夢と現実のハザマ1
(世界観はゆめ2っき、キャラは.flowのカイブツを取り入れています)


今日の夢は、迷路の夢だった
薄桃色の柔らかそうな壁は、何かの体内にいるような感覚を思わせていて
一歩を踏みしめるたびに、迷路の全体がどくんと脈打つようだった

腸のように入り組んだ迷路の中に居続けると、少し目眩がしてくる
ぐにぐにとした地面を歩いている内に、一点の光が遠くの方に見え始める
そこへ向かって歩き、もう少しで手が届きそうになったとき
ぼんやりと瞼が開き、覚めてしまったのだとわかった


ルインは、幼い頃から見た夢の全てを覚えていた
永久的に覚えていられるわけではないが、数日間は印象に残る
それは一種の才能かもしれなかったが、そのせいでルインは精神病棟に入れられていた

ルインの見る夢は、どれも奇奇怪怪というか、不気味すぎた
その内容を周囲の人に話し過ぎたせいで、変人扱いされることはしょっちゅうだった
人間関係が悪化してゆくにつれ、見る夢も過激なものになってゆき
とうとう、脳のどこかに異常があると診断され、隔離されていた
前は相部屋だったけれど、ひどくうなされるときがあって怖いと言われてからは、一人で眠るようになっていた

病院での人間関係も、良好とは言い難かった
人と話す話題なんて、自分の夢のことぐらいしかなくて
それを話すと不気味に思われ、人が遠ざかってゆく
会話といえば、主治医の先生ぐらいとしかしない

だから、ルインは毎日夢を見ることが楽しみだった
それがいくら異常な夢だとしても、ルインにとっては唯一、生きていることを実感できる世界だった
良い夢ばかりではないけれど、恐怖の感情を覚えることも
まだ、ルインが人として成り立っていることを証明してくれていた

今日はどんな夢を見るのか、期待と不安を抱きつつ眠りにつく
余計な事を考えると、それが夢に出てきやすくなってしまうので、ただ静かにしている
だんだんと、脳がぼんやりとし、痺れてくるような感覚がしてくる
意識が途切れた後、真っ暗闇の視界が開け、夢が始まった






今日の夢は、病院内だった
そこは、ルインがいる病院そのもので、非現実的な世界へ行けなかったと落胆する
病院は、毎日嫌という程見ている世界なので、夢にまで出てくることがたまにある
そんなときはハズレだと思い、院内を一周すると自分のベッドに入ってしまっていた

今日もこの夢には変化がないだろうなと思っていたが、どこか、様子が違った
いつもは真っ暗な部屋に、明りが付いている
どうせ夢なのだから失礼も何もないと、ルインは好奇心からその部屋へ入った


室内は、ルインの部屋と何ら変わりない構造で、中央に、人と思われるものが立っていた
「君は・・・」
人と思われるものが、話しかけてくる
前髪がぱっつんと切られた白い髪に、長袖の白いシャツ
黒いズボンと赤いネクタイが、シンプルな服のアクセントになっている

会話ができることに、ルインは驚いた
今まで、夢に出てくるのは人の形を崩したような、奇形のものばかりで
これほどまでに形を保っている相手はいなかった
けれど、やはり完璧な人間とは言えないようで
相手の左の顔の3分の1ほどが、赤黒く染まっていた
ひどい火傷か、何かの皮膚病を思わせる
よく見ると、瞳も真っ赤で、まさに異世界の人間だという感じがした

「ここに、入院してるんだ?」
厳密に言えば、入院しているのはこの世界の話じゃなかったけれど
否定するのが難しかったので、ルインは頷いておいた
「へぇ・・・」
彼は、何か面白い物を見つけたように口端を上げて笑った

その笑みを見た瞬間、なぜか背筋に寒気が走った
それ以上会話も続かなかったので、さっさとベッドへ行こうと部屋を出る
ルインは自分の部屋に戻るまで、相手からじっと見られているような、そんな違和感を覚えていた






目が覚めると、体が重たかった
つまらない夢のせいで精神が安らいでいないのか、病院の夢を見るといつもこうだった
今日も、代わり映えのない一日を過ごして、終わる
せめて夢の中では様々な変化があるよう願いつつ、横になった


目を開くと、世界が赤黒かった
時間のたった血だまりのような色をした背景と地面
床を歩くと、浅い水たまりを歩いているかのように液体が波打つ
今日も良い夢とは言えないけれど、いつも見ている日常風景の夢よりはよかった

少し歩くと、地面から真っ黒な手が生えている地帯に着く
指は何かを掴もうとしきりに動かされていて、手を差し伸べたら引きずり込まれてしまいそうな感じがした


手を踏まないようにして進んでいると、真っ赤な扉が目に入った
この世界を象徴するような、不吉な雰囲気がする扉
先に進めば、もっとおどろおどろしい世界が待っているのかもしれない

ルインは、その扉を開こうと進んでゆく
けれど、ルインがノブに手をかける前に、扉が開いた
驚いて、一歩後ずさる
そこから出てきたのは、昨日の夢でも見た、白い髪の少年だった

「やあ、また会ったね」
彼は周りの世界観に驚くこともなく、軽く挨拶する
2日連続で同じ相手を夢に見るなんて、初めてのことだった
人の形をしたものが珍しくて、印象に強く残ったからだろう

「ここが君の世界なんだ。ずいぶんと、グロテスクなんだね」
ルインは、黙って頷く
精神病棟に入れられたのも、こういう夢を比較的多く見るからだった
はたから見たら、地獄としか思えないような世界
幼い頃からそんな世界の事ばかり話すものだから、どこかおかしいと思われても仕方がなかった

「悪くない世界観だよ、僕は赤も黒も好きだしね。でも、殺風景だ」
相手は、床から生える手が見えていないかのように、殺風景などと言う
この世界を気に入る人なんていないと思うが、相手の性格も都合の良いようになっているに違いない
夢は、無意識下の事柄が表れてくる
自分の世界を肯定してほしい願望が、どこかにあるのかもしれない

「僕がもっと面白い世界を見せてあげる。さあ、おいで」
彼は、手を差し伸べてくる
なぜか、その手は床から生えている手と同じよう、引きずり込まれてしまいそうな感じがしたが
扉の奥の世界が気になって、彼の手を取った
その瞬間、相手に引っ張られ、吸い込まれるようにして扉へ入る
逃げる暇なんてない、一瞬の出来事だった


扉の先の世界は、同じように濃い赤色で染まっていた
けれど、さっきまでいた世界とは不気味さが違う
辺りには、人と同じくらいの大きさをした、腸のようなものが転がっている
空に、アドバルーンのように浮かんでいるものは、よく見たら心臓だった
はみ出た管から一滴ずつ赤い液体が滴っており、デフォルメされた手とは違うリアルな造形は、背筋を冷たくさせた

「怖い?」
風景に見入っていたルインは、はっとして彼を見る
「・・・少し」
今までの自分の世界とは違うおぞましさがあって、進むことを躊躇う

「不気味だけど、人畜無害だから大丈夫だよ。あれは、ただ存在しているだけ」
どんなに恐ろしい外観をしていても、ただの趣味の悪いインテリア
そう言われると少しは安心するけれど、じっと凝視することはできなかった

「この世界には、まだ続きがあるんだよ。ほら、あそこの扉から・・・」
指差した先にあったのは、真っ黒な扉
これ以上におぞましい世界があるのかと、自分の夢ながら怯えた
手を振りほどくと取り残されてしまいそうで、ただ手を引かれてゆく
だが、扉への距離が迫って来たとき、ふいに瞼が重たくなった

「眠たい・・・」
思わず、目を擦る
夢の中で目を覚ますときは、決まって眠たくなる
意識を手放して、現実へ戻ろうとしているときだ
足取りが重たくなり、全身から力が抜けて行く

「慣れない夢に疲れたんだね。いいよ、今日はおやすみ・・・」
二人は、赤い世界へ座り込む
肩に腕がまわされると、ルインは自然と彼によりかかって目を閉じていた






悪夢を見た後はたいてい寝汗をかいているものだけど、今日は問題なかった
恐怖心はあったが、悪夢だとは認識していないのかもしれない
今日は、真っ黒な扉の向うへ行けるだろうか


「やあ、また来たんだね」
眠る前に扉のことを考えていたからか、夢は昨日の続きだった
散らばる臓物、浮かぶ心臓、今日はそれだけではなく、大きな目玉が浮かんでいた
直径が人の背丈の半分はあり、その眼力に視線を逸らす

「君を扉の奥へ誘いたいところだけど、その前にしなくちゃいけないことがある」
そう言うと、相手はどこからか鉄パイプを取り出した
先端の方は曲がっていて、何かを殴った後のように赤く染まっている
「君の世界は、まだ平和的すぎる。これで、その目玉を潰してごらん」
ルインの手に鉄パイプが渡され、目玉の方を向かされる

「潰す・・・これを・・・?」
目玉は、ただじっと鉄パイプを見ている
今まで、夢の中のものを壊したことはなかった
出てくるものは人畜無害で、壊す理由なんてなかったから
それに、自分の世界を傷つけてしまったら、自分の何かも同じように傷付いてしまうのではという不安があった

「それを潰すだけで扉が開いて、新しい世界へ行けるんだ」
昨日の黒い扉が開く、新しい世界を見られると聞くと、好奇心が疼く
けれど、本当にいいのだろうか
不気味とは言え、危害を加えることのないこの目を潰してしまっても

「ここは夢の中なんだ、何も気にすることはないよ」
彼が、諭すように声をかけてくる
ここは夢の中、目覚めた後の自分に影響があるわけじゃない
それでも、何かがひっかかるのはなぜだろう
自分の無意識の何かが、手を振り下ろす事を躊躇わせているようだった

「さあ、早く潰して」
眠たくなる前に、早くしろとせかされる
大きな目玉は、どうするのかと問いかけるようにじっと凝視してくる
彼の声と、自分の考えが反発しあって頭痛がするようだった

「扉の奥へ行けるんだよ、早く、壊してしまえばいい」
鉄パイプを握る手に、力が込もる
逡巡したが、ルインはふっきれたように決断した
目玉と対峙したと思いきや、相手の方を振り向く
そして、鉄パイプを振り下ろし、さんざんせかしていた彼を思い切り殴った

「うぐ・・・っ」
相手は鈍い声を出し、うつぶせに倒れた


鉄パイプが手から滑り落ち、地面に吸い込まれるようにして消え去った
彼は、ぴくりとも動かない
大きな罪を犯してしまった気分になり、思わず、ルインはその場から逃げ出した

赤黒い世界を走り、少しでも離れようと必死になる
扉からはどんどん離れ、気付けば臓物も心臓もなくなっていた
そこへ、遠くの方に紫色の扉が現れる
扉を開き、世界から出て行こうとルインは走った


「よくもやったな・・・」

突然、背後から低い声に呼びかけられる
嫌な予感がして振り向こうとしたとき、思い切り背を押され、倒れ込んだ
とっさに起き上がろうとするが、両腕を掴まれ、背中にのしかかられる

「まさか、僕を壊そうとするなんて意外だったよ・・・残念だなぁ」
すぐ傍でする声は、残念だと言いつつどこか楽しんでいるような雰囲気があった
まるで、相手を怯えさせたくてたまらない意図が込められている気がして
一言一言に呪いがかけられているような恐ろしさに、鳥肌がたった

「君がそういう態度をとるんだったら、それでもいいよ・・・違う方法にすればいい」
言葉を言い終えると、彼は真っ赤な舌でルインのうなじを弄った
「ひっ・・・」
何か柔らかい物が触れた感触に、ルインは肩を震わせる
彼はその反応を楽しむように、うなじが液で覆われるまで、何度も弄ってゆく
それは、まるで獲物を捕食する前に吟味しているかのようだった

「や、やだ・・・」
ルインは自分に触れる生温かいものに怯え、逃れようともがく
すると、体が少しずつ地面へ沈んでいった
視界が赤黒く染まってきて、反射的に目を閉じる
上から押さえつけられるようにしてずぶずぶと沈んでゆく体を、どうすることもできない
ルインは、自分が世界に覆われて行くのをただ感じていた




寝汗を感じて、ルインは目を覚ます
背中がじっとりと熱くなっていて気持ち悪い
うなされて起きたのではなく、外はもう明るくて、単に目が覚める時間になったから自然と覚めたようだった
今日も、夢の続きを見てしまうのだろうか
正直、彼に合うことが怖い

それなら、他の事で頭を一杯にしてしまえばいいと思い、ルインは写真集を眺めることにした
静かな深海の写真集を見て、心を落ち着かせる
今日一日は、ずっと穏やかな風景を見て過ごした
眠る前も写真集を眺め、記憶が薄れない内にすぐベッドへ入る
これなら、赤黒い世界へは行かないだろうと思った






今日の夢は、青い世界、深海だった
苦しいなんてことはなく、普通に海底を歩ける
所々に背の高いビルが立っていて、水没した都市を思わせた
周囲を見渡しても人影はなく、ほっとした

ルインはもっと深い場所へ行こうと、深海を歩いて行く
さらに深い所があるのか、地面が割れている場所がちらほらある
覗き込んでも、真っ暗で何も見えない

さらに進むと道が細くなり、暗い穴が多くなってゆく
そこからは、ぺらぺらとした無数の海草の様なものが出ている
だが、奇妙な感じがしてよくよく見てみると、それは人の手の形をしたものだった
穴を埋め尽くすほどの密度で、まるで救いを求めるよう上に向かって伸びている
不気味な光景だったが、いたって無害なはず


ルインは警戒することもなく歩みを進め、やがて、周りを絶壁に囲まれた行き止まりに着いた
周囲はぼんやりと暗くなっていて、光が届かなくなっている
今日の夢は、ここで終わりなのだろう

引き返そうと振り向くと、無数の手が目の前にあった
ただ生えているだけだったはずの手にぎょっとして、硬直する
その隙を見計らったかのように、無数の腕がルインに絡みついた

「え・・・っ」
無害のはずのものが、意思を持っているかのようにまとわりつく
解こうとしても、何十もの手に掴まれてどうにもできない
体が浮き、海の景色が急激に遠ざかり、深淵へと引きずり込まれる

これは、新しい夢の形なのだろうか
まるで、自分が望んでいるのではなく、何者かの意図によって導かれているようだった



ルインが抵抗を諦めていた頃、体にまとわりつく手とは違う、人の質感を帯びた手がどこからか伸ばされた
その手を取れば、さらなる深淵へ引き込まれるかもしれなかったけれど
わずかな救いを求めて、その手を取った
体が勢いよく引かれ、腕が全て解ける
あまりの勢いに目を閉じたが、少しすると瞼を通して光を感じるようになった

恐る恐る目を開くと、世界は海の見える砂浜に変わっていた
仰向けに寝転がっているので、太陽の日差しが眩しい

「やあ、目が覚めたんだね」
上から顔を覗き込まれ、光が遮断される
目の前にいたのは最近よく見る白髪の彼で、ルインは目を見開いた
逃げようとしても、もう眠たくて体が動かない

「警戒するなっていうのは無理な話だけど、前みたいに強制はしないよ。
押して駄目なら、引いてみることにしたからね」
彼は笑ったが、その笑顔は純粋な物とはかけ離れているように思えた

「今日は、思いがけない出来事で疲れただろう・・・おやすみ」
彼はさらに光を遮断するよう身を下げてゆく
ルインが目を閉じると、頬に柔らかな物が触れるのを感じた
それは、以前のように湿った感触はなく、頬よりも柔らかなものだった
何となく、何が触れているのかはわかっていたけれど
ルインは抵抗する気力もなく、ほどなくして意識が途絶えた




―後書き―
読んでくださりありがとうございました!
最近、ゆめ2っきと.flowの動画にはまって、pixivのイラストにもはまってたまらず書いてみました
カイブツ君の設定は想像です、気になる人はpixivで.flowをぜひ調べてみて下さい!血みどろ系男子もいいものです(´Д`*)