妖魔の森8


自分がカイブツの兄弟だと知ってから、ユノはそのことをなかなか言い出せないでいた。
アゼルは言っていないのか、カイブツの態度には普段と同じで、今日も無事に一日が過ぎて行くのだと思った。
けれど、唯一変わっていたことは、その日の風呂のお湯が、なぜか薄紫色になっていた。

恐る恐る手を触れてみると、液体がとろみを帯びている。
ユノは不思議に思ったが、薄紫の湯に浸かると何とも心地良い温かさに包まれて、どうでもよくなった。
あまり熱くもなく快適で、ゆったりとしていると、ふいに、扉の開く音がした。
誰か入って来たのかと、扉の方を見る。
最初は湯気で霞んでよく見えなかったが、だんだんと姿がはっきりとしてきた。

「ユノ・・・」
静かな声が、室内に反響する。
突然表れたカイブツに、ユノは目を丸くしていた。
「カイブツ、僕がいるときに入って来るなんて珍しい」
今まで、一度も入浴中に入ってきたことはなかったのに。
アゼルから珍しい湯のことを聞いて、早く浸かりたくなったのだろうか。

「ああ、今日は・・・」
何かあったのか、声はとても静かだ。
カイブツはゆっくりと湯に入り、隣に座った。
特に、色の変わった湯に驚く様子もない。


「カイブツ、何かあったのか?元気がないみたいだけど」
ユノは心配になって、顔を覗き込む。
そのとき、カイブツの目が見開いたかと思うと、とたんに体が引き寄せられていた。
湯の中で軽くなった体は簡単に浮き、後ろから抱きかかえられる。

「カ、カイブツ?」
背中にカイブツの肌が直接触れ、ユノはどぎまぎする。
すると、カイブツが首元に唇を寄せ、やんわりと触れた。
振り向かなくても何をされているのかわかり、変な緊張感が生まれる。
カイブツはユノの肌をやんわりと食み、感触を味わっているようだった。

うなじへ、肩へ、届く範囲へ次々と触れて行く。
場所が変わるたびに、ユノは反応してしまいそうになったが、ただ黙って俯きがちになっていた。
行為の途中で、カイブツは掌を胸部へ合わせる。
その心音はわずかに早く、伝わりやすくなっているようだった。

「ユノの肌、柔らかくて気持ち良い。それに、この音も好きだ」
「そ、そっか」
余裕がなくて、そんな返事しかできない。
自分も、背に伝わる肌の感触と、心音が好ましいと感じる。
だから、動揺してしまう。
こうして無防備な状態でいると、カイブツが次に何をするのか気が気でならなかった。


「ユノ、俺が前に言ったこと、覚えてる?」
そう尋ねられただけで、ユノの鼓動は強くなる。
思い出されたのは、手当をしてもらったときに告げられたことたっだ。
自分と、交わりたいというあの言葉を。

「ユノがずっとここにいるなら、焦ることはないって思った。
けど・・・どうしようもないくらい欲情してた」
「よ、欲情・・・」
薄々感づいてはいたが、改めて聞くと衝撃を受けずにはいられない。
嫌悪感を抱いている訳ではないが、その前に知らせなければならないことがあった。

「・・・カイブツがしたいんなら、構わない。
けど、その前に、君が生まれたことについて聞いてほしいことがあるんだ」
「俺のこと?アゼル様が何か言ってたのか」
言うべきかどうか、ユノは少し躊躇った。
もし、兄弟だと知ったことでカイブツの気が萎えてしまったら、自分はどこか物寂しくなるのではないかと思う。
それでも、真実をひた隠しにする心苦しさに背を押された。


「カイブツ、君は・・・・・・僕から作られたんだ、僕の血から。
だから、君が僕に惹かれていたのは・・・ただ単に、兄弟だからなんだ」
声を振り絞ったつもりだったが、音量はだいぶ小さかった。
どんな反応をしているか、怖くて後ろを振り向けない。
目を見開き、絶句し、気が萎えているだろうか。

「それで?」
いたって変わらない声の調子に、ユノのほうが驚く。
「兄弟だから、触られるのが嫌になった?」
「そんなこと、ないけど・・・」
「ユノが嫌じゃないんなら止めない。別に、俺が生まれた理由なんて関係ない」
あまりにはっきりと言いきられ、ユノは拍子抜けしていた。
少なくとも、人の世界では兄弟同士で、肌を重ね合うことはしない。
だから、カイブツもそうだと勝手に思っていた。
けれど、そんな関係を気にしなくなるほど、自分に向けられた感情は強かった。


胸に当てられていたカイブツの手が、徐々に下へと下がってゆく。
抵抗するなら今の内だと、猶予を与えるように。
けれど、ユノは変わらず、俯きがちでじっとしていた。
そして、掌は腹部を撫で、さらに下の、下腹部の中心にあるものを包み込んだ。

「ふ、あ・・・」
やんわりと包まれ、気の抜けた声が出る。
カイブツの指にそれを撫でられると、思わず吐息を吐いていた。
滑らかな湯のせいか、体が反応するのが早い。
掌が往復するたびに、下肢のものがだんだんと熱を帯びてゆく。
仕方のない事だとわかっていても、羞恥心はどうしようもなくて、赤面せずにはいられなかった。

「ユノが感じてきてるのがわかるよ。兄弟なんて、関係ないだろ?」
「う・・・」
掌の中にあるものの反応は、ごまかしようがない。
自分の体は、この愛撫に確かな反応を示していた。
カイブツは一旦手を離し、ユノの体をわずかに持ち上げる。
そうして、後ろの窪みへ指先で触れた。

「っ・・・」
触手のことを思い出してしまい、ユノは体を強張らせる。
「大丈夫、爪はちゃんと切ってきたから。俺に任せて」
耳元で囁かれ、相手はカイブツなのだと再認識すると、安心する。
強張りが解かれたとき、指先が窪みの中へ埋められた。

「あ・・・っ・・・」
指が入って来て、また吐息を吐く。
周りの湯が潤滑剤になっているのか、痛みはなかった。
探る様に内壁へ触れられると、頭が痺れるようにぼんやりとしてくる。
それは、相手が触手ではなく、信頼している者ゆえの快感かもしれなかった。
指が徐々に進んで来ると、感じるものも強くなっていく。
それが根元まで進められたときは、温かいはずの体が身震いしていた。


「人の中って初めて触ったけど・・・ここも、柔らかくて温かいんだ」
「は、恥ずかしい・・・っ、あぁ・・・」
カイブツは、ユノの奥で指を動かしてさらに探る。
ゆっくりと掻きまわされると、吐息だけではなく声も漏れてしまっていた。
指があまり抵抗なく動くようになると、カイブツは本数を増やし、挿し入れて行く。
ユノはますます強くなる感覚に陶酔し、体が反応するままに声を上げていた。

「ユノ、そんな声出すんだ。・・・何か、聞いてるだけで、興奮するよ」
ユノの背に触れているカイブツのものが、その存在感を増す。
たまに指を締めつけてくる内壁も、ユノが感じている証拠だと思うと気が昂っていた。
欲望が抑えきれなくなって、カイブツが指を抜く。
急に異物感がなくなり、ユノはほっと息を吐いた。

「そろそろ、ユノが本気で感じてる顔が見たい」
「えっ・・・」
カイブツは、ユノの体を軽々と反転させる。
顔を合わせると、カイブツの瞳から、欲望の色が見て取れた。
本当に欲情しているのだと思うと、また胸の鼓動が強くなる。
珍しい表情をじっと見ていると、指を入れていた箇所へ、カイブツのものがあてがわれた。

「あ、カ、カイブツ・・・」
初めて触れたものに動揺してしまい、思わずカイブツの肩に手を置いて動きを留める。
恐怖心ではないが、細い触手や指とは明らかに違って、慌てていた。


「侵したい・・・ユノの最奥まで侵して、感じ合いたいんだ」
本能のままに発された言葉が、ユノの耳に残る。
今だかつて、誰かにこれほど求められたことがなくて、やはり慌てたけれど。
気付けば、カイブツを押し留めようとする手から、力が抜けていた。
拒むものがなくなり、カイブツはユノの腰に手をまわして引き寄せる。
そして、自身のものを、触れさせていた窪みへと挿し入れた。

「あ・・・!う、っ・・・」
今までとは比べ物にならない圧迫感に襲われ、ユノが呻く。
身が裂かれてしまうのではないかと思う程の痛みに、顔をしかめずにはいられなかった。
「ユノ、ごめん・・・」
謝っても、カイブツは身を引こうとはしない。
もはや、この欲望を抑えることはできなかった。
せめて悦楽で痛みを忘れさせようと、窪みを侵しつつ、熱を帯びているユノのものを掌で愛撫した。

「あ、あぁっ・・・は・・・」
前に刺激が加えられ、体が反応する。
カイブツのものを受け入れようとしている箇所が収縮したが、痛みが少しだけ緩和されたように感じた。
カイブツもわずかに息を吐き、さらに自身を推し進めていく。

「い・・・っ、あ、ぁ・・・!」
自分の中が、カイブツに侵されてゆく。
少しでも進んで来ると、痛みと共に鮮明にその存在感を覚える。
内壁が反応すると中のものも反応して脈打ち、今やお互いの熱が完全に混じり合っていた。
ユノは、カイブツの首に腕をまわす。
それは、痛みと悦楽に耐えるようでもあったが、相手を求めているようでもあった。

「ユノのこんな表情が見られるなんて・・・本当に、興奮する」
紅潮しきった頬、虚ろな眼差し。
普通では見られない、色欲を感じている顔は、眺めるだけで気分が高揚する。
自分の全てを埋めてしまいたくて、カイブツはユノの腰をさらに引き寄せた。
「あ、う・・・んん・・・っ!」
深い部分を侵され、ユノの欲も抑えきれなくなってゆく。
もはや、痛みは掻き消されてしまっていた。


「もう、ユノの一番奥まで侵してるよ・・・熱くて、締めつけてくる」
「だ、だって・・・体が、反応して・・・っ」
下腹部が触れ合い、相手のものを全て飲み込んでしまったのだと分かる。
内壁が縮むと自分の最奥まで熱を感じ、気が昂った。
「俺のことも、もっと感じさせてほしい。ユノの中で果てたい・・・」
カイブツは自身を奥に留めたまま、ユノの昂りを掌で包む。
そして、滑らかな周りの液体と共に、何度も上下させた。

「ああ、っ・・・は、あ、ぁ・・・」
もう限界に近い物をこすられ、ユノの体が跳ねる。
強すぎる刺激に耐えようと、カイブツの首に回す腕に力を込めたが、気が高揚するばかりで。
こんなにも気が落ち着かなくなるのは、相手が触手ではなく、他でもないカイブツだからに違いなかった。

ユノの体が反応すると、カイブツも熱っぽい吐息を吐く。
相手を攻める手は一時も休まることなく動かされ、指先で先端から根元までなぞり変化をつける。
そして、指先が弱い箇所をなぞったのか、ユノはとたんに痺れるような快感に襲われた。

「あ、あ、カイブツ・・・っ、あぁ・・・!」
全身を悦楽が駆け巡り、耐えきれなくなる。
自分の液が湯と混ざり合ったと思ったときには、とたんにカイブツを何度も締めつけていた。
「ああ、ユノ・・・っ、あ・・・」
カイブツの声が高くなり、恍惚の表情を浮かべる。
次の瞬間には奥にある物が脈打ち、白濁をユノの中へ注ぎこんでいた。

「あ、ぁ・・・」
受け入れている最奥に、粘液質で熱い物を感じ、吐息を漏らす。
それはカイブツの精だとわかったけれど、首に回した腕は離されなかった。
液が一滴残らず注がれ、カイブツは身を引こうとする。
けれど、ユノは逆にカイブツを引き寄せていた。

「もう少し、このままでいたい・・・」
繋がり合っている温度に、まだ胸の鼓動がおさまらない。
表面的な触れ合いだけではなく、深くて密接なこの時を感じていたかった。
「そうだね、俺も・・・」
カイブツはユノの首元に擦り寄り、そっと背を抱いた。




その後、ユノはベッドでぐったりと横になり、カイブツが心配そうに顔を覗き込んでいた。
行為が辛かったのではなく、完全にのぼせあがっていたからだ。
心臓の鼓動が早いのは気分が昂っているせいだと思っていたけれど、湯に長時間入り過ぎていたせいでもあった。
カイブツは平然としていたが、ユノは体への負担も伴って気だるそうにしている。

「ユノ、ごめん・・・俺、興奮して余裕がなくなってた」
「気にしなくていいよ。次は、温度を下げないと・・・」
そのとき、ユノは次の事を考えてしまっている自分にはっとする。
カイブツは一瞬目を見開き、軽く笑ってユノの髪を撫でた。


兄弟のような関係でも、今は一線を越えてしまっている。
けれど、お互いの関係を定義づける必要なんてなかった。
友人、兄弟、恋人、そんな言葉に縛られなくとも、距離が離れることはない。
ユノはカイブツの手を握り、安らかな表情を浮かべていた。


それから、ユノは妖魔と共に暮らすことになった。
人の生活を捨てることを躊躇わないわけではなかったけれど、妖魔の気配が漂う森の方が自分には合っていた。
そして、喧騒や争いの多い世界に留まるよりも。
アゼルと、カイブツと共に居られることが何よりも幸せだと、ユノはそう感じていた。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
少し短めですが、これで一応一区切り・・・の、予定だったのですけれど。
アゼルともいろいろさせたいんで、もう少し続きます。
触手が書きたいがために始めたファンタジーものだったので、設定が甘い部分がありますが。
試験的に書いてみたところもあるので、ご容赦くだされ。