ゾンビ屋れい也 シキ編2


ヤクザとの闘争に懲りたれい也は、しばらくごく普通の一般家庭の仕事を請け負っていた。
もう一度だけ声が聞きたい、言い残したことを伝えたい、死者を目の前にして一度は思うことを叶える綺麗な仕事。
収入は割安になるけれど、安定はしている。
けれど、最近は平和すぎる案件が続きすぎていて、退屈さは否めなかった。

そんなとき、家に気になる手紙が投函された。
封筒は真っ白で上質な紙、宛先は書いていない。
その中には、退屈しのぎになりそうな文面が綴られていた。


深夜0時、れい也は人気のない公園で佇む。
そこへ、一人の女性が静かに歩み寄った。
「突然のお呼び立てにも関わらず、来てくださりありがとうございます・・・」
喪服に身を包んだ女性が、れい也に一礼する。

「こんな時間に呼び出すなんて、普通の依頼じゃないみたいですね」
「はい。普通の人には務まらない・・・。
お願いします、私達を助けて下さい!報酬は、三百万をお約束します!」
突然、女性は必死に声を張り上げる。
三百万、という数字はとても魅力的だったが
それ以上に、女性を豹変させる理由は何なのか気になった。


「命の保証はできません。それでも了承していただけるのなら・・・」
女性が手を上げると、黒塗りの車が突っ込んできて二人の間で止まった。
「了承していただけるのなら、お乗りください。ここで話すのはあまりにも危険すぎます・・・」
危険すぎる、そんなことを聞いてれい也は物怖じするどころかますます興味が沸く。
危険なのは日常茶飯事、れい也は女性と共にその車に乗りこんだ。
扉を閉めた瞬間、社内にガスが吹き込まれる。
ぎょっとして出ようとしたが、ドアは固くロックされていた。

「害のない睡眠ガスです。申し訳ありません、経路を知られるわけにはいかないのです・・・」
女性の言葉が、遠くなる。
ものの数秒で、れい也は瞼を閉じていた。




どれくらい車に揺られていたのだろうか。
目を覚ますと、巨大な屋敷の前に止まっていた。
「起き抜けで申し訳ありませんが、こちらへ・・・」
女性に先導され、れい也は後へつく。

「いきなり眠らせるなんて、重大機密でも取り扱ってるみたいだ」
「ええ、まあ・・・。ですが、その機密は脅かされつつあるのです」
屋敷にはどこの大富豪が住んでいるのか、おとぎ話のように豪華だ。
長い長い廊下の先には、華やかな雰囲気には似つかわしくない鉄扉。
女性は両手で扉を開け、地下へ続く階段を下りて行く。
淀んだ空気は、この先にあるおぞましいものを予想させるようだった。

地下はまるで研究室のような、無機質な空間だった。
奥には複数人の白衣の研究者がおり、部屋の中心にはガラスケース。
その中のものを目を凝らして見ると、首飾りのようだった。
だが、普通のアクセサリーとは違う禍々しさを感じる。
特に、黒いペンダントの部分は引き込まれてしまいそうな輝きを放っていた。

「あれは、人々の欲望の象徴と言っていいほどの悪しき力を秘めています。
高値で取引されたがゆえに、多くの血を吸ってきました・・・」
「いわくつきですね。依頼はそれを破壊することですか?」
「いいえ、私達は安全に破壊する術をようやく見つけました。
ですが、そうさせまいとする妨害に遭っていて・・・何人も、逝ってしまいました。
あなたには、この施設を守っていただきたいのです」
女性は、真っ直ぐにれい也を見詰める。
死んだ中に親しい人でもいたのだろうか、その瞳は決意に満ちていた。


「・・・わかりました。報酬の三百万、キャッシュでお願いします」
「もちろん、無事に宝石を破壊できた暁には、きっちりお支払いいたします。
外敵はいつ来るかわかりません、それまで寝泊まりはこの屋敷で・・・」
女性の言葉が終わらないうちに、突然、屋敷が震えた。
地震とは違う、まるで爆撃を受けたかのような揺れた。

「ああ、まさか、もう来るなんて・・・」
れい也は階段を駆け上がり、地上に出る。
外へ飛び出すと、そこには数十人の人間が佇んでいた。
人間、と言ったが目の焦点は合っておらず、明らかに異常だ。

「百合川!」
れい也の呼びかけに、百合川が姿を表す。
そこへ、女性が駆け足で歩み寄ってきた。

「この者達が、先程の宝石を狙う害的です・・・!
でも、こんな・・・30人程度でしょうか、こんな数は始めてで・・・」
「百合川、聞いたか!お前の楽しみは30倍ってことだ!」
人数に怯むどころか、百合川は目を鋭くして舌なめずりをする。
そして、人にあらざる者の群れへ突撃して行った。




害敵は思いの外あっけなく、百合川はほとんど傷を追うことなく終わった。
血みどろの肉片の中に佇む姿は、まさにサイコパスを思わせる。
相手を震え上がらせるその出で立ちも、れい也にとっては優秀なボディーガードの証だった。

「あ・・・ありがとうございます。まさか、こんなに簡単に退けてしまうなんて・・・」
「案外脆かったみたいですね。じゃあ、仕事はこれで」
「いえ・・・また来ないとは限りません。宝石を破壊するまでは、どうか留まっていただけませんか・・・?」
確かに、三百万円の依頼にしては容易すぎる。
それに、百合川もまだ楽しみ足りないだろう。
「わかりました。最後まで付き合います」
女性は初めて微笑み、深々と頭を下げた。


あてがわれた部屋は、まるでホテルのスイートのような豪華さだった。
一人で泊まるには勿体ないほどの広さ、とても柔らかく沈み込むベッド。
冷蔵庫には数種類の飲み物まであり、至れり尽くせりだ。
れい也が扉に鍵をかけ「百合川」と呟くと、さっき戦闘したばかりの百合川が表れる。
この先何戦することになるかわからない、修復はこまめに必要だ。
負傷個所はないか目視で確認したが、切り傷一つ見つからない。

「無傷で終わらせたのか」
少し近づくと、外傷はないはずなのにわずかに血の匂いがする。
れい也の問いかけに、百合川は無言で口を開いた。
「・・・舌が切れてるな、興奮しすぎて噛み切ったのか?」
百合川は、何も答えない。
多少躊躇う個所だが、小さな傷でも修復しておくに越したことはない。
れい也は、紋章の書かれている方の手を百合川の口元へ持って行き、慎重にその中の舌へ指先を触れさせた。
特に嫌がるそぶりもなく、百合川はじっとれい也を見据えている。


「・・・なあ、百合川、お前は僕を守るためによくやってくれてるな。
敵を切り裂く剣になるだけじゃなく、銃弾を受ける盾にもなる」
れい也は、百合川の舌をそっと撫でる。
指が唾液でわずかに濡れ、どことなくいやらしい。

「ご褒美に、僕の血や指が欲しくないか?
いつも自分の身を顧みず戦ってくれているんだ。指の一本や二本、あげても構わない」
無口で無表情な百合川は、どう反応するだろうか。
指を口内に置いたまま静止していると、ふいに舌が動いた。


百合川は、れい也の指をゆっくりと弄る。
味見をされているような気がしたけれど、まだ後には引かない。
血と唾液が入り混じり、指の全体が濡れていく。
そうやっていじられると、どこか高揚感を覚えると同時に少し物怖じしてもいた。

そして、百合川はれい也の指を軽く甘噛みする。
固い前歯が当たり、食い千切られるだろうかと危機感が強くなる。
けれど、れい也が指を抜く前に百合川の方から身を引いた。

指はただ弄られただけで、血の一滴も出ていない。
そんな趣味はないのか、それとも理性を保ったのか。
「・・・試すような真似して、悪かった。百合川、戻ってよし」
百合川は床へ吸い込まれ、姿を消す。
どちらにせよ、主人を傷付ける意思はないのだと、れい也は内心安堵していた。