妖魔の森15


翌朝、ユノの体は何をせずとも元に戻っていた。
どうやら、体力が回復したからのようで、薬は無駄になった。
けれど、アゼルは転んでもタダでは起きなかった。

その日の夜、ユノはカイブツと共に眠ったはずだった。
けれど、翌日の朝、隣にいるはずの存在には変化が訪れていた。
隣では、同年代とは思えない、幼い少年が寝息を立てている。
傍にある白髪は確かにカイブツのもので、ユノは溜息をつく。
やがて、その目が薄らと開いた。

カイブツは伸びをして、ぼんやりと天井を見上げていたけれど、
ユノに焦点を合わせると、突然目を見開く。
そして、瞬時にベッドから下りて、椅子の影に隠れた。

「お、おれ、ユノと一緒に、寝ちゃったの・・・?」
「そうだけど、それがどうかしたか?」
肯定されると、カイブツはほんのりと頬を染めてもじもじとした。
明らかに、普段の反応とは違う。
ユノが椅子に近付くと、カイブツはさっと他の場所に移ってしまった。

「カイブツ、僕のことが嫌になったのか?」
「ううん、そんなことないけど・・・」
カイブツの声は小さくて、だいぶ控えめだ。
違和感を覚えていると、昔のカイブツは恥ずかしがりやだったということを思い出した。
また近づこうとしても、素早く移動されてしまう。
ユノはひとまず諦めて廊下へ出たが、その後をカイブツが追った。


移動中、つかず離れずといった距離で、背後から視線を感じる。
振り向くと、さっと隠れてしまって接近することはできない。
朝食を取るときも席が微妙に離れていて、ろくに会話もできない。
部屋へ入るとついてくるけれど、その距離は縮まらなかった。
流石に物寂しさを覚えて、ユノは良い顔をしない。
追いかけても逃げられてしまうのは目に見えているので、ベッドに座って伏し目がちになった。

「カイブツ・・・出て来て、くれないのか」
寂しさを込めて、独り言のように呟く。
しばらく静かにしていると、カイブツが落ち着かなさそうに様子を覗っていた。
押してダメなら引いてみろと、ユノはわざとらしく溜息をつく。
落ち込んでいる姿が気にかかっているのか、カイブツは物陰から出る。
そうして、じりじりとユノに近付いて行った。
顔を覗き込もうと、下からそーっと見ようとする。
そのとき、ユノはさっと腕を伸ばした。

「捕まえた!」
突然、体が抱きしめられて、カイブツは目を丸くする。
逃がさないように少し強めに抱き、ユノは小さな体を自分の身に押し付けた。
「は、はずかしいよう」
触れただけでカイブツは顔を赤くし、俯いてしまう。

「じゃあ、顔が見えないように後ろからにするから」
ユノは軽々とカイブツを反転させて、後ろから抱くようにする。
容易く腕の中に納まってしまう存在は、かなり庇護欲がかきたてられるようだった。
「カイブツ、僕のことが嫌いじゃないんなら、こそこそしないでほしい。

避けられてるみたいで・・・少し、寂しかった」
「ん・・・ごめんね、ユノ・・・」
慰めるように、ユノはカイブツの髪をそっと撫でる。
さらさらとした質感は相変わらずで、指通りが良い。
心地いいのか、カイブツはうっとりとしたように目を細めた。


「カイブツは、人が怖いのか?」
どこか怯えているような雰囲気があって、唐突に尋ねる。
「ううん、逆・・・おれの目も、爪も赤いし、ユノに怖がられると思ったから・・・」
「そんなことない、カイブツはかわいらしいよ」
「ほんと?ユノ・・・ありがと」
自然と、そんな褒め言葉が出て来る。
今なら、カイブツが少年になった自分を可愛がってくれた気持ちがわかった。

カイブツは照れ臭そうにはにかみ、おずおずとユノの腕を掴んだ。
いつも平気で抱き付いてくるからか、遠慮がちな動作がとても新鮮に感じる。
同時に、ちょっとからかってみたくなってきて、
ユノは腕を移動させて、カイブツの口元を指先で撫でた。
「ひゃっ」
驚きの声が聞こえたけれど、突っぱねられはしない。
柔い個所を丁寧になぞっていくと、微かにカイブツの肩が震えた。


「ご、ごめん、調子に乗りすぎた」
指を離そうと思ったけれど、その前に小さな手に掴まれる。
そうして、カイブツはユノの指を唇でやんわりと食んでいた。
「あ・・・」
指がくすぐったくなって、見えなくとも何をされているのかわかる。
拒否していないと、そう示すような、必死の愛情表現だった。
とたんに、胸の内に温かなものを覚える。
ユノは、自分もその行動を拒まないと示すように、カイブツをさらに引き寄せて体を密着させた。

「ん、ユノ・・・」
羞恥心より優っているものがあるのか、カイブツは完全に身を預ける。
委ねられているのだと思うと、湧き上がるものがあった。
今なら、アゼルの気持ちもわかる気がして、
ユノは、ほとんど無意識の内に唇の隙間へ指を進めていた。

「は、ふ・・・」
さらに柔らかなものへ、指の腹が触れる。
抗えないものがあるのか、カイブツは頬を染める。
指が舌の表面をなぞると、相手からやんわりと絡められた。
まだわずかに躊躇いを残しながらも、軽い愛撫が続く。
幼い相手に行きすぎたことをしてはいけないと思いつつも、ユノは自分の行動を止められないでいた。


やがて、カイブツの口内からユノがゆっくりと指を抜く。
そして、適当に液を拭うと、体を抱き上げて反転させた。
驚きと恥じらいが入り交じっているのか、カイブツは顔を赤くして視線を逸らしている。
これは、きっと小動物を愛でる気持ちと同じだと思う。
ユノは自分を正当化させて、カイブツに顔を近付けていった。
カイブツははっとしてユノを見詰めたけれど、すぐに目を閉じる。
受け入れられたのだと感じ、ユノはそのまま唇を重ねた。

「ん・・・」
わずかに怯んだようだったけど、カイブツは逃れようとはせずにユノの肩に手を置く。
たまらなくなって、ユノはかつて自分がされたことを思い出し、小さく舌を出して唇を舐めた。
「ひゃ、ぅ」
か細い声が聞こえてきたけれど、もう行為は止まらない。
隙間をなぞり、上唇をやんわりと食み、普段の自分からは考えられないことをしてしまう。
いっそ、この中へ自身を進めていってしまいたくなる。
舌先が硬い歯に触れたとき、掴まれている肩に爪が食い込んだ。

わずかな痛みを感じ、ユノは我に返ったように身を離す。
急に行為が終わり、カイブツは薄目を開き、ぼんやりとした瞳でユノを見上げていた。
「は・・・ぅ、ユノ・・・」
紅潮している姿を見ると、また抑制が効かなくなってしまいそうになる。
けれど、これ以上は流石に危ないと、ぎりぎりのところで抑えた。

「ご、ごめん、嫌な思いさせた」
心配そうに言うと、カイブツは首を横に振る。
「ううん、ちょっと驚いただけ・・・」
その後、カイブツは何かを言いたそうに口をもごもごと動かす。
ユノは言葉を待ったけれど、カイブツは俯いてしまった。
無理に聞き出すことはないと、腕を解いて身を離し、廊下へ出た。

また、こっそりと後ろに着いてくるかと思いきや、カイブツはすぐ隣へ並ぶ。
今の大胆な行為で羞恥心が薄れたのだろうか、手を伸ばせば簡単に届く。
距離を置かれなくなったことは嬉しいけれど、近すぎるとよからぬことをしてしまいそうだった。




その後も、カイブツは小走りでユノの後をついてまわる。
まるで幼い弟ができたようで、カイブツの姿を見るたびにユノは和んでいた。
自分が過ちを犯してしまう前に元に戻さなければならないと、アゼルの姿を探す。
けれど、間が悪かったのか今日は出かけているようだった。

アゼルは夜まで帰ってこず、ユノが夕食を作り、寝る時間になってしまう。
流石に浴室まではついて来なかったけれど、寝室には入ってきていた。
追い返すのも忍びなくて、二人は同じベッドに座っている。

「・・・少し早いけど、もう寝ようか」
さっさと眠ってしまえば、何をすることもなく無事に夜を過ごせる。
そう提案したけれど、カイブツは躊躇っているのか、またもごもごと口を動かしていた。
「カイブツ、何か言いたいことがあるのか?」
「う、ん」
否定とも肯定ともとれないような、微妙な返事を返される。

「今言いにくいことだったら、無理に言わなくていいよ。また明日にすれば・・・」
「ま、待って!」
寝転がろうとしたユノを、カイブツは腕を掴んでとっさに止める。
そうして、伏し目がちになって、ようやく言った。


「・・・して、ほしい」
「してほしいって、何を?」
「・・・・・・また、ユノに・・・ちゅー、してほしい」
こんな風にお願いされたことなんてなくて、ユノの心は一瞬で揺らぐ。
いつもは平然としてくる相手が、こんなにも遠慮がちに、恥ずかしそうにしているなんて。
自重しなければならないと思いつつも、拒否することなんてできなかった。

「いいよ。カイブツが望んでくれるんなら、する」
ユノはカイブツの体を抱き上げ、頬に掌を添えて上を向かせる。
そして、相手が俯いてしまわないうちに、すぐ口付けていた。
「ん・・・」
柔らかな感触を感じると、果たして途中で身を引けるだろうかと不安になる。
しばらく触れたらもう離れようと、そう思っていたけれど、
カイブツは、もっと触れ合いを求めるようにユノの首へ腕を回していた。

そして、誘うよう、わずかに口の隙間を開く。
そんなことをされると、もう理性が霞んでしまう。
ユノは誘われるまま、その間へ自身を差し入れていた。
もう引き留めるものはなく、中にある小さな舌へ触れる。

「ふぁ・・・ぅ・・・」
幼いながらも感じるものがあるようで、カイブツはか細い声を漏らす。
ユノは驚かせないよう、ゆっくりと舌を撫でていく。
指で触れているときとは違い、いっそう淫らなものを感じてしまうようだった。
激しくはなくとも、徐々にお互いを絡ませる。

「ん、ん、ぁ・・・」
声が耳に届くと、いよいよ本能が先行する。
唇が完全に濡れても、お互いに離れようとしない。
カイブツはたまに喉を鳴らし、溜まった液を嚥下していた。
相手が望んでくれるのなら、たぶんどこまででもできてしまう。
名残惜しかったけれど、いつまでも同じことをしているわけにはいかず、ユノは身を引いた。


「はぅ・・・どきどきする」
「うん、僕も、心音が早いや・・・」
大きさが違っても、カイブツであることには変わりない。
鼓動は確かに反応を示し、繋がり合うことを喜んでいた。
お互いの距離をなくそうと、カイブツはユノにぴったりと体を密着させて擦り寄る。
このままだと、踏み超えてはならない一線を越えてしまいそうだった。

「・・・そろそろ、寝よう。僕、もう瞼が重たくて」
「うん・・・」
カイブツは素直に離れて、ベッドに寝転がる。
どことなく残念そうにしているのを見て、ユノは隣に横になり、優しく白髪を撫でた。
カイブツは嬉しそうにはにかんで、ユノに身を寄せる。
腕の中にその体を包み込むと、幸福感が溢れてきていた。
愛おしい存在の、止まり木になりたい。
頼られる、ということは予想以上に喜ばしいことだった。




翌日、目が覚めると、抱きしめていたはずなのに立場が逆になっていた。
カイブツは元の大きさに戻り、包み込むには手に余る。
ユノは、まだ眠っているカイブツをじっと見る。
そして、おずおずと首元に寄り添った。

「う、ん・・・」
髪がくすぐったかったのか、カイブツが身じろぐ。
ユノは反射的に身を離そうとしたけれど、その場に抱き留められた。
「おはよう、ユノ・・・」
「う、うん、おはよう」
柄にもないことをしたからか、動揺してしまう。
寝起きでは、ユノがどぎまぎしていることに気付いていないようだった。

「何だか、すごく良い夢を見てた気がする・・・あんまり覚えてないけど、幸せだった」
「そ、そっか」
冷静になって昨日のことを思い出すと、顔から火が出そうになる。
全て、夢の中の出来事として認識してくれれば、都合がいいはずだけれど、
別に、思い出されても構わないなと、そんなことも考えていた。

気の置けないこの相手になら、どんな自分をさらけ出しても構わない。
いつか、自分から甘えられる日が来るだろうか。
だいぶ強い羞恥心を抑制するのは難しいとしても
誰かに寄り添うのは、自分だけでなく、相手にも満足感を与えられるものだと実感していたから。




―後書き―
ショタ小説二話目、だいぶ危ない雰囲気でお送りしました。
ファンタジーはいろいろできていいですね!