妖魔の森5


朝、ユノは陽の光ではなく、蚊が飛ぶような高い音で目を覚ました。
嫌な寝覚めになり、道具袋からイヤホンを取り出して耳につける。
『そっちの状況はどうなっている』
挨拶もなく野太い男の声が聞こえてきて、ユノは眉をひそめる。

「近々、仕留めてみせます」
ユノが事務的に答えると、男は『うむ』と相槌を打つ。
『期待しているぞ、失望させてくれるな』
「・・・わかりました」
近況報告も何もなく、通話が切られる。
重大な任務を任せているのに、そっけないものだ。
通信機など置いてきてしまえばよかったが、相手側がどうしてもと言うので渋々承諾して持参していた。

王は、兵士など使い捨てのものだと思っているのだろう。
そんな相手のために自分の命をかけて働くのは、正直気が進まない。
けれど、絶対王政の国内で命令に逆らえば、居場所はなくなる。
失敗したら、蔑みの目で見られることは間違いない。
どのみち、今日カイブツを手にかけるつもりだった。

その後、配下がいなくなったらアゼルを仕留める。
嫌な連絡だったが、そのお陰で決意できた。


「おはよう、ユノ。今日の午後も刈りに行くよ」
部屋を出ると、すぐにカイブツが出迎える。
ユノは表情を変えないよう、いつもの様子を保つよう心掛けた。
「わかった。・・・カイブツ、今日、一緒に寝ないか」
何の脈絡もなく提案すると、カイブツは露骨に驚いていた。
昨日のことがあるので、まさか相手からそう言ってくれるとは思っていなかったのだろう。

「よかったら、僕の部屋に来てほしい。ただし、襲わないでくれよ」
ユノは、襲うのはこっちなのだからという言葉を飲み込む。
カイブツは、柔らかな頬笑みで応えた。


夜のことが気にかかっているからか、刈りはあまり身が入らなかった。
妖魔は簡単にカイブツが仕留めてしまい、ほとんどユノの出る幕はなく終わる。
疲弊してくれれば、とても都合が良かった。

そうして、夜、約束通りカイブツはユノの部屋にやって来た。
ユノはカイブツが入りやすいように右に寄っていて、枕の下には剣が隠されている。
多少寝心地は悪いけれど、仕方ない。

「心境の変化が気になるところだけど、聞かないことにするよ」
カイブツは、警戒心もなくユノの隣に寝転ぶ。
手を握ろうとしたが、その前にユノから手を掴んでいた。
意外な行動に、カイブツはちらと様子を伺う。
何も悟られないよう、ユノはすでに目を閉じていた。

「ユノ・・・お休み」
カイブツは、安らかな表情で目を閉じた。


夜も深まり、カイブツの寝息が聞こえてきても、ユノはずっと起きていた。
自分から行動しすぎて疑われるかと思ったが、うまく油断してくれた。
ユノはそっと手を離し、枕の下に手を入れて剣を取り出す。
体を起こしてカイブツを見下ろすと、良い夢を見ているのかかすかに微笑んでいるように見えた。

その安らかな表情を見て、かすかな迷いが生じる。
人の利益のために、この相手を殺してもいいのかと。
世の中は、弱肉強食とは言う。
だが、本当に、自国のために他国の平穏を崩してもいいのだろうか。

王の命令だからと、仕方なく自分を納得させる理由をつけてここまで来た。
遂行できなければ人の国で蔑まれると、保身のために行動しようとしている。
そう気付くと、自分がとても悪どい人間に思えた。
自分のために、相手を犠牲にする国の政策と何ら変わりない。
けれど、その国に生まれたからには、同じように染まるしかないのだ。
胸の内に重たい何かが渦巻いたが、ユノは柄を持つ手に力を込める。
やはり迷いがあるのか、光の刃は細かった。

殺すのか、殺さないのか、どっちを選べば自分が後悔しないことになるのかわからない。
むしろ、どちらを選んでも後悔しそうな気がする。
それでも、決断しなければならないのだ。


刃を、カイブツの首に当てる。
横に引けば、すぐ絶命させることができる。
ユノが深呼吸したその瞬間、カイブツの目が、薄らと開いた。

「っ!」
ユノは思わずカイブツの上に馬乗りになり、起き上がらないよう肩を手で押す。
カイブツはぼんやりとしていたが、今の状況を見て察したようだった。
「俺を殺すの」
ユノは無言で、カイブツの目を見る。
相手が目覚めてしまったことに動揺し、殺意が薄らいでいた。

「・・・僕は、元々アゼルを仕留めろという命令でここへ来た。君がいると邪魔をされかねない」
ユノは、まるで自分に言い聞かせるように告げる。
カイブツとて、強力な妖魔であることには違いない。
アゼルとの戦闘中に横入りされたら、厄介だった。

「そう。でも、俺はユノの邪魔はしないよ」
死を逃れるための言い訳だろうか、カイブツは平然と言った。
「それがユノのためになるんなら、むしろ協力したっていい。俺はユノの味方になる」
淡々と言ってのけるカイブツに、ユノは動揺する。
そんなに、おいそれと自分の主人を裏切れるものだろうか。
その言葉をすぐに信じることはできなかったが、嘘は付いていないとも感じてしまう。


「どうして僕に加担するんだ。僕は、君も、君の主人も殺そうとしている、敵だ」
「好きだから」
あまりに突拍子の無い発言に、ユノは開いた口が塞がらなくなる。
場を誤魔化すための嘘にしては、とても単純だ。
けれど、その一言が心を揺らがせたのは間違いなかった。

「俺はずっと昔からユノを見て来た。幼い頃は引っ込み思案で、ただ森の中から見ているだけだった。
・・・ユノが王都に行くまでは」
カイブツの言う通り、幼い頃、ユノは森の傍に住んでいた。
妖魔を恐れず、森のすぐ近くへもよく遊びに行き、怖いもの知らずの子供だった。
そんなユノを、カイブツはずっと見ていた。
一目見たときから何か惹かれるものがあって、なぜか目が離せなくなっていた。
他の妖魔とも人間とも違う、ユノは自分にとって特別な存在なのだと、そう感じた。

「ユノがいなくなって、俺は後悔した。近付いて、もっと接していればよかったって。
だから、ユノが森にやって来たとき、俺は大胆になった」
ユノは、何か目的があって、一人で森へ来たのだろうと思った。
その目的が果たされれば、きっとまた去って行ってしまう。
それなら、じれったいことをしている場合ではないと、馴れ馴れしく接していた。
辟易されるかもしれなかったが、昔の様な思いはしたくなかった。

「アゼル様は俺の親みたいなものだけど・・・俺にとっては、ユノの方が大切だ。だから、絶対に邪魔はしない」
ここで殺されるのならそれでもいいと、カイブツは目を閉じた。
ユノは、思いがけない告白をされ、少しも動けなかった。
自分を動揺させて、この場を凌ぐための作り話の可能性は充分にある。
けれど、その話を信じたいと思ってしまっている。
今、ユノはカイブツを殺さないで済む、都合の良い理由を必死に考えていた。


「・・・絶対に、邪魔は、しないんだな」
確認するよう、一言ずつ協調して問うと、カイブツが軽く微笑んだ。
その表情を見て、ユノの心は決まった。
死を間近にして微笑むなんてありえない。
ユノは、自分が本当に好かれているのだと気付き、光の刃を消していた。
次の瞬間、反撃される可能性はある。
けれど、ユノは柄を袋にしまい、カイブツの隣で横になっていた。

「けど、殺すと言っても一筋縄じゃいかないと思う。アゼル様は眠らないし、休むこともない」
「え・・・・・・何か、考えるよ」
ユノはそれだけ言って、カイブツの手を握り直した。
さっきまで殺そうとしていた相手と一緒に寝るなんて、どうかしていると思う。
けれど、手を触れ合わせたとき、ユノは後悔していなかった。




翌日になっても、アゼルを油断させる策は思いつかなかった。
けれど、真っ向から挑んだとしても勝機はある。
第一、アゼルからは強大な妖魔特有の威圧感がなく、たいした力は感じられない。
一つの陣営だと認められているのも、他の妖魔にはない幅広い知識を持っているからで。
配下がカイブツしかいないのも、反乱を起こされたら止めようがないからではないかと、そう考えていた。
だから、朝食の後、ユノは堂々とアゼルに尋ねていた。

「アゼル様、少し時間を貰えませんか」
アゼルは、ユノの考えを読み取る様に、じっと視線を合わせる。
やがて、いつものように笑った。
「いいよ。食後すぐの運動は体によくないから、後でね」
何をする気かわかっているのか、内容を言っていないのに体を動かすことだと悟られる。
カイブツが言ったのかとも思ったが、邪魔さえしなければどうでもいい。
もし、アゼルの前に立ち塞がれたら、きっと躊躇ってしまうから。




ユノは、外に佇んでアゼルを待っていた。
あまり脅威を感じていないからか、危機感はない。
だが、いつも気配もなしに表れるので、注意はしていた。
周りに気を張り巡らせていたところへ、アゼルは普通に正面から歩いてきた。

「お待たせ。それで、私を殺しにでも来たのかい?」
ユノが光の剣を持っているのを見て、アゼルが問う。
わかっているのにいつもと調子が変わらなくて、相手を舐めている様子だ。
お互い様だが、緊迫感の無さにユノは少しいらつき、光の刃を出した。

「世話になったことには感謝します。けど、元々僕は貴方を殺すことが目的だったから」
アゼルは顔を強ばらせるどころか、楽しそうに笑った。
「そう。実は君が初めてじゃないんだよ。いきなり切りかかって来る奴もいたし、騙し打ちをしようとした奴もいた。
そんな不作法な奴は、実験台にしてあげたけどね」
実験台、と聞き、図書館の本を思い出してユノは寒気を覚える。
もしかしたら、自分も挿絵と同じことになるかもしれない。
そんな嫌な予感がしたが、恐怖に捕らわれては負けだ。
今までの兵士達の神器とは違う、だから選ばれた。

ユノは自分を鼓舞し、柄を強く握る。
刃が一層輝きを増し、とたんに駆け出した。
アゼルが掌を水平にすると、指先から赤い閃光がほとばしる。
ユノはそれを避けることなく、真っ直ぐに走った。
閃光が体を貫こうとしたとき、腕輪が光り、障害物を消し去る。
至近距離まで間を詰めたユノが切りかかったが、アゼルはひらりと身をかわした。


「厄介だね、その腕輪」
アゼルが後ろへ跳躍し、距離を置く。
腕輪がある限り、ユノに触れることはできない。
ユノが再び間合いを詰めようとすると、森の奥から大量の葉が飛んできた。
それは鋭く尖り、敵に突き刺さろうとする。
木の葉だろうが何だろうが、ユノが危険だと思ったものに腕輪は反応し、防護壁を張った。

ダメージはなかったが、あまりに多くの葉が飛んでくるので視界が悪くなる。
その間に、アゼルは掌を返し、力を一点に集めるようにして黒い球体を生み出す。
林檎ほどの大きさの球体を数個作ると、木の葉が止んだところでそれを放った。
何か黒い物体が飛んで来て、ユノは警戒する。
防護壁は並大抵の攻撃では破れない自信はあったが、球体の威力が計り知れない。
触れる前に片付けた方がいいと、ユノはその場で刀を振り下ろす。

すると、光りの欠片が宙に留まり、球体目がけて飛んで行った。
お互いの力が接触し、いくつもの爆発が起きる。
とたんに、辺りが闇で包まれ、視界が塞がれた。
今が好機だと、ユノは剣の輝きを強くして周囲を照らしつつ、アゼルに向かって走る。
闇を抜けた所に相手はいて、素早く剣を払った。


だが、攻撃は予測されているようにかわされ、また距離を置かれてしまう。
大木を易々と飛び越えるほどの跳躍力を持っているのだ、身軽でないはずはない。
このままでは、先に疲弊した方が負けになる。

遠くから、また同じ球体が放たれる。
温存している場合ではないと、ユノは勝負に出た。
まずは同じように光りの破片を飛ばし、爆発させる。
闇を掻き分けて進んでも気取られてしまうのなら、自分がここから動かなければいい。

「光よ!」
ユノが叫ぶと、光の刃が大きく変形した。
刃先がどんどん長くなり、枝分かれして一直線に闇の向こうを目指す。
全ての闇が晴れ、アゼルの居場所が判明すると、刃は加速度を増し、敵の四肢を貫いた。
光の速さで突き刺さった刃に、アゼルが初めて表情を変える。
足の腱を切られたのか、その場に尻餅をついていた。
ユノは大きく息をつき、アゼルを見下ろす。
地面に広がる鮮血を見て、わずかに心苦しさを覚えていた。


「僕の・・・勝ちだ」
傷付いているはずなのに、アゼルの表情は平静なものに戻っている。
一方で、ユノの顔色は冴えなかった。
光の刃は、長さや早さを増すことで、使用者への負担も大きくなる。
今の技は気力を著しく削ぎ、もう一度は使えそうになかった。

「ふふ、大したものだ。他の奴は私の8分の1も倒せなかったよ」
「8分の1・・・?」
意味のわからないことを言われ、疑問符が浮かぶ。
とにかく、止めをさしてしまえば終わりだと、ユノは刃をアゼルに向ける。
だが、突然、肩に鋭い痛みが走った。

「っ!」
ユノは顔をしかめて、肩を押さえる。
そこからは、鋭利な刃物で切られたような細い傷口から、血が流れ出していた。
新手の妖魔が表れたのかと、振り向く。
そこにいた相手を見て、目を見開いた。
続いて、相手の指先から赤い閃光がほとばしり、足が貫かれる。

「うっ・・・!」
驚愕のあまり警戒心を抱く暇もなく、防護壁が発動しない。
立っていられなくなり、膝が崩れた。
顔だけを上げて、敵を睨みつける。
戦意を失っていない瞳に、相手は高揚した笑みを浮かべた。


「成程、ふいをつかれると腕輪は発動しないんだね」
目の前で笑っている相手は、にやりと笑う。
その笑みは、今後ろで血を流している相手と同じものだった。
服装、体系、笑い方まで瓜二つで、双子と言っても似すぎている。

目の前に居るアゼルが、指を鳴らす。
すると、傷付いた方の体が歪み、ビー玉程度の大きさの玉に変わった。
それは掌の上まで飛んで行き、上空で佇む。
赤い爪で玉が破壊されると、紫色の煙が立ち上り、吸い込まれてゆき。
煙がなくなると、アゼルの雰囲気が変わった。

佇まいはそのままだが、確実に、力が増したのを感じる。
すると、城の方から6つの玉が飛んで来た。
まさか、とユノは目が離せなくなる。
残りの玉も同じ様に壊され、煙が立ち上る。
そして、全てがアゼルに集まった瞬間、恐れるように木々がざわめいた。


さっき言っていた8分の1とは、こういうことだった。
アゼルから脅威を感じなかったのは、力を分散していたから。
それが一つに集まった今、無意識に、ユノの体が震え出した。
妖魔の長の威圧感に、耐えられなくなる。
距離が離れていても、恐怖心に反応して防護壁が張られていた。

アゼルが、一歩ずつ、ゆっくりとユノに近付く。
少し距離が詰まるだけでも威圧感は増し、恐怖心も大きくなっていった。
とうとう、防護壁の前までアゼルが来る。
腕輪があるから大丈夫だと、ユノは自分に言い聞かせても、震えが止まらない。

アゼルの爪が壁に触れると電気が弾ける音がしたが、弾き飛ばすことができない。
防護壁は抵抗するように、しきりに音を発する。
だが、やがて音が止まり、ガラスが割れるように壁が砕け散った。

「あ、あ・・・」
もう、自分の身を守る物はない。
絶望に打ちひしがれ、ユノは身動き一つとれなかった。
「ああ、恐怖に怯える表情もいいものだね。もっと、歪ませてみようか」
アゼルが、ユノに手を伸ばす。
恐怖心が心臓を痛い程高鳴らせ、ここで殺されると覚悟した。


「ユノ!」
死を垣間見たとき、ユノの目の前に赤い光が走る。
アゼルを貫こうとした光は、直撃する前に簡単に掻き消されてしまう。
だが、一瞬動きを止めた隙に、カイブツがユノを庇うように肩を抱いていた。

「私に攻撃するなんて、案外度胸があるじゃないか」
「ユノを相手に本気を出すなんて、大人気ない」
カイブツの目は、主人に向けられているとは思えないほど敵意に満ちていた。
「カイブツ・・・」
肩を抱く腕が、とても心強く感じる。
殺されてしまうかもしれないのに、身を呈して守ろうとしてくれている。
いつの間にか、震えは止まっていた。

腕輪が再び光を放ち、防護壁が復活する。
さっきよりも強い輝きに危険を察知したのか、アゼルが飛び退く。
そうして守られているのはユノだけではなく、カイブツも同じく壁で覆われていた。

「へえ、私にはない力だ、やっぱり作ってよかった。カイブツ、手当してあげて」
カイブツが頷くと、アゼルは意味深な言葉を残して去って行った。
その姿が見えなくなると、壁も消える。
ユノは、やっとまともに呼吸できるようになった。

「とりあえず、悪化しない内に処置しないと」
カイブツが、軽々とユノを横抱きにする。
恥ずかしい態勢だったが、ユノはカイブツの胸に身を預けていた。
今は、誰かに傍にいてほしくて仕方がなかった 。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
今回はいちゃつき少なめですが、物語り進めることを中心にしてみました。
次からは・・・もう、自重しません。