妖魔の森3


夜、ユノが部屋で待っていると、カイブツがやって来た。
顔が強張りそうになったが、平静を保つ。
光の剣が入っている袋は、ベッドの下に置いておいた。

カイブツは、無言でベッドに入る。
相手が横になってから、ユノも隣に並んだ。
すると、カイブツはすぐにユノの手をやんわりと握った。

「・・・何で、そんなに人と接したがるんだ?」
人同士でさえ、ここまで馴れ馴れしく触れてくる相手はいない。
その接し方は、ただ人が珍しいからということではない気がして問うていた。

「さあ、どうしてだろうね・・・」
眠たいのか、声に覇気がない。
カイブツは、何ら警戒心も抱かずに目を閉じる。
ユノも目を閉じたが、眠らないように注意した。




隣から寝息が聞こえ、手が緩んだところでユノはベッドから抜け出した。
道具袋を取り、光の剣の柄を取り出す。
カイブツが起きる気配はなく、このまま難なく仕留められそうだった。

見おさめに、じっとカイブツを見下ろす。
なぜあれほど懐いてきたのかわからないが、嫌な気分じゃなかったし。
抱きつかれたときは流石に動揺しつつも、髪の感触が心地良かった。
そのことを思い起こすと、もう一度だけ触れてみたくなって。
ユノは慎重に、カイブツの髪を指先ですいた。

少し触れただけでさらさらとした感触が伝わり、思い切り撫でたらさぞかし気持ち良いだろうなと思う。
絶命させてからそうしようかと、そんなことを考えている自分が意外だった。
触れるのもほどほどにして、指を離す。
そして、剣の柄を強く握り締め、刃を出した。
胸元へ突き刺そうとしたとき、カイブツがふいにユノの方へ寝返りをうつ。
起こしてしまったかと、さっと飛び退く。


「・・・ユノ」
小さな声で名を呼ばれ、刃を構える。
たが、カイブツが目を開く様子はなかった。
ユノは溜息をつき、足音をひそめて近付く。
すると、カイブツの目の端に水滴が流れているのが見えて、ぎょっとした。

悪い夢を見ているのだろうか、カイブツは目を閉じたまま泣いていた。
とたんに、戦闘意欲が萎えて行く。
無防備に涙を見せられると、情が生まれてしまう。
そんな気持ちに反応するかのように、光の刃が消えていった。

はっとして柄を握り直すが、刃が出てこない。
ユノはまた溜息をついて、柄を袋に戻し、ベッドに横になった。
横向きになったカイブツの手に、指先が触れる。
すると、すぐにその手が握られた。
はっとしてカイブツを見るが、やはり起きている様子はない。
きっと、夢の中でも同じ様に手を掴んでいるのだろうと、それ以上気に留めなかった。
いつの間にか、カイブツの涙は止まっていた。




日差しで目を覚ますと、まだカイブツは隣で眠っていた。
起き上がり、ユノは手を離して真っ白な髪を撫でる。
起きぬけで頭がぼんやりしていて、ほとんど無意識の内にそうしていた。
すると、カイブツが薄らと目を開いたので、ユノは慌てて手を退けた。

「ユノ・・・」
カイブツはぼんやりと、ユノを見る。
次の瞬間、飛びつくようにしてユノに抱きついていた。
勢いが強くて、よろけそうになる。
これも、自分と同じように、無意識の内にしていることなのかもしれない。
ユノは特に抵抗せず、カイブツが満足するまでじっとしていた。

「・・・ユノがどこかへ行く夢を見た。でも、やっぱり夢だった」
まさか、暗殺しようと手を離したときに、夢の内容とリンクしたのだろうか。
なぜそれほど強く思われているのか知らないけれど、ユノはかすかな胸の痛みを覚えていた。


朝支度を終え、食堂に行くとすでに朝食が準備されていた。
そこにはアゼルもいたけれど、香りにつられて、警戒心もなく席に着く。
「ユノ、君に協力してほしいことがあるんだけど、いいかな」
「はい。僕で役に立つのなら」
これは信用を得るための良い機会だと、ユノは即答する。
良い返事を聞き、アゼルは軽く笑った。

「良かった。新しい物を作ったから、試したくて仕方がなかったんだよ。朝食の後、ついておいで」
作った物を試すと聞いて、何かの実験台にされるのかとユノに嫌な予感がよぎる。
だが、今更撤回することはできなかった。


アゼルは鍵の付いた扉の前で泊まり、指先でノブをつつく。
すると、鍵の外れる音がして、自動で扉が開いた。
ここから先は、本当は自分が立ち入ってはいけない場所で。
ユノは好奇心もあったが、同じくらい不安感もあった。

図書室で本を読んだときの、おぞましい挿絵を思い出してしまう。
部屋の中へ足を踏み入れると、また自動で扉が閉まり、鍵がかかった。
ユノは、どんな恐ろしい物があるのかと覚悟していたが。
部屋の中は明るく、人の死体や目玉などはなかった。
研究所らしく、フラスコやビーカーに何かの液体が入っていたり。
大きなカプセルに生き物のような何かが入っていたが、おぞましさはない。


「君に試したいものっていうのは、これなんだ」
アゼルは、不透明なガラスケースの中へ手を入れる。
そこから取り出したのは、植物のように見えるものだった。
片手で軽々と持っているが、赤ん坊くらいなら一呑みしてしまいそうな大きさがある。
いつか、アゼルが携えていた触手によく似ていて、中心にある蕾の部分から8本の手が枝分かれしていた。

「それは、何ですか?」
「名前がついているわけじゃないけど、強いて言うなら搾精器かな」
さくせいき、と聞き、ユノは何かを作るものなのかと想像する。
8本も手があれば、作業するのに効率がよさそうだ。

「折角人が来たんだし、DNAを採取してみたくてね。。
髪や皮膚でも可能だけれど、一番濃密なのは精子だから」
「・・・え?」
自分の思っているものと説明が食い違い、ユノは呆ける。
そこで、勘違いをしていたことと、とんでもないことをされようとしているのに気付いた。


「ちょ、ちょっと待って下さい。それって、僕をそれに襲わせるということですか!?」
「そうだよ。柔軟性を重視したから、きっと気持ち良くしてくれる」
触手は獲物を求めるようにうごめいていて、アゼルが手を離せばすぐにでも襲いかかってきそうな勢いだ。

「・・・申し訳ありませんけど、そういうことは、できません」
ユノは、謝罪の気持ちを込めて恐々と断る。
いくら信頼を得るためでも、あんなのに辱しめられるのは嫌だった。
「そう、残念だ」
アゼルはあっさりと引き下がり、触手をガラスケースに戻した。

「じゃあ、カイブツにでもけしかけようかな。
DNAの採取も目的だけど、この子にまとわりつかれてどんな顔をするのか見て見たいからね」
「な・・・」
カイブツに矛先が向けられ、ユノはうろたえそうになる。
自分が断ったことで、カイブツがあの触手にいいようにされてしまう。
そこに罪悪感はあったが、それなら自分が変わりになるとは、とても言えなかった。


「・・・失礼します」
ユノはきびすを返して、部屋から出ようとする。
そのとたん、そっと肩に手が添えられていた。

「でも、やっぱり君の一部は欲しいな」
肩に置かれた手は徐々に移動し、爪がうなじをなぞる。
そのまま切り裂かれてしまうのではないかと、ユノは寒気を覚えた。
指先は、どこを切るか選ぶように、鎖骨の辺りへも触れる。
指の腹で撫で、柔い箇所を探しているようで。
艶めかしくも思える手つきに、ユノは硬直していた。

「血液を採ってもいいけど、今は入れ物がないからこれにしよう」
アゼルは手を離し、ユノの髪を一本抜いた。
とたんに、ユノは金縛りから解かれたようにアゼルと距離を置き、警戒した目を向ける。

「もう戻っていいよ。カイブツが待っていると思うから」
そう言って、アゼルは部屋の奥へ引っ込む。
ユノはへたりこみそうになる膝を抑え、すぐに部屋を出た。




午後は、前と同じようにカイブツと一緒に妖魔を刈りに行き、一部を持ち帰った。
まだ知らされていないのか、カイブツの様子はいつもと変わりない。
楽しそうにしている様子を見て、ユノは複雑な思いにかられていた。


夕食の後、カイブツは寝る前に部屋へ来るようアゼルに言われていた。
ユノの目の前で、わざと知らせるように。
何も分かっていないカイブツは軽く了承していたが、ユノの心境は穏やかでなかった。

もう余計な事を考えないようにしようと、ユノはさっさとベッドに入る。
けれど、目を閉じたときに浮かんできたのはカイブツのことだった。
一度気になってしまったら中々払拭できず、目が冴える。
巡り巡る考えが、どうしようもなくなって。
剣の柄を持ち、外へ飛び出していた。

昼間入った扉を探し、剣で鍵を壊そうとする。
その前にノブへ手をかけると、簡単に開いた。
奥へ進んで行くと、にやついた笑みを浮かべているアゼルがいて。
カイブツはその前に座り込み、触手にまとわりつかれている最中だった。
上半身の服が乱雑に破かれてゆき、触手は下肢を侵食しようとする。
それを見た瞬間、ユノは一気に駆け出し、光を刃に変えた。


「おや・・・」
アゼルが止める前にユノは狙いを定め、光の刃で蕾の中心を真っ二つにしていた。
とたんに触手が痙攣し、ぐったりとする。
ユノは、まだカイブツに絡みついている触手を取り払った。

「ユノ・・・何で、来たんだ」
カイブツの問いに、ユノは答えられない。
カイブツが自分の身代りになっていると思うと、いてもたってもいられなくなっていた。
そうやって罪悪感を覚えたからには違いなかったけれど、どこか負に落ちない部分があった。

「あーあ、折角作ったのに、やり直しか」
アゼルが、触手の亡骸を無造作にガラスケースに入れる。
ユノは剣をしまい、その場に跪いて頭を垂れた。

「申し訳ありません。どんな罰でも受けます」
「潔いね。どんな罰でも・・・か」
あまりに無茶なことを言われたら、剣に光を宿し、切りかかろうと考える。
1対2は厳しくとも、全力を出せば神器が応えてくれるはずだった。

「じゃあ、私が採って来た触手と同じものを明日取って来ること。。
カイブツは別の用事があるから、一人でね」
「わかりました」
それなら、妖魔を倒すだけでいいので安易にできると、ユノはほっとした。
振り返り、カイブツに手を貸して立ち上がらせる。
下半身は死守できたものの、上半身の服はところどころ破けていて目が当てられない。
ユノはなるべくカイブツを見ないようにして、出口へ引っ張って行った。




「俺を助けに来たの?あれくらいのことは平気だよ」
部屋へ入る前に、カイブツは平然と恩知らずなことを言う。
ユノは手を離し、カイブツと向き合った。
服の間から白い肌がちらちらと見えて気にかかったが、視線を落とさないよう心掛ける。

「あんなこと、簡単にさせるべきじゃないと思う。僕が口出しすることじゃないかもしれないけど」
共に暮らしているのだから、アゼルの趣向をカイブツが知らないはずはない。
抵抗することもなく従っていたのは、覚悟が出来ていたからだ。
余計な事をしたかと、ユノは今になって後悔したが。
止めていなければ、もっと後悔する気がしていた。

「別に減るもんじゃないし、アゼル様が望むんなら・・・」
「止めてくれ」
カイブツの言葉を遮って、ユノは言い放つ。
特殊な趣向のために、その身を自由にさせたくはない。
なぜ、昨日殺そうとしていた相手にこんなことを考えてしまうのか、ユノ自身も混乱していた。
真剣な表情に気押されたのか、カイブツは押し黙る。


「さっき、助けたのは・・・僕が嫌だったんだ。君の為じゃない、罪悪感を晴らすためにしたことなんだ」
ユノは情を打ち消すように言ったが、カイブツはふっと笑った。
「俺が君の身代りだとは聞いてた。けど、嬉しかったよ」
カイブツの最後の一言で、ユノの気持ちは救われたように軽くなった。
そうやって、好感を覚えてはいけないとわかっているのに。
素直に、嬉しいと感じている自分がごまかせなかった。

「俺は着替えてから寝るよ。お休み」
カイブツが部屋へ戻った後、ユノはしばらくその扉を見ていた。
自分は、この相手に何を思っているのだろうか。
取り返しのつかなくならない内に、先に仕留めた方がいい。
次の機会には、もう刃を消す事はしまいと、ユノは誓った。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
あぶない話になるかと思いきや、まだ早いかと思って止めました。でもいずれします。
折角のファンタジーもの、これを書かねば何を書く←