ユガンダココロ11


凪は島津と一線を越えたが、普段の生活に何ら変化はなかった。
いつも通り三人集まって食事をし、夜は人を捌きに行く。
仕事がないときは、DVDを見たり、読書をしたり、たまに外へ行くこともあった。
最近は依頼が多く島津も蓮も上機嫌で、凪も二人の役にたてるようになり、喜んでいた。

捌く人数が多くなると父親に流せる臓器が増え、蓮の羽振りが良くなる。
依頼の収入もあり、懐が豊かになっていたけれど。
凪は街へ出ても、特に買いたいものが見つからなかった。
それを見かねたのか、凪が帰って来たときに蓮が問いかけた。

「凪、特別ボーナスをやるよ。欲しいものがあったら言いな、手配してやる」
「欲しい物・・・」
蓮の問いに、凪は悩んだ。
本は図書館にあるし、DVDは家にごまんとある。
服はいつも買っているし、島津の様にバケツプリンを食べたいわけでもない。
本気で欲しい物などあるだろうかと、真剣に考えた。

「それとも、金で買えないようなヤバイ物が欲しいか」
金で買えない物、と聞いて凪はまた考えを巡らせる。
凶器や麻薬の類を思い浮かべたけれど、欲しいとは思わない。
沈黙が気まずくなり、視線が泳ぐ。
そのとき、ふと蓮の手が目に入り、凪はじっと凝視した。


「・・・蓮」
「やっと決まったか、あんたは物欲があんまりないんだな」
「僕は蓮が欲しい」
呆気に取られて、蓮が一回閉口する。

「さっきの言葉は撤回する。俺は高いぜ」
「今までの報酬、全部つぎ込んでもいいよ」
まるで人身売買のようだったけれど、蓮の手を見たとき、それしか思い付かなくなっていた。
何も、欲情して体を欲しているわけではない。
ただ、もしかしたらささやかな恩返しができるかもしれないと、申し出ていた。

「いいぜ、欲しけりゃくれてやるよ。来な」
先導して歩く蓮の後に、凪が続く。
その間、凪は脳内でこれからのことを必死にシミュレーションしていた。
どうしたら、いつも平静な蓮を興奮させられるのか。
そして、どうしたらいつも冷たい手を暖められるのか。
凪は、島津と行為をしたときのことを思い出していた。




部屋に入ると、蓮は真っ直ぐにベッドへ向かい、乗り上げて座る。
面白がっているのか、口端に笑みを浮かべて凪を見ていた。

「ほら、欲しいんだろ?早く来いよ」
「わ、わかってる・・・」
凪はぎこちなくベッドに乗り、蓮の前に座った。
脳内では上手くいっていたが、いざ実行するとなると体が動かなくなる。
人を殺す度量はついていても、相手に易々と触れることはなぜか難しくて。
俯きがちになったまま、制止してしまっていた。

「ヤり難いんなら、俺が先に脱いどくか?」
「い、いや、いい、そこまでするかわからないし・・・」
先導されたらもう自分のペースには戻せない気がして、凪は蓮の手を掴む。
今も、その手は血が通っているのかと疑うほど冷たかった。
自分との温度差が心配になり、早く温めなければらない思いにかられる。
凪は、蓮の手を自分の口元へと持って行き、躊躇いながらも細い人差し指を口内に含んだ。

自分の指が咥えられても、蓮は眉ひとつ動かさないでいる。
凪は少しでも何か反応させようと、指に舌を触れさせた。
爪先から徐々に動かし、皮膚を舐めていく。
それでも蓮は微動だにせず、指は温かな口内にあってもまだ冷たかった。


一旦口を離し、今度は中指を咥え込む。
そのとき、初めて蓮の指が動いた。
反応するものがあるのかと、すぐに舌で触れ、舐めようとする。
けれど、その前に指が動き、逆に舌をなぞっていた。

「あ・・・」
表面を撫でられ、微かに声を漏らす。
開いた隙間から、さっき含んでいた人差し指が入り込む。
それらは凪の舌を挟み込み、液をやんわりと絡めた。

「は・・・っ」
蓮の指がばらばらに動き、表面や裏側を愛撫する。
液の音がやけに淫猥に聞こえ、凪に羞恥心がつのる。
息を吐くたびに音が漏れてしまい、いつの間にか完全にリードされていた。
「あんたも物好きだな、また絞殺プレイでもしてほしいのか?」
蓮が指を抜き、口端を上げて問う。

「っ・・・違う。僕は、蓮の手を温めてみたいんだ。。
島津とこういうことしたとき、僕は指先まで熱くなったから、蓮もきっと同じ様になると思って・・・」
欲しい、と言ったからには体を求めていることと同じ。
ある意味同意なのだが、温めたいなどという発言に蓮は一瞬口をつぐんだ。


「・・・温めたい、ねぇ。じゃあ、風呂でも沸かしてきな」
「そんな方法じゃ、蓮が欲しいって言った意味がない。。
蓮がいなかったら、たぶん僕は島津に殺されてたし、家から出られなかった。だから・・・」
凪は再び手を取り、口へ運ぼうとする。
その手を振り払い、蓮は手首を掴んだ。

「俺には何をやってもムダだ。でも、あんたの体温を感じたら少しは温まるかもな」
「・・・じゃあ、蓮の好きにすればいい」
不慣れな自分のやり方では無理だと諭され、諦めがちに言う。
先導させる側は症に合わないのか、蓮は凪の首元のボタンを外し、無防備な状態にする。
上半身にはあまり興味がないようで、手は早々に下肢へと伸ばされた。
以前と同じように触れられるのだと、凪は覚悟する。
ズボンがずらされ、まだ静かな状態のものが露わになっても、抵抗しなかった。

「同じ事をしても面白くないな。折角だから、ココを解してみるか」
蓮の手が、予想していた所よりさらに下へ潜り込もうとする。
思わず怯んで体を逸らしたとたん、肩を押されて仰向けに倒れた。
下肢を隠す物が、何もなくなる。
蓮はそこの隙間に指を入れ、中の窪みに挿し入れた。

「あ・・・っ!」
あられもない箇所に刺激を受け、高い声が出る。
体が反射的に収縮し、入り込んで来た異物を拒もうとした。


「一本入れただけでこれかよ。島津にヤられる前でよかったな」
島津に襲われていたら、欲望のままに掻き乱され、ズタズタにされていただろう。
蓮が軽く指を曲げると、それだけで体が震えた。
そのまま内壁を擦られ、窪みは必死に押し返そうと縮む。
抵抗を感じて動きは鈍くなるものの止める事はできず、徐々に奥へと埋められて行った。

「あ・・・ぁ・・・」
自分の中に、蓮が入って来ている。
信じられない感覚に、触れられていないはずの下肢が反応してしまう。
自分のものは熱を帯びて来ているのに、内壁に触れる蓮の指はまだ冷たかった。

「良いみたいだな。なら、お前が好きなことをしてやるよ」
下肢に触れていない方の手が、首にかかる。
掌で喉元を抑えつけられると、そこから体温を奪われてしまうようだった。

自分から温度が失われてゆき、熱が移っていく。
死者の様に冷たくなり、そのまま事切れることを想像してしまう。
そこにあるのは恐怖心ではなく、一種の安らぎかもしれなかった。

首はすぐに閉まらず、中の指が半端なところまで引き抜かれる。
そして、指先が曲げられ、ある一点に触れた瞬間、強い感覚が体を襲った。
「あっ・・・!ぐ・・・」
ひときわ高い声を上げると同時に、首を絞められ言葉が詰まる。
吐息を吐き出したいのに息が通らなくなって、呻き声を上げた。

「医学書を読むだけじゃわからなかったが、やっぱ男はここに触られると堪らないみたいだな」
蓮が首を離さないまま、ひときわ反応が大きいその箇所を執拗に撫でる。
「あ、うぅ・・・っ、は・・・ぐ・・・」
感じる物は強いのに、満足に呼気を発散できない。
胸を上下させて苦しげに喘ぐと、気道が解放された。
思い切り息を吸い込み、大きく吐く。
熱っぽい吐息が解放されても、下肢はまだ熱いままだった。

「少しでも触ったら、もうイキそうだな。。
よっぽど苦しいのが好きなのか、それとも自殺願望でもあんのか?」
「・・・そうかも、しれない」
島津にバラバラにされたら、蓮に絞殺されたら。
そんな想像をしても、恐怖を感じる事が出来ない。
欲望のままに殺されても、それで相手が満足するのならそれでいいと思ってしまう。
相手がこの二人だから、防衛本能が働かないのかもしれない。
以前は、島津に切り裂かれそうになったときは絶望していたのに、今は―――。



「凪、俺に殺されたいか」
突然の問いかけに、凪は何も答えなかった。
普通なら否定するはずの問いに、微動だにしないでいる。
そんな様子を見て、蓮は中に埋める指を増やし、再び首を絞めた。

「うう、あ、ぅ・・・!」
喉が圧迫されると共に、指を受け入れている窪みも強く収縮する。
そんな抵抗に反発するよう、指は内壁を広げようと無理矢理動く。
中を掻き乱され、敏感な個所へも刺激を受け、呼吸が詰まってくる。
息を荒げたくても、気道は完全に閉じられていた。

「は、っ・・・・・・は・・・・・・」
喘ぎ声も絶え絶えになると、蓮が手を緩めようとする。
そのとき、凪は無意識の内に腕を掴んでいた。
まるで、救いを求めるように。
蓮は一瞬だけ力を緩めたが、今まで以上に力を込めて首を絞め、窪みの中を引っ掻く。
とたんに凪の全身が跳ね、声にならない声が喉で止まった。

「っ・・・ぐ・・・!・・・うぅ・・・っ・・・!」
絶頂に達し、体が痙攣する。
だが、下肢の昂りからしか熱が解放されない。
行き場を無くした声と共に脳が犯され、何も、考えられなくなる。

その瞬間、死を垣間見た。
目尻に涙が滲む。
恐怖か、喜びか、どちらかの感情から引き起こされているのだろうか。
蓮が手を離したとき、もう、意識は途切れていた。




本当に、死んだのだと思った。
何も見えなくて、何も聞こえなくなって、暗闇の中へ放り出された。
ただ自分が居ることだけが感じられて、その他の一切の何もかもが消滅していた。
このまま冷たくなって、その存在さえもわからなくなればいい。

けれど、口元に、何か触れるものがあった。
柔らかいものが、何度も重なる。
口が自然と開かれ、温かな呼気が自分の体に流れて行くのを感じる。
重たくて仕方がない瞼を開くと、目の前に蓮の顔があった。

唇が離れ、蓮と視線が合う。
珍しく息を荒げ、真っ直ぐに見詰められていた。
「・・・起きたか」
口調は冷静だったけれど、どこか焦っているような雰囲気があった。
まるで、安堵しているような、そんな様子が何となくだが感じられる。


「・・・生き返らせようとしてたのか」
絞殺されたと思えば、気付けば蘇生されている。
蓮の心境がわからなくなり、つい問いかけていた。

「あんたが泣いてたからだ。死を受け入れてる奴から、涙は流れない」
本当にそうなのだろうかと、凪は自分自身に問いかける。
あの涙は、死に行くことができると察したときの歓喜の涙ではなかったか。
それとも、自分はまだ、どこかで生に執着しているのかもしれない。
だとしたら、それは島津と蓮の二人の側に居たいという思いがあるだけで、他の要因は一切ないに違いなかった。
今は、生きていたことよりも、蓮が必死になってくれたことの方が喜ばしく感じられていたから。

「まあ、あんたは一人前に仕事をできるようになったんだ、殺すのは惜しい。けどな・・・」
蓮は凪の顎を取り、視線を逸らせないようにする。
そして、息がかかるほど顔を近付け、告げた。


「死にたくなったら、いつでも殺してやる。。
俺でも島津でもいい、あんたの望む様に逝かせてやるよ」
「ああ・・・」
凪は、了承とも、感嘆とも取れる声を漏らした。

自分は、この世界に適応していない存在になってしまった。
もはや、後悔さえも微塵も感じなくなってしまった。
そんな自分が、ふいに罪の意識にひどく苛まれ、絶望することがあっても、二人が逃げ道を用意してくれている。
「死」という、恐ろしくとも惹かれずにはいられない、救済の道を。

喜びを表すように、凪は蓮の手を取る。
その温度は、もう冷たくなかった。


これからも、人を捌く仕事をし続けるだろう。
いつか、報いを受ける日まで。
島津か、蓮か、どちらかに殺される日まで、ずっと。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!。
これで連載は終了です。最後も陰鬱な雰囲気にできて満足しています。。
雰囲気を壊さないよう、最後まで「好き」や「愛してる」という甘い言葉は入れないよう心掛けました。。
ダークで新しい形の長編なので、いかがわしい場面は控えめですみませんorz。

書いていたときは、主人公に共感するあまり涙したり、憂鬱になるときがありました。。
それくらい強い思い入れがあったので、自己満足なものになってしまったかもしれません。。

ここで終わる予定でしたが、さらに危ない妄想が進んできたので・・・。
消化するまで、もう少し続けます 。