妖怪アパート ユーティス編2


短期のアルバイトが終わり、待ちに待った給料日になる。
遅くまで残業をこなしただけあり、なかなかの金額が振り込まれていた。
大学が始まるまでに、衣服を充実させたり、CDを買いあさったりしてもよかったけれど
その前に、もっと有効的な使い方をしたかった。

最近、ユーティスは収録にライブと、めっぽう忙しくなった。
新たな曲調はファンを増やし、CDの売り上げも上々らしい。
そんな忙しいときでも、少しだけ会話をすることができた。

「ユーティスさん、ちょっといいですか?」
「ああ、構わないよ」
忙しくて仕方ないはずなのに、快い返事をしてくれる。
だから、次の厚かましい誘いも楽に言えた。

「あの、もし、隙間の時間があればでいいんですけど・・・僕と、食事に行きませんか。
帰りが遅くなった時に迎えに来てくれたり、霊感を強めてくれたり、お世話になった礼がしたいんです」
人気歌手を食事に誘うなんて、おこがましいにもほどがある。
けれど、感謝の気持ちを示したいと思ったとき、一番に思いついたのが食事を奢ることだった。
ユーティスは一瞬驚いた表情をした後、ふっと微笑む。

「ありがとう、嬉しいよ。いつがいいかな」
「え、いいん、ですか。僕は、いつでもいいです」
「じゃあ、明日にでも行こうか」
こんなにあっさりと決まるとは思わず、拍子抜けする。

「でも、ユーティスさん、すごく忙しいんじゃ・・・」
「いや、ちょうど明日で一段落つくんだ」
それが気遣いゆえの嘘か、本当かはわからないけれど、快諾してくれたことが嬉しかった。

「それなら、すぐ予約入れます。アプリで検索でき・・・」
「行きつけの店があるんだ。そこに付き合ってくれるかな」
「え、あ、はい」
言葉を遮られ、ほぼ反射的に返事をする。
忙しい相手に、何から何まで任せるのは気が引けたけれど
せめて、どんな高級店でも奢らせてもらおうと決めた。




翌日、約束の時間がやってくる。
玄関で待ち遠しくしていると、音もなくユーティスが表れた。
「お待たせ。行こうか」
「はい。楽しみで仕方ないです」
肩を叩かれ、後に続く。
大通りを歩くと騒ぎになりかねないので、裏道を通る。
店の入り口も、表通りではなく裏口から入った。

「ユーティス様、お待ちしておりました」
なんと厨房にウエイターが待機していて、うやうやしくお辞儀をする。
「今日は珍しく連れがいるんだ。未成年だから、アルコール抜きで頼めるかな」
「かしこまりました。こちらへどうぞ」
料理人がさっと道を開けて、厨房を通り抜ける。
有名人行きつけの店というのだから、安っぽい所ではないと思っていた。

メインフロアにはシャンデリアが吊るしてあって、上品なクラシックが流れている。
テーブルも椅子も西洋風で高級感があり、場の雰囲気はまるで王室のようだった。
パーティーションのある奥の席に案内され、緊張気味に腰を下ろす。

「先週からコース料理の内容が変わったから、近々訪れようと思っていたんだ。
君が言い出してくれて、タイミングが良かったよ」
「よ、よかった、です」
慣れない雰囲気に、肩に力が入る。
そんな様子を見て、ユーティスは軽く微笑んだ。

「有名人にもなると、店を選ぶのに結構苦労するんだ。その点、安芸は別の姿に変化できるから羨ましい」
そこで、スマートフォンのアプリで探したような店では駄目だったのだと察する。
「あ・・・すみません、配慮が足りなくて」
「いや、君が誘ってくれて嬉しいよ」
相変わらず、ユーティスは優しいことを言ってくれる。
わざとらしくは聞こえなくて、少し肩の力が抜けた。


ほどなくして、前菜が運ばれてくる。
聞いたこともない横文字の名前がついていて、内容はさっぱりだったけれど
赤、黄、緑で彩られた料理は、見た目からして美味しそうだった。
「綺麗な盛りつけですね」
「ここの料理は、視覚でも楽しめることが自慢だからね」
ユーティスが食べ始めたので、赤い野菜を一口かじる。
すると、野菜とは思えないほどの爽やかな甘味が広がった。

パプリカだろうか、それにしても甘い。
これなら、どんなに野菜嫌いな子供でも喜んで食べられる気がした。
ドレッシングはさっぱりとした後味で、パプリカの味を引き立てる。
ファミレスでは食べたことのない味に、舌鼓を打っていた。


次に出された肉料理も、パスタも、おしゃれで美味しくて、会話がおろそかになる。
これは、今日一日で財布の中が空になるかもしれないと思ったけれど
最後のデザートまで綺麗に平らげた頃には、満足感に満ち溢れていた。
「気に入ってもらえたかな?」
「もちろんです。何だか、何もかもが想像以上に美味しくて、料理のことしか考えられませんでした」
興奮ぎみに言うと、ユーティスが優しい瞳で見詰める。

「そんなに君を夢中にさせるなんて、嫉妬してしまいそうだ」
「え、あ、もしかして、会話があんまりなくなって退屈でしたか」
「いや、目を輝かせて食事をしている様子は、見ていて楽しかったよ」
恥ずかしくなって、目を伏せる。

「この後、もう少しだけ付き合ってもらってもいいかな」
「はい、もちろんです」
「ありがとう。じゃあ、行こうか」
会話が終わるのを待っていたかのように、ウエイターが現れる。

いよいよ支払いだと、財布を取り出そうとしたけれど、その前にユーティスがさっとカードを出した。
「あ、あの、支払い、僕がします」
「君の貴重な時間をこれで買えるなら、安いものだよ」
ウエイターがハンディスキャナーでカードを読み取り、もう会計が終わってしまう。
貴重な時間を買わせてもらったのは、こっちの方に違いないのに。




裏口から外へ出ると、辺りはだいぶ暗くなっていた。
目立たないように裏道を通るので、街灯の光も弱々しい。
そんな中だからか、手が触れると、自然と握り返していた。
男二人で手を繋いで歩く姿は奇妙だなと気付いたけれど、もう離せない。

「そろそろ、いいかな」
何がですか、と問いかける前に、軽々と体が持ち上げられる。
すると、いつかのように横抱きにされ、すぐさま空へ飛ぶ。
突然のことに、とっさにユーティスの首にしがみついていた。

風を切って夜空を飛び、小高い丘に辿り着く。
ゆっくりと下ろされ、辺りを見渡すと、遠くで街の光が輝いていた。
ちかちかときらめき、白だけでなく、オレンジや水色の光が美しく見える。

「人工的な光も、たまには悪くないものだよ」
「はい。街って、こんなに綺麗に見えるんですね・・・」
辺りでは、虫の声と、草木の揺れる音しか聞こえない。
静かな空間で美しい景色を見る、とてもロマンチックな雰囲気だった。


「少し、冷えてきたね」
ふいに、ユーティスの腕が肩に回される。
そっと引き寄せられ、体が密接になった。
まるで、男女のカップルのようだなんて、こっぱずかしいことを考えてしまう。

「あの、ユーティスさん・・・あんまり密接になるのは、僕、リーンに申し訳ないです」
死別したのはいつ頃かわからなくとも、別れを告げたのはつい最近のことだ。
それなのに、こうしてべたべたとしてしまうなんて、どことなく申し訳なかった。
「なぜ、心苦しく思うんだい」
「だって、リーンはユーティスさんの恋人だったんでしょう」
恋人、と言ったところで、ユーティスが目を丸くする。

「恋人・・・とは、違うな。リーンは私の弟だからね」
今度は、こっちが目を丸くする番だった。
「え、だ、だって、会いたくて仕方がなかったって」
「弟を大切には思っていたよ。一人暮らしが心配で仕方がなかったんだ」
「じゃ、じゃあ、最後にキスしたのは何なんですか」
「最高の親愛を示す行為だと思っていたけれど、違うのかな」
こちらの世界と、ユーティスの世界では常識も価値観も違う。
もはや質問の余地はなく、納得してしまった。


問いかけが終わると、少し、強く引き寄せられる。
弟代わりに思われているのだろうか。
年齢も近そうだったし、きっとそうだと勝手に結論づけた。
そう考えると、気が楽になる。
ユーティスに寄り添うことは自然なことだと、そう思い込めたから。

「今度は、私から誘ってもいいかな。君と居た方が、きっと安らぐ」
「安らぐ、なんて言われたの始めてです。僕でよければ、どこでも行きますよ」
一緒にいたいと言ってくれる、そんな想いがたまらなく嬉しい。
とりとめのない話をする間、ずっと肩に腕が回されたままでも、気にならなかった。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
今回は短め、ユーティスと密接になってゆきまする。