ユガンダココロ3


島津は男の臓器を選別し、クーラーボックスに入れていく。
相手が年配だからか、あまり取るべきものはなかったようで、さほど時間はかからなかった。

「ジジイの肉は固いし、肌触りはよくねえし、血はドロドロだし、いいことねーな」
若々しい相手の方が好ましいのか、島津はどこかつまらなさそうに言う。
ここからは、映像では見られなかった場面が始まる。
少年は、恐怖と期待が入り混じったような、微妙な感覚にとらわれていた。

「あ、でも頭は年期入ってっから、他の奴とは違うのか?」
島津は、まるで死体に問うように語りかけている。
そんな軽やかな口調で、おもむろにナイフを男の頭に突き刺した。
髪の毛を掻き分け、丸く円を描くように肉を切って行く。
そうして、頭頂部の肉が削がれて頭蓋骨が剥き出しになると、そこにもナイフを突き刺し、骨を砕き始めた。

少年は瞬きをすることも忘れ、見入っている。
人の肉が削がれ、頭蓋骨が砕かれる、とうてい現実とは思えない情景に。
とうとう、壁が崩され、中から薄い桃色をしたものがちらと見える。
少年は立ちすくみ、完全に硬直していた。

冷や汗が流れ、寒気が止まらない。
恐怖だろうか、興奮だろうか。
心音が強くなり、呼気が荒くなる。
スプラッター映画としか思えない光景に、順応できない。
島津がナイフを振り下ろそうとした瞬間、さっと視界が暗くなった。


「初見でこいつはきつかったか。おい島津、あんまり脳ミソ飛び散らかせるなよ」
蓮が、掌で少年の手を覆う。
視界が閉ざされると、寒気は徐々におさまっていった。

「んー。何か、特に変わったところねーし、もういーや」
視界が再び開かれたときには、島津は男に興味を無くしていた。
少年は、死体を見ないように目を逸らす。
脳味噌をどうにかされたことは間違いなく、映画でもそんな場面は見た事がなかった。

「後始末があるから部屋の外に出な。ほら、着替えだ」
蓮から服を手渡され、少年と島津は外へ出た。
島津は上も下も着替えなければならないと一目でわかる状態になっていたが、少年は手と靴以外は汚れていない。
けれど、服には血の匂いが染みついていて、全て取り換えた方がよさそうだった。

慣れているのか、島津は臆面もなく服を脱ぎ、手早く着替える。
そのとき、鮮血にまみれていない白い腕を目の当たりにし、少年の手が止まった。
「ん、どうした?」
不思議そうに問いかけられ、少年は慌てて視線を逸らす。


「・・・やっぱり、肌が白くて綺麗だな、と思って」
「やっぱ美的感覚おかしいわ、お前」
そうは言っていたがまんざらでもなさそうで、島津の表情は穏やかだった。
まるで、ついさっき人を殺してきたとは思えないほどに。
歯に衣着せぬ言い方だったけれど、少年はそんな風にはっきりと物を言える島津を羨ましく思っていた。


着替えが終わり再び部屋に入ると、鉄臭さとは違う、強い薬品の匂いが鼻についた。
そこにいるのは蓮だけで、死体も血だまりも消えていた。
魔法でも使ったのかと思える出来事に、少年は唖然とする。
「服はここに入れな。さっさと行くぜ」
二人は鉄臭い服をクーラーボックスに入れると、蓮と共に廃墟を後にした。





蓮の家に帰って来ると、三人はそれぞれの部屋ですぐにシャワーを浴びた。
日常生活に支障が出ないよう、念入りに匂いを落とす。
その後、食事をした広い部屋に集まった。
少年の正面には蓮、隣には島津が座っており、これが定位置になったようだ。

「さて、と。あれが俺達の仕事なわけだけど、あんた、共犯者になる気はあるか」
少年に、蓮と島津が注目する。
ここで頷けば、何度もさっきの光景を見ることになるだろう。
首を横に振っても、ただで解放されるとは思えない。
もし解放されたとしても、普段の生活が戻ってくるだけ。
日常風景を思い浮かべると、嫌気がさす。
その嫌気が背を押し、少年の口を開かせていた。


「二人が許してくれるんなら、僕は・・・・・・共犯者に、なりたい」
共犯者になって、日常を変革したい。
たとえこの仕事が犯罪で、死刑に値するものでも構わなかった。
「俺はいいと思うけど、島津、お前はどうだ」
蓮に話を振られて、島津は少年の顔を覗き込む。

「オレ、気分が乗ったときは、すげーむごたらしいことするけど、いいか?」
少年は、無言で頷いた。
島津が相手を切り裂く場面で目を逸らしてしまったけれど、吐き気を催すほどではない。
何度も見れば自然と慣れると、そんな自信があった。

「わかった。じゃあ、あんたの・・・」
「じゃあ、俺の指舐めれるか?」
蓮の言葉を遮り、島津が意外なことを言った。
その手が、テーブルに置かれる。
ナイフを持ち、鮮血に染まっていた手が。
少年は、じっとその手を見詰める。
今は肌色をしているけれど、男の血にまみれていたときのことが目に浮かぶ。
蓮は、二人の様子を興味深そうに観察していた。


少年は沈黙していたが、やがて徐々に体を倒して行く。
そして、顔を近付け、島津の指先に軽く舌を触れさせていた。
気恥かしくなったのか、すぐに顔を上げる。
自分から言い出したことだが、島津は信じられないものを見るように目を丸くしていた。

「よくできたな、こんなこと。洗ったって言ったって、あの手だぜ?」
「うん・・・こんなに綺麗な手を、僕みたいなのが気安く舐めていいのか迷った」
少年の答えは、二人にとって予想外のものだった。
普通は、嫌悪感が先行して戸惑うはず。
それを、恐れ多くて恐縮したと、そんなことを言った。
やはり、この少年も普通ではないと確信した瞬間だった。

「これで、島津も文句ないだろ。おい、あんたの名前を教えな。。
ただし、俺の情報網からあんたのことは洗いざらい調べさせてもらう」
未だに呆然としている島津をよそに、蓮が改めて言う。
「洗いざらい・・・」
本当なら、自分の事を全て調べられるのは好ましくない。
けれど、今更隠しておく気もなかった。



「・・・僕の、名前は・・・向水、凪」
「ムコウミズ?変わった名字だな。まあいい、俺は須黒蓮だ」
手を差し出され、おずおずと掴む。
その手は驚くほど冷たくて、とっさに離しそうになった。
「あ、俺超絶冷え症だから」
そう言って、蓮が手を引っ込める。
凪は、今の一瞬で掌の体温が奪いつくされた感じがしていた。

「オレは島津司。ま、これからヨロシクな」
島津からも手を差し出され、握手する。
蓮とは違い、その手はとても温かく、再び体温が戻って来るようだった。
すぐには離されず、なぜか両手で強く握られる。
それは仲間の誓いのようでもあるけれど、相手を逃さないと、そう言っているようでもあった。


「そうだ、オレら、これで三人だよな!?だったら、闇鍋できるじゃねーか!」
「や、闇鍋?」
「そう、二人だと鍋挟むことはできるけど、囲むことはできねーだろ?。
鍋はやっぱり囲むもんだよな」
「え・・・ま、まあ・・・」
手を離したと思ったら、島津は突拍子もない事を言い、凪は微妙な返事を返す。
同意を求められたので当たり障りのない返事をしたが、正直ついて行けなかった。

「俺はパス。鍋にそんな興味ねーし」
蓮はきっぱりと断り、島津から視線を逸らした。
その反応が意外で、凪は目を丸くしていた。
二人が仲間ならば、あまり気乗りしなくても同意すると思っていた。
それをこんなにもあっけなく拒否するなんて、信じられない事だった。

「ええー、折角お仲間が増えたんだからよ、歓迎会って感じでいいじゃねーか。。
凪、お前はどうだ?」
「え・・・」
島津と蓮に注目され、凪は焦る。
蓮に同意して、断るべきだろうか。
それとも、島津に同意して賛成すべきだろうか。
自分の意志よりも優先すべきことは、このどちらかだった。
凪が迷っていると、島津が蓮をじっと見詰める。
言葉は交わしていなかったが、頬に薄ら笑いを浮かべ、何かが通じ合っているように見えた。

「あー、やっぱやってもいいかもな、闇鍋」
「だろ?準備しようぜ!」
何を悟ったのだろうか、なぜか蓮も乗り気になっている。
凪は、自分がどちらかに傾くことにならず、ほっと胸を撫で下ろしていた。




材料の準備は蓮がし、凪は島津と食器を並べたり、鍋を用意したりしていた。
正直なところ、あまり食欲はなかったけれど。
闇鍋という響きが面白そうだったし、島津の機嫌を損ねたくなかった。
準備をしている間も、島津は楽しそうに意気揚々としている。
そんな風に素直に自分の感情を表現できる様子が、羨ましかった。

「・・・島津は、やっぱり殺人が好きなのか」
聞きたい事は機嫌がいい時に聞いておいた方がいいと、凪が問う。
「好きじゃなきゃやってらんねーぜ、この仕事。それに、これは予行練習なんだよ」
「予行練習?」
「オレがガキの頃、親を殺した奴を殺すための練習。。
どんな殺し方が一番苦痛を与えられるか、どこを切ればバラバラにしやすいか、ちゃんと考えて殺ってんだ」

島津の口角が、笑いをこらえきれないように上がる。
さっきの笑顔とは違う不気味さが垣間見え、凪は身震いする。
そこにあるのは、とてつもなく強い殺戮衝動に違いなかった。
笑みを見るだけで、背筋が寒くなるのは初めてで。
本能的に、島津は恐ろしい相手だと、今更ながら実感した。


「おい、準備できたか」
蓮が、布がかかった大きなボウルと、小さなペンライトを携えて部屋に入る。
本来、闇鍋は全員材料を知らないものだけれど、準備する係が必要なので仕方がない。
「ああ、眠たくなる前にさっさとやろうぜ」
島津が電気を消すと、部屋が闇に包まれる。
鍋の近くだけペンライトで照らし、三人は席についた。

「先に言っておくけど、掻きまわして具財を選ばないこと、一度取った物は戻さないこと。いいな」
「オレ、好き嫌いないから問題ねーや」
「うん、僕も・・・大丈夫」
凪は材料が見えないことはを不安に思っていたが、楽しみの方が大きかった。

「じゃ、入れるぜ。あんまり凝視すんなよ」
島津が視線を逸らしたので、凪も鍋を見ないようにする。
かすかに出汁の跳ねる音が聞こえ、やがて沸騰する音も聞こえて来た。

「なあ、オレのリクエストしたやつ入れてくれたか?」
「ああ、よく煮込んどいた方がいいから待っとけ」
一体何を入れたのだろうか、鍋から嗅いだことのない匂いが凪の鼻に付いた。
闇鍋なのだから、お菓子類や果物などのキワモノを入れていることもありえる。
どうか美味しく食べられるものであってほしいと願いつつ、蓮の声がかかるのを待っていた。


「そろそろいいか。凪、あんたからだ」
指名され、凪はとっさに箸を取る。
そして、煮えたぎる鍋へ入れた。
言われた事を守り、箸に触れた食材を選ぶことなく小皿へ移す。
しなしなになったものや、弾力のあるものと様々な具財が入っていて、数種類取ったところで箸を引っ込めた。
ペンライトの光で手元は何とか見えるけれど、食材は全部黒く見えて判別がつかない。

「・・・じゃあ、いただきます」
出汁の香りが強いのか、あまり具財の匂いは感じられなくなっている。
まずはしなしなになったものを口へ運ぶと、それは春菊だったようでほっとした。
弾力の無いものは野菜類なのかもしれないと、先にそれらを食べ進める。
一人が取った分を食べ終わるまで二人は手をつけないつもりなのか、動きがなかった。

野菜を食べ終えてしまうと、次に弾力のある塊を掴む。
得体の知れないものを思い切って口に入れると、ゴムの塊を噛んでいるような食感がした。
「・・・何か、ぐにぐにしたものがあるんだけど、これは・・・」
「ああ、それ輪ゴム」
「え?」
島津から食品以外の答えが返ってきて、口が止まる。


「嘘嘘、ホルモンだよ。オレの好物なんだ」
凪は、とりあえずその答えを信用して咀嚼した。
ホルモンといえば、牛の内臓かどこかだったと思うけれど、よく食べるものでもないので味が思い出せない。
今食べているものは結構淡白で、食感だけを楽しむような食材のようだった。

まだ小皿は空になっておらず、ホルモンと言われたものを飲み込むと、今度は少し固い塊を掴み、口へ運ぶ。
一口噛むと、肉汁のうまみがじんわりと口へ広がる。
それは、鳥や豚のようなポピュラーな肉の味ではないように思えた。
あまり脂っこくなく、結構食べ易い。
一般的なものでなければ、羊か、山羊か、それとも蛙や蛇といったキワモノだろうか。
たとえこれが何であろうとも吐き出すわけにはいかず、咀嚼もそこそこに飲み込んだ。

そして、最後の塊を口へ運ぶ。
その瞬間、凪は眉をひそめた。


「こ、これ・・・!」
「どうした」
とたんに、嫌な食感と鼻につく匂いが凪の口内に広がる。
自分が最も忌み嫌うべき食材の味に、顔をしかめずにはいられなくなる。
ほとんど噛まずに飲み込むと、溜息を吐いた。

「・・・僕、椎茸が大の苦手なんです」
沈黙が流れ、鍋が煮立つ音だけが聞こえる。
やがて、島津が噴き出したように笑い始めた。

「はははっ、そーか、お前椎茸苦手なのか、だったら無理に食う必要ねえよ、好きなもん食いな」
そう言って、島津も自分の皿に具財を取り分け始める。
その後は、特に珍しい食材はなく、ただ暗い場所で食べる鍋になった。
最初は食欲がなかった凪も、何杯かお代わりをして堪能する。
島津の楽しい雰囲気が伝わって来るからか、こんなに気兼ねせずに食べられる食事は久々だった。




「はー、食った食った。やっぱ、鍋は囲むべきだな!」
よくわからないことを言いつつ、島津は満足そうにしている。
部屋が明るくなり、鍋の中を見ると、もう何も残っていなかった。
「なあ、あんたが食べた肉、何だったか知りたいか」
片付ける前に、蓮が問いかける。
凪は黙り、蓮を見ていた。

「・・・別に、いい。さっき食べたのが何の肉でも、僕は二人の仲間にしてもらえたから・・・それでいい」
凪は冷静に言ったが、正直に言うと、正体を知るのが怖かった。
もちろん、羊や山羊といった、あまり食べた事のない動物の肉という可能性は充分にある。
けれど、同時にそうではない可能性も生まれる。
凪は、当たり障りのない台詞で答えを知る事を放棄していた。

「上等だ。それで、島津はここに泊まり込みで仕事してるけど、あんたはどうする」
「許されるのなら、僕もそうしたい」
凪は迷うことなく、即答していた。

「そうか、好きにしな」
事情を聞く事もなく、蓮はそう言って鍋を片付け始める。
洗いざらい調べると言っていたので、問う必要もないのだろう。
凪は、家から離れられた事と、これから始まる非日常に期待する。
それが、どれほど残酷で、人の道を外れていることだとしても。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
鍋の中身は・・・ご自由に想像して下さい。