ユガンダココロ10


凪は、生きている人を殺す事に躊躇いを持たなくなった。
島津の様に、猟奇的に切り裂くわけではないが。
死体を解剖するだけでなく、首を切って絶命させることが平然とできるようになっていた。

以前は、死体にナイフを突き刺すことさえ躊躇っていた凪の変わりようは、島津も、蓮も喜ばしい事だと感じていた。
そんな嬉しい事が、今度は島津に訪れる。
それは、三人が食堂に集まっているとき、蓮がいつもの調子で言ったことから始まった。

「そうだ、島津、お前の親を殺した犯人だけどな、今日釈放されたらしいぜ」
ブラインドタッチをしつつ、蓮が何気なく重要なことを呟く。
その言葉があまりにもさらっとしていたので、凪も島津も耳を疑っていた。

「島津の親を殺した犯人って、掴まってたのか?」
「ああ。独房に入っても意味不明なこと言ってたから、責任能力がないと見なされて死刑にはならなかった。。
その刑期が、今日終わったんだよ」
蓮は平静でいたけれど、島津の雰囲気は豹変していた。
殺気が溢れ、今にも襲いかかりそうな目で蓮を睨んでいる。


「そいつはどこにいる、教えろ」
殺気とは裏腹に、島津の口調はあまり乱暴ではない。
今、必死に衝動を抑えているようだった。

「刑務所はここからそんなに遠くない。今頃、娑婆の空気を満喫してんじゃねえか」
「わかった。殺して来る」
近辺に居ると聞くと、島津はそれだけ言って部屋から出て行こうとする。

「オイ、白昼堂々殺る気か。いくら親父でも現行犯逮捕は揉み消せねえぞ」
「サツが怖くて殺人できっかよ!これからの仕事は、凪とすりゃあいい」
島津が捕まる気でいると知ったとたん、凪はとっさに駆け寄り、腕を掴んだ。

「島津、待ってくれ。殺すんなら、せめて夜に・・・」
「その間に逃げられたらどうすんだ。オレはそいつを殺すためにずっと練習してきたんだ」
静かな口調に、凪は恐怖を覚える。
無理に引き留めれば、その相手を殺してでも行くのではないかとさえ思う。
それでも、島津の腕を離さなかった。


「島津は、僕と罪を分かち合ってくれたじゃないか!。
それなのに、もう会えなくなるかもしれないなんて、そんなこと絶対に嫌だ!頼むから、待ってくれ・・・」
凪は、声を張り上げて訴えた。
以前なら、相手を尊重するばかりで、自分の思いを主張することはなかった。
けれど、今はもう本音を吐き出せる。
島津を引き留めるのは自分の我がままでしかないとわかっていても、頑なに腕を掴んでいた。

「安心しろ、ソイツをみすみす逃がすほど俺もお人好しじゃない。。
大人しく夜まで待ってな、最高の舞台を用意してやる」
蓮がノートパソコンを閉じ、島津と向き合う。
迷っているのか、島津は暫く黙っていたが。
やがて、小さく溜息を吐いて凪の頭を軽く叩いた。

「わーったよ、途中でサツに止められんのはまっぴらだ。・・・蓮、頼んだぜ」
蓮はノートパソコンを携えて、部屋から出る。
その様子を見て、二人の間には絶対的な信頼関係があると、凪は実感していた。





夜になっても、蓮は家に帰って来なかった。
島津は特に心配はしていないのか、ひたすらナイフを研いでいて。
凪は、もしかしたら返り討ちにあったのではないかと、心穏やかではなかった。

「凪、良い事って案外続くもんだな。。
お前の親をうまく殺せたと思えば、次はオレの敵が見つかるなんてよ」
「そうだな。・・・今日は、島津が思い切り楽しめばいいよ」
殺人の事を良い事だと言われても、凪は違和感を持たなくなっていた。

自分も非情になったものだと、つくづく思う。
けれど、本に出て来るような異常快楽殺人者になるつもりはなく、あくまで仕事という意識が強かった。
だからといって、島津を軽蔑しているわけではなく。
理性を保っているのは、島津が人を殺す時の笑顔を、冷静に見ていたいがためだった。


島津がナイフを研ぎ終わったと同時に、扉が開く。
待ち望んでいた相手の帰還に、島津は頬を緩ませる。
凪は胸を撫で下ろしたが、蓮の腕に包帯が巻かれているのを見たとたん、とっさに駆け寄っていた。

「蓮、その腕・・・」
「刑期が長かったとは言え、腕は鈍ってなかったみたいだな。使用人が一人殺られた」
しかめっ面をしている蓮に島津が歩み寄り、肩を叩く。

「後はオレが始末する。蓮、ありがとな」
「らしくないこと言うな。臓器は回収しろよ」
物騒なことを言っているはずなのに、凪はそんなやりとりをする二人の雰囲気が好きだった。




いつものように蓮が外へ出て、島津と凪が後に続く。
人気のない闇夜をやや早足で抜けると、ほどなくして見知った廃墟へ辿り着いた。
階段を上り、部屋へ入る。
奥に座っている人物を見て、島津は誰よりも早く近付いていた。
興奮しているのか、ナイフをしきりに回し、相手を見下げる。
目の前まで来ると、すぐに相手の髪を乱暴に掴み、顔を上げた。

「ああ・・・こいつだ・・・やっと会えた」
島津は、まるで愛しい相手に向けるように呟くと、男がわずかに呻く。
相手が目を覚ましたとわかると、島津はナイフを握り、男の腕を深々と切っていた。

「ぎゃ・・・!な、何だ・・・」
完全に覚醒したようで、男は顔をしかめる。

「お目覚めか?二度寝なんてすんなよ、すぐにまた眠れるからよ」
男ははっとして島津を見上げたが、さして特別な反応はなかった。
島津を忘れているのだろうか、親を殺したときに子供の姿は見なかったのだろうか、呆然としている。
だが、そんなことは関係なく、島津は腕を切り取る勢いで同じ箇所を再び切りつけた。
男は先より大きく叫び、苦痛の表情を浮かべる。


「な、何なんだ、何なんだよ。折角シャバに出てこれたって言うのに、襲われるわ拐われるわ・・・」
「なあ、お前、昔オレの親殺しただろ?」
男が質問に答える間もなく、島津は逆の腕を切りつける。
叫び声と共に血が吹き出し、男の両腕は動かなくなった。

「ひ・・・お、親って・・・」
「まあ、覚えてても覚えてなくてもどっちでもいーや。。
どっちみち、お前を切り刻むことには変わりないからなぁ!」
島津は歓喜の声を上げ、男の頬へ真横にナイフを突き刺し、反対側まで貫通させた。
もう、相手の言葉なんて必要ないと言うように。
男は痛みのあまり叫ぼうとするが、口を動かすと頬が切れてしまう。
勢い良くナイフが引き抜かれると、男の顎が外れたように口がだらしなく開いた。

「さーて、どこまで生きてられるか見物だなぁ。。
今まで練習してきた人の開きを見せてやるよ。って、自分の臓物は見えねえか」
ナイフが、男の服ごと皮膚を切り裂く。
縦一線に切った後、横にも数ヶ所切り込みを入れる。
すると、面白いように男の皮膚が剥がれて行き、おびただしい量の血が広がった。

もう、男に言葉に発する余裕はない。
皮膚が剥がされ、上半身は魚の開きのように剥き出しにされていた。
形のいい臓器が露になり、絡まった腸がこぼれ落ちる。
心臓は辛うじて動いていたが、鼓動は弱々しかった。

ここまで無惨な状態の人間を見たことがなくて、凪は絶句する。
そして、こんなにも楽しそうにしている島津を見るのも初めてだった。
二つの要因が相まって、目が離せなくなる。
どんなに残酷なことであろうと、凪はそんな狂気に惹かれていた。


「はははっ、上手くいったなぁ!まだ心臓が動いてやがる、握り潰してやろうか」
島津は素手で心臓に触れたが、ふと何かを思い付いたように手を離した。

「凪、来てみろよ」
島津に呼ばれ、躊躇うことなく近付く。
隣にしゃがむと、島津がその肩を抱いた。
そして、手を誘導し、ナイフを持つ自分の手に重ねさせた。

「懐かしいなぁ、お前と死体に向き合って、一緒に捌いた日が」
「ああ・・・そうだな」
凪は、二人の共犯者になることを決め、初めて人の肉を切った感触を思い出す。
あのときから、自分は狂い初めていた。

島津と蓮の狂気に触れ、いつの間にか順応し、拒むことなく受け入れ、とうとう両親も無くした。
そして、今は臓物を剥き出しにした人間と向き合っている。
それでも怖じ気づかないのは、自分の何かが欠落してしまった証拠だ。
そう自覚しても、凪に後悔の念は微塵も生まれなかった。

「凪、お前はオレに共感してくれたよな。あのとき、すげー嬉しかった。。
だから、今度も一緒に感じようぜ」
島津が、ナイフを握る手に力を込める。
それだけで、凪は島津が何をしたいのかを察した。

了承するように手を握ると、ナイフがゆっくりと男の心臓を目指して動いて行く。
そして、切っ先が突き刺さる直前で一旦止まり。
どちらが力を込めたのか、心臓へ一気に刃が埋められた。


根本まで深く沈み、男の体が痙攣する。
心臓が脈動を止めたとき、二人はナイフから手を離した。

「はは、は・・・はははっ!終わった終わった、案外呆気なかったなぁ。。
でも、最高に楽しかったぜ、女の肌切ってるときよりなぁ!」
島津は高らかに笑い、その場に座り込む。
凪も隣に座り、いつかのように肩を並べた。

「なぁ、今でもオレのこと、キレイだなんて思うか?」
そう問われたとき、凪は血に濡れた島津の頬に手を伸ばしていた。

「島津が人を殺すたびに、ずっと綺麗だって思ってた。。
僕はずっと・・・島津の狂気に、惹かれていたんだ」
一目見たときから、肌の白と、赤のコントラストに魅了されていた。
まるで、純粋無垢な子供が、罪で汚れていくようで。
自分もそんな風になりたいと、どこかで望んでいたのだと思う。
取り繕った仮面を捨て、あるがままの狂気を曝け出したいと。

凪が言葉を言い終わると同時に、島津はそこを塞いでいた。
以前よりも深く口付け、感情を共有するように。
凪は静かに目を閉じ、島津の全てを受け入れる。
そして、自分からも求めるように、島津の背に腕を回す。
狂った喜びを、二人は共感していた。





帰宅した時の島津は、とてもすがすがしい表情をしていた。
機嫌の良い様子を見るのが嬉しくて、凪は一緒に島津の部屋までついて行く。

「なあ、捌いてたとこ、蓮が録画しといてくれたみたいだからよ、一緒に見ようぜ」
「そうだね」
島津はDVDを取り出し、プレーヤーにセットする。
凪がテレビの前に座り、電源を入れると、さっきまでいた部屋が映し出された。
男が怯えている様子がズームアップされ、島津はあまり映っていない。

「お、最初から撮れてんじゃん。蓮の奴、準備がいいな」
島津は凪の隣ではなく後ろに座り、足の間にその体を入れて両腕を回した。
背中が隙間なく密着し、温かな体温が伝わる。
奇妙な態勢だったけれど、その温度が心地良かったので凪は何も言わなかった。

映像が進むと、男の腕が切られ、服が裂かれ、皮膚が剥ぎ取られて行く。
凪は特に嫌悪感もなく、何の反応も示さずに見ていたが。
臓器が剥き出しになったとき、島津の息が早くなってきていた。
そして、凪の背に、さっきまでは感じられなかった固いものが当たる。


「・・・島津」
「ん、何だ?」
「・・・当たってる」
殺害現場を見て反応するなんて、やはり島津らしい。
引きはしなかったものの、自分の背にそれが当たっていると落ち着かなかった。

「あぁ、そうだな、今、かなり興奮してっから。お前は?」
島津はおもむろに凪の下肢へ手をやり、ズボンの金具を外した。

「ちょ、ちょっと、島津」
慌てる凪をよそに、島津はそのまま手を下着の中へ差し入れる。
特に反応していなかったものがその掌に包まれ、頬がかっと熱くなった。

「ぁ・・・っ、や・・・」
「あんまり勃ってねえな。オレはもう痛いくらいなのによ」
島津が凪を抱いたままもぞもぞと動き、自分の雄を服の外に出す。
そいして、凪の手を後ろへ誘導し、それに触れさせた。

「っ・・・な、何・・・」
問わなくとも、自分が触れている物が何なのか分かってしまう。
動揺しつつも、すでに熱く、固いものを恐々と掌で包むと、それが脈動した。


「なぁ、一緒に気持ち良くなろうぜ」
島津は凪の下肢に添えている手を、上下に動かし始めた。

「あ・・・っ」
自身のものが広い掌で包まれ、全体が愛撫される。
静かだった下肢には瞬く間に反応し、だんだんと熱が循環していった。
一緒にと言われたからには、島津のものへ触れなければならなかったが。
手が往復すると体が反応してしまって、同じ様に擦る余裕がなかった。

凪の手が動かされないのがわかると、島津はその体を反転させる。
そして、反応してきている凪のものも外へ出し、自身の雄と触れ合わせた。

「ぅ・・・」
自分のものより一回り大きいものに触れ、羞恥を覚える。
「こうすれば、一緒にできるだろ?」
島津は二つのものを掌で包み込み、同時に擦った。

「あ、あ・・・っ」
掌だけでなく、お互いのものが触れ、感じるものが同調する。
島津が力を込めるとそれらが密接になり、気が昂ってしまう。
愛撫の最中、島津は空いている方の手で凪の顎を取り、上を向かせる。
熱っぽい吐息を吐いている箇所を覆い、自身の舌を差し入れた。

「は・・・あ、ぅ・・・」
舌に柔いものが絡まると、隙間から吐息が漏れる。
優しい触れ合いなどではなく、島津の舌は欲求のままに激しく動いた。
口内を蹂躙し、舌の表面も、裏側も犯し尽くすと、液が絡む音がし、興奮しきった呼気が混じり合う。
その間も、下肢の手は一時も止まらずにお互いを刺激し合っていた。


激しい口付けに加え、下肢を擦られ、凪は息苦しそうに喘ぐ。
島津は一旦舌の動きを止めたが、唇を解放することはせず、犬歯でそこに噛み付いた。
「んっ・・・!んん、っ・・・」
薄い皮が破け、唇に血が滲む。
じわりとした痛みを感じたとき、凪の体は震えていた。
蓮に首を絞められたときだけではなく、確実に反応している。
島津はそんな変化を察し、口を離した。

「お前、もしかして痛みに感じてんのかぁ」
興奮しきっている口調に、凪はかすかな危機感を覚える。
けれど、突き放そうとは微塵も思わない。
島津は舌舐めずりをし、獲物を狙う目を向ける。
そして、凪の首元へ顔を寄せ、動脈を探る様に弄った。

「う、あ・・・」
本能的に危険を感じているのか、背筋に寒気が走る。
その寒気はむしろ心音を高鳴らせ、昂りへと誘導するようだった。
島津はしきりに首筋を弄り、皮膚を濡らす。
安全な場所を探しているのか、それとも致命傷となる箇所か。

おそらく、以前の様に噛み付かれるのだろうと凪は察する。
今度は、動脈を食い破られるかもしれない。
首から血が噴き出し、島津の肌が自分の鮮血に染まる。
そんな死に方は、きっと理想的だと想像していた。


島津が舌を止め、凪の首元に唇を寄せる。
そして、大きく口を開き、容赦なく齧りついていた。

「ああ・・・!」
とたんに、鋭い痛みが体を襲う。
下肢からの悦楽も相まって、その声は普段よりもだいぶ上ずっていた。
首元にはっきりとした歯型が付き、血液が鬱血する。
じわじわとした痛みに伴い、凪の気はますます昂ってゆき。
あわよくば、このまま食い千切ってほしいとさえ思っていた。

無意識の内に、島津の背に腕を回して引き寄せる。
指先まで熱くなっている体を、楽にしてほしいと言うように。
そうしたとたん、下肢のものが強く握られると共に。
島津の犬歯が皮膚に食い込み、ひときわ鋭い痛みが走った。

「いっ、う、あぁっ・・・!し、ま・・・ああぁ・・・!」
強い痛みと悦が混じり合い、絶頂に達していた。
全身が震え、下肢から白濁が解放される。
ほとんど同時に島津も達したのか、起ち切っているものが脈打つ。
液が飛び散った瞬間、凪の首元にさらに力が加えられ、血が溢れ出す。

「う・・・あ・・・」
余韻を吐き出すように凪はか細い声で喘ぎ、脱力した。
島津がゆっくりと口を離し、血を舐め取る。
そこで我に返ったのか、目を見開いて凪を見た。


「あ・・・オレ、また噛みついて・・・悪い、こんなに血流させちまって」
「大丈夫だよ。・・・僕、変な気質があるみたいだから」
凪が自嘲するように言ったが、島津は不安そうな顔をしていた。

「正直、すげー気持ち良かった。でも、オレ、このままだといつかお前を殺しちまうかも・・・」
たとえ、それが親しい相手であっても。
それだけ欲が強まり、本能のままにバラバラにしてしまうかもしれないと、島津は懸念していた。

「・・・いいよ、島津になら好きなようにされてもいい。。
そのときは、僕が死ぬ前に血で染まった島津の姿を見せてくれれば、それでいいよ・・・」
凪は体を倒し、島津に寄り掛かる。
事故死よりも、自然死よりも、この相手に切り裂かれて死にたい。
そして、絶命する寸前で、肌を綺麗に染めた姿を見ることができれば。
それは、とても幸せなことに違いなかった。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!。
もう凪が危ないです。でもマゾな属性は初めて書くので楽しくて仕方がない←。