ユガンダココロ7


凪が蓮と遅めの朝食をとった後、お菓子を食べ終わった島津が食堂に入って来た。
「なあ蓮、今日は仕事ないのか?」
「ああ、そうそう毎日あるわけでもないからな」
蓮はすでにノートパソコンと向き合っていて、高速でキーボードを打っている。
今も、依頼人を選ぶためにチャットをしているのかもしれない。

「じゃあ凪、午後ゲーセン行こうぜ!一回、ダチと一緒に行ってみたかったんだよ」
「あ・・・うん、いいよ」
島津の口から、普通の娯楽が出てきたのが意外だった。
楽しめる事は殺人だけではないのだと思うと、島津もやはり人間なんだと実感する。
同時に、普通に一般人が行く場所で島津がどう過ごすのかと、興味が沸いていた。

「じゃあ、さっさと行くか!」
島津は待ちきれないように凪の手を引き、部屋を出る。
蓮は関与する気がないのか、一時も視線を向けることもせず画面と向き合っていた。




今日は休日なので、ゲームセンターの中は若者と家族連れで賑わっていた。
どのゲーム機も、自分の音を主張しようとしていて煩い。
様々な音が混じり合っていて、あまり長くいると耳がおかしくなりそうだった。

「な、シューティングゲームやろうぜ。結構グロいやつがあんだよ」
普通の娯楽施設へ来ても、やはり島津は島津だった。
凪は腕を引かれ、真っ直ぐにシューティングゲームのコーナーへ連れて行かれる。
ゲームは敵が恐竜だったり、幽霊だったりとバリエーションが豊かだったけれど。
島津が迷いなく選んだのは、ゾンビを打つ有名なゲームだった。


「これ、オレ一人だと中々進まねーんだよ、一緒にラスボス倒そうぜ」
「そうだね、頑張ろう」
機械に備え付けられている銃を取り、二百円を投入する。
すると、すぐ大画面にオープニングが流れ出した。

「飛ばしていいよ。友達とやったことあるから」
「へー、それじゃ、期待してるぜ」
島津が画面を打つと、ステージが始まった。
画面は自動的に進んで行き、要所要所でゾンビが姿を表す。
堂々と前から歩いて来る相手は簡単に打つことができ、頭を撃ち抜くと一撃で倒れた。
頭部が破裂し、血飛沫が画面のあちこちで飛び散る。


「ああ、やっぱ人型はいいよな、興奮するなぁ。折角なら五体満足で出てきてくれりゃあいいのによ」
島津は公共の場で物騒なことをさらりと言い、また撃った。
中には突然出て来るものもあるが、序盤なのであからさまな所から出て来て予測しやすい。
苦戦すると言っていたけれど、島津も結構慣れているのか、的確に頭を撃っている。
ボスも二人だとだいぶ楽で、一回もダメージを受けずに倒すことができて。
その後、二人の成績が出て、島津は命中率100%を誇っていた。

「島津、かなり上手いんだな。最初の言葉は謙遜か?」
「いや、次のステージで必ず一回は死ぬんだよ」
二ステージ目は、それほど難しかっただろうか。
成績が消え、短いムービーが入った後、そのステージが始まる。
難易度は一ステージ目とあまり変わりなく、少しゾンビの数が増えた程度で。
島津は的確に、次々と打ち抜いて行った。


けれど、とある場所で撃つのを止め、銃を下ろす。
画面を見ると、複数の烏が向かって来るところだった。
撃つ気がないのか、島津はただ画面を見ている。
代わりに凪が烏を撃つと、画面が進む。
それから、またゾンビが出て来ると島津は銃を構え直し、撃ち抜いて行った。

「烏を撃つのが苦手なのか?」
ボスも難なく撃破し、間が空いた所で問いかける。
「いや、だってかわいそーじゃん」
凪は、耳を疑う。
かわいそう、とは、今この口から発されたのだろうか。
これだけ至近距離で聞き間違えるはずもないけれど、疑わずにはいられなかった。


「オレは見たとおり狂ってけど、人間だから殺してんだ。憂さ晴らしに、むやみやたらと殺ってるわけじゃねえ」
この場所が騒がしくて、本当によかったと思う。
血飛沫を浴び、切り裂く感触が好きな島津でも、自分なりの基準があるらしかった。
かわいそうだから動物は殺さない、ただし人間以外は。
両親を殺した相手を殺すために、そうなったのかもしれないけれど。
凪は、そんな島津に親近感を覚えていた。

親を殺害する前に、小動物で練習しようかと思ったときがあった。
けれど、自分の身勝手で、相手に危害を与えることなく生きている動物に手をかけるのは気が引けた。
島津も、同じ事を考えているのかもしれない。
異常な事には変わりなくとも、共感できる相手がいるということは、純粋に嬉しかった。




その後、動物が出て来る場所は凪が率先して倒したので、スムーズに面が進んだ。
それでも、終盤になると敵の数が多く、耐久力もあるゾンビも出て来て、無傷では済まされない。
何回かコンティニューをした後、ようやくラスボスに辿り着いた。
ゾンビの親玉は顔面が崩壊しており、体は爛れていて見た目からしておぞましい。

二人して本気で敵を撃つと、腕がもげ、腹がえぐれていく。
体が崩れている様子を見て何かを思い出しているのか、島津の頬は緩んでいた。
そして、数回目のコンティニューの後、とうとうボスの体がバラバラになった。

「よっしゃあ!やーっとクリアした、この、バラバラ死体を見るためにやってたようなもんだ!」
腕も、足も、首も引き千切れた敵が、画面いっぱいに映し出される。
島津は食い入るように画面を凝視し、目が爛々としていた。
後ろに子供がいたら泣き出していそうな光景を、凪も直視する。
以前なら、とっさに目を逸らしていたと思う。
けれど、今は、画面から顔を背ける理由が見つからなかった。




エンディングが終わると、島津はすがすがしい顔で銃を置いた。
「シューティングだけやって帰んのも何だからよ、次はプリクラ撮ろうぜ!」
「プ、プリクラ?」
またもや、耳を疑う発言が聞こえた気がした。

やはり聞き間違いではなかったようで、島津は凪の腕を取り、堂々とプリクラコーナーへ歩いて行く。
そこは、明らかに男二人が行く雰囲気ではない。
凪は気が引けたけれど、島津が機嫌良さそうにしているので、断りたくなかった。
運良く一台空いていたので、躊躇うことなくそこへ入る。

「ん?プリクラって四百円もすんのか、たっけーなぁ」
そう言いつつ、島津は連続で百円玉を入れた。
凪は形だけの女友達に連れられて入ったことはあったが、まさか男と一緒に撮ることになるとは思っていなかった。
硬貨を入れると、女性の声で操作の手順が流れる。


「美白?目デカ?なんだこれ」
「僕が操作するよ」
島津は初めてなのか、手間取っていたので凪が適当に進めて行った。

「蓮と撮ることはなかったのか?」
「ああ、蓮と出掛けるなんて仕事の時しかねーからな。。
あいつ、ダチはパソコンだけなんじゃねーか?」
島津が冗談めいて言った言葉が当たっている気がして、凪はかすかに笑った。

「背景、殺害現場とか、廃墟とかはねーのか?」
「女性向けだから、そういうのはないみたいだ」
島津の物騒な発言にも、今や平然と答えられる。
とりあえず、背景はオーソドックスな公園を選んだ。


「なあ、普通に撮るだけじゃつまんねーからさ、チュープリ撮ろうぜ」
言葉の意味が分からなくて、凪は島津を見る。
その間に画面が時間切れになり、撮影のスタンバイが始まってしまった。
「あ、もう撮るのか?この画面に合わせりゃいいんだな」
島津は凪の腕を引き、画面の前へ移動する。

「島津、チュープリって・・・」
その意味は、島津が言わなくてもすぐにわかった。
画面に二人が映ったのを確認すると、体が抱き寄せられ、上を向かされる。
まさかと思った次の瞬間には、目と鼻の先に島津の顔があり。
いつかのように、唇が重なっていた。


「ん・・・!」
いくら外から見えないとはいえ、こんな場所でされるとは思わず、凪は島津の肩に手をかける。
そのとき、無情にもシャッターが切られる音がした。
とんでもない写真を撮られてしまったと、凪は島津を押し返す。
けれど、離す気はないのか、腰元を抱かれてさらに体が密着した。
再び、シャッター音がする。
それでも島津は凪を離さず、もっと触れ合うよう、舌で唇を割った。

「ん、う・・・!」
液を帯びたものが口の中に入り込んで来て、凪はわずかに呻く。
舌を絡め取られると、お互いの息が混じり合った。
男同士なのに興奮しているのか、島津の呼気が温かい。
けれど、それは凪も同じだった。
思わず口の隙間を大きくして息継ぎをしようとすると、島津はさらに流暢に動いた。

「っ・・・ぁ、ぅ・・・」
そこで、またシャッター音がする。
一体、どんな表情のものを撮られてしまっているのだろうか。
島津が己の舌で口内を蹂躙すると、凪の目が虚ろになっていく。
その動きは一時も止むことがなく、激しい欲望のままに凪を求める。
後頭部を押し、唇を押し付けると、間にはわずかな隙間もなくなった。

島津の舌の動きに合わせて、凪の心音が早くなる。
そうやって心臓は激しく動いているのに、体からは力が抜けていく。
脳が麻痺していくような感覚にとらわれ、凪はお互いの唾液が入り混じることも気にならなくなっていた。


女性の声で終了の合図がかかったとき、凪はやっと解放された。
島津は特に息を荒げることもなく、画面を見る。

「さーて、どんなやつが撮れたんだ?」
凪と違い、島津は動揺している様子もなければ、恥じらっている様子もなかった。
今の行為は、何も特別な意味があったわけではない。
ただ、好奇心が先行しただけのことなんだろうと結論付ける。
むしろ、息を荒げ、心音を激しくしている自分の方がおかしいのかもしれなかった。

凪は深呼吸して気を落ち着かせ、画面を覗き込む。
そこには、何とも恥ずかしい写真しか写っていなかった。
唇を触れ合わせているだけの場面から、深く繋がり合っている場面まで。
行為が徐々にエスカレートしていく様子がよくわかる。


「お、結構イイ顔してんじゃん」
島津が、一番大きくプリントされている写真を指差す。
二人の舌が絡まり合っていて、まるでお互いがその感触に陶酔しているように目が細まっている。
島津は嬉しそうだったが、凪はあまり良い顔をしていなかった。
嫌と言うほどではないのだけれど、こうして残されるととにかく恥ずかしい。
けれど、島津の無邪気な笑顔を見ていると、まあいいか、と甘い事を考えていた。

島津の指が画面に触れると、プリントが始まる。
順番待ちをしているのか、外から女子の声が聞こえてきたので、写真を取り出すとすぐに外へ出た。
とたんに、周囲からの視線を感じる。
この写真をちらっとでも見られるわけにはいかないと、凪は島津の腕を引いた。

「そんなにせかすなよ。恥ずかしいのか?」
「恥ずかしいに決まってるだろ!」
周りがうるさいので、つい声を荒げてしまった。
島津はにやにやと笑い、連れられるままゲームセンターを出る。
視線から逃れるとすぐに、まじまじとプリクラを見ようとした。
「眺めるのは、帰ってからにしてくれ!」
「へーい」





「なあ蓮、見てみろよ!凪と撮って来たんだぜ」
帰宅するなり、島津はまだノートパソコンに向き合っている蓮に迫る。
画面を覆うように差し出され、蓮は島津を一瞥して写真を手に取った。
凪はすぐに奪い取ってしまいたい衝動にかられながらも、蓮の反応を見ていた。

「何恥知らずなもん撮ってんだか。バカップルか」
蓮は呆れて、写真を突き返す。
「イイ顔で撮れてんじゃねーか、ほら、これとか」
島津が一番大きい写真を指差したので、凪は心の中でやめてくれと念じる。
だが、二人の間にまだ自分が入り込む余地はないと感じ、叫ぶことはできなかった。


「ま、お前のじゃこの程度だろうな。おい、凪、こっちへ来な」
蓮は島津を鼻で笑うと、立ち上がって凪を呼び付ける。
少し躊躇ったけれど、蓮の視線に射止められると言う事を聞くしかなくなった。
射程距離まで近付くと、蓮はさっと腕を伸ばし、凪の体を捕らえる。
そして、拒む隙も与えぬまま、口付けていた。

薄々予測していたけれど、それでも驚いてしまい、凪は何も言えなくなる。
押し付けるようなものではなく、蓮はやんわりと唇を重ねていた。
そんな優しい触れ合いが意外で、緊張感が解れていく。
そうして油断していたせいで、唇に蓮の軽く舌が触れると、自然と隙間を開いてしまっていた。

蓮はゆっくりと舌を差し入れ、凪の口内へ触れる。
単純に絡ませるのではなく、歯列をなぞり、余すとこなく弄れていく。
その動きは激しいものではなかったが、それだけで凪は自分の気を昂らせる寒気を感じていた。
そうして焦らすように口内を探った後、蓮はやっと舌を絡ませた。

「ふ・・・ぁ・・・っ」
呻きとは違う、甘い声が口の隙間から漏れた。
欲望のままに蹂躙するのではなく、相手を感じさせるために、執拗に絡め取る。
蓮の腕に支えられていなければ、凪は膝から崩れ落ちてしまいそうになっていて。
島津と同じ事をされているはずなのに、肩を押し返すことができなかった。


最後まで蓮の動きは滑らかで、やがて絡まりを解く。
すぐに離れるのではなく、音を立てて凪に軽く口付けた。
「れ・・・蓮・・・」
腕が解かれると、凪は椅子に座り込んだ。
熱の余韻が抜けなくて、力が入らない。
蓮は唇を舐め、勝ち誇った顔で島津を一瞥し、パソコンの画面に向き直った。

「お前、性格わりーな」
蓮の方が上だということを見せつけられて、島津は歯がゆくなった。
確かに、今の凪は、完全に蓮に陶酔していて。
写真と同じような表情をしていても、そこに込められているものが違うと感じ取っていた。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
グロ系をたまに控えないと精神がやられてしまいそうで、ほのぼの系で小休止。
次も、いかがわしくとも小休止のような回になります。