妖怪達との奇妙な暮らし ユーティス編4


幽霊騒ぎがあった後、もう、両親のいる家へ帰ることはできなかった。
突然の自立に、不安感がないと言えば嘘になる。
けれど、絶望に打ちひしがれることはなかった。
きっと、ユーティスと共に暮らしているからだと思う。
心のよりどころがいてくれるから、寂しくはない。
いつの間にか、ユーティスは自分の中でとても大きな存在になっていた。

いつも尽くされてばかりで、何か、恩返しをしたいと思うのは自然なことで
そのために、周囲を気にしながらも街を訪れていた。
滅多に被らない帽子を被り、辺りを見回す。
両親が問題のある息子を探索しているかもしれないので、油断はできない。
そんな危険を冒しても、街へ来なければユーティスが好みそうな物を探せない。
まずはデパートに入り、目ぼしい者はないかと探した。

平日でも、デパートは結構にぎわっている。
人ごみは好きではないけれど、これなら目暗ましになって都合が良さそうだ。
ぶらぶらと歩き、一番に目についたのはワインだけれど、この世界で未成年は購入できない。
大輪のバラを買うのは、自分に似合わなくて気が引ける。

食べ物は、前に行ったレストランの食事を美味しそうに食べていたけれど
よくわかない横文字のメニューが多く、原材料がどれなのか見当がつかない。
本は読む暇がないだろうし、インテリアも好みがわからない。
贈り物をするのは、これほど頭を悩ませるものだっただろうか。
それは、その相手が、大切な相手だからこそからかもしれなかった。


デパートを一回りしたけれど、結局ぱっとする物は見つからなかった。
けれど、歩き回っている途中で、とある物を思いついた。
それは、街中には決して売っていないもので、予算がなくても手に入る。
ただ、必要なのは覚悟だけだった。

アパートに戻り、ユーティスの帰りを待つ。
ポケットに鋭い文房具があるからか、やや緊張していた。
ほどなくして玄関の扉が開き、ユーティスが帰って来る。

「ユーティスさん、お帰りなさい」
「おや、鏡より早く出迎えに来てくれるとは嬉しいよ」
仕事帰りでも、相変わらずユーティスは疲れを見せない。

「あの、少し、時間ありますか。ユーティスさんに渡したいものがあるんです」
「いいよ。ちょうど時間が空いたからね」
運よくタイミングが合い、ユーティスの部屋へついて行く。
なぜかベッドに座ったので、つられて隣に腰かけた。

「僕、ユーティスさんにはお世話になりっぱなしです。ライブに食事にカラオケに・・・
ユーティスさんがいなかったら、不安感で潰されていたかもしれません」
「大袈裟だよ。私は、君が楽しそうにしている姿を見ているのが好きだからね」
さらりときざな台詞を言われ、口説かれている気分になる。
気分がのろけてしまう前に、しなければならないことがあった。


「だから、ユーティスさんが好きそうな物を散々考えて・・・やっと、決まったんです」
ポケットから、小型のカッターを取り出す。
ユーティスは不思議そうにそれを見ていたけれど、刃が腕に当てられたのを見て目を見開いた。
「止めるんだっ」
ユーティスが、とっさにカッターを持つ腕を取って動きを止める。
すぐさまカッターを奪われ、遠くへ放り投げられた。

「私などのために血を流すものじゃない。今の私は、生きる為に血は必要ではないんだ」
真剣な剣幕で言われ、怯んでしまう。
喜ばせるつもりだったのに、逆に怒らせてしまった。

「ご、ごめんなさい・・・吸血鬼と言えば、これしか思いつかなかったんです。
・・・僕の血は、啜るに値しない、ですか」
「そういう意味じゃない・・・怖いんだ。
もし、リーンのように君を屠ってしまったら・・・私はきっと耐えられない」
目の前の瞳が、とたんに憂いを帯びる。
悲哀を目の当たりにした途端、軽率なことをしたと後悔した。


「ごめんなさい、ユーティスさんの痛みを知らないわけじゃなかったのに・・・」
「謝らなくていい。私のことを考えてくれたのは喜ばしいことだ」
ユーティスが、安心させるように微笑みかけてくれる。
その優しさに、いつも救われていた。

「でも、このままでは君の気が済まないのだろうね」
頬から手が離され、胸の内を読み取られる。
「僕、どうしたらユーティスさんのためになることができますか」
血は諦めたけれど、食い下がる。
ユーティスは顎に手を当てて、考え事をしているようだった。

「・・・じゃあ、うつ伏せになってもらえるかな」
よくわからないまま、言われた通り枕に突っ伏す。
すると、その上に体が覆い被さった。
体重をかけないようにしているのか、だいぶ軽い。
逃げられない状態になったところで、うなじに吐息がかけられる。
そんな温かみを感じたとたん、心音が瞬間的に強まった。

少しの間、ユーティスはそこで静止する。
抵抗するなら今のうちだと、そう言われているようだったけれど
これが恩返しになるのなら、拒む余地はなかった。

同じく動かないでいると、うなじにより温かなものが触れる。
以前にも感じたことのある柔い感触に、反射的にシーツを握った。

「私は、君に対してこんな欲望を抱いているんだよ。それでも、抗わないのかな」
こんな欲望とは、どこまで深いものなのか。
自分に経験がないからか、少し怖じてしまう。
シーツを掴んだままでいると、そこへ手が重ねられた。

緊張感を緩和させるよう、優しく包み込まれる。
加えて、ゆったりと髪を撫でられ、自然と力が抜けた。
開いた手の隙間に細い指が入り込み、やんわりと握られる。
ユーティスが何か行動を起こすと、頬に熱が上って仕方がなくなっていた。

再び、うなじに吐息がかかり、柔いものが触れる。
一ヶ所に留まることなく、鎖骨の辺りにも同じ感触を感じて、鼓動はおさまりがつかない。
血管を探しているのだろうか、それとも、気を、昂らせようとしているのか。
後者のような気がして、口の中が渇く。


「君は、私にどこまで許せる・・・?」
「どこまで、って・・・」
耳元で囁かれ、気がぐらつく。
どこまでもと、そう言ってしまったらどうなるのだろう。
女性とも関係を持ったことがなくて、想像ができない。
黙っていると、ふいに、うなじにまた柔らかなものを感じる。
それは少し湿っていて、下から上へと、皮膚をなぞりあげた。

「ひ、あ」
背筋に悪寒が走り、思わず変な声が出る。
「嫌になったら、すぐに跳ね除けるんだよ・・・」
静かな囁きの後、湿ったものが鎖骨の辺りに触れ、皮膚を撫でる。
ぞくぞくとした感覚に寒気を感じるのに、頬は熱かった。

「や、やっぱり、血が飲みたいんですか」
「いや、君の肌の感触を味わっていたいだけだよ。
・・・私には、こんな変態みたいな気質がある。それでも、まだ拒まないのかな」
何度も、ユーティスは確認する。
このままじっとしていれば、もっと、触れられるのだろうか。
緊張する反面、感じてみたいとも思う。

「恩返しなんて考えなくていい。君が本当に嫌ではないのなら、私は・・・」
ユーティスは、そこで言葉を止める。
どぎまぎして、否定も肯定もできずに、ただ横向きになっていることしかできない。
じっとしていると、ユーティスの顔が正面に来る。
端正な顔立ちが距離を詰め、唇に重なった。

その唇をも、柔いものが弄る。
くすぐったいような、いやらしいような、そんな感覚に戸惑いを隠せない。
一旦離れたときに息をつくと、だいぶ熱っぽくなっているのがわかる。
その温度に煽られるように、ユーティスは再び重なっていた。

「は・・・ふ」
閉まり切らない口から、呼気が漏れる。
そうして開いた隙間にまで、柔い感触が進んできた。
「ん・・・!」
驚き、鼻から音が抜けた。
入ってきたものが、舌先に触れる。
どうにもできずに硬直していると、それはゆっくりと舌の窪みを撫でた。

「ん、ん・・・っ」
くすぐったさよりも、もっと強い感覚が全身に走る。
それが表面をなぞると、自分の内側から寒気と共に何かが沸き上がるのを感じた。
同じものが触れ合い、液体が交わる。
とても淫らなことをされている気分になり、高揚してしまう。
はっとしたとき体の変化に気付き、たまらずユーティスの肩を押していた。
無理強いする気はないようで、あっさりと身を引く。
顔が真っ赤になっていることを自覚して、俯かずにはいられなかった。


「い、今のも、親愛を示すこと・・・です、よね」
返答に、間が空く。
「似て非なるものだと、私はそう思う。・・・吸血鬼にとって、血は最高の嗜好品だ。
けれど、私は君を傷付けて血を啜るよりも、それ以外のものを味わいたいと思っている」
「それ以外の、ものって・・・」
恐る恐る尋ねると、また、頬に手が添えられる。
もはや、それだけでも心音が反応した。

「君の肌の感触も、高鳴る鼓動も、上ずる声も、全てを感じていたい。そして・・・」
俯いたままの顔が持ち上げられ、至近距離で視線が交わる。
「その瞳に、私しか映らないようにしてしまいたい。もう、悲哀に囚われないように・・・」
「ユーティス、さん・・・」

その言葉は、お互いに向けられているのだろう。
確固たるよすがを得られたなら、悲哀は緩和される。
この相手になら、依存してしまいたい。
体の反応は、そう示しているようだった。

「これ以上触れるのは、止めた方がいいかな?」
「今は、ちょっと・・・」
視線を逸らすと、視界の隅でユーティスが笑う。

「すまない、調子に乗ってしまったね。もう触らないでおくよ、今は・・・」
また心音を高鳴らせるようなことを言い、ユーティスがベッドから下りる。
「あ、あの、ここ、ユーティスさんの部屋じゃ・・・」
「まだ廊下へ出られないだろう?代わりに、私は君の部屋を使わせてもらうよ」
まさしくその通りで、もう何も言えなくなる。
ユーティスが部屋を出ていくのを、引き止めはしなかったけれど
こんな状態になっても側にいたいと思うのは、行き過ぎた感情を抱いている証拠かもしれなかった。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
何だかゆったりしたストーリーになりました。
どんなにまったりゆったりでも、次はやっぱり・・・