妖魔の森13
朝から、カイブツは体の調子が良かった。
髪は艶やかになり、爪の色も澄んでいる。
その要因は明らかだとユノもわかっていたので、お互い改めて言うことはなかった。
けれど、そんな変化をアゼルが見逃すはずもなかった。
「おや、カイブツ、今日は一段と爪の透明度が高いね。何かあったのかな?」
髪ではなく、爪の細かな変化を指摘されてカイブツはちらとユノを見た。
視線を逸らしている様子を見て、言ってほしくはないのだと察する。
「昨日、洞窟に雫を飲みに行ったんだ。だからだと思う」
カイブツは表情を変えないまま、堂々と言ったけれど。
アゼルにじっと見据えられると、ふいと顔を背けてしまっていた。
「ユノ、私の部屋においで」
何かを察したのか、アゼルはユノを手招きする。
「・・・わかりました」
平静を保とうと、ユノは静かに返事をしてアゼルの後へ続く。
カイブツは心配そうに眉を下げたが、引き止めることはできなかった。
部屋に二人が入ると、自動的に扉が閉まる。
鍵のかかる音がすると、ユノは緊張した。
「カイブツはああ言っていたけれど、洞窟で何があったのかな?。
あの子はやましいことがあると、顔を背ける癖があるからね」
何もかも見透かされているようで、ユノは言葉に詰まる。
昨日の出来事を堂々と口にできるほど、厚顔無恥ではなかった。
黙っていると、ふいにアゼルがユノの顎をなぞる。
細い指先で撫でられると寒気に似た感覚が背を走り、緊張感が増した。
「教えてくれないのかな?」
近い距離で言うのはさらに恥ずかしくて、ユノは伏し目がちになる。
それに、アゼルが事実を知れば、何を要求されるのか目に見えていた。
「ユノ、良い子だから・・・ね」
ゆっくりと顎が持ち上げられ、アゼルの顔が近付いてくる。
隻眼に見詰められると逃れることはできなくて、そのまま口が塞がれていた。
誘惑されてしまうような感触に、自然と目が細まる。
顎にかかる手が移動し、ゆったりと頬を撫でられると、陶酔してしまう。
ユノの思考を奪うように、アゼルはその背を抱き寄せ、さらに深く重ねた。
「っ、んん・・・」
唇に伝わる柔い感触が鮮明になり、頬が熱くなる。
荒々しくはされていないからか、相手を押し返そうとはしない。
そうしているうちに、ユノはじんわりと頭が痺れていくのを感じていた。
長い口付けはしばらく続き、やがて離される。
ユノは、ぼんやりとした目でアゼルを見上げたままでいた。
まるで、お菓子作りのときに使った、あの薬を飲んでしまったときのように。
「もう予測はついているんだよ。カイブツは、君の精を飲んだのだろう」
「は・・・い・・・」
さっきまで口をつぐんでいたのに、今は素直に答えてしまう。
気付いたときには、もう理性がかすんでいた。
「人の名残が残っているのかな?まだ薬の効き目があって良かった」
アゼルの歪んだ口元に、グロスのようなものがきらめく。
唇に塗っていたのかと気付いても、今更どうにもならなかった。
「やっぱり、君には特別なものが体に流れているようだね。搾精させてくれないかな?」
「う・・・」
触手のことが思い浮かび、ユノはいやいやと首を振る。
「触手が嫌なら、私の手でしてみようか。量は減ってしまうけど、すぐに瓶に入れれば大丈夫だろうから」
「・・・恥ずかしいですし、それに・・・実験道具みたいに扱われたくない、です」
妖魔になって抵抗力がついているのか、ユノは何とか拒否する。
それでも、アゼルは簡単には諦めなかった。
「私は、君を実験道具だなんて一度も思ったことはないよ」
安心させるよう、アゼルは爽やかな笑顔で語りかける。
その顔が作り物か、本心からかは判断できないけれど。
実験道具ではないという言葉に、ユノは喜びを隠せなかった。
「恥ずかしいのなら、顔が見えないように後ろからにしよう。
搾精なんて、君に触れるための口実なんだよ・・・」
再び、頬がそっと撫でられる。
優しい言葉と動作に、ユノは揺らいでいく。
そして、同時に感じていたのは、鼓動の高まりだった。
「可愛い可愛い私のユノ・・・今一度、身を委ねてくれないかな?」
「う・・・」
甘い囁きが、耳から離れなくなる。
まるで、本当の子供に対するような慈しみが垣間見えて、首を横に振れない。
そこには、確実に別の欲望が含まれていると察していたけれど。
薬の効果も助長して、ユノはおずおずと頷いてしまっていた。
まだ躊躇いが残るような返答に、アゼルはほくそ笑む。
「優しくしてあげるよ、君が抵抗しないでいてくれれば・・・ね」
拒めば手荒くすると、やんわりと脅される。
そうでなくとも、ユノはもはや拒否する気力を無くしていた。
すぐに行為に及ぶのではなく、一旦は解放される。
けれど、夜になったら部屋に来るよう指示されていて。
眠る直前に、約束通り部屋を訪れていた。
緊張しつつ扉を開け、中に入る。
「いらっしゃい、ちゃんと逃げずに来たんだね」
逃げる場所なんてないのだから、来るしかないのに。
アゼルに手招きされ、ユノはベッドに近付く。
射程内に入るととたんに腕を引かれ、ベッドに乗り上げた。
そして、抵抗する間もなく後ろから抱きすくめられる。
カイブツのときと同じ体勢になり、胸が高鳴った。
アゼルは、すぐにユノの服を脱がそうとボタンを外していく。
「あ、あの・・・やっぱり、恥ずかしい、です」
薬の効果が切れていて、羞恥心が湧き上がる。
服の前面がはだけると、身を守るように羽が縮こまっていた。
「そう?でも、君の羽は柔らかいままだよ。まるで、私を包み込んでくれるように・・・」
アゼルが、ユノの羽をそっと撫でる。
そして、中をかいくぐり、下肢の方へ手を伸ばした。
動揺するように羽がはためくけれど、拒もうとしない。
そのまま服の中に指が入り込み、中のものへ爪先が触れた。
「や・・・」
固い爪が怖くて、ユノは身を強張らせる。
そのとき、羽が鋭くなり、アゼルの腕を引っ掻こうとした。
アゼルはさっと手を引っ込め、反撃をかわす。
「あ・・・ご、ごめんなさい」
まるで腕輪のときのように、反射的に防護していてユノ自身も驚いていた。
「早急すぎたかな。まずは慣らしておこうか」
片手はまわしたまま、アゼルは無防備なうなじへ唇を寄せた。
「ひ、う」
温かな呼気を吹きかけられ、肩が小さく震える。
ユノは逃げるように身を丸くしたけれど、アゼルはより身を寄せ、肌を弄っていった。
「う、ぅ・・・」
身震いするのに、吐息は熱くなる。
うなじがしっとりと濡れ、湿ってゆく感触に慣れなくて赤面していた。
あらかた弄ってもまだ動きは止まらなくて、そのまま上へ移動する。
耳元へも息がかかり、ユノは俯くけれど、それだけで逃れられるはずはなかった。
そうされていると、だんだんと下半身の衣服がきつくなってくる。
それを察したのか、アゼルは口端を上げて笑った。
「ふふ、そろそろよさそうだね」
「ア、アゼル様・・・」
羽は、もう鋭く尖ってはいない。
ふわふわとした羽をかいくぐり、アゼルの手が再びユノの下肢へ触れようとする。
気分が高揚している今、拒む理由が消えていた。
伸ばされた手が寝具をずらし、ユノのものを解放する。
そして、爪で傷つけないよう、指の腹が敏感なものを撫でた。
「あ、う・・・」
ユノの肩がぴくりと震え、同時に羽もはためく。
ゆったりと撫でられると、熱っぽい吐息が抑えられなかった。
「感じると羽も反応するんだね。煌めいていて、綺麗だよ」
「あ、ありがとう・・・ございます」
いつになく褒められて、悪い気分ではなくなる一方で、
アゼルが話すと、うなじに吐息がかかって頬が熱くなる。
同時に、下肢の手が動かされると、熱はどんどんつのっていった。
激しくなく、なだらかな手つきでも体は反応する。
やがて、指先だけでなく掌全体でも包まれた。
「あ、あぁ・・・」
触れられる面積が大きくなり、ユノの息が荒くなっていく。
顔が見られなくともその息遣いに高揚しているのか、アゼルは頬を緩ませていた。
「君の鼓動が強くなっているのがわかるよ、いい音だ。でも、もう少し声も聞かせてくれるかな」
アゼルが指先を巧みに使い、ユノのものの裏側を撫で回す。
「や、ああ・・・っ」
弱い部分を刺激され、つい喘いでしまう。
敏感なものがびくりと震えると、羽も揺らぐ。
けれど、もうアゼルを拒む様子はなくて、柔らかな感触を与えるだけだった。
まるで、感じる個所を熟知しているように、アゼルはユノを愛撫し続ける。
切先から液が零れて来ると一旦手を止め、それを自分の口元へ持って行った。
そして、何ら躊躇うことなく液を舌で掬い取る。
「おや、これは・・・カイブツの調子が良くなるはずだ」
「一体、何なんですか・・・?」
「それは、詳しく分析してから教えてあげるよ」
これだけでは採取できず、アゼルは再びユノのものを掴んだ。
「ああ・・・っ」
一息ついていたところへまた刺激が加わり、ユノの目が虚ろになる。
悦楽で侵してしまうよう、アゼルはユノの耳や首筋にも舌を這わせていく。
「ひ、あ、あ・・・」
前だけでなく、他の箇所にも艶めかしい感触が伝わり、とうとう熱が高まる。
零れ落ちる液はもう解放してほしいと望んでいて、しきりに下肢が脈動してしまう。
もはや、この悦を堪えようという気はなくなっていた。
「素直な反応は好きだよ。もう解放してごらん」
アゼルの掌が、ユノの付け根から先までを、丁寧になぞり上げる。
液を絞り出すような手つきに、寒気が背筋を走った瞬間、強い感覚が全身を襲った。
「ああ、ぁ・・・っ、ん、あ・・・!」
下肢の脈動が、ひときわ大きくなる。
そして、止めようのないものが、そこから解放されていた。
アゼルはさっと掌で包み、白濁を逃さず受け止める。
手を離すと、小瓶を取り出して、そこへユノの精を流し入れた。
採取されたのを見て、ユノは複雑な気持ちになる。
「ごめんね、嫌だったかい」
こんなに反応した後で、嫌だったなんて言えるはずはない。
まだ落ち着いていない中で、ユノは弱弱しく首を横に振った。
「良かった。お詫びに、君の望みを一つ聞いてあげるよ、何がいい?」
「僕の、望み・・・」
何か作ってもらうのがいいだろうか、力を使う練習に付き合ってもらうのがいいだろうか。
けれど、特に欲しいものが思いつかないし、練習はカイブツがいればいい。
少し悩んだ後、ユノはふと告げた。
「じゃあ・・・一晩中、傍にいてほしいです。退屈かもしれませんけど・・・」
ユノの願いに、アゼルは一瞬だけ目を丸くする。
そして、くすりと笑ってユノの頭を撫でた。
「いいよ。君の寝顔なら、いくら見ていたって飽きないだろうからね」
恥ずかしくも嬉しいことを言われて、ユノの頬に熱が戻る。
人の世界へ二度と戻れないことを、頭では分かっていてもどこか寂しいのだろうか。
今は、自分を慈しんでくれる相手を求めていた。
その晩、約束した通りアゼルはずっと傍にいてくれた。
ユノは少し申し訳なく思ったけれど、今更撤回はしたくなかった。
「あの・・・いいんですか?アゼル様は眠らないのに、一晩中だなんて」
「良いものをくれたお礼だよ。たまには、君の望みも叶えてあげないとね」
アゼルはユノの体を優しく抱き、子供をあやすように頭を撫でる。
軽く引き寄せられると、胸の内に温かなものが広がって、ユノは早々にうとうとしていた。
もっと、意識のある内にこの温もりを感じていたくても、心地よさが眠気を誘う。
何を考えているかわからないし、いかがわしいところもあるけれど、
この相手になら、安心して寄りかかれる。
妖魔になって同調しているのだろうか、確かな信頼感を抱いて、ユノは目を閉じた。
―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
アゼルとはいかがわしいことをさせやすいです。
そして、次は少年好きに拍車がかかった話になりまする。