妖魔の森4
機会があったらカイブツを仕留めようと決めたユノだったが、今日はその暇はなさそうだった。
昨日、アゼルに無礼を働いた罰として、妖魔の触手を採ってこなくてはならない。
一人で行って迷子にならないかということだけを懸念していたが、アゼルは森が導いてくれると言っていた。
なので、ユノの持ち物は剣の柄だけだった。
不安を抱きつつ、とりあえず森の中を進む。
すると、やけに通りやすい道があることに気付いた。
森の導きとはこのことかと、その道を進んで行く。
暫く歩くと、周囲の木の色が青々としたものから、だんだんと黒ずんできた。
別の妖魔の領土へ入ろうとしているのだと、雰囲気で分かる。
葉が完全に黒くなった地域へ足を踏み入れると、殺気が向けられた。
見張りの妖魔でもいるのか、確実にこっちを狙ってきている。
光の刃を出した瞬間、木々を掻き分けて触手が襲いかかって来た。
とっさに剣を払い、触手の先を切ると、驚いたのか、触手は森の奥へ引っ込んだ。
同じものを持ち帰るには、本体の根元から切り落とさなければならないと、後を追う。
邪魔な木を切り倒して進むと、その本体が姿を現した。
中心部は、ぶどうが集ったような大きな粒で構成されていて、下から数十本の触手が生えている。
アゼルが持っていたものよりはやや小ぶりだが、色や形は同じだ。
ユノが近付こうとすると、本体は一気に触手を伸ばしてきた。
捕らえられれば、捕食されてしまう。
四方八方からの攻撃をかわすと、ユノは光の刀身を伸ばし、その場で回転した。
次々と、触手が切り落とされる。
全てが切断されると、本体はあっけなく動きを止めた。
やけに簡単に終わり、ユノは拍子抜けする。
暫く様子を見て、動かない事を確認すると、根元から触手を切った。
そのとたん、本体が震え、辺りに黒い霧が吹き出された。
「っ!」
ユノはとっさに口を覆ったが、驚いた拍子に霧を吸い込んでしまう。
特に激臭はしなかったものの、触手を持ってすぐに離れた。
元居た森に戻ると、殺気が消える。
ユノは黒い霧のことを気にしつつも、通りやすい道を辿って帰った。
住処へ戻っても、体になんら異常はなく、アゼルのいる研究室へ向かう。
昨日から、自由にお入り下さいと言わんばかりに鍵は開けられている。
中ではアゼルが真剣な目をしてビーカーの中の液体を混ぜていたが、ユノに気付くと手を止めて向き直った。
「ああ、採って来てくれたんだね」
「少し、小さいですけど」
「構わないよ。実は、前のは太すぎて服に引っ掛かってしまっていたんだ。
だから、細い方が入り込みやすくて良い」
また同じことをする気かと、ユノは呆れる。
そのときは同じように切ってしまえばいいと、触手を渡した。
「罰はこれで終わり。君はよくやってくれるから、今度はご褒美をあげよう」
ユノは少し期待したが、同時に不安感も覚える。
「今夜、良い所へ連れて行ってあげるよ。それまでは休んでいるといい」
「は、はい」
どこかへ連れて行ってくれるのなら、一対一の場を作る絶好の機会だ。
ユノは、夜になるのが待ち遠しかった。
やがて夜になり、ユノは外へ出る。
月明かりが周囲を照らし、電灯はないのにほんのりと明るかった。
「お待たせ。行こうか」
気配もなく、隣にアゼルが表れる。
顔を向けると、突然体が浮き、横抱きにされていた。
「え、え・・・」
文句を言う間もなく、アゼルが大きく跳躍する。
あっという間に大木を飛び越え、眼下に森が広がった。
ユノは驚きのあまり、何も言えなくなる。
下りた所にはちょうど枝があり、それに乗ってアゼルは再び飛ぶ。
空を飛んでいるような感覚が気持ちよくて、気付けばアゼルの首に腕を回していた。
数回の跳躍の後、葉が生い茂った場所へ下り、視界が暗くなる。
そうして、草の中へ下りたはずなのに、視界が開けると、目の前に泉が広がっていた。
ユノは腕を解き、地面に降りる。
その泉を見た瞬間、またものが言えなくなっていた。
昼間来たときとは違い、泉の中心に満月や星が映り込んでおり、輝いている。
夜空の色までも映す泉の美しさに、目を奪われていた。
「ここは、私のお気に入りの場所なんだ。満月の時は、特に美しくてね」
アゼルの腕が、さりげなくユノの肩に回される。
そこに殺意は感じられなくて、振り払わないままでいた。
人の喧騒も、妖魔の気配も感じられない。
誰にも侵されない平穏が、ここにはあった。
佇んでいるだけで、心が穏やかになってゆく。
アゼルを手にかける気で来たが、この場所を血で汚したくないと、そう感じていた。
「人と妖魔の世界を行き来していると、結構疲れるんだ。そんなときは、ここへ来るんだよ。
周りに木々の結界を張ってあるから、誰も入れないしね」
ユノは自分がうっかりその木を切ってしまい、入っていたとは言えなかった。
いつまで経っても飽きない景色を眺めていると、ふいにアゼルが髪を撫で始める。
穏やかな雰囲気のせいか、触れられる事に嫌悪感はない。
髪を撫でる手が頬へ下りて行くと、冷たい指先に、ユノの背筋に寒気が走る。
艶めかしい手つきは、まるで蛇が這っているような、そんなことを彷彿とさせた。
アゼルは、ユノの肩を引き寄せ、頬を掌で包む。
そうして、上を向かせ、自分の身を近付けて行った。
隻眼が迫り、徐々に距離が近くなる。
ユノは、吸い込まれそうになる瞳を見詰めていたが。
口元に吐息を感じた瞬間、はっと目を見開いた。
とたんに腕輪が光り、周囲に結界が張られる。
電器がショートしたような音がし、アゼルは弾き出されていた。
腕輪は、本人が危険を感じた時に自動で発動し、脅威を遠ざける。
アゼルの掌は、黒く焼け焦げた様になっていた。
「まだ、駄目か」
相当熱かったはずだが、アゼルは平然としている。
ユノは今になってアゼルがしようとしていたことに気付き、気が落ち着かなくなっていた。
敵と対峙しているときとは、違う緊迫感が流れる。
「一人で帰れるかい」
「あ・・・はい」
ユノが返事をすると、アゼルは跳躍してその場を立ち去った。
気を悪くさせてしまっただろうかと懸念したが、腕輪の防護壁は自分で制御できないので仕方がない。
ユノが結界の外へ出ると、木々が整列して道が通りやすくなる。
そうして帰る途中で、急に足が重たくなった。
何かにまとわりつかれているような抵抗感を覚え、歩みが遅くなる。
妖魔の仕業だろうかとユノはあまり気に留めなかったが、やがて足だけでなく腕も重たくなった。
一歩進むたびに、その負荷は大きくなり、冷や汗がにじんでくる。
住処へ辿り着いたころには、全身がだるくなっていた。
扉を開け、何とか中へ入る。
だが、そこで強い倦怠感に襲われ、ユノはその場に倒れていた。
急に風邪でもひいたのだろうか、体が熱く、息が早くなる。
指先さえも動かせなくなって、ユノは命の危険を感じていた。
「黒い霧にやられたんだね」
気配もなくアゼルが現れ、ユノの頭上から語りかける。
もはや、返事をすることもできなかった。
「ちょうど、君が採ってきてくれたサソリの尾から解毒剤ができたんだ。
量がギリギリだから、一滴残さず飲み干さないといけないけど、起きられるかい?」
小瓶の中にある透明な液体を見せ、アゼルは意地悪く問いかける。
指一本も動かせないのに、体を起こせるはずはなかった。
倒れたままのユノを見て、アゼルはにやりと笑う。
「そう、仕方ない。じゃあ、こうするしかないね」
アゼルは解毒剤を自分の口に含み、ユノを横抱きにする。
そして、先に触れようとして拒否された個所へ、唇を重ねた。
「は・・・っ」
口呼吸ができなくなり、ユノが苦しそうにする。
アゼルは開いた口へ舌を差し入れ、液体を零さないように流し込んでいった。
粘り気のあるものが注がれ、ユノは強く目を閉じる。
喉の奥まで辿り着いた液は自然と嚥下され、粘液質な感触を与えていった。
アゼルはユノの舌に触れ、やんわりと絡ませて刺激する。
解毒剤を一滴も残さぬよう、あわよくば自分の液ごと飲み込んでしまうように。
ユノの体はまだ動かせず、ただ与えられるままに喉を鳴らすしかなかった。
液体がなくなっても、アゼルはその身を離さない。
邪魔な液がなくなり、自由に動かせるようになった舌で、ユノの口内へ触れてゆく。
頬の内側や歯の先端、裏側をなぞると、抱いている体が震えた。
「うぅ・・・っ」
柔いものに蹂躙され、ユノが呻く。
結界が張られる前に、アゼルは身を離した。
軽く舌なめずりをして、口端に伝う液を拭う。
解毒剤を飲んだはずなのに、ユノの息はさっきより荒くなっているようだった。
「少ししたら楽になるけど、安静にしておいたほうがいい。後で、カイブツを部屋に行かせるよ」
ユノは大人しく、そのままベッドまで運ばれて行った。
横になると、幾分か体が楽になる。
息は落ち着いてきたものの、まだ立ち上がれそうにはなかった。
「ユノ!」
カイブツが慌てた様子で部屋へ入る。
ぐったりしているユノの姿を見ると、ベッドの横に膝立ちになって顔を覗き込んだ。
「ユノ・・・」
カイブツは心配そうに声を落とし、そっとユノの頬を撫でる。
どこかこわごわとした手つきだったが、そこには労りが感じられるようだった。
「何か、欲しいものはある?」
「水・・・」
ユノが一言だけ答えると、カイブツは走って部屋から出て行き、すぐに戻って来た。
「起きられる?」
無理だと主張するように、ユノは動かない。
カイブツは静止し、じっと何かを考えていた。
「少し・・・我慢してくれるよね」
そう語りかけ、カイブツは水を口に含む。
そして、アゼルがしたことと同じように、ユノへ口付けた。
「っ、ん・・・」
鼻から抜けるような声が発され、ユノは反射的に目を閉じる。
自然と口を開いてしまうと、冷たい水が流れ込んできた。
熱を冷ましてくれる冷たさが心地よくて、今の状況を忘れてしまう。
水がなくなると、カイブツはすぐに離れた。
ユノは目を開き、まだ目と鼻の先に居るカイブツをぼんやりと見上げる。
「・・・ありがとう」
か細い声でユノが告げた時、カイブツは目を見開いた。
拒まれると思っていた行為が、感謝されている。
たまらなくなって、カイブツが再び身を下ろし、ユノに覆い被さっていた。
「う、ん・・・」
ユノはわずかに反応したが、カイブツを押し返す力はない。
舌で唇が割られ、その柔い物が入り込んでくる。
カイブツは欲望のままにユノの舌を弄り、絡ませ合った。
「は・・・っ、あ」
お互いが触れ合う艶めかしい感触に、ユノの吐息が漏れる。
ますます欲望が煽られ、カイブツは口内を蹂躙した。
自分が触れていない所などないよう、歯列も、内側の全てを弄ってゆく。
熱を帯びた息だけでなく、液が混じり合う音にも気が昂り、もう止めようがなくなる。
おさまる気配のない行動に、ユノは高まる熱と、わずかな恐れを覚えていた。
もう、離してほしいと、そう思った瞬間、腕輪が光る。
とたんに、一瞬の内に結界が張られ、カイブツが吹き飛ばされた。
ユノは顔を上げて、様子を伺う。
床に叩きつけられたのか、カイブツはぴくりとも動かなかった。
「カイブツ・・・」
まだ重たい体を懸命に動かし、ユノはカイブツに近付いてゆく。
拒んだばかりなのにこうして近付くなんて、自分の行動が不可解だった。
傍に行き、うつ伏せになっているカイブツの肩を揺さぶる。
「う・・・」
カイブツが呻き、体を起こす。
打ちどころが悪かったのか、こめかみを押さえている。
ちらと掌を見ると、そこには痛々しい火傷の痕が残っていてユノはいたたまれなくなった。
思わず手を取り、労わる様に手を包む。
そんなことで傷が回復するはずはなかったが、何かをせずにはいられなかった。
「そんなことすると、また襲うよ?」
大胆なことを言われ、ユノはとっさに手を離す。
明らかに警戒した様子を見て、カイブツは面白そうに笑った。
「冗談だよ。・・・ユノがこうしてくれて、嬉しい」
あからさまに拒んだのに、カイブツの友好的な態度は崩れない。
そんな相手に、自分が揺らいでいる事をユノは感じていた。
―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
一気にいかがわしさが上がりましたね、妄想活力全開です←。