ユガンダココロ5


今日は、蓮の携帯に着信があった。
電話を取っても蓮は何も言わず、数秒ほどで切る。
それは依頼の電話だと見ているだけでもわかり、指定された場所へ小箱を取りに行く。
帰って来て箱を空けると、島津は口端を上げて笑った。

「今日の相手は女じゃねえか!よぼよぼじいさんよりは楽しめそうだ」
写真に写っていたのは、派手な服装をした厚化粧の女性だった。
隣に居る男性と腕を組んでおり、媚びた目つきで相手を見上げている。

「・・・島津は、女性の方が嬉しいのか?」
「合ったり前!女の方が表情豊かだし、肌が柔らけーし、切り心地が良いからよ」
嬉しそうに言う島津は、まるで自分好みの玩具を与えられて喜ぶ子供のようだ。
それだから、恐ろしい発言をしているはずなのに、いまいち恐怖心が沸かなかった。

「男何人もひっかけて、金を絞れるだけ絞り取った後は捨てる。。
こいつにひっかかって破産して死んだ息子の復習だと」
蓮が読んでいる手紙は、端から端までびっしりと文章で埋まっている。
それを一瞬で要約したのを目の当たりにして、かなり頭が良い印象が植え付けられた。
引っ掛かる方も引っ掛かる方だと思うけれど、どちらが悪いかなんて、依頼を受けた側には関係ないことだった。



依頼が入ると出掛ける時間はなくなり、午後は準備が始まる。
蓮は相変わらずノートパソコンに向き合い、島津はにやにやとしながらナイフを研いでいる。
凪は服を準備したが、さほど時間はかからず手持無沙汰になっていた。
「・・・蓮、依頼ってどうやって受けてるんだ?」
凪が隣に座ると、蓮は画面を見せる。

「このサイト使って、チャットして、本当に恨みつらみを抱いてそうな奴から選んでんだ」
画面には、背景が赤と黒の水玉模様で埋められているサイトが映っていた。
まるで血飛沫の様に見えて、かなりおどろおどろしい。
チャットルームの中には数人の名前が書かれており、発言履歴には数々の暴言が連なっている。
会話をする気は全くなく、自分の鬱憤を晴らしに来ているという感じだった。

「たまに俺が話に割り込んで、本当に殺したいか、殺すためならどんなことができるかをテストする。。
口ばっかりの奴がほとんどだけどな、中には心底そう思ってる奴もいる。それを選別すんだよ」
蓮がそう言っている間にも、画面の中で暴言が吐かれて行く。
ほとんどが同じ汚い言葉の繰り返したっだが、その中で一つだけ冷静な文章があった。

感情の赴くままに発言しているのではなく、ぽつりぽつりと呟くような発言があり。
まるで、冷静になっている今でも殺したい気持ちは変わっていないと、そう主張しているように見えた。
その文章を凝視していると、蓮がユーザーの名前を指差す。


「こいつが有力候補だな。そういう奴が見つかったら、ダイレクトメッセージで直接コンタクトを取る。。
俺が殺意を感じ取ったら、交渉成立だ」
文章なんて、いくらでも作る事ができる。
それが依頼人に相応しいか、蓮自身の主眼でしか判断していないことだけれど。
文章でさえも伝わって来る殺意を、その目は捕らえているようだった。

「さて、と。俺は後処理に使う薬品を準備してくるか。。
島津はあんな調子だから、今回あんたの出番はないかもな」
島津は、さっきから頬が緩みっぱなしになっている。

今夜、どんな殺戮衝動を目の当たりにするのだろう。
あの笑みはどんな風に豹変し、相手を切り刻むのだろう。
凪の中では、かすかな恐怖と好奇心が入り混じっていた。
蓮はノートパソコンを閉じ、すれ違いざまに凪の肩を叩く。

「あんたの歪みが露見するのも、楽しみにしてるぜ」
凪は、思わず口をつぐむ。
蓮の言葉は、心情を読み取っているかのように的確だった。





深夜になり、三人は廃墟へと向かう。
島津は入る前から興奮しているのか、しきりにナイフを回していた。
以前とは違う建物だったが、相変わらず薄暗く、人の気配は感じられない。
それでも、部屋の一室に行くと写真に写っていた女性がいた。
その女性は三人を一瞥し、島津が持つナイフを見て後ずさった。

「な、何なのよあんたたち、あの男の代役で金を渡しに来たの」
受け渡しにしては、この状況は違和感がありすぎる。
金に目が眩んでいるのか、女性はしきりに訴えていた。
蓮はそしらぬ顔で、ビデオカメラをセットし、島津は回していたナイフを止め、女性に歩み寄る。

「悪いなぁ、お前を殺したいほど恨んでる奴がいるんだよ、身に覚えがないわけじゃねーだろ?」
全く悪びれる様子もなく、島津が頬の緩みを堪えきれずに言う。
その笑みに怯えたのか、女性の表情がひきつった。

「あれは当然の見返りよ!だって、私は・・・」
「別に、そんなの関係ねーから」
そう言い捨て、島津が横一線にナイフを引く。
一瞬の内に、女性の肩から血が吹き出した。

「ぎゃ・・・!」
悲鳴を発そうとした口に、丸めた布が突っ込まれる。
身を縛り付ける時間も惜しいのか、女性が目を白黒させている間に、島津はもう一方の肩も切りつけていた。


離れていても、くぐもった呻きが聞こえてくる。
女性は布を取ろうとするが、腕が上がらくなっていて手が口まで届かいていなかった。
必死になって横へ逃げてもすぐに追い付かれ、太股を切りつけられる。
とたんに膝が崩れ、女性が島津を見上げる。
その表情は、恐怖や絶望が渦巻いていると一目でわかるほど乱れていた。

「あぁ、やっぱ若い女は違うなぁ、ちょっとナイフを引いただけで、さっと切れる」
女性の足はもう動かないのか、涙を流して懇願するような表情になる。
だが、それは島津をますます興奮させた。

「そういう顔もいいよなぁ。ジジイが涙目になって見上げてきたって、キモいだけだ」
普段とはちがう口調は、この状況に酔いしれているようだった。
そこには、島津にしかわからない快楽があるのだろう。
凪は、恍惚の表情を浮かべている島津をじっと見る。
溢れ出る殺戮衝動を感じると、まるで自分が女性の立場になったような気になっていた。

「声が聞けねえのが残念だけど、出血多量で死ぬまで、せいぜい怯えてくれよ」
そのときの島津の笑顔は、とても無邪気で、とても怖かった。




それから、島津は笑いっぱなしだった。
服を切り裂き、乳房を刺し、下半身も赤で染めていく。
女性の肌に手で触れることはほとんどなく、切るときの感触を楽しんでいるようだった。

衣服が切り裂かれ、肌が露わになっても何らいやらしさが感じられない。
もはや、それは人ではなく、ただの無機質な塊だった。
帰り血が、島津の白い肌につく。
たとえ、どんな狂気がそこにあったとしても、島津に抱く印象は変わらない。
一旦動きを止めた島津に、凪はふらふらと近付いて行った。

「あぁ、悪いな、オレだけ楽しんじまって。ほら、お前も感じてみろよ、柔肌を切る感触をさぁ」
凪は、差し出されたナイフの柄を掴む。
目の前にあるものはすでにめった刺しにされていて、切れそうな場所はなかった。
凪が動かないでいると、島津が女性の髪を引いて顔を上げさせる。
髪が邪魔をしていたのか、そこはまだ傷付いていない。


じっとその顔を見ていると、ふいに他の女性の顔がだぶる。
次の瞬間にはナイフを振り上げ、鼻に思いきり突き立てていた。
刃がめり込み、肉が切れ、骨が砕かれる感触が柄を通して伝わってくる。
血溜まりの中で、凪は自分の感覚が麻痺していくのを感じていた。




ナイフを離し、凪はズボンが汚れるのも構わずその場に座り込む。
無惨な死体を前にしていても、もう恐怖はなかった。
島津は凪の隣に座ると華奢な肩を抱き、衣服に血をべったりと付けるように自分の方へ引き寄せていた。
至近距離で島津の顔を見上げると、恍惚の余韻が残る表情が見えて心音が早くなる。
頭では感じていなくとも、本能が危険を訴えているかのように。

島津は凪の頬を掌で包み、肌にも鮮血を付ける。
生暖かい液体がまとわりつき、鉄臭い匂いが全身を覆ったけれど、嫌悪感はなかった。
凪は見惚れるような眼差しで、指先を島津の頬に触れさせる。
まるで壊れやすい芸術品に触れているような気がして、手を引っ込めようとしたとき、手首を掴まれた。

「あぁ、お前、やっぱさぁ・・・」
島津の言葉は、そこで止まる。
次の瞬間には、その口は凪の唇に押し付けられていた。

驚きのあまり、息が止まる。
けれど、腕は島津の方へ伸ばされていた。
手が、島津の肩に添えられる。
押し退けることもせず、引き寄せることもしない。
ただ、狂気を抱いているのは一人だけではないのだと言う事を共感していて。
凪は目を閉じ、島津が離れるまで身を委ねていた。





女性は島津が切り刻んでしまったので、臓器の回収はできずに終わった。
蓮は特に不満そうにはしておらず、いつものように平静だ。
以前のように二人が部屋の外へ出ている間に死体を消した後、帰宅する。
帰ってシャワーを浴びた後、凪はようやく理性を取り戻していた。

死体とはいえ、とうとう、自分の意思で、人を切った。
女の顔が自分の見知った女性に見えた瞬間、何を考えることもなくナイフを降り下ろしていた。
手には、まだ骨を砕いたときの感触が残っている。
そして、口に、島津が触れたときの感触も。

動揺しなかったわけじゃない。
ただ、ここへ来てから衝撃的なことが多すぎて、鈍くなったんだと思う。
そして、どちらのことに対しても嫌悪感がわかない自分は、きっと狂ってしまったんだなと実感する。
けれど、そうなってしまったことを是正するつもりは毛頭なかった。


シャワーを浴びた後、やけに疲れが出てきて凪は早々にベッドに寝転がる。
精神的な疲労が、体に直結しているのかもしれない。
もう寝ようかと思ったとき、ノックもなしに扉が開いた。

「凪、寝る前に、話してーんだけど」
島津の声に、凪は体を起こす。
もう高揚感はなくなったのか、その表情にはどこか真剣味があった。
「いいよ、島津の話なら、僕も聞きたい」
凪が自分の隣を軽く叩くと、島津はそこに腰を下ろした。

「ああ、今日の奴は良かったなぁ。若いし、柔らかかった」
「それは・・・よかったな」
何の脈絡もなく始まる会話も、もう慣れた。
正直、女性も男性も死体になれば同じように見えていたけれど。
島津は、女性の柔肌に興奮する気質があるようだった。


「それにしてもお前、正気の沙汰じゃねーぜ。。
オレが興奮してるとこなんて、蓮でも近寄りたがらないってのによ」
「正気の沙汰じゃないって、それ、島津にだけは言われたくないよ」
つい本音を言ってしまい、凪ははっとする。
とたんに、気を悪くさせてしまったかと心配したけれど、島津は「だよなー」と笑って答えた。

機嫌を損ねなかったことに、凪は心底安心する。
今まで、悪口になりかねない発言はしまいと、細心の注意を払っていたのに。
島津に対しては、そんな配慮を忘れていた。
蓮とのやりとりを見ていたからだろうか、この相手なら大丈夫だと、初めてそう感じていた。

「なあ、何でお前はオレに近付いてきたんだ?」
「何でって・・・」
凪は、先の情景を思い出す。
切り裂かれる危険もあったのに、ふらふらと島津に近付いていた。
そこにあったのは、好奇心だけではなかった。


「・・・変われると思った。島津の狂気に触れれば、僕の何かが変わってくれるって、そう思ったから・・・」
そして、ナイフを突き刺していた。
相手を傷付けることを人一倍恐がっていた自分が。
それは、自分を狂わせる事で鬱にならないようにする防護策だったのかもしれない。

「で、変わったのか?」
凪が、小さく頷く。
島津は嬉しそうに笑い、廃墟のときと同じように体を引き寄せた。

「変わりたきゃ変えてやるよ。。
オレと同じようにとは言わねーけど、お前の切欠になるんなら、いくらでも切るぜ」
言葉に応えるように、凪は島津によりかかる。
たとえ、同じように狂ってしまっても、それでもよかった。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
グロシーンが自重してません。こういう場面はこれからも続きます。
この連載は・・・思い入れがあるんですけど、なぜか病んでま。。