洋菓子店のスイーツ男性達6


取り置きをしておいてもらった洋菓子の詰め合わせを受け取り、ルネさんと別れた後、僕はすぐに店へ向かった。
ちょうど閉店したところのようで、店内はまだ明るかったけれどcloseの札がかかっている。
通用口から入ると、店長が明らかに女性向けの雑誌を読んでいた。
おそらく、スイーツ特集のページを開いているのだと思うけれど。
表紙が華やかな雑誌を、成人男性が真剣な目で見ている場面はどこか滑稽だった。

「店長」
呼び掛けると、店長はさっと立ち上がった。
人が入ってきたことにも気付いていなかったのか、目を丸くしている。
その視線は、すぐさま高級そうな黒い箱に移された。

「スズナ君、買ってきてくれたんだね!」
店長は、まるで子供のような無邪気な笑顔になる。
「ありがとう!かなりの行列だったんじゃないのかい?」
「いえ、実はルネさんのお友達が店で働いていたので、取り置きをしてもらったんです」
箱をテーブルに置くと、店長の目は釘付けになった。

「そうか、ルネさんには俺からもお礼を言っておくよ。早速食べようか!」
後半、明らかに声が大きくなり、二人分の皿とフォークが並べられる。
「僕も食べていいんですか?」
「もちろん!スズナ君が買ってきてくれたんだしね。それに、味わっているときの表情を見ていたいんだ」
表情を見たいと、さらりと言われたことが意外だった。
けれど、それは感想に対して客観的な意見も聞きたいという探究心からだとすぐに気付く。
そこに一かけらでも恋慕が含まれていたら、流暢には言えないはずだった。

楽しみを抑えきれないように、店長が箱を開ける。
隣から覗くと、中にある4つの洋菓子は、どれも店長が作るものとはまるで違った。
小さな家の形をしたチョコレートケーキ、生クリームやフルーツなどがデコレーションされているプリン。
木や王冠の形をしたクッキー、苺に混じって桃色の薔薇の造形が乗せられているショートケーキ。
特殊なコーティングをしているのか、全てが輝いて見え、その豪華さに目を奪われていた。


「・・・スズナ君、薔薇は俺が食べてもいいかな」
「あ、はい、どうぞ」
店長はナイフを持って来ると、ケーキを二等分にし、クッキーを分ける。
プリンだけはどうしようもないので、スプーンを添えるだけに留めていた。
準備が終わると、お互い真向かいになるよう椅子に座った。

「じゃあ、スズナ君に感謝して、いただきます!」
まず、店長はチョコレートケーキを切り分け、口に運んだ。
同じタイミングで、僕も同じものを食べる。
その瞬間、あまりに濃いチョコレートの味に目を見開いていた。
家の屋根の部分にかかっている漆黒の液体が舌に触れると、呼気の全てがココアの味で包まれる。
ココアスポンジも、間に挟まるクリームも、全てが甘い。
店長にとっては、たまらない一品に違いなかった。


「甘い・・・ですね」
「ああ、大満足の濃厚さだ」
店長は、甘味を噛み締めるように目を閉じている。
次にショートケーキを食べるち、分厚い生クリームの層が舌の上でとろけて舌触りが良い。
相変わらず甘く、苺の甘酸っぱさが感じられなくなるほどだった。
クッキーはさっくりとした軽い触感で、バターの味がかなり濃い。
決して嫌な味ではないのだけれど、どれも濃厚すぎた。

「店長・・・コーヒーってありますか」
「ごめん、この店に苦いものは抹茶くらいしかないんだ」
抹茶程度の苦味では満足できないと、舌が訴える。
諦めて水を飲んだが、プリンにはとても手が出なかった。
表情からそれを察したのか、店長は黙々とプリンを食べていた。

「一口だけでもどうかな」
「少しだけなら・・・いただきます」
プリンカップの底に残っていた最後の一口が、スプーンごと差し出される。
僕は反射的に、ごく自然に口を開き、スプーンをくわえていた。
ひときわ甘いカスタードが、喉元を通り過ぎて行く。
スプーンを離したとき、ルネさんの家で飲んだコーヒーが恋しくてたまらなくなった。


「スズナ君、どうだった」
「高級店とあって、美味しかったです。けど・・・濃厚すぎて、もう食べられません」
味はどれも一級品で、最初の内はよかった。
けれど、いくら美味しくても、味が変わっても、だんだん口が拒否するようになってきていた。

「そうだね。俺みたいな甘党には良いけれど、あまり多くを食べられる味じゃない。。
これなら、価格帯が高くて個数が買えなくても、満足度は高いだろうね」
甘すぎるのはマイナスかと思ったけれど、そういう見方もあると納得する。
高くて1つしか買えなかったら、その味を求めてまた買いに来る。
これも、リピーターを増やす戦略なのかもしれない。

「これが、今求められている味なのか・・・うーん、新作を考え直すかな」
店長は完全に仕事モードに入っているようで、眉根を寄せて考え込んでいる。
さっき、プリンを相手に食べさせたことなどまるで気にしていない。
それは、以前に店長がしたいと言っていたことなのに。



「あの、店長・・・」
「ん、何だい?」
「無理に流行に合わせなくてもいいと思います。僕は、店長の作る洋菓子が一番好きです」
店長が平然としていることが面白くなくて、やや熱烈な台詞を言ってみる。
うろたえると思いきや、店長は口を半開きにしていた。

「ほ、本当に、俺の作った方が、美味しい・・・?」
「はい。店長の洋菓子に豪華さはありませんけど、その分味が想像しやすくて、安心して食べられるんです」
そして、いつも想像以上の満足感を与えてくれる。
食べるたびに幸せになる、店長の洋菓子はそんな味だった。
思いの全てを、饒舌に語ることはできなかったけれど。
うまい具合に、店長は動揺しているようだった。

「お、俺・・・もう、何て言っていいか、嬉しくて、口がまわらない」
簡単な感想なのに、店長は目を右往左往させて感激してくれている。
そんなことが喜ばしくも、面白くもあった。
「店長、実はルネさんに出会ったとき、恋愛相談もしてきたんです」
「れ、恋愛、相談・・・」
さらにうろたえさせてみたくなって、続けて言う。

「そうしたら、店長の好きにさせてみたらどうだって、アドバイスをもらえたんです。。
・・・店長は、僕にどんなことがしたいんですか」
「う、え、あ」
純情すぎる店長は、戸惑いばかりで言葉が出てこないようだ。
僕はもう黙り、根気よく返答を待った。


「そ、それは・・・手を握ったり、身を寄せたり、抱きしめたりしたい・・・よ・・・」
それは、まるで中学生の恋愛の様な願望だった。
相手がまだギリギリ子供だから、遠慮しているのだろうか。

「そうしてもいいですよ、試用期間なんですから。途中で拒まない保証はありませんけど」
あまりにも衝撃的なことを言われたのか、店長は言葉を無くしている。
正直、店長にどこまで許せるか自分でもわからない。
それを確かめるために、身を委ねる。
試用期間なんて言葉を使った、とてもずるいことだったけれど。
半端な気持ちでいるより、荒療治でも明確にさせたかった。

「い、い、いい、のか?」
「はい。・・・どうぞ」
テーブルに、手を仰向けにして無防備に置く。
店長はじっとその手を見詰めて、緊張のあまりか生唾を飲んでいた。
恐る恐る、手が伸ばされる。
そして、とても軽く、掌が重なった。

自分よりもやや大きな手は、とても温かい。
毎日のように熱い焼き菓子を触り、洗い物をしているからか肌は荒れ気味だった。
重ねるだけでは物足りないのか、そっと、包み込まれる。
拒否していないと示すように握り返すと、温かみが増した。


よほど緊張しているのか、全く会話がない。
そうしていると、店長の手がじんわりと汗ばんできているのを感じた。
「ごっ、ごめん」
不快感を与えたと思ったのか、手がさっと離される。
そこで、店長は恥ずかしそうに俯きがちになってしまった。
この調子では、さっき言っていたことをするまでかなりの時間がかかりそうだ。

そうなると、試用期間もずるずると先延ばしにされてしまう。
僕自身も自分の気持ちをはっきりとさせたいし、店長も望んでいるはず。
だから、店長の隣に椅子を移動させて、肩をくっつけるように身を寄せた。

「あ、え、スズナ君」
「別に、嫌じゃありませんから・・・そんなに遠慮しなくてもいいです」
こうして、身を寄せても何ら不快感はない。
むしろ、腕の辺りから伝わる体温が高くて心地良かった。

「じゃ、じゃあ・・・立ってもらっても、いいかな」
お互いに立ち上がり、真っ向から向き合う。
少しの間の後、店長は両腕を伸ばし、ぎこちなく抱きしめた。
とたんに、体が温かさに包まれる。
重なり合った胸部から、大きく呼吸するリズムが伝わってくると、不思議と安心した。

まだ遠慮しているのか、背に回る腕はとても弱い。
僕は腕をまわし、自分の体を押し付ける。
店長は驚いたように強張ったけれど、相手を抱く力は少し強まったようだった。
同調するように、胸の内から温まって行くような感覚にとらわれる。
気付けば、自然と目を閉じ、その温もりだけを感じていた。
まるで、洋菓子を味わっているときのように、今接している相手のことしか考えられなかった。



しばらくしてから店長の手が緩められたので、同じく手を離す。
意外なことに、距離を置くのではなく、相手を引き留めるようにして肩に手が置かれていた。
顔を真っ赤にしつつも、真剣な眼差しで見詰められる。
その眼差しは、とてもゆっくりと、じわじわと近付いて来ていた。
それだけ遅いと、何をされるのかわかってしまう。
けれど、抱き締められていたときと同じように、自然と目が閉じられていた。

これは、ただ単に、店長とどこまでできるか試したがっているだけだ。
けれど、まだ触れ合っていないのに、心音がはっきりとしてきている。
そうして、やや緊張しつつ、行為がなされるのを待った。

店長が、一歩足を進める。
さらに緊張した時、肩の手は離されていた。
どうしたのかと目を開くと、店長は耐えきれないように俯いていた。

「ご、ごめん・・・俺、こんなことするの、初めて、だから・・・」
店長は、予想以上に純情で、草食系で、そしてヘタレだった。

「店長、女性と付き合った事はないんですか」
「・・・・・・ない」
予想通りの返事に、肩の力を抜く。
一般的な女性ならば、じれったさを感じると思うけれど。
僕にとっては、そんなゆっくりとしたペースがありがたかった。
性急に求められていたら、怖くなっていたかもしれない。
同性とは、抱き締められることさえ初めてだったから。


「スズナ君も、やっぱり、こんなヘタレな奴じゃ・・・嫌、かな」
「そんなことありません」
即答すると、店長は目を見開いた後、はにかんで笑った。
その笑顔は、まるで子供の様にあどけない。
大の大人にこんなことを思ってしまうなんて可笑しいけれど、かわいらしかった。

「もし、もし、スズナ君が嫌じゃなかったら・・・・・・つ、次の休み、俺の家に、来て、くれないかな」
今度は、僕が目を見開く番だった。
勇気を振り絞ったような、必死な言葉に応えたくなる。

「いいですよ。店長の家に行ってみたいです」
良い返事をすると、店長の表情は一気に晴れやかなものになった。
「ありがとう!じゃ、じゃあ、徹底的に掃除しておくよ!」
その喜びようは純情な中学生の様に見えて、やっぱり可笑しかった。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
店長も頑張らせてみました。そしていよいよ家へ・・・!でも、その前に、次はルネさんが大胆なことをします。