ユガンダココロ14


翌日、凪は蓮のベッドの上で目を覚ました。
眠って休息したはずなのに、気だるくて仕方がない。
目だけ動かすと床に器具やテッシュが散乱しているのが見えて、昨日の事が思い起こされた。

どちらが先に果てたのかは覚えていない。
ただ、回数を数えきれなくなるくらい犯し尽くされたのだと、体のだるさが物語っていた。
行為が終わってから、何時間ほど経ったのだろうか。
腹部が重たい感じがして足を動かすと、自分の中から液が漏れる感触がして身震いする。
一体、どれくらいの量の精が注ぎ込まれたのか、想像すると少し怖くなった。

蓮はもう起きているだろうかと、寝返りを打って隣を見る。
意外なことに、すぐ傍にはまだ眠ったままの蓮がいた。
よほど疲れたのか、規則的な寝息をたてて無防備な状態でいる。
寝顔を見ることも、警戒心のない状態を見るのも初めてで、凪はふいに手を伸ばし、黒い前髪に指先で触れていた。

艶やかで、さらさらとした髪が指の間を通り過ぎて行く。
わずかに触れられたことに気付いたのか、そこで蓮が薄目を開いた。
「あ・・・お、おはよう」
まだ覚醒していないのか、蓮は虚ろな目で凪を見詰める。
お互い視線を交わらせたまま沈黙していると、蓮が凪の背に両腕を回して引き寄せた。


「・・・蓮?」。
素肌が触れ合い、温もりを感じる。
寝ぼけたままで、何か良い夢を見ているのかもしれない。
蓮の肩口に身を寄せると、ゆっくりと髪が撫でられた。

「ふ・・・」
慈しまれる心地良さを覚え、自然と目が細まった。
穏やかな手つきに気持ちが安らぎ、二度寝してしまいそうになる。
うとうととまどろみ、目を閉じようとしたとき、扉が勢いよく開かれた。

「蓮、いつまで寝てんだ!今日は依頼があんだろ!」
ノックもなしに、ずかずかと島津が部屋に入って来る。
ベッドの前まで来て凪が居ることに気付き、足を止めた。

「うるせえな・・・朝っぱらから大声出すな」
蓮は鬱陶しそうに言い、上半身を起こして島津を睨む。
凪も身を起こそうとしたが、腰元に激痛が走って仰向けになった。

「朝?何言ってんだ、もう昼過ぎだぞ」
蓮が横を向き、時計を見る。
自分がそれほど長く眠ってしまうとは思っていなかったのか、文字盤を見て眉をひそめていた。


「なあ、凪、調子悪いんじゃねーか」
仰向けになったままの様子を見て、島津が顔を覗き込む。
「いや、少し体がだるいだけ・・・」
何とか体を起こしたが、とたんに腰がずきりと痛んで顔をしかめる。
同時に、窪みからまた液体が漏れてきて、動きを止めた。
硬直している様子を奇妙に思い、島津が布団を剥ぎ取る。

「し、島津」
今更焦ることでもないけれど、堂々と曝け出すことに慣れていない。
裸のままでいる二人を見て全てを察したようで、島津が凪の窪みへ手を伸ばす。
「ちょ、ちょっと」
指先が窪みに触れ、凪は身を固くしたが、指が埋められるわけではなかった。
そこから溢れる液を確認すると、島津が手を引く。

「蓮、お前何回中出ししたんだよ、腰も痛めてるみてえだし。。
ほどほどにしとけって俺に言ったのは、どこのどいつだっけか?」
「・・・そもそも、お前等が強いやつ買ってきたんだろうが」
悪態をつきながらも、蓮はばつが悪そうにそっぽを向く。

「ぼ、僕、シャワー浴びて来る」
羞恥心がよみがえり、凪がベッドから下りて立ち上がる。
だが、急に動かしたせいで痛みが走り、思わず近くに居た島津の腕を掴んでいた。

「おいおい大丈夫かよ。オレが介助してやろーか?」
「島津、お前は使用人に昼飯を持って来るよう言っとけ」
蓮が間髪入れずに言うと、島津は素直に退いた。
「また発情すんなよ?凪を壊したら、承知しねえからな」
島津がそう言い捨てて出て行くと、凪はいそいそと浴室へ向かった。


普通に歩くだけでも痛みが走り、動作が慎重になる。
冷えた浴室に入ると、すぐにシャワーを出して湯を浴びた。
たぶん体に匂いが染みついているので、石鹸を泡立てて簡単に洗い流す。
最後に、溜まっている液を掻き出そうと手を伸ばしたが、途中で引っ込めた。

このまま、蓮のものを取り込んでしまいたい。
そんな恥ずかしい考えが頭をよぎり、触れることを躊躇わせていた。
念のため髪も洗っておこうと、シャワーを掴む。
そのとき、背後で扉が開き、鏡越しに蓮が入ってくるのが見えた。

「あ、蓮、もう少しで終わるから・・・」
凪が振り返る前に、蓮はその体を後ろから抱き留めていた。
突然の事に驚き、硬直する。

「凪、腰はだいぶ痛むか」
「痛いことは痛いけど・・・歩けないほどじゃない」
耳元で囁かれ、心音が反応する。
けれど、それは欲情を示すものではなかった。

「本当は、3、4回程度で終わる予定だった。けどな・・・」
蓮は、そこで口をつぐんだ。
まるで、自分でも続きの言葉に迷っているように。
久々の行為で溜まっていたから、薬の効果が強すぎたから、それとも、他の要因があったからか。
とにかく、自分も痛みを覚えるほど行為を繰り返し、納まりがつかなかったのは確かだった。

凪を抱き留めたままでいると、しっとりと濡れた素肌に目が行き、無意識の内に首筋へ唇を寄せる。
今なら、島津がここへ噛みつきたくなる衝動が理解できた。

「蓮・・・」
蓮は、柔肌の感触だけを味わうように目を閉じている。
相手を欲情させるためではない、そんな風に触れられると、凪の胸の内は温まっていった。
ふいに、蓮が肌を吸い上げ、かすかな刺激を感じさせる。
唇が離れると、そこには赤い痕が付けられていた。
まるで、所有物に付けられる証のように見え、凪はどぎまぎしていた。

「凪、こっちを向け」
掌が頬に添えられ、凪は声の方へ首を動かす。
目の前には蓮の顔があり、次の瞬間には唇が重なり合っていた。
欲望にかられているわけではなく、ただ、触れることを望んでいるように優しい。
心音が心地良く鳴り、自然と目が閉じられていた。

隙間をこじ開けられることはなく、何度も軽い口付けが交わされる。
一回離れる度にやんわりと吸い上げられ、小さな音がするとやたらと気恥しくなる。
激しい行為ではなくとも、口付けの最中、凪は温かなものを感じていた。


お互い、微かに吐息をついて目を開く。
言葉を交わさずとも、何かが通じ合うような、そんな気がしていた。

「今日は、部屋で休んどけ」
それだけ言うと、蓮は腕を解いた。
どこか名残惜しいものを感じつつも、凪は浴室から出て部屋に戻る。
10分も経っていないはずなのに、部屋に散乱していたものは片付けられていたベッドには新しい服、テーブルには三人分の食事が置いてあり、椅子には島津が座っている。

「お、もう洗い終わったのか。使用人がさっさと片付けてったぜ」
「そ、そっか」
行為の後を片付けさせてしまい、凪はどこかいたたまれなくなる。
自分だけ裸で居るのはやけに恥ずかしくて、手早く服を着た。
体をひねると痛みが走り、ズボンを履くのが辛い。

「こっち来いよ、蓮が来たら食べようぜ」
島津に手招きされ、隣の椅子に腰かける。
用意された食事は、スープ、サラダ、ライス、メインにステーキがあり、香ばしい匂いが漂っていた。
起きぬけの食事には重たいけれど、今は体が栄養を欲していて生唾を飲んだ。


「なあ、蓮とはどんなことしたんだ?」
島津が興味津津と言った様子で、凪の顔を覗き込む。
「えーと・・・人の指みたいなものや、ボールみたいな器具を使った」
「あいつ、そんなもん持ってたのか。で、それから?」
「それからは・・・蓮が入って来て・・・何回も、した」
声に出すと行為の場面が浮び、最後の方は小声になる。
よほど激しいことをしたので、記憶を辿るとまた体が疼いてしまいそうだった。

「結構激しくやられたみてえだけど、思惑どおりに行ってよかったな」
そういえば、そもそも自分から望んだ事だったと、凪はそこで思い出した。
自分は満たされたけれど、蓮は満足できたのだろうかと気にかかる。
そこで、ちょうど蓮が浴室から出て来た。
部屋とテーブルをちらと見ると、平然と服に着替え、二人の正面にある椅子に座った。

「あの、蓮」
食べ始める前に凪が呼びかけると、視線が交差した。
「蓮は・・・満足したのか。僕と・・・して」
どうしても直接的なことが言えなくて、やはり声がすぼまる。
わずかに沈黙が流れた後、蓮が口を開いた。

「あれだけやって満足しなけりゃ絶倫か色魔だ。・・・まあ、良かったぜ」
「素直に気持ち良かったって言えよ。全部中に注ぎ込んだくせに」
蓮はそれ以上何も言いたくないのか、ステーキを切って口に運んだ。
遠回しな答えだったけれど、凪はそれだけ聞ければ満足だった。


「そうだ、蓮もよかったんなら、三人でできんじゃね?」
「え」
突拍子のない島津の提案に、凪の目が点になる。
「一度に三人分の欲求解消できて、一石三鳥じゃねーか」
島津は同意を求めるように言ったが、蓮は眉を潜めた。

「俺は、早漏のお前のペースに合わせるなんてごめんだ」
「う、うるせーな。凪、お前はどうだ?」
「僕は、二人がしたいんなら・・・」
「凪、俺等に合わせるな。お前の意思を言え」
すかさず蓮に諭され、凪は言葉を止める。
けれど、自分の中の考えが変わるわけではなかった。

「・・・二人がしたいんならそれでもいいんだ、嫌々言ってるわけじゃない。。
僕は・・・島津と、蓮と、こうして気兼ねなしに一緒に食事ができて・・・本当に、幸せだから」
言葉と同時に感情が溢れ出て来て、思わず頬が緩む。
笑っている、と自覚したときには二人に注視されていた。

一人で居たら、決してこんな幸せを感じる事はなかった。
きっと今も、罵詈荘厳が飛び交う食卓で、胃がねじ切れるような痛みを覚えていたに違いない。
直接的な好意の言葉に慣れていないのか、二人は何も言えないようだった。


「・・・なあ、蓮、依頼は明日にしねえ?やっぱ、三人揃ってた方が楽しいしよ」
信じられない発言に、凪と蓮は一瞬呆気に取られた。
三度の飯より捌くことが好きな島津が、依頼の日を延長するなんて前代未聞のことで。
やがて、蓮がおかしそうにふっと笑った。

「そうするか。正直、俺も今日はだるい。お前が発情したら誰も相手にできないからな」
「発情って言うなよ。まるで犬みたいじゃねえか」
「お前の頭は獣並だろうが」
「ひでー」
遠慮のないやり取りを、凪は微笑ましく眺めていた。

罪人を捌き、臓器を取り出し、血溜まりの中に佇む。
人の身の道から外れたことをしていても、こうして微笑むことが出来る。
皆で食卓を囲うことも、狂った様子の島津を見ることも、共に捌くことも楽しい。
たとえ、どんなに歪んでいても。
それは、凪にとって最上級の幸せに違いなかった。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!。
一応、番外編のシメで後日談のようなものを書きました。
この連載はエログロ織り交ぜられて、だいぶ欲求を解消できたので結構気に入っています。