ユガンダココロ4


凪が起きたのは、もう昼近くだった。
遅くまで鍋を囲んでいたので、深夜の何時に寝たのかわからない。
寝ぼけ眼で朝支度をしている最中、ここが自宅ではないと改めて思うととても気が楽だった。
支度を済ませて食堂へ行くと、そこにはすでに蓮がいて、ノートパソコンと向き合っていた。

「お、おはよう」
「ああ、起きたか」
蓮は凪のほうをちらと見て、また視線を画面に戻す。
今、自分の個人情報の全てが調べられているのかもしれない。
やや緊張した面持ちでいると、背後で扉が開いた。

「もう起きたのか、二人共朝はえーなー」
島津の口調はぼんやりとしていて、まだ瞼が重たそうだ。
「お前の睡眠欲が強すぎんだよ。朝飯持って来るから座ってな」
凪が座ると、島津はすぐ隣の椅子に腰掛ける。
じっと見詰められているのを感じ、凪も島津の方を向いた。


「なあ、お前好きな食べ物あるか?」
「え、食べ物?」
「昨日、椎茸が嫌いなことはわかったけどよ、好物はわかんねーから」
相変わらず、島津の会話には脈絡がない。
何を考えているのか掴みどころがなかったけれど、隠す事でもないので正直に答えた。

「好きな食べ物は、チョコミントアイスかな」
「へー、蓮が聞いたら良い顔しなさそうだ。俺はホルモンと、レバーと、砂ズリだな」
全て臓物系で、島津にはとても似合っている。
蓮は超絶冷え症と言っていたので、冷たい物は好きではないんだろう。
「じゃあ、趣味は?」
「えーと・・・読書とか、映画鑑賞とか、ゲームも少しする」
「案外多趣味なんだな。オレは、肉を切ることと、血を浴びることと・・・」
もはや、言われなくともわかっていることを、島津はつらつらと言い始めた。



それから、蓮が朝食を運んで来ても島津はずっと凪に質問を投げかけていた。
趣味の次は好きな本、休日の過ごし方など、本に書いてあるような質問が繰り返され、凪が答えると、すぐに島津も答える。
何か探られているのかと思ったけれど、その会話はただの日常会話で。
お互いの事を分かり合うため、島津が楽しむためにしているだけのようだった。
蓮は相変わらずノートパソコンに向き合い、二人はずっと会話をしていて。
見た目だけは、和やかな雰囲気の朝食風景だった。

「食い終ったら外行くぞ、あんたの服を買わなきゃならないからな。これは昨日の取り分だ」
そう言って、蓮は凪に茶封筒を投げる。
開けてみると、中には諭吉が何人もいた。
一度にこんな大金を手にした事がなくて、凪は目を疑う。

「昨日、島津と一緒に捌いただろ」
その一言で、和やかな雰囲気は消え、昨日の出来事が思い出される。
これは、人殺しの報酬。
ただの一万円札がやけに不吉に見え、凪はすぐに封筒をしまっていた。

「三人でお買い物か、たまにはいいな。ついでにオレも新しい服買いたかったんだよ」
この仕事に、衣服は何枚あっても足りない。
返り血を想定して簡素な服を着ればいいのだが、少年達にはダサい恰好はしたくないというポリシーがあった。
「まあ、今日は依頼がないから適当にぶらつくか。行くぞ」
蓮に促され、二人は食器もそのままに外へ出た。





平日とあってか、街にはあまり同年代の学生はいなかった。
学校がある日に堂々と街中を歩くのは初めてだったので、凪は補導されないかと心配していたが。
島津と蓮の二人は背も高く、特に蓮は大人びているので大学生と見られるかもしれない。
そのとき、凪は自分が二人の年齢も知らない事に気付いた。

「あの・・・二人は、いくつなんだ?」
「年齢か?俺等はお前と同じだよ」
もう調べが付いているのか、蓮がすぐに答える。
同年代にはとても見えないので、凪は内心疑う。
けれど、年齢なんてどうでもいいことだと思い直し、特に追求はしなかった。

少し歩くと、目的の服屋についたようで蓮が先に入る。
そこはメンズの服しか取り扱っておらず、カジュアルな若者向けのものがずらりと並んでいた。
「適当に選んでな。上と下、三着ずつだ」
「わ、わかった・・・」
そこで、三人はバラバラに別れる。
凪は落ち着きなく、辺りを見回していた。

同じ様に見えるジーパン、生地が古くなっているような上着、無駄な紐が付いているアウター。
ファッション性が高いものなのだと思うけれど、似合いそうな服がいまいちわからない。
格好良い、と思うものはあっても、それを自分が着るのは申し訳なく感じるほどで。
上下の組み合わせもよくわからないまま、とりあえずサイズが合い、赤が目立たない色の服を適当に取って行った。
念のため試着をしておこうと、試着室へ向かう。
そこで、ちょうど島津とはち合わせた。


「・・・お前、もしかしてそれ買うのか?」
「え・・・赤が目立たないようにと思ったんだけど」
黒と赤づくしの服のレパートリーを見て、島津は首を横に振る。
「折角服屋に来たんだぜ、そんな地味なやつ選んでんじゃねーよ。。
どっちにしろ捨てることになるんだからよ、少しの間でも自分に似合う服買えばいいじゃねえか」

「似合うって言っても・・・僕、こういう店に来たことがないから、よくわからないんだ」
「じゃあ俺等が余計に持って来っから、お前は適当にその中から合わせりゃいい。試着室入ってろよ」
いらぬ世話をかけてしまい、凪は心苦しく思いつつ試着室へ入った。

試着室は結構な広さで、身障者用の方へ入ってしまったのかと思い隣を見る。
けれど、隣の試着室も同じ広さで、これが店のコンセプトのようだった。
「凪、とりあえず適当に見繕って来たぜ」
島津と蓮が、服を抱えて試着室へ入って来る。
先程、凪が選んだ地味なものは一つもなく、若者向けの服が無造作に床に置かれた。


「じゃあ、好きなやつ合わせてみな」
そう言って、二人が目の前で服を脱ぎ始めたものだから、凪は硬直する。
親子連れが一緒に入ることはあっても、普通、試着は一人ずつするものだと思っていた。
けれど、この二人に常識は通用しないと、凪も上着を脱いだ。
男同士で何があったものでもないのだが、二人の前で肌着だけの姿になるのはなぜか気恥ずかしい。
きっと、二人の体型が良く、肌が女性に負けないくらいに白いから。
自分の貧相な体つきに、引け目を感じているのだと思う。

床に服が並べられていたが、どれを選んだらいいか、目移りする。
その間に、蓮が背後にまわり、急に肌着をたくし上げられた。
「ちょ、な、に」
上半身が完全に露にされ、動揺する。
島津は、呆気に取られたように二人を見ていた。

「痣はないな。虐待されてたわけじゃなかったか」
そう言い、蓮は凪の肌着を元に戻す。
虐待と聞いて、凪は行動の意味を察していた。
きっと、自分の家庭内環境のことを探られているのだと。
パソコンでは、相手の基本情報は出てきても詳細はわからないのかもしれない。
家に帰りたくないと即答したからには、それなりの理由がある。
凪にとって、それを進んで口にするのは気が進まないことだった。

「蓮、セクハラすんなよなー」
「これくらいで何がセクハラだ、女にしたわけじゃあるまいし」
そう、何も、異性にされたわけではない。
心音が一瞬高鳴ったのは、驚いただけに違いない。
そんな風に誰かとふざけ合えるなんて、今の今までないことだったから。



それから、三人は服を選び終わり、割り勘で支払った。
二つの袋に分けただけなので、ずしりと重たかったけれど、蓮と島津が一つずつ、軽々と持っていた。
「お!新しい店できてんじゃん。ちょっと腹ごしらえして行かねえ?」
島津が指差したのは、塗装が真新しい店で、雰囲気はよさそうだった。
ただ、それは女性にとって良い店で、男三人が入るには少し華やかすぎた。
「まあ、別にここでもいいぜ」
意外なことに蓮が了承したので、凪は断るはずもなくついて行った。

店の中には、やはり女性が多かった。
ちらほら男性もいるが、隣には女性がついている。
明らかに女性とカップル向けの店に男性グループは場違いで、席に移動する間ちらちらと視線を感じていた。
凪は肩身が狭い思いだったが、二人は何ら気にせず定位置に座り、メニューを開いた。

「んー、何にすっかな」
がっつり食べる気はないらしく、島津はデザートのページを開いている。
女性向けとあって種類が豊富で、ケーキやアイスクリームなど、服のときと同じように凪は目移りししていた。
「おお!三名様以上限定、デコレーションバケツプリンってのがあんじゃんか、これにする!」
軽く食べるだけじゃなかったのかと、凪は目を丸くする。

「俺はコーヒーだけでいい。最初に言っておくけど、手伝わないからな」
「わかってる、凪は何にすんだ?」
「え、えーと・・・じゃあ、チーズケーキにする」
優柔不断な性格で、ぎりぎりまで迷っていて決めていなかったけれど。
待たせるのは悪いと、とっさに目についたものを指差していた。


島津は臆することなく店員を呼び、全員の注文を告げる。
まずは蓮のコーヒーと凪のチーズケーキが先に来て。
蓮がコーヒーのお代わりを注文したとき、同時に巨大なプリンが運ばれてきた。

「お待たせいたしました、デコレーションバケツプリンです」
島津の目の前に、普通サイズの数十倍もの大きさのプリンが置かれる。
明らかに三人用ではないプリンの上には、生クリームやフルーツが盛り沢山で、とても豪華だった。

「すげー!そんじゃ、いただくとするか」
島津は、デザートには相応しくない大きいスプーンを構えて、プリンをすくう。
大口を開けて一口で食べると、味わうように目を閉じていた。
「うま!これ、甘くていいな」
島津は次々とプリンをすくっては食べ、すくっては食べていく。
凪はちらちらと島津の様子を見つつ、ちびちびとチーズケーキを食べていた。


「ほら、一口食べてみろよ」
凪の目の前に、プリンが乗ったスプーンが差し出される。
これは、このまま食べろと言っているのだろうか。
男同士で食べさせあうなんて、違和感がありすぎる。
躊躇っていると、さらにスプーンが近付いてくる。
迫ってくると断ることができなくて、凪は人目をはばからず口を開いていた。
すぐに、スプーンが口内に突っ込まれる。
とろけるなめらかさに、大半はそのまま飲み込めたけれど、生クリームが溢れて、口端から伝った。

「あ、悪い」
島津はスプーンを引っ込め、指先でクリームを拭う。
そして、平然とそれを舐め取った。
自分の口に触れたものを島津があまりにたやすく舐めたので、凪は動揺する。
普通は、紙ナプキンで拭き取るものだと思うけれど、島津には普通も常識もなかった。
等の本人は平気な顔をしているので、凪もあまり気にしないように努めた。



やがて、凪のチーズケーキがなくなったころ、島津のペースは明らかに落ちていた。
上のデコレーションを先に食べてしまい、もうプリンの部分しか残っていない。
「あー・・・これ、プリンだ。どこまでいってもプリンだ」
当たり前のことを、島津はうんざりしたように言う。
すくう量は明らかに減り、ちびちびと食べている。

「あの・・・よかったら、手伝おうか」
明らかにテンションが下がっている様子がいたたまれなくなって、凪は申し出ていた。
「マジで!?悪い、頼むわ」
島津が遠慮なく皿を寄せると、凪はスプーンを取り、大きく口を開けた。




最初の内は、確かに美味しかった。
けれど、同じ味がいつまでも続くのは辛くて、だんだんとペースが落ちてくる。
「ああ・・・確かにプリンだ、プリン以外の何者でもない・・・」
島津と同じようなことを言い、凪のスプーンが完全に止まった。
元々あまり食べる方ではないので、皿の上にはまだ残骸が残っている。

「オレ、当分甘いもんは食いたくねえ・・・もう残すか」
「いや、僕が引き受けたんだから、まだ・・・」
正直に言うともう下げてほしかったけれど、自分で言い出したからには途中で投げ出すわけにはいかない。
後で吐き戻すことになっても完食しようと、プリンをすくう。
それを口へ運ぼうとしたとき、蓮に手を捕まれていた。

「嫌気がさしてんなら止めとけ。残りは俺が食べる」
手伝わないと言っていた蓮がスプーンを奪い、口へ運ぶ。
気の変わりように、凪だけでなく島津も驚いていた。




その後、蓮が残りを平らげると、三人は早々に席を立つ。
責任を感じているのか、会計は島津が全部支払っていた。
「いやー、助かった。持つべきものは仲間だな」
責任感はどこへ行ったのか、島津はいつもの調子に戻っていた。
「それにしても蓮、どういう気の変わりようだ?甘いもん好きだったっけか」
「俺はお前とは違っていつも頭使ってんだ。たまには糖分補給が必要なんだよ」
蓮の発言に、凪はひやりとする。

「お前と違うって何だよ、それじゃあオレが馬鹿みてーじゃねえか」
「今更何言ってんだ、お前の頭はガキのままだろ」
「うわ、ひでー」
会話を交わす二人の間で、凪はハラハラしていた。
いつ島津の機嫌が悪くなるか、気が気でならない。
けれど、蓮の悪態はとても軽やかで、不思議と怖くはなくて。
受け答えをする島津の雰囲気も、険悪ではなかった。

喧嘩するほど仲がいいとは、こういうことを言うのかと実感する。
聞いていてひやりとするような言葉でも、遠慮なく言い合うことができている。
帰宅するまで、凪はずっと羨望の眼差しで二人を見ていた。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
今回はほのぼの系で、少し距離を縮めてみました。
この連載の恋愛は、ヤンデレ風味になりそうな気がします。