洋菓子店のスイーツ男性達9


今日、僕はルネさんの家に来ていた。
昼過ぎに電話をかけ、モデルの続きをすると伝えたら、すぐに来てほしいと言われ、やや緊張しつつも家に上がらせてもらっていた。

「騙すようなことしたから、嫌われちゃったかと思ったけど・・・スズナ君から連絡してくれて嬉しかったわ」
「いえ、ルネさんのお陰で決断できたんです。ずるい決断ですけど」
それでも、後悔はしていなかった。
どちらかを選んでいたら片方と疎遠になり、後ろ髪を引かれることになっただろう。
二人と関係を保ち続けるなんて許されない考え方かもしれない、けれど離れがたかった。

「でも、本当にいいの?今度は、テレビを見るだけじゃ終わらないのよ」
心配そうに呼び掛けられたけれど、わかっているから電話をかけた。
僕は返事のかわりに、テレビの前に座った。
その様子を見て、ルネさんはキャンバスの準備をする。
もう、服を脱ぐことにあまり抵抗はなく、上着も肌着も全て脱ぎ、傍に積み重ねた。

「今、ちょうど面白そうな番組がやってるから、点けておくわね」
描き始める前に、ルネさんがリモコンでテレビのチャンネルを合わせる。
今日の番組もお菓子関連の内容で、全国スイーツ食べ歩きツアーと右上に書かれていた。
画面にはきらびやかなフルーツケーキが映し出されていて、早速目を引かれる。
その番組は、北から南まで、和菓子も洋菓子も網羅していて。
珍しいお菓子に目を奪われ、リポーターが食べる様子も幸せそうで、たまに生唾を飲んだ。


お菓子は、一時の幸福感を与えてくれる。
安さだけを重視して、ただ甘いだけの胸焼けスイーツもあるけれど。
番組に出ているだけあって、それを食べた人は皆顔を綻ばせていた。
そして、次で最後の県になりますとレポーターが告げたところで、ふいに溜め息が聞こえた。

「こんなところかしらね。スズナ君、描けたわよ」
ルネさんが体を伸ばし、鉛筆を置く。
僕は駆け寄り、隣から絵を覗き込む。
その絵は、本当に鉛筆だけで描いたのかと思うくらい立体的だった。

斜め前からのアングルで、膝を抱えて座る少年は、じっと正面を見ている。
表情には柔らかな笑みが浮かんでいて、番組を楽しんで見ているんだなと、よくわかった。
意外にも、自分に表情が表れていることに驚く。
店長のケーキを食べているときは、きっとこの絵以上に感情が表に出ているんだろう。
自惚れるわけではないけれど、表情で採用された理由がわかった気がした。

「スズナ君の体はバランスがいいから、描きやすかったわ」
「そう、ですか。・・・こんなにそっくりに描いてくれて、ありがとうございます」
髪の毛は、風が吹くとそよぎそうなほど丁寧に描かれていて、まつ毛は一本一本が見てとれるほどで。
美術に詳しくなくても、その絵からは繊細さが伝わってくるようだった。
そうして絵を見ていると、さらけ出されたままの肩に手が置かれる。
はっとしてルネさんを見ると、そこには真剣な眼差しがあった。


「スズナ君、いらっしゃい」
ルネさんが立ち上がると、反射的に同じ行動をする。
肩の手が背に移動し、軽く押されて別の部屋に誘われた。
そこは寝室だろうか、一人用のベッドが置いてある。

「そこに座ってくれる?」
何かを考える前に、ベッドに腰を下ろす。
これからのことになぜか現実味がわかなくて、緊張感ではなくぼんやりとした感覚に包まれていた。

「私も、脱いだ方がいいかしら」
「あ・・・はい」
気の抜けたような返事をすると、ルネさんが上着を脱いだ。
続けて肌着も取り去り、上半身が露になる。
その平らな胸板は、男性のもののはずだけれど、不思議と目が離せなかった。
ズボンのベルトが外され、下半身の衣服も躊躇いなく下ろされる。
何も身に付けていないルネさんを見た瞬間、心音が反応した。

「ふふ、そんなに珍しいものでもないでしょう」
ルネさんが可笑しそうに笑い、隣に腰掛けた。
間近に迫ると、鼓動が鳴り止まなくなる。
体つきは、確かに男性のもの。
けれど、そこには中性的なものが感じられて、まるで女性に接しているような気分になった。


「ねえ、横になって」
言われるがままに、ベッドに仰向けに横たわる。
ルネさんが上から覆い被さり、体が重なり合った。
人肌の温もりに、感嘆の溜息が漏れる。

「スズナ君、私に抱かれたい?」
ただ抱きしめるだけではないと察して、返事に迷う。
すぐ首を横に振っては失礼になるが、縦に振れるわけでもない。
こうして1つのベッドに入っているということは、それなりの覚悟があるはず。
けれど、ルネさんに対して性欲を抱いてしまうのは、とても罪深いことのような気がしていた。



「・・・僕、ルネさんに対して、欲情はしないと思います。。
でも、興味がないということじゃなくて・・・上手く言えないんですけど・・・」素肌が重なると、まるで貴重な美術品に素手で触れてしまっている気分になる。
だから、浅ましい欲で汚してはいけないという意識があった。
そう説明したいのに、口がまわらなくてもどかしい。
このまま行為に及ばないことだけは通じたのか、ルネさんが上から退き、隣に寝転がった。

「私、やっぱり、こっち側は向いてないのかしらね。。
昔、付き合っていた人がいたんだけど、そのときの私は女側だったから」
「付き合っていたって・・・もしかして、店長とですか」
「あら、そうよ。本人から聞いた?」
「いえ、何となく」
薄々そう思っていたので、あまり驚かなかった。
店長がルネさんに接するときはどこか態度が違ったし、中性的な相手はこの人以外に思い付かなかった。


「あの人が、男側でいたいって言うもんだから譲ってあげたの。。
でも、いくらアプローチしても中々手を出さないんだから、痺れを切らしたのよ。。
だから、今度は逆になってみたんだけどね」
細い指先が、髪を撫でる。
なだらかな手付きに、心音は強まっても、やはり欲には結び付かなかった。

「たぶん、店長は・・・ルネさんが綺麗だから、本当に自分が接してもいいのか迷っていたんだと思います。。
・・・それは、僕も同じなんです」
今も、自分がこんなにも近い距離で接していていいのかという迷いがある。
そんな懸念を、ルネさんは上品に笑い飛ばした。

「ふふ、嬉しいけど私はそんなにご立派なものじゃないわよ。。
・・・そういえば、私達キスもしてないのに、裸でベッドインしてるなんて可笑しいわね」
「あ・・・そうですね」
気付けば、いろいろと順番を飛ばしていた。
素肌に触れられたことはあっても、口にはまだだ。


「スズナ君、私を見て」
肩に腕が回され、体が横を向く。
顔を上げると、すぐ近くでルネさんと視線が交わった。

「店長とは、もう済ませたの?」
「え、あ、はい、一回だけ」
店長の話が出てくると、とたんに焦る。

「そう。なら、いいわね」
空いている手で顎をなぞられ、ぞわぞわした感覚が背を走る。
悪寒ではなく、艶かしい手つきに何かを感じていた。
手が離れても、顔を背けられない。
ルネさんがわずかに目を細めると、寒気は熱に変わる。
視線を受け止めきれなくて目を閉じたとき、唇に柔らかさが覆い被さった。

弾力があって、滑らかで、手入れされている唇に、女性的なものを感じる。
重なり合った素肌から、ルネさんの鼓動が伝わってきて心地好い。
そして、まるで共鳴するように、自分の鼓動も強まっていく。
腰元にも腕が回され、さらに体が密着すると、音がより強くなった。

しばらくそうしていると、ただ重ねるだけでなく、柔いものが上唇を食んだ。
「ん、ん・・・」
鼻から抜けるような声が出てしまい、羞恥心を覚えずにいられない。
そのまま下唇も同じようにされ、思わぬ刺激に気が落ち着かなくなる。
ルネさんが一瞬離れると軽い音がして、また被さり、何度も食まれる。
外国映画のキスシーンが思い浮かび、とても恥ずかしい気持ちになった。



軽い口付けが、何回、繰り返されただろうか。
数えきれなくなったところでようやく唇だけが離され、思わず吐息を吐いた。
運動後のように熱を帯びていて、頬はとっくに温まっている。
余韻を感じていると、ルネさんが足を曲げ、下肢に当てた。
あられもない箇所に膝が当たり、肩が震える。

「あら、残念。反応してないのね」
それを確認すると、膝は退けられた。
「すみません、がっかりさせて・・・」
大それたことをされても、体は静かなままでいる。
今は、欲よりも純粋な幸福感が溢れていた。

「いいのよ。でも、店長相手じゃ物足りなくなったら、いつでもいらっしゃい」
あやすように髪を撫でられ、自然と微笑む。
兄に甘えているような気分になり、首元におずおずと身を寄せた。
全てを受け止めるように、二本の腕で全身を包み込まれる。
触れ合っていると、規則的な呼吸に安心し、瞼が重たくなってきていた。

「少し、眠りたい?」
「・・・はい」
「いいわよ。お休みなさい、ずっと抱いていてあげる・・・」
優しい声に安らぎを感じ、完全に瞼を落とす。
男同士で抱き合って、しかも裸で眠るなんて、おかしなことかもしれない。
けれど、たまらない安堵感に覚えて、何も考えられなくなる。
半端で、選べない者同士、引き寄せあっているのかもしれない。
抱きとめられたまま眠りにつくまで、時間はかからなかった。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
今までの小説で、裸でベッドインしたのにいかがわしくならないなんて前代未聞じゃないでしょうか・・・。
書いている傾向が雰囲気重視になってきているのか、ここでいかがわしくさせるのは相応しくない気がしたんです。
期待していた方は申し訳ありません!