ユガンダココロ8


最近、島津の機嫌がめっきり悪くなっていた。
蓮は毎日ノートパソコンと向き合っていたが、珍しくなかなか依頼が来ない。
島津は、最初はホラー映画を見たり、グロテスクなマンガを読んだりして過ごしていたけれど。
それだけで事足りるはずもなく、欲求不満になってきていた。
凪も同じような過ごし方をしていたが、書庫には大量にあり、暇になることはなかった。

「あー、切りたい、血を浴びたい、肉を切る感触が懐かしい」
「うるせえ、牛肉でも細切れにしてろ」
「血も吹き出さねえのに、楽しいわけねえだろ」
今日も蓮はパソコンを操作し、島津はうだうだと愚痴を言う。
依頼を探しているとわかっているので、あまり邪魔はしていないものの明らかに不満気だ。
凪は一人、静かに『異常快楽殺人』という物騒な本を読んでいた。


「はー、どっかに自殺願望者でもいねえかな、若い女の柔肌・・・」
欲求が漏れているが、誰も反応しない。
「柔肌・・・そうだ、凪」
何か思い付いたのか、ふいに島津が凪の腕を掴む。
いいところだったけれど、凪は本を閉じた。

「島津、どうし・・・」
「ちょっと来てくれよ」
言葉を言い終わる前に、島津が腕を引く。
少しでも機嫌をよくできるなら付き合おうと、凪は島津について行った。


凪はそのまま、島津の部屋に連れ込まれる。
腕を離されたとたんに背を押され、体がベッドに乗り上げた。

「なあ、凪の肌、結構柔らかかったよな」
「そうかな・・・自分じゃよくわからないけど」
「いや、柔らけーよ。舌とか、唇とか」
誰でも柔らかそうな箇所を指摘され、凪は空笑いを返す。
島津はベッドに乗り上げ、その唇を指先でなぞった。
また、口付けられるのだろうか。
島津を蹴り飛ばそうとは思わなかったけれど、慣れないことに緊張していた。

凪がじっとしていると、唇に触れている指が、そこをこじ開けようと動き始める。
少し戸惑ったが、島津の気が済むならそれでいいと、口を開いた。
島津の指が口内に入り、すぐ舌に触れる。
「は・・・」
指先が上下に動き、唾液を絡め取られると、羞恥心が沸き上がる。
柔い感触を楽しんでいるのか、島津は頬を緩ませていた。


「やっぱ、柔らかくていいな・・・他のとこも触らせてくれよ」
島津が指を抜き、液を舐め取る。
何の抵抗もなく自分の唾液が飲み込まれて、凪はまた恥ずかしくなって俯きがちになってしまう。
そこへ島津がにじり寄り、露になっているうなじに舌を這わせた。
「ひ、ぁ」
湿り気のあるものの感触に、凪の肩が跳ねる。
島津はそこを押さえつけ、うなじの全体を丹念に弄っていった。

「ぅぅ・・・っ」
首は敏感なのか、凪は身震いする。
うなじが終わると、舌は首の前面へと移動し、同じように弄っていく。
まるで、肉食獣が獲物を味見しているようで、凪はかすかな恐怖を感じてきていた。

「あぁ、やっぱイイ肌だ。なぁ、もっと味あわせてくれよ」
島津の口調が、死体を切り裂いているときのものに似てくる。
肌を舐めて興奮しているのだとわかり、凪は身を固くした。
そうして身構えたとたん、首に鋭い痛みが走った。


「っ・・・!?」
何が起こったのかと、凪が顔をしかめる。
気付いたときには、島津が首の皮膚を食い破ろうと噛み付いていた。

「島津、やめてくれ・・・!」
突き放そうと、島津の体を押す。
けれど、興奮して聞こえていないのか、少しも押し返せない。
歯がさらにめり込んでいくと、皮膚が破けて痛みが走った。

「い、っ・・・う、ぁ・・・!」
痛みのあまり、苦痛の声が上がる。
このまま、動脈まで食い破られてしまうのだろうか。
そうして悪寒を感じたとき、歯が外された。
「あー、お前の肌、イイ食感だし、血もキレイで美味いなぁ」
島津が恍惚の表情で言い、傷痕を舌でなぞる。
伝わる血の臭いと味に、完全に酔いしれているようだった。



「島津・・・もう、満足したか・・・?」
凪がおずおずと聞くと、島津は動きを止める。

「・・・まだ物足りねえ、もっと、感じてえんだよ」
島津は凪の肩を押し、ベッドに押し倒す。
そして、ナイフを取り出し、猟奇的な笑みを浮かべて表面を舐めた。
突然現れた凶器に、凪は言葉をなくす。
何人もの人の血を吸ったナイフが、とても恐ろしく見える。
次はお前だと、そう言われている気がして、久々に怯えていた。

島津はナイフを器用に動かし、服だけを切り裂く。
凪は、もはや島津に何を言っても聞く耳持たないだろうと察していた。
やがて、上半身を防護するものがなくなる。
ナイフが心臓の辺りでさっと引かれると、あまり痛みはなくとも皮膚が薄く切れ、血が滲んできていた。


島津が身を下ろし、肌にできた赤い線へ舌先で触れる。
じりじりとした痛みを感じ、凪は唇を噛みしめた。
声を出せば、もっと興奮させてしまう。
まだ満足しないのか、島津が傷口に唇を寄せ、血を絞り出すように吸い上げた。

「ぁ、うぅ・・・っ」
舌で傷口をこじ開けられ、痛みが増す。
震える腕を動かして島津の肩を押し、髪を引っ張ったがびくともしなかった。


捕食されてしまう。
欲望のままに動く肉食動物に血をすすられ、体がバラバラにされ、肉片を食われるイメージが脳裏に浮かぶ。
自分が自分でなくなり、島津の細胞と混ざり合う。
唇が震え、どうしようもない恐怖に捕らわれると、諦めろという声が脳内に響いた。
その声に同意すると、急激に虚無感に包まれていくのを感じる。
相手に支配される絶望を感じたとき、完全に抵抗を諦めていた。

凪は島津の髪を引くのを止め、その頭に手を添える。
そして、少し荒れていて、ごわごわとしている髪に指をくぐらせた。
許しを請うわけではない。
これで最期になるのなら、少しでも島津に安らぎを感じてほしかった。
島津が体を起こし、ナイフに付いた血を舐める。
凪は静かに目を閉じ、腕を下ろした。




「おい、島津、暇潰しを持って来てやったぞ」
ふいに蓮の声がして、凪は目を開く。
ドアの方に顔を向けると、蓮がDVDの束を持って来ていた。

「島津、てめえ何してんだ!」
蓮が、珍しく声を張り上げる。
そして、大股でベッドに近付き、思い切り島津の頬を殴った。
鈍い音がし、島津がベッドから転げ落ちる。

「蓮、いくらお前でも邪魔すると・・・」
反抗的な目つきをする島津に、蓮がDVDを投げつける。

「明日は仕事がある。今日はそれ見て大人しくしてな」
「見飽きたDVDなんか・・・って、これ、あのアニメの特別編じゃねーか!。
こんなもんあるんだったら早く出せよなー」
猟奇的だった雰囲気が、一気に消える。
死から逃れ、凪は恐怖心を吐き出すように大きく溜息を吐く。
安心はしたものの、島津にとって自分はそのDVDより劣っているのだと思うと、少し寂しかった。




島津の部屋にいるのは危険だと、凪は蓮の部屋に連れられた。
「そこに座ってろ、汚ねえ舌で舐められたんだ、ほっとくと化膿する」
凪は、力なくベッドに腰掛ける。
蓮は戸棚から救急箱を取り出し、隣に座った。
首と胸部の傷口に消毒液を付け、ガーゼで止血する。
手当されると捕食者の舌の感触が消えていくようで、凪は肩の力を抜いていた。

「とんだ災難だったな、これからはあんまり島津について行くなよ。服を取って来る」
そう言って、蓮が立ち上がろうとする。
そのとき、凪は反射的に袖口を掴んでいた。
はっとしてすぐに手を離したが、蓮は微かに笑い、同じ場所に腰を下ろした。

「よしよし。もう大丈夫だ、ここにあんたを傷付ける物は何もないからな」
蓮に軽く肩を抱かれ、凪は思わず身を寄せていた。
子供をあやすように言われたけれど、守られているようで安心する。
きっと、望んでいたのだと思う。
自分が、こうしてよりかかれる存在を。


「どうだった、死の恐怖は」
「・・・怖かった。絶望するくらいに」
島津がナイフを舐めているとき、死を垣間見ていた。
相手は捕食者で、自分はその餌になる。
そう自覚し、覆せないと感じたとき、不思議と心臓が静かになっていた。
まるで、全てを諦め、死を受け入れるように。

「それは、あんたがまだ生に執着してるからだ。まだ、死ぬわけにはいかないんだろ?」
「・・・うん」
凪は、小さく頷いた。
家から逃れられたのだから、このままでもいいかもしれないとは思う。
けれど、親は必死で探している。
潤滑剤がなければ、自分達が擦り切れてしまうからだ。
親が自分の保身のために息子を引き戻そうとするのなら、息子に抵抗する権利はある。
共犯者になったのは、そうして抵抗するために二人を利用させてもらうためだった。


「なら、護身術でも教えてやる。俺達はいつ殺されたっておかしくないんだからな」
蓮の言葉を聞き、凪はふと思った。
人を殺すのなら、それだけの報いを受ける可能性は充分にある。
たまに、想像してしまう。
自分は、どんな悲惨な死に方をする事になるのかと。
島津を見上げていたとき、これは犯罪に加担してしまった罰だとも思った。
殺人を実行したら、この先にどんな恐ろしい報いが待ち受けているのだろうか。

「おい、聞いてんのか」
物思いにふけってしまい、凪は我に帰る。
はっとしたとき、急に手首を固定され、うつ伏せになるよう押し倒されていた。
「あ・・・っ」
腕が後ろにまわり、手首が掴まれて身動きが取れなくなる。
蓮は凪の腰の辺りに膝を乗せ、体を起こせないようにしていた。

「隙だらけだな。そんなんじゃ、簡単にここを掻き切られるぜ」
蓮の指先が、無防備なうなじをなぞる。
その手つきに何か感じるものがあって、凪の背筋が寒くなった。

「手を捻じり上げると、相手は簡単には動けなくなる。無理に解こうとすると関節がいかれるからな」
蓮が少し力を込めると、関節が軋む。
凪はわずかに顔を歪めたけれど、それ以上痛むことはなかった。


手を離すと、今度は体を簡単に仰向けにする。
そして、また両の手首を掴み、一つにまとめた。
華奢な腕は、片手で簡単に動きを封じられる。
解こうとして力を込めても無駄で、凪の腕はそのまま上に持ち上げられた。

蓮の冷静な眼差しに見下げられると、変な緊張感を覚える。
恐怖心からではない、別の何かを。
そのまま、腹部に蓮が膝を乗せると、動きは完全に封じられていた。

「うまく腕を固めればこっちのもんだ。身動きをとれなくした後、ここを切れば終わる」
蓮の指先が、凪の首の動脈をなぞる。
再び寒気を覚えたけれど、やはり怯えはなかった。

共に過ごして、二人の位置付けがわかっているからかもしれない。
島津が本能ならば、蓮は理性を象徴しているようで。
無計画で突拍子もないことはしないと、そう信じていた。
それだからか、恐怖に覆われて感じなかった別の感情が姿を表してきていた。

「凶器がなかったら、絞殺すればいい。少しコツがいるけどな」
掌を凪の首に添え、わずかに力を込める。
凪はその手の冷たさにぞっとし、大した圧迫感がなくとも息が細くなった。
もっと圧迫されれば、楽に逝けてしまいそうだ。
そう思った瞬間、甘美な死に誘われる。
恐怖や絶望を感じることになるのなら、その前に事切れてしまいたい。
蓮に手をかけられていると、そんな考えが脳裏をよぎった。


「何物欲しそうな目してんだ。今の状況、わかってんのか」
「・・・僕、そんな目をしてたのか」
一体、どんな眼差しで蓮を見詰めているのだろう、全くの無自覚だった。
心のどこかで、望んでいるのかもしれない。
自分の中にくすぶる殺戮衝動を、この身ごと消してほしいと。
島津と違って、蓮なら優しく殺してくれる。
それは、とても魅力的なことに思えていた。

蓮は凪の手首を離し、解放する。
先の苦しみを緩和させるよう、ふいに髪の中へ指を潜らせた。
首にかける手はそのままに、髪を弄るようにして頭を撫でる。
手を頬へと下げてゆき、同じように撫でると、凪の目が細まった。
安心させたところで、蓮はやんわりと首を絞めた。

「あ・・・ぅ・・・」
息苦しくなり、窒息死させられるかもしれないのに、凪は抵抗できなかった。
解放されたはずの腕は動かず、現状をただ受け入れようとしている。
頬に添えられている蓮の手が、そうさせているのだろうか。
殺そうとしている相手に優しさを感じさせることで、抵抗の意欲をなくさせる。
蓮には、相手を静かな死に誘う力があった。


「れ、ん・・・」
息を詰まらせながらも、相手の名前を呼ぶ。
解放してほしいのか、それとも、誘ってほしいと訴えているのか。
蓮は前者だととらえたようで、ゆっくりと手を離す。
それでも、まだ凪の上から退くことはせず、下腹部へ手をやった。

「な、何・・・」
蓮の手が、凪の中心に触れる。
「勃ちかけてんじゃねえか。あんた、マゾか」
「そ、そんな・・・」
はっきりと否定できなくて、凪は目を泳がせる。

「抜いてやるよ、このままだともどかしいだろ」
「え・・・!?」
返事を聞く間もなく、蓮がズボンの金具を外す。
凪は慌てて体を起こそうとしたが、首元を抑えられて制された。

「苦しい思いしたくなきゃ大人しくしてな。いや、むしろその方がいいのか」
蓮は意地悪く言うと、手を下着の中に潜らせ、反応しかかっているものを掴んだ。
「あ、っ・・・」
上ずった声が出てしまい、凪はとっさに口を閉じる。
体がかっと熱くなったけれど、その熱は蓮の手に奪われてしまうようだった。

それでも、敏感な個所を擦られると身震いしてしまう。
声をこらえている事が面白くないのか、蓮が凪のものを強く掴む。
そして、首に添えていただけの手に力を込めた。

「あ、う・・・っ、ぅぅ・・・!」
気道をわずかに塞ぐと、とたんに、凪の体が跳ねる。
苦痛と悦楽が混じり、声を上げずにはいられなくなっているようだった。

「やっぱり、こうした方が良いみたいだな。絞殺プレイも面白そうだ」
いつも平静な蓮の目に、好奇と欲が生まれる。
そのとき、凪は、欲求のままに弄ばれても構わないと、抵抗する気を無くしていた。

望みを叶えるように、蓮は下肢に触れている手を動かす。
すでに首元の手は緩めていたが、時たま圧迫した。
そうされると、呼気は荒くなってきているのに思うように吐けなくて、凪はさらに息苦しさを感じた。

脳が混乱し、恐怖を快楽に取り違えているのか、喉が締められるとそれだけ体の反応が大きくなる。
蓮が加減を間違えれば、離すタイミングが遅くなれば、本当に絞殺されてしまう。
死が間近にあるのに、凪の下肢にある物はしきりに脈打ち、体を熱くしていった。


「かなり興奮してるみたいだな。俺の手を熱くするなんて上等だ」
「うぅ・・・」
自分の体温が伝わっていると思うと、凪は羞恥を感じずにはいられなかった。
さらに興奮させるよう、蓮は指先をその熱いものに絡ませる。
下から上へ、指の腹で撫でると、触れているものがしきりに感じているように震えた。

起ちきっているものは、手を添えるだけでも脈打つ。
首への圧迫感も相まって、凪は強い昂りを覚えていた。
蓮は一旦手を緩め、呼吸を楽にする。
けれど、それで気が落ち着くはずもなく、息はまだ荒いままだった。


「男を喘がせたことなんてなかったが、あんたの声、案外悪くないな。抑えずに聞かせてみな」
蓮は凪の昂りに掌を添え、上下に激しく動かした。
「や、あぁ・・・っ、ぁ・・・」
蓮に促されると、凪は素直に声を上げてしまう。
そして、今までよりやや強く、首が締められた。

「ぐ・・・ぅ、っ、は・・・ああ・・・!」
動脈が圧迫され、気道を塞がれると、口が酸素を求めようと大きく開く。
一点に力が加えられた瞬間、下肢だけでなく、全身が震えていた。
苦痛と快楽の声で喘ぎ、抑えようもない精が吐き出される。
それは蓮の掌に散布され、粘液質な感触を与えていった。

首の手が外され、呼吸が楽になる。
大きく息を吸い込み、吐き出すと、脱力感が凪の身を包んだ。


事が終わると、蓮はガーゼで自分の手と凪のものについた液を拭き取る。
凪は一瞬身を震わせ、ゆっくりと息を吐いた。

「結構楽しめたぜ。島津なら、もっと激しくしてくれるかもな」
「そう、かな・・・」
興奮の余韻が残っているからか、そんな言葉に期待する。
本能を象徴する島津になら、バラバラにされてしまうかもしれないけれど。
もしかしたら、そこに最上級の悦楽があるのかと考えてしまう。
やはり、自分は特殊な人間なんだと実感していた。

「今日は体を休めておきな。明日の仕事は、精神が弱ってるともたないぜ」
蓮は凪の髪を軽く撫で、部屋を出た。
まだ余韻が残っていて、体を動かせない。
蓮に、恋愛感情なんて甘いものは抱いていないはずなのに。
体の中には、熱がくすぶっていた。




―後書きー
読んでいただきありがとうございました!
いつの間にか主人公がマゾに・・・。
話の雰囲気からぶっそうなことを考えていたら、絞殺プレイなんて危険なことをやらせていました。
おそらく、これから先もあぶなっかしくなりますのでご注意を!。