ユガンダココロ2


「おい、起きな」
聞き慣れない声に、少年は瞼を開く。
目の前には、見慣れない鋭い目があった。
少年は低血圧なのか、夢だと思っているのか、蓮を見てもぼんやりとしている。

「朝メシができてるから、顔洗って目覚ましてきな」
蓮は扉を指差し、部屋を出る。
言われた通りその部屋へ行くと、また広々とした空間があった。
洗面台は大きく、蛇口は金色、奥は浴室になっているのか曇りガラスになっている。
恐縮しながらも蛇口をひねり、顔を洗う。
備え付けられていたタオルも高級品なのか、肌触りが良かった。

少年はまだ少しぼんやりとしたまま、部屋を出る。
長い廊下をどちらに行けばわからなかったが、どこからか良い香りが漂って来ていて。
それに引かれて、別の部屋へ移動した。

部屋はひときわ大きく、窓から太陽の光が差し込み、とてもすがすがしい雰囲気だった。
清潔感があり、中央には白いテーブルがある。
その上には洋食風の朝食が並べられていて、蓮が椅子に座っていた。


「島津はまだ寝てるから、先に食べてな」
「あ・・・はい」
そのとき、少年は自分の名前を告げていないことを思い出したが。
二人揃ったときでいいかと、とりあえず蓮の正面にある椅子に座った。

「・・・いただきます」
少年は、食事に手を伸ばし、口へ運ぶ。
噛みしめたその味は、豪邸にふさわしいものだった。
つまり、とてもおいしい。
じっくりと食事を味わうことができたのは久々で、肩の力が抜けていた。


「・・・一つ、聞いてもいいですか」
「その前に敬語は止めな。俺は、誰かに敬われるような立場じゃない」
少年は少し躊躇ったが、やがて言葉を続けた。
「あの・・・本当に僕を、見ず知らずの相手を連れて行ってもいいもの・・・なのか?」
「あんたも共犯にすれば、おいそれと誰かに話すわけにはいかなくなるだろ?。
それに、島津があんたのことを気に入ったみたいだしな」

「気に入った・・・?」
「ああ、初めてだぜ?血にまみれたあいつを綺麗なんて言った奴は。。
あんたも、厄介なのに目をつけられたもんだ」

「いえ・・・」
確かに、島津は狂っていると、昨日の惨状を見たらわかる。
けれど、もしかしたら、自分にとっては狂っている相手の方が接しやすいかもしれない。
儀礼的なことを言わず、自分の欲求に正直な相手の方が。

「さて、と。仕事は夜だ、それまでにあんたを試させてもらう」
そう言って蓮が立ち上がったとき、どこからか音楽が聞こえてきた。
それは着メロだったらしく、蓮が携帯を耳にあてる。
通話のはずなのに口を開く事はなく、ものの数秒で携帯が切られた。
「丁度良い、あんたも来な。俺達のもう一つの仕事を見せてやるよ」
「あ・・・はい」
少年は最後の一口を飲み込み、蓮の後を追った。




蓮と少年は、人気のない路地裏を、ひたすら歩いてゆく。
昼間から昨日の様な事をするのだろうかと思ったとき、突き当たりに小さな箱が置いてあるのを見つけた。
蓮がそれを拾い、蓋を開く。
そこには、初老の男性の写真と、一枚の手紙が入っていた。
手紙には、年齢、背丈、体重に加え、プロフィールらしきものが書いてあり、その下には長々とした文章が書いてあった。
パソコンの文章を印刷したもののようで、筆跡はわからない。

「社員をリストラして死に追いやった・・・か。ま、ありきたりな理由だな」
少年は、わけがわからないと言った様子で手紙を見ていた。

「この箱は、こいつを殺してほしいっていう依頼の証だ。。
俺達は殺人代行をして、ついでに臓器をいただいてる」
殺人代行という、まるで小説の中にしか出てこないような言葉に、少年はどう反応していいかわからなかった。
それを恐ろしいことだとわかっていても、非現実的に思えるそのことに期待してしまう。
もしかしたら、自分の現実を変革してくれるのではないかと。

「じゃ、帰るとするか。島津と準備があるし、あんたにはまだ見てもらうものがあるからな」
蓮は箱を持ち、少年と共に帰路を辿った。




帰って来たとき、やっと島津が起きて来たのか、寝ぼけ眼で二人を出迎えた。
「何だ、お前等もう起きたのか?早起きだなー」
瞼を擦る仕草は、見れば見るほど殺人を犯した相手とは思えないくらい子供っぽい。

「何時だと思ってんだ。まあ、ちょうどいい、お前も来な」
「へーい」
言われたままに蓮について行く島津を見ていると、まるで子供と保護者のようで。
二人は物騒なことをしているはずなのに、どこか微笑ましかった。

次に入った部屋は一人用ではないらしく、大きなベッドが構えていた。
その正面には大型の薄型テレビと、DVDレコーダーがある。
島津がベッドに座ると、少年も控えめに、距離を置いて座る。
蓮はレコーダーに何かのDVDを入れ、再生ボタンを押した。

スプラッターな映画でも再生するのだろうかと、心の準備をする。
けれど、予想に反して、表れたのは動物を模したかわいらしいキャラクターだった。
アップテンポなテーマソングと共に、キャラクターが元気に走り回っている。
再生できた事を確認すると、蓮はなぜかメモ帳とシャーペンを持って二人の間に腰かけた。


「お、これ、新作じゃん。朝っぱらから見られるなんて嬉しいじゃねえか」
一見、子供向けのアニメに見えるけれど、島津は食い入るように画面に見入っている。
一方、蓮は無表情だったけれど、メモ帳を構えていつでも書けるようにしていた。
二人の様子をちらと見てから、少年も画面に目を向ける。
すると、さっきまで愉快そうにしている雰囲気の中に、驚くべき場面が表れた。

愛くるしい表情をしていたキャラが豹変しており、手にはナイフを携えている。
そして、そのキャラは目につく相手を次々と引き裂いて行った。
刺されたキャラは目をひんむき、絶叫を上げる。
ナイフを持ったキャラは、相手をただ刺し殺すだけでなく、腸を引きずり出し、眼球をくり抜き、皮を削いで行く。
まるで、地獄絵図のような場面は、子供向けのアニメなどという和やかなものとはかけ離れていた。

最初と今の雰囲気の差に、少年は言葉を無くす。
再び二人の様子を見てみると、島津の目は爛々とし、好奇に満ちていて。
蓮は画面を見つつ、何かを素早くメモ帳に書いていた。

そのアニメは五分ほどで終わったが、また明るいテーマソングと共に次の話が始まる。
そして、単調に殺戮をするのではなく、ありえないとつっこみたくなるような死のパターンが準備されていた。
それは、ありえないからこそむごたらしくて、後半、少年は目を伏せていた。




目を伏せている間にアニメが終わったのか、音が聞こえなくなる。
「はー、今回のも面白かったな!」
「ああ、実際にできそうなやつがいくつかあったし、当たりだな」
実際にできそうなやつ、と聞いて少年は耳を疑う。
蓮は実現できそうな殺し方を書いていたのだと気付き、非現実が現実に入り込んで来る恐怖を覚える。
けれど、どこかで、それを見てみたいと思っている自分がいた。

「あんた、途中で目を逸らしてたけど、きつかったのか」
試す、と言われていたから、ここで否定しておかなければ失格になるかもしれない。
けれど、上手い言葉が見つからなくて、少年は正直に言った。

「・・・血が嫌なわけじゃないけれど・・・何の理由もなくキャラクターが殺されて行くのは、見ていられなかった」
「俺は、あんな楽しいアニメは他にねえと思うけどな。蓮、現実的な奴も見せてやろうぜ」
「ああ、今から流すのが、依頼人に渡す用の映像だ」
島津が機嫌良く促すと、蓮は他のDVDをセットし、再生する。
画面に映ったのはアニメではなく、昨日見たような廃墟だった。


男性が壁にもたれて座っているが、まだ生きているようで。
口にタオルを詰め込まれていて、手も足も結ばれていて、まるでだるまの様な状態になっている。
画面がズームになると、恐怖に歪む表情が見て取れた。

その映像を長々と移した後、首元にナイフが当てられる。
姿は映っていなかったが、おそらく島津なのだろう。
男性がさらに目を見開いた瞬間、ナイフが横に引かれ、鮮血が吹き出した。
カメラにまで血が飛び、どんなホラー映画より恐ろしく見える。
男性が痙攣し、動かなくなったところで映像が途切れた。

蓮がDVDを取り出し、また新たにセットする。
「それで、これが鑑賞用だ」
次に映った映像ではカメラが引かれていて、島津が事切れた男性を見下ろしていた。

『さーて、今日はどうすっかなー』
映像の中の島津が言う。
顔は見えなかったけれど、ナイフを器用に回し、楽しんでいる様子だった。
何かを思いついたのか、島津はナイフを止め、男性の前にしゃがむ。
そして、何の躊躇いもなく腹部を真っ二つに裂いた。

心臓が止まっているからか、血は勢い良くは噴き出さない。
床にじんわりと広がり、島津の靴を真っ赤に染める。
そこから滑らかにナイフを動かすと、皮が開かれ、臓器が露わになっていく。
おぞましい映像には違いなかったけれど、少年はいつの間にか、見事な手つきに見入っていた。


『心臓も肝臓もいけるな、なかなかの健康体だ』
蓮が横から覗き込み、手袋をしてそれらを引き千切って取り出す。
クーラーボックスに入れると、再び画面外へ出て行った。
島津は腹部を開いただけでは飽き足らず、今度は目元にナイフを突き刺し、周りを削ぐように回して行く。
そこに手を突っ込み、引きちぎる様にして眼球を二つとも取っていた。

『ま、回収はこんなもんだろ』
蓮が島津に呼び掛け、小瓶を投げて渡す。
緑色の液体が入った小瓶の中に目を入れると、島津は口端を上げて笑う。
その笑みには、無邪気な残酷さが秘められていた。


そこで、画面が消える。
映像が終了したのではなく、蓮がリモコンで電源を切っていた。
「今度は熱心に見てたみたいだな。どうしてだ」
蓮に呼びかけられて、少年は我に返った。

「あれは・・・死んで当然な人間だから、心は痛まなかった」
さっきのアニメでは、死ぬ理由もないキャラが殺されていた。
けれど、今の人間はきっと殺されるほど恨まれていて、何も文句は言えないはず。
そう思うと、目を逸らさず、じっと映像を見ることができた。

「へー、アニメは駄目で今のはいいのかよ。お前、もしかしで同類?」
島津の問いに、少年は苦笑いで答えた。
あんな映像を見て顔色一つ変えないのだから、そうかもしれない。
けれど、自分が異常快楽殺人者なのかはわからなかった。


「あんた、続きを見たいと思うか」
今度は蓮に問われ、少年は言葉を詰まらせる。

あの先は、おそらく島津が好き勝手に死体を切り裂く場面になるのだろう。
仕事のために、丁寧に臓器を回収するのではなく、もっと残酷なものになる。
そう予測はできていたけれど、好奇心が疼いていた。
島津は一体、どんな顔をして、どんな風に笑って、ばらばらにしていくのか。
そして、血にまみれる姿を、見てみたいと思う。
少年は少し考えた後、素直に頷いていた。

「なら、見せてやるよ。映像なんかじゃなく、生でな」




夜になり、島津と蓮は目標を捌くための準備を始めた。
島津はナイフの切れ味を確かめ、着替えの服を用意し。
蓮は、ビデオテープを確認した後はひたすらノートパソコンと向き合っている。
準備中、島津は捌く時が楽しみで仕方がないといった様子で、薄笑いを浮かべていた。

「・・・そんなに、楽しみなのか」
少年は島津に近付き、問いかける。
「ああ。俺は狂ってっから、ああいうことすげー楽しいんだよ。。
目覚めたのは、ガキの頃だったな」
島津は、何かを思い出すように遠くを見た。


「ガキの頃さ、家に強盗が入ってよ。俺の親、目の前で殺されてんだ」
衝撃的なことが、さらりと告げられ、少年はどう反応していいか分からなくなる。
島津は、特に悲観することもなく続けた。

「今でもはっきり覚えてるぜ、親がさんざん切り刻まれてくとこを。。
やってらんなかったんだろーな、ガキの頃の俺は、狂うしかなかったんだろーな」
あっけらかんとした口調のせいで、あまり悲劇的な惨状が伝わって来ない。
それは、狂ったゆえに悲しみを忘れてしまったせいなのだろうか。
過去を話す島津には、ほんのわずかな憂いも含まれていなかった。


「・・・蓮は、何をしてるんだ?」
島津にかける言葉が見つからなくて、パソコンに向き合っている蓮に問いかける。
「男の情報が間違ってないか照合してんだ。住民データにハッキングすれば全部分かる」
蓮は当たり前のように、平然と告げた。
話しながらも指先は絶え間なく動いており、おそらく、今まさにハッキングをしているのだろう。
二人は明らかに犯罪者なのに、少年は、不思議と恐怖心を抱いていなかった。




深夜になってから、三人は薄暗い廃墟に来ていた。
辺りからは物音一つ聞こえず、本当にここに人がいるのだろうかと疑う。
三人は足音をひそめることもせず二階まで上り、部屋へ入る。
そこには、一人の年輩の男が佇んでいて。
標的を見つけたとき、島津の口端は緩んでいた。

そこからの光景は、むごいものだった。
男は状況を把握する暇もなく手足を縛られ、口に布を突っ込まれる。
ビデオカメラが設置されると、島津は容赦なく、それでいて一思いには殺さないように男を切りつけていった。

男の目が見開かれ、くぐもった呻き声がわずかに漏れてくる。
切られるたびに体が痙攣し、鮮血がほとばしる。
島津は、そんな反応を心底楽しんでいるようで、頬に笑みが絶えない。
惨状は全てビデオに納められており、蓮はただ諦観していた。

その光景は、まさに残酷極まりないものだったけれど。
少年は、どうしても視線を逸らせなかった。
凶器の笑みを浮かべる島津を、じっと見ていた。


絶叫が止み、男が動かなくなったと同時に、ビデオが止められる。
島津は、恍惚の表情をそのままに少年に向き直った。
「なあ、本当にキレイだと思うか?こんな残酷なことした狂人が」
振り向いた島津の肌には、鮮血が飛び散っている。
少年はその赤色に惹かれるように、血溜まりの中へ足を踏み入れていた。

島津の目の前で止まり、頬に手を伸ばす。
指先が頬の鮮血に触れると、島津は一瞬だけ驚きを示したが、手を払い除けることはしなかった。
血の温かさがまだ残っているのだろうか、指先からじんわりと伝わってくる。
殺人を犯した相手を、未だに恐ろしいと思えない。
少年は、確実に、この狂気に惹かれていた。


ものの数秒で、少年が手を離す。
蓮の目には、その光景は不可思議で、奇妙なものに見えていた。
島津のような狂った相手を美しいと言い、ましてやその頬に触れるなど正気の沙汰ではない。
あの少年にもどこか歪みがあるのかもしれないと、蓮は興味をそそられていた。

「なあ、来てみろよ」
鮮血にまみれた手に腕を引かれ、少年は事切れた相手の前にしゃがみこむ。
「捌く仕事、お前もやってみな」
少年の前に、刃を赤く染めたナイフが差し出される。

やってしまってもいいのだろうかと、わずかに逡巡したけれど、この誘いを断る理由はなかった。
少年は、ナイフを手に取る。
そして、少しの間を置いた後、事切れた相手の胸部に刃を突きつけた。
けれど、まだどこかに躊躇いがあるのか、刃を進めることができない。
どうすればいいかと、少年の手はその位置で止まっていた。


「そこからな、開きやすいように、こう動かすんだ」
島津が少年の手を包み、思い切り胸部に付き刺した。
刃が肉へ沈む感触がし、背筋に寒気が走る。
けれど、重ねられているその手が鮮血に染まっていても、気にならなかった。
手の甲が真っ赤に染まっても、嫌だとは感じない。

少年の手を掴みながらでも、島津はいとも簡単に肉に亀裂を入れてゆく。
人の肌を切る感触に、鳥肌がたった。
腹部に大きな切れ目を入れたところで、手が離され。
もう切らなくてもいいのかと思い、少年はナイフを引き抜いた。

「後は、ここを開いて取り出すだけだ」
島津は、腹部の切れ目を指差す。


「ここを・・・」
この切れ目をこじ開ければ、中身が出てくるだろう。
それを目の前にして、自分はまだ平静でいられるだろうか。
けれど、そんな心配をよそに、まるで手が勝手に動いたかのように、指先が切れ目へ伸ばされた。
肌に触れたとたん、背中に、嫌な汗が流れる。

怯えているのだろうか。
切れ目に、指先がかかる。
爪を食い込ませて少し引けば、そこは開かれるだろう。
汗の感触が、さらに強くなる。
好奇心に反発して、指先は強張って動かなかった。

「嫌だったら、無理すんな」
じれったくなったのか、島津は傷口にかかる手を取り、引き戻す。
少年は我に返ったように立ち上がり、その場から退いた。
そして、自分の手を見る。
いつの間にか、肌の色をした部分はほとんどなくなっていた。
それから、少年はその後の島津の作業を、遠巻きに見ていることしかできなかった。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
相変わらずグロいです。でも、これを進めて行けば歪んだ恋愛っぽいことができて。
自分の中で新しいジャンルを書いて行けそうなきそうな気がしています。