのケーキ一口くれないかしら?それだけスズナ君を虜にする味に興味があるの」
「あ、はい、どうぞ」
皿を寄せようとするけれど、重たくて高そうで、持ち上げるのが怖い。


「腕を伸ばせば届くんだから、一口分切ってくれればいいのよ」
何をしてほししいのかわかり、手が止まる。
けれど、ご馳走になっている身で断るのは申し訳なくて。
言われた通りケーキを切り、ルネさんの方へ腕を伸ばす。
開かれた口へ差し入れると、軽く含まれたところですぐに引いた。
性別は同じはずなのに、慣れないことをしているからか緊張感がよみがえってくる。

「あら、まろやかでいいお味ね。お返しに、私からも一口あげるわ」
ルネさんがワッフルをちぎり、差し出す。
それは、フォークに刺さっているわけではなく、直に指に触れている。
流石に戸惑い、ワッフルとルネさんへ交互に目をやるが、早くしなさいと言わんばかりに、腕が目一杯伸ばされている。
僕はここへ来て一番恐縮しつつ、少しずつ顔を近付けて行き、おずおずと口を開いて、ワッフルを含んだ。
指に触れないよう、慎重に口を閉じたけれど、ふいに長い指が伸ばされ、唇をかすかになぞった。

反射的に、即座に身を引く。
驚いて、ほとんど噛まないままワッフルを飲み込んでしまった。
「あら、ごめんなさい。スズナ君には刺激が強かったかしら」
「そ、そう、ですね」
今なら、店長がしどろもどろになる気持ちがわかる気がする。
動揺している様子を楽しんでいるのか、ルネさんはずっと視線を向けていた。

「あ、あの、ルネさんはどんな絵を描かれるんですか?」
雰囲気を壊すように、とっさに質問を投げ掛ける。
「そうね・・・言葉で説明するのは難しいから、食べ終わったら見せてあげるわ」
それから、なぜだかケーキを食べるペースが早くなる。
ルネさんは、上品に少しずつちぎってワッフルを食べていたけれど。
もともとそれほど大きくはないので、ほぼ同じタイミングで食べ終わった。


「ああ、糖分補給して生き返ったわ。それじゃあ、私の絵を見てもらおうかしら」
ルネさんが部屋を出たので、後に続く。
別の部屋に移動すると、そこには何十枚ものキャンバスが保管されていた。

「最近描いたのはこれね」
ルネさんが、自分の背丈ほどもある巨大なキャンバスを取り出す。
壁に立て掛けて全体を見ると、まずその大きさに圧倒された。
背景には、灰色と水色の、明るい色と暗い色が、煙が立ち上っているように入り交じっている。
中心には、大きくて歪んだ長方形があり、中が直線で区切られていて、色とりどりの四角刑が構成されていた。

「説明しにくいって、わかるでしょう。何を表現してると思う?」
問われて、じっと絵を見詰める。
正直に言って、何が描かれているのかはわからない。
けれど、どこか、独特な雰囲気があった。


「見た目は均衡がとれているんですけれど・・・とても不安定なような、そんな感じがします」
直線で構成されている四角からは、安定感が感じられる。
けれど、歪んだ長方形は無理をして均衡を崩さないようにしているようで。
それは、まるで描き手本人を表している気がした。

「そうよ、こんな抽象画をわかってくれて嬉しいわ。。
店長のおかげで、感受性が鍛えられているのかしら?」
ふいに、ルネさんが背後にまわり、肩に手が添えられる。
突然のスキンシップに思わず体が強張ったけれど、僕は黙ったままただ絵を見続けていた。




しばらくした後、ルネさんは体調が悪いのではなかったのかと思い出す。
なぜか、肩の上にある手がとても自然なことのようで、静止したままでいた。
「あの、ルネさん、僕そろそろ帰ります」
「あら、そう?」
そう言うと、体が反転させられ、出口へ促すように背に手が添えられる。
まるで女性が男性にエスコートされている気がしたけれど、特に何も言わずに部屋を出た。
玄関口へ出ると、帰る前にルネさんの方へ振り向く。

「すみません、ルネさんは疲れているのに、図々しく長居してしまって」
「いいのよ、私が引き留めたんだから。スズナ君と一緒にお茶ができて楽しかったわ。そうそう、これが代金ね」
ルネさんから、代金より一桁多い紙幣が手渡される。

「あの、これ・・・」
「配達料よ。じゃあ、店長によろしく言っておいてね」
明らかに高すぎる配送料だったけれど、有無を言わさぬ雰囲気があってそのまま言えから出てしまった。
常連とはいえ、お客様の家に入り込んでお茶をするなんて、自分でもどうかと思う。
けれど、今はバイトの時間外ということで、大目に見たかった。



―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
ここからおネエフラグも立ち始めます。
だいたい、店長とおネエの話を交互にする予定です。