洋菓子店のスイーツ男性達4


今日は、目覚まし時計の音ではなく雨の音で目を覚ました。
外を見ると土砂降りの雨が降っていて、一気に外出する気が失せる。
学校の授業は午前中で終わり、午後にはバイトに行く予定だったのだけれど。
大雨が降ると、店長は店を臨時休業にしてしまう。

店長いわく、雨の日はお客様が少なくなるけれど、商品は作らなければならない。
そんなときは食べきれないほどの売れ残りが出てしまい、泣く泣く廃棄することが耐えられないらしい。
作る量を調整できればいいのだけれど、店長に客数を予測するマネジメント能力は無いようで。
それならいっそ休みにしてしまおうと、そんな思いきった決断をしていた。

それでやっていけるのかと、心配になるときもある。
給料はだいぶ安くても、家から近いバイト先がなくなるのは惜しすぎた。


バイトがなくなったことで急に意気消沈してしまい、学校へ行くことが嫌になる。
いっそのこと、今日は一日中家で過ごしてしまおうと、僕はベッドに横になったままでいた。

家で過ごすにしても、何をしようかと考える。
面白いテレビはあまりやっていないし、マンガをひたすら読みふけってだらだら過ごすのは少し罪悪感がある。
学校をサボるのだから、その分何かためになりそうなことをしたい。
そうして思い付いたのは、自分でもお菓子を作ってみることだった。


早速台所に向かい、使えそうなものがあるか確認する。
冷蔵庫や戸棚を探すと、小麦粉、卵、バターなど一般家庭にある食材はあらかた揃っていた。
店長のようにお菓子の分量を覚えているわけではないので、ネットでレシピを調べる。
店には洋菓子しかないので、和菓子を作ってみようかと条件を絞り混んで検索をかけた。

饅頭、大福、団子など和菓子も多くのレパートリーがある。
ただ、問題はうちに餡がないことだった。
レシピの大半は餡が必要だったので、条件を変えてまた検索をかける。
すると、シンプルなカステラが一番に出てきたので、それを作ることにした。
レシピを印刷し、調理器具や材料を出して準備をする。
それから、レシピを逐一確認しつつ分量を量り、手順に添って進めて行った。


幸いにも難易度は高くなく、30分もしないうちに生地が出来上がる。
後はオーブンを余熱して焼くだけで、案外簡単に終わって拍子抜けしていた。
焼き時間もさほど長くなく、ネットサーフィンをしている間にあっという間にアラームが鳴る。
オーブンから取り出すと、黄金色よりやや濃いが、レシピ通りの焼き色がついていた。

粗熱を取るために網皿へ出すと、ほのかに蜂蜜の香りがする。
店長はあまり砂糖を使わず、その他の甘味料で甘さをつけるので、蜂蜜が主体のレシピが見つかったのは運が良かった。
見た目もシンプルで、店長の好みに合わせて作れたかもしれない。
カステラが冷めるまでは、またネットをして過ごす。
その最中、だんだんと雨の勢いが弱まってきていた。


しばらく経ち、粗熱が取れるとカステラを切り分ける。
早速味見しようと、そのまま掴んで口に入れた。
出来立てのカステラは、まだ中がほんのりと温かい。
ふんわり、と、しっとりの中間のような触感がし、スポンジケーキの生地だけを食べているような感覚になる。
蜂蜜の香りはするけれど少し味気ないので、チョコソースやメイプルシロップと相性が良さそうだった。

残りはラップに包んで冷蔵庫へしまおうとしたところで、ふと雨の音が止んでいることに気付いて手を止める。
朝のどんよりとした雰囲気はどこへ行ったのか、いつの間にか陽の光が差し込んできていた。
もしかしたら、午後から店長が店に来るかもしれない。
雨が止んだ今、店は閉めていても新作を考えに来る可能性はある。
お菓子はできるだけ早く食べてもらったほうがいいと、午後からは店へ行こうとカステラを袋に入れた。




簡単に昼食を食べ終え、店に向かう。
あちこちに水たまりがあって歩きにくくとも、さんさんと差す光がすがすがしかった。
店の前に着いたが、中は暗くcloseの札がかけられている。
一応通用口にまわり、扉を押してみたけれど鍵がかかっていた。
ひどい雨だったから、店長も自宅で1日を過ごすつもりなのだろうと、気落ちする。

「あれ、スズナ君!」
諦めていたところで声をかけられ、一瞬肩を震わせて振り向く。
目の前に私服姿の店長がいるのを見ると、落胆は一気に消え去った。

「今日は休みだけど、忘れ物?」
「いえ、午前中にお菓子を作ったんで、店長に食べてもらおうかと思って。。
ダメ元で来てみて良かったです」
「スズナ君が!?嬉しいなあ、寒いし早く入ろう」
甘いものに目がない店長は、楽しそうな様子で鍵を開けた。


キッチンは、当たり前なのだけれど、物音一つしなかった。
いつも店長が先に来ていて、オーブンの稼働音がしているので、静かすぎて違和感を覚える。
店長は早速食べる気なのか、入念に手洗いをし、テーブルに皿を並べた。
僕も手を洗い、袋を置く。

「店長はいつも洋菓子を食べているので、和菓子を作ってみたんです」
そこで、袋を取ろうとしていた店長が、ぴた、と止まった。

「わ、和菓子・・・?」
意気揚々としていた様子が、瞬時にかすむ。
「はい、カステラなんですけど・・・苦手でしたか?」
「あ、カステラか、カステラね、それなら大丈夫だ、よかった」
店長は安心するように息をついて、袋からカステラを取り出した。

「店長、和菓子があまり好きではないんなら・・・」
「い、いや!和菓子が嫌いなわけじゃないんだ!ただ・・・餡が苦手なんだ」
てっきり、甘いものなら何でも好きだと思っていたので、そんなにポピュラーなものが苦手なのが意外だった。


「小学生くらいの頃、餡まんが食べたくなって、母親に買ってもらったんだ。。
でもその餡が、砂糖だらけの甘さで、一口食べた瞬間から嫌になってね・・・。。
それでも捨てることはできなくて、泣く泣く食べたら胸焼けがして・・・それ以来、餡が苦手なんだ」
その味を思い出しているのか、店長の表情は冴えない。

「そうなんですか、だから店長は材料にこだわっているんですね」
「そう、製菓に砂糖は必須だけれど、入れすぎるとその味は不快に変わる。。
ただ甘いだけがお菓子じゃないんだ」
真剣な表情で語る店長に、僕は共感していた。
専門店のものはともかく、スーパーで安売りされているお菓子はやたら甘ったるいものがある。
以前は平気だったけれど、店長の洋菓子を食べている内に、手に取らなくなっていて。
おかげで、ただ甘さを主張するだけのものだけでなく、素材の味が感じられるものの方が好きになっていた。

「じゃあ、早速いただくよ。あ、切ってくれているんならこのままでもよさそうだね」
皿が用意されていたけれど、店長はカステラを手掴みで食べた。
そのとき、僕は少し緊張していた。
店長のご機嫌を取りたいというわけではないけれど、不味いと言われたらもうお菓子作りをしない気がする。
店長の反応が気になって、ずっと注視していた。



「・・・うん、これは、スズナ君っぽさが出てる味だね」
「どういうことですか?」
「味の表現としてはおかしいかもしれないけど、かなり精巧に作られてる。。
分量を1gも誤魔化さず、きちんと手順通りにしたんだね」
何だか、融通の利かない型物だと言われているようで、複雑な心境になる。
黙っていると、店長は慌てたように弁解した。

「け、決して悪いことを言っているんじゃないよ!お菓子作りには、こういう基礎が第一に大切なんだ。。
スズナ君は仕事もきっちりやってくれるし、カステラも、すごく安定感があって安心して食べられる味だよ!」
必死になっている様子を見ていると、無性におかしくなって頬が緩む。
店長は、どんな感想でもストレートに、流暢に語ってくれる。
元々の性格の違いもあるにせよ、そういうところに尊敬の念を抱いていた。

「ありがとうございます。僕も食べたいんで、チョコソース使ってもいいですか?」
「ああ、いいよ。冷蔵庫にまだ残っているから」
大型の冷蔵庫の扉を開き、外国のラベルが張ってあるチョコソースを取り出す。
日本のスーパーでは売っていない珍しいもので、カカオの成分が多く、甘さ控えめなので店長のお気に入りだ。
片手でキャップを開け、カステラの上から垂たらそうとする。
そんな行儀の悪いことをしたせいで、ソースは手にもかかってしまった。
慌ててボトルを冷蔵庫に戻し、床に落ちないように舐める。


「スズナ君!」
店長が声を上げ、大股で近付いて来る。
行儀の悪さを注意されるかと、僕はカステラを持ったまま硬直していた。
すぐ近くまで来ると、まだチョコソースがかかっている手首が掴まれる。
そこで、なぜか店長も硬直していた。
このカステラが食べたいのだろうか、じっと凝視している。

「・・・店長?」
声をかけると、店長がじわじわと上半身を倒す。
そして、甘い液体がかかっている箇所に、柔いものが触れた。
さっき自分で舐めたときと、同じ感触がしている。
僕は目を見開いて、店長の後頭部を見下ろした。

ソースの跡に沿って、とても慎重に、柔い感触が移動して行く。
そのまま、手がわずかに引き寄せられて、また違うものが触れる。
それが店長の唇だとわかった瞬間、手から頬へ血流が一気に流れ出したように熱くなった。
思わず手を強張らせてカステラを握ると、ぱっと手首が離された。


「ごっ、ごめん、つい・・・」
店長は顔を真っ赤にして、慌てふためいている。
先にそうやって動揺されると、こっちの戸惑いが薄れてしまう。

店長が黙ると、沈黙がやけに気まずくなる。
僕は口を塞いでしまいたくて、カステラを頬張った。
チョコレートの甘味が加わっているはずなのに、口が渇いてあまり味わえない。
生地に口内の水分が全て奪われて行くようで、咀嚼もそこそこに飲み込んだ。

「・・・僕、そろそろ帰ります」
「あ・・・そう、だね、今日は、本当は休みの予定だったんだし・・・」
こういうとき、店長は本当に口ベタになる。
その証拠に、唇は言葉を発し足りないと言わんばかりに半開きになっていた。
けれど、その続きを聞く前に、僕は店から出て行った。
緊張か、動揺か、不可解な動悸を抑えながら。



―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
少しだけいちゃつきましたが、店長が純情すぎて進めるのが遅くなる\(^o^)/
ヘタレ草食系男性を攻め側にしてみたいんですが、さてはてどう進展させるか・・・