夢と現実のハザマ2


目を覚ますと、ルインは頬に手をやった
まだ、触れられていたときの感触が残っている気がする
相手が彼だと思うと嬉しくはなかったが、不思議と気持ち悪くもなかった
心のどこかで、人と触れ合いたいと思っているのかもしれない

その日は、特に何も対処することなく眠りにつく
また、彼が出てくるだろうと思ったが、敵意はなくなったようなので油断していた






目を開くと、そこは赤黒い世界ではなく、昨日も見た浜辺だった
体を起こすと、広い砂浜が広がっており、テトラポットが積み上がっているのが見える
波の音が耳に届き、気を落ち着かせてくれた

「やあ、今日は素直にこの世界へ来てくれたんだね」
彼はどこからともなく表れ、ルインの隣に座った

「言った通り、君の背を押すんじゃなく、手を引きに来たんだ。おいで・・・」
差し出された手を、ルインは無防備にも取っていた
強制的ではなく、いつでも抵抗していいと言うようにやんわりと引かれる
無理強いされない行為に安心し、ルインはそのまま海の中へと誘われて行った


着いたところは海底だったが、昨日とは様子がまるで違った
海草のような手はなく、平坦な地面が続いていて
ところどころにサンゴが生え、小さな魚が警戒心もなく泳いでいる
気ままに漂っている生物たちを見ると、ここは平和な世界なのだと実感した

「ほら、浮いてごらん。気持ち良いよ」
足を地面で蹴ると、体がふわりと浮かび、ゆっくりと落ちる
現実では体験できないことが楽しく、ルインは何度も飛び跳ねていた

そこへ、小魚の大群がやって来る
意思を持った手のことを思い出し、とっさに遠ざかろうとする
その前に、彼がルインの体を後ろから抱き、その場に留めた

小魚達は二人を襲うこともなく、じゃれつくように周りをぐるぐると周る
その速度はどんどん速くなり、だんだんと周囲の風景が見えなくなってゆく
やがて、魚が消えたとき、水中にいた感覚は消え、世界が変わっていた




次の世界は、とても白かった
一面が雪で覆われていて、弱い太陽の光に照らされて輝いている
クリスマスツリーに似た木に雪が被さっており、冬の静けさを醸し出す風景が広がっていた

彼はルインを抱き留めていた腕を解き、雪をすくった
ルインは、その雪に指先で触れる
寒くないのにその雪だけは冷たい気がして、指先が痺れるような感じがした

「冷たい?」
彼の問いかけに、ルインは頷く
「良い事だ。世界に順応してきてるんだね」
彼は、もっと冷たさを味あわせるよう、ルインの頬を包む
ルインは頬が急激に冷えて、体を身震いさせる
心なしか、足元からも冷たさが伝わってきているようだった

「雪合戦でもしようか、なんて言いたいところだけど、これだと体に支障が出かねないからね。
次は、冷たくない場所へ行こうか・・・」
手を引かれ、どこからともなく表れたかまくらの中へ入る
中はやけに暗く、広くて、どこまで奥行きがあるのかわからない
一瞬でも手を放すと取り残されてしまいそうで、ルインは自分からも彼の手を握りしめていた




かまくらの出口にあったのは、橙色の、暖かな光だった
新緑で覆われた地面、林を映しこむ湖、遠くには自然豊かな山々があり、世界の全てが夕日で照らされていた
闇の中から表れた風景は、自分の精神が見る夢にしては信じられないくらい美しくて
ルインは言葉を失い、見惚れていた

二人は、草原の中央にある真四角の高台へ上る
それは、夕日を鑑賞するためだけに作られたような、無機質で違和感のある台だった
ルインが台に腰かけると、彼はすぐに腰へ手をまわして自分の方へ引き寄せた

なぜか、抵抗する気が起こらない
全てが穏やかな世界に、心を奪われている
今まで見て来た夢の中で、これほど美しい世界はなかった
人と触れ合うことで、心境の変化があったのだろうか

一人では、決して見ることができなかった景色
さっきいた雪景色も、海底も、彼に導かれたから行くことができた
彼なら、連れて行ってくれる
夢とは思えないような、現実とも思えないような、そんな世界へ


「どうだった?君の為に用意した世界は」
ルインは彼を見詰め、やんわりと微笑んだ

「まさか、僕がこんな夢を見られるなんて思ってなかった。
すごく、気分が落ち着いて、穏やかになる・・・」
ずっと、一人で世界をさまよってきた
だけど、今は、たとえ架空の人物だったとしても、二人で居られる
一時は、恐怖を与えられた相手だったけれど
今は、こうしてよりかかっていたかった

「明日は、また深淵へおいで。僕の世界の、奥底へ・・・」
ルインは、彼の言葉を聞き終わらない内に目を閉じる
再び目を開けた後もこの世界のままでいたらいいと思いつつ、意識が遠のいていった






ルインは、早く眠りたくて仕方がなかった
夢の続きを見たい
一時でも早く眠れないかと、ルインはベッドの中でじっと目を閉じていた


目を閉じたままでも、周りの雰囲気が変わったのがわかる
起き上がると、目の前には赤黒い世界が広がっていた

「自ら望んでこの世界に来てくれるなんて、嬉しいよ」
声がしたと思ったら、後ろから彼が抱きついてきていた

「うん・・・行きたいと思ったんだ。君の世界へ」
そう言ったとたん、鉄パイプと目玉が現れる
彼が腕を解くと同時に、ルインは迷わず鉄パイプを振り下ろし、目玉を潰した

中心からひしゃげるように崩れた目玉は、透明な涙を流しながら消えていった
その後に表れたのは、真っ黒な扉
ルインはドアノブに手をかけ、その扉を開いた




今まで以上に恐ろしい世界が広がっていると覚悟したが、風景は、さっきいた赤黒い世界と何らかわりなかった
辺りを見回しても不気味なオブジェクトがなく、むしろ殺風景になっている
世界へ一歩を踏み出すと、扉はばらばらになって崩れていった

「さあ、こっちへおいで・・・」
いつの間にか、彼が前方にいて誘導しようとする
ルインは、吸い寄せられるように彼へついて行く
彼は、ずっと笑みを浮かべながら、ルインを呼んでいた


少し歩くと、変化が訪れて来た
足元の感触が変わり、何かぶよぶよしたものを踏んでいる感覚になる
時々、足元をとられそうになりながらもまだ進んで行く

その先にあったものは、人の5倍の大きさはある巨大な物体だった
それは、今までの世界にあるような、無害なインテリアというには形容しがたい存在感を放っていた
白く太い触手だけで構成された体は、人の形をしていない
むしろ植物に近く、触手の上には、いびつな形の顔が乗っかっている
顔には空洞のようにぽっかりと空いた目と口しかなく、それが顔かどうかも怪しかった


「こ、れは・・・」
何の生物にも例えられない異様な物を見上げ、ルインは唖然とする

「血の王。僕の、奥底にある欲望だよ。・・・君は、この世界を受け入れてくれる?」
昨日の風景は作りもの、ここが、彼が本当に望んでいる世界
それでもいい、風景が美しいかおぞましいかなんて関係ない
大切なのは、彼が確かに存在していることだけだった

彼の問いかけに、ルインは静かに頷く
とたんに、血の王と呼ばれた物体がうごめき、地面が激しく動き出した


「わっ・・・」
あまりの揺れにルインは立っていられなくなり、前のめりになって倒れる
その前に、伸ばされた触手に支えられた
体はゆっくりと下ろされ、うごめく地面にうつぶせになる
そうすると、地面からも触手が生えてきて、体が固定された
膝から下だけが地面につき、上半身は中途半端に宙に浮いている
半端な土下座をしているような姿だったが、支えられているので負担はなかった

それよりも、なぜこんな態勢をさせるのかと疑問に思う
体を支えるように伸ばされた触手は、まだもぞもぞと動いていて
やがて、ルインの服をかきわけるようにして肌へ触れ始めた

「え・・・っ」
胸部へ入り込んだものに圧迫され、服が解れて千切れる
同時に、いつかと同じような湿った感触も覚える
自分の体を見ると、触れられた箇所が赤い液体で濡れていた
いつの間にか触手が赤く染まり、そこから滴っている
触手が這いずり、滑り気を帯びた液体で体が侵されていった

「んんっ・・・」
淫らな感覚を覚え、ルインは呻く
体にまとわりつくものは、そんな感覚をもっと与えるよう動き回る
やがて、上半身だけでなく下半身までも服が破け、同じように侵食されていった

「ああ・・・!」
ひときわものを感じやすい箇所に触れられ、反射的に声が上がった
今まで感じたことがない感覚が、体に襲いかかる
触手が動くたびに淫らなものを覚え、自然と息が荒くなってしまうことが恥ずかしい
変な声が出てしまうのを抑えたくて、歯をくいしばった


ルインが必死に耐えているところへ、彼が上から覆い被さる
そして、赤く染まっている首筋を弄った

「ひっ、ぅ」
触手とはまた違う感覚に、声が漏れる
彼はその機会を逃さぬよう、ルインの口内に指を差し入れた
その指からは血の味と匂いがして、むせかえりそうになる
彼は、その味を教え込むよう、指と舌を絡ませ合った

「ぅあ・・・」
唾液と血が混じり合う音が、とても淫猥なものに聞こえる
指を差し入れられていると、どうしても唾液を呑み込んでしまって
自分の中も、彼に浸食されてゆくようだった


「初めてだったんだよ、僕の世界を否定しないでいてくれた相手は。
こんな世界のことを話すと、気違いに思われるばかりだったから」
一旦手を止め、彼が語りかける
ルインは、自分と同じだと思った
気が狂っていると思われても仕方のない夢
誰に受け入れられることもなく、隔離されてしまった

きっと、彼も同じだった
一人で世界をさまよい、孤独だった
だから、お互いがひかれていたのだ

そんな設定は、自分の意識が作りだした夢の一部のはずだけれど
彼が現実に居る人物でも、存在しないものであっても、もはやどうでもよかった

「だから、閉じ込めたいんだ。君が目覚めたら、必ず僕の世界に居るように・・・」
その言葉を合図にしたかのように、触手が激しく動き始める
「う、や、あ・・・」
下半身を集中的に愛撫され、また淫らな感覚が蘇ってきた
熱くなっている箇所だけでなく、もう一か所の敏感な部分へも触手が入り込む
液を帯びたものに撫でられると、悪寒とは違う寒気が背筋に走った

「僕の血は充分あげただろう・・・今度は、君のが欲しい」
ふいに、触手とは違う何かを自分の後ろに感じる
それは容赦なく、自分の中へ押し進められた

「うああっ、うう・・・っ」
体を割かれるような痛みに、苦痛の声が上がる
それでも、彼は無理矢理ルインを侵食してゆく
何も受け入れたことのない箇所からは、あまりの圧迫感に赤い液体が流れだしていた

「ああ・・・人の血の温かさ、やっぱり、興奮する・・・。
君が今の僕の顔を見たら、卒倒してしまうかも」
興味をそそられることを言われても、振り向く余裕はなかった


ルインの首に、ぽたりと液体が落ちる
一滴だけではなく、何度も立て続けに
彼の顔は、もう原形を留めてはいない
目と鼻はなくなり、あるのは耳まで裂けた口だけで、顔全体が真っ赤に染まっていた

「これで、僕を忘れられなくなる。これで、ずっと・・・」
砂嵐のようなノイズが混じり、声が上手く聞こえない
痛みと共に、体が侵されてゆく

「あ、ああ・・・」
意識が朦朧としてきたが、刺激が強すぎて眠ることができない
自分の体の奥まで、彼が浸食してきていることを感じる
痛点が麻痺してきているのか、代わりにまた淫らな感覚を覚えてしまう

触手は、もう限界に近い場所にも構わず絡みついてくる
もう、自分が侵されていない場所なんてなくて
ざらついた舌に首を弄られた瞬間、悲鳴にも似た声が発された

「ひ、あっ・・・あ、うああ・・・!」
体が強く脈打ち、一切の余裕がなくなる
彼を受け入れていた箇所が収束しようとすると、はっきりとその存在を感じた
中に、液が流れ込む
全身を覆っているものとはどこか違う、とても淫猥な感触がするものが

「あ、あ・・・」
なすすべもなく、彼を受け入れた後
体から一切の力が抜け、意識が遠のいて行った






その日、ルインはまた病院の夢を見た
その夢は珍しく他の人もいて、主治医の先生もいた
なぜか、時間の流れがとても長く感じられて、中々目が覚めない
辺りが暗くなり、ベッドに入ればいつものように目が覚めるだろうと、横になる


そうしてまどろんでいると、やがて、赤黒い世界へ飛んだ
やけに長い夢だったけれど、ようやく来ることができた
彼が居る、現実の世界に

「おはよう。さあ、今日はどこへ行こうか・・・」
ルインは彼の手を取り、微笑む
前は、夢を見たくて仕方がなかったけれど
今は、この現実に留まっていたいと望んでいた




―後書き―
読んでくださりありがとうございました!
夢と現実が混じり合い、最後は夢と現実が逆転してしまう話でした
カイブツは、一応現実にもいる人で、他人の夢に入り込むことができて
夢の中でルインと会い続けるために、いろいろやらかしたということにしています

血の王はゆめ2っきのキャラで、その世界とネーミングが気に入ったので使わせていただきました