妖怪達との奇妙な暮らし 安芸編2


特別な存在になりたい。
安芸に触れてから、そう思うようになった。
また、柔らかな感触を感じたいなんて、そんなおこがましいことを考えてしまう。
けれど、触らせてほしいと頼んだところで、高貴な相手は良い顔をしないだろう。

安芸は人気モデルで、狐で、とても特別な存在だ。
そんな相手に、平々凡々な相手が接するのは気が引けてしまう。
飛び抜けて勉強や運動ができるわけではない自分が、伸ばせる特質。
それは、今まで忌み嫌っていた、異質な部分しかなかった。

「椎名、何を持ってるの?」
街から帰って来ると、鏡が必ず出迎えてくれる。
親元から離れても、お帰りと言ってくれる相手がいることは幸せだった。
「これは、霊感を強める訓練に必要なんだ」
街で買ってきたのは、棒磁石とタコ糸だ。
これを、暗闇の中で見続けていれば霊感が鍛えられるらしいと、オカルト雑誌に書いてあった。

「そうなんだ。自分の才能を伸ばすのはいいことだと思うよ。頑張ってね」
実家に居たら、すぐさま没収されて精神病棟へ入れられていただろう。
ここは、自分の特性を伸ばすことを歓迎してくれる。
肩の力を抜いて、自分を隠さなくてもいいことが楽だった。


自室へ行くと、部屋の電気を消して、カーテンを閉める。
そして、真っ暗になった部屋で、タコ糸に吊るした磁石をじっと見つめた。
こんなことで、本当に霊感が強くなるのか半信半疑だけれど
一番簡単にできそうだったので、試しにやってみていた。

そのまま、根気強くしばらく待つ。
すると、磁石の輪郭が微かにぼんやりとしているような気がした。
ただ、目が疲れているだけかもしれないけれど、さらに見詰め続ける。
そうしていると、輪郭がざわつくような、もやもやとしたものが出始めた。
心なしか、部屋が寒くなってきている気がする。
少しだけ怖くなってきたとき、ドアがノックされて肩を震わせた。

「椎名、そろそろ夕飯だけど、一緒に食べない?」
「あ、うん、そうする」
鏡に呼びかけられ、カーテンを開け、部屋の電気を点ける。
ふと時計を見ると、自室に入ってから数時間が立っていた。
それほど時間が経っているとは思わず、時計を二度見してしまう。
もしかしたら、この訓練は本物なのかもしれないと、期待していた。




最近、安芸は撮影で忙しいのか会えることが少なくなった。
その間に、暗闇で磁石を見詰める訓練を続ける。
一人の時間も、訓練をしているとあっという間に過ぎて行く。
元々霊感があるからか、三日で変化が表れた。

磁石の周りには、はっきりともやついたものが見えるようになった。
たまに、何かが目の前を通り過ぎるような気配も感じる。
今までは、特に何もしてこなかったのだけれど、今日は違った。

『ねえ、ネエ・・・レイカン、つよくしタイの』
ひそひそ話のような、微かな声が聞こえてきて、周囲を見渡す。
誰もいないように思えるけれど、何かの存在感はある。
「うん・・・僕も、特別な部分が欲しいから」
『トクべつになりタイ、みかえしタイ?』
耳を澄まさなければ聞こえないほど小さな声に、返事を返す。

『キョウりょく、してアゲようカ・・・?』
やけに好意的な申し出に、頷くことを躊躇う。
けれど、この声の主もアパートの住人なのだろうと、油断していた。
「うん、霊感を高められるなら、そうしてほしい」
答えた途端、ざわりと、冷たい風が体を通り抜ける。
次の瞬間には気配が消え、寒気だけが残っていた。


何者かと話したら、少し体が重たくなったような気がして磁石をしまう。
部屋の電気を点けても、まだ空気が澱んでいた。
近くに居るのかと、部屋を見回す。
やはり何もおらず、今日はどれくらい時間が経ったのだろうかと時計をじっと見る。
すると、その針がぐるぐると狂ったように回り始めた。

はっとして後ろを振り返るけれど、やはり何もいない。
その代わりに、視線の先にあった電気スタンドが激しく点滅した。
コンセントが自然に抜けて、光が消える。

「こ、これ・・・君がやってるのか・・・?」
誰もいないはずの空間に呼びかける。
すると、肯定するように電気スタンドが軽く浮いて、着地する。
そのときに感じたものは、異質な力を手に入れた不安感ではなく、高揚感だった。




奇妙な力が使えるようになったのは、翌日からだった。
手を使わずに時計の針を回し、電気を点滅させられる。
ポルターガイストと同じことができるようになり、楽しかった。
もっと鍛えれば、安芸の隣に並んでも恥ずかしくない存在になれるのではないかと、そんなことを思う。
そうして気が乗って来た時、嫌な電話がかかってきた。

「椎名、ご両親から電話だよ」
扉の外から呼びかけられて、嫌そうに眉をひそめる。
「・・・今、行くよ」
外へ出ると鏡に子機を手渡された。

「もしもし」
『椎名、突然ごめんね。どう、元気でやってる?』
「うん、普通だよ。書店のバイトも始めたし、安定してやってる」
普通、平凡、安定、両親が好む言葉ベスト3だ。

『そう、よかった。困ったことはない?』
「大丈夫だよ。アパートの人たちも良い人ばかりだし、仲良くやってる」
狐や吸血鬼と暮らしている、なんて言ったら両親はきっと卒倒するだろう。
そして、どこからか霊媒師を集めてお祓いに来るに違いなかった。


『それで、気になってるんだけど・・・再発は、していないの?』
その言葉に、ずきり、と胸が痛む。
『老婆心なんだけど・・・まさかとは思うけど、見えてないわよね?』
言葉が急に重々しくなり、胃を圧迫する。
唾を飲み、言葉を発する準備をした。

「大丈夫だよ。母さんや父さんが心配するようなことは、何も起きてない」
声が強く鳴らないように、意識して調節する。
心配性の両親に気取られてはいけない、知られたらこの生活は一気に崩れてしまう。
自分を隠している自分に嫌気がさしつつも、嫌悪感を抑えて応えていた。

『そう、よかった・・・。気が向いたら、いつでも家に寄ってね』
そこで、電話が切れる。
一番の目的は安否の確認ではなく、厄介な特質を持った息子が問題を起こしていなかったかの確認なのだろう。
通話が切れると、すぐ鏡に子機を返した。

「眉間にしわ、寄ってるよ」
「そうだね。・・・両親は、心配性すぎるから」
声は平静でも、嫌気が隠し切れない。
『イヤ、いや、ヒテイ、されたくナイ、みかえシテやりタイ』
胸の内を代弁したような声が、脳裏に響く。
はっとして目を見開いたけれど、近くには鏡しかいない。

『チカラ、かしてあげル、あゲル、アげル』
脳裏の声がどんどん大きくなって、耳を塞ぐ。
自分以外には聞こえていないのか、鏡は唖然としていた。
全身に寒気が走り、体がびくりと震える。
次の瞬間には、ふっと意識が遠くなった。


「椎名・・・どう、したの」
「・・・行かなきゃ、外へ出て、街に・・・」
足が勝手に動き、ふらふらと玄関口へ向かう。
様子がおかしいと察して、鏡が目の前に立ち塞がった。
「外へ出ていいのは椎名だけだよ」
「・・・みかえシテやる、から。行かなきゃ、いけないんだ・・・」
鏡を睨むと、その体がふわりと浮いて横へ退けられる。

「待って!」
鏡の手が、肩にかけられる。
その瞬間、鏡の体がまた浮き、勢いよく壁に叩きつけられた。
「っ、う・・・」
背中を強く打ったのか、今日は顔をしかめて座り込む。
一瞬、何をしてしまったのだろうかと、自分の力が信じられなくて目を見開く。
けれど、そんな驚愕はすぐに掻き消されてしまった。

鏡を心配することなく、玄関を開ける。
そのとき、ちょうど安芸と出くわしてしまった。
「安芸、さん・・・」
安芸は、後ろでぐったりとしている鏡をちらと見る。
そして、視線が戻されてじっと凝視された。

「最近部屋に閉じこもっていると思ったら、取り憑かれたか。
街へなど行かれては、ここら一帯が探索されかねん」
「邪魔されたくない・・・!」
正気でなくなった目が、安芸を睨む。
すると、お互いの間に電気の塊のようなものが出現した。
プラズマボールが発生し、安芸へ向かって一直線に飛ぶ。

「ほう、わらわに手をかけようとするか。いい度胸だ」
安芸は紅葉が描かれた扇子を取り出し、球体を軽く仰ぐ。
球体は扇子に誘導されるようにくるくると回転し、次第に収縮して消滅した。
次は、そこらに置いてある観葉植物や椅子が持ち上がり、宙を飛ぶ。
家具を消すわけにはいかないのか、安芸はひらりと身をかわして攻撃を避けた。


手当たり次第に物を飛ばすけれど、一向に命中しない。
安芸に敵意を向けるなんて、してはいけないことのはず。
なのに、気が昂るばかりで抑制ができない。
目の前の光景は見えているのに、意思が言う事を聞かなかった。

「そろそろ、家具を壊すのは止めてもらおうか」
安芸がふわりと跳躍し、すぐ目の前まで来る。
また球体を出そうと目を鋭くしたけれど、その前に視界が掌に覆われた。
同時に、耳元に、ふっと吐息をかけられる。
温かな呼気を感じると、力が抜けてしまうよう。

「い、イヤ、だ・・・トクベツの、ままがいい・・・」
「ほう、自分の特性を受け入れる気になったか」
そこで、口をつぐむ。
けれど、抑制ができない今、本音は簡単に発されていた。
「だって・・・だって・・・特別じゃないと、あなたの隣に、並べない、から・・・」
ふいをつかれたように、今度は安芸が口を閉じる。

「可笑しなことを言う。戯言をほざく霊はさっさと出て行くがいい」
安芸は、扇子を陰に向かって投げつける。
すると、体に電流が走ったように震えた。
次の瞬間、足元から頭のてっぺんまで、ぞわぞわとしたものが通り抜ける。
それが抜けた瞬間、膝が崩れて体重を支え切れなくなった。
とっさに、安芸の腕に抱き留められる。

「潜在能力を無理に引き出されたか。暫くは、動けんだろうな」
「あ・・・安芸・・・さん・・・・・・」
もうろうとする意識の中、わずかながら声を発する。

「静かにしておれ、声を出すのもままならんはずだ」
「安芸、さん・・・さっきの、言葉・・・霊のたわごとじゃ、ないです・・・僕の、僕の・・・・・・」
限界がきて、息を吐く。
吐息と同時に、気力も全て出て行ってしまって、目を閉じた。

「全く、最後に言い残したいことが、そんなこととはな」
薄れゆく意識の中、髪の毛が軽く撫でられるのを感じる。
幼子のような扱いだけれど、やけに安心して、ほどなくして寝息を立てていた。



―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
いちゃつき少なくて申し訳ない、フラグ立て回ということで・・・