エースコンバットZERO1(中編)


エースコンバットZERO2


昼食を食べ終えた後、サイファーは格納庫にいた。
はたして、そこに機体があるだろうかと不安に思ったが。
格納庫には、以前と何ら変わりのない、漆黒の機体が存在していた。
サイファーはほっと胸を撫で下ろし、ノスフェラトゥに乗り込む。
そして、操縦桿を握った瞬間、声が聞こえた。

(外へ出たら、南西へ飛べ)
幻聴と呼ぶには、はっきりとしている声が耳に届く。
昨日の出来事は、夢ではなかったと。
そんなことを示唆させる声に、サイファーは溜息をついて諦めた。
「はいはい。おっしゃるとおりにいたしますよ」
サイファーはやや投げ槍に言い、機体を空へと飛び立たせた。


ひたすら南西へ、快晴の空を飛んでゆく。
最高速度までは出さず、ゆったりと、安定した速度で。
戦闘のときの緊迫感も好ましいものだったけれど、この平穏な空気も、嫌いではなかった。

かくして、10分ほど経ったとき。
一人しかいないはずの機内に、再び声が聞こえた。
(高度を下げて、着陸しろ)
「・・・何かあんのか?」
ふいに下を見るが、特に目立ったものは見当たらない。

(早く、高度を下げろ)
せかすように言われ、サイファーは「はいはい」と軽い返事をし、高度を下げて着陸態勢をとる。
地面が近付いても、やはり目立ったものはない。
あるのは、新緑に染まった草原だけで
タイヤに草が絡まないかと思ったが、草の背丈はかなり低く、その心配はなかった。


地面に着いた機体は徐々に速度を落とし、制止した。
サイファーはコックピットから出て、草原を踏む。
最近は、いつも無機質なコンクリートの上ばかり歩いているせいか、その感触はとても懐かしく感じられた。
暖かい日差しに、広がる新緑。
平穏な世界を思わせる風景は、いるだけで癒しを与えてくれるようだった。

サイファーは軽く背伸びをした後、草原に寝転がる。
こうして、ゆったりとせずにはいられないような、そんな空気があった。
太陽が眩しくて、目を閉じる。
その瞬間、近付いてくる人の気配を感じた。

『呑気なものだな』

上から降ってきた冷やかな声に驚き、思わず上半身を起こす。
目の前には、昨日の夢で見た、人型のノスフェラトゥが立っていた。
目を閉じた一瞬で眠ってしまったのかと、サイファーはぽかんと口を開ける。
しかし、自分が眠っていないことなど、わかりきっていることだった。

『クク・・・』
呆けているサイファーの姿を見て、ノスフェラトゥは微笑する。
「夢・・・なんてもんじゃないんだよな、やっぱり・・・」
自分が覚醒していることはわかっていたが、やはり現実味がわかない。
さっきまで乗っていた機体が、こうして人の形になっているなど。
これは、現実に起こっているものなのだとわかっても
まだ、どこかで、そんな現象を受け入れられないでいた。


『まだ、信じ切れないか?』
「・・・まあな」
信じろと言われてすぐに信じられるほど、ファンタジックなものに慣れてはいない。
訝しげな目で相手を見ていると、ノスフェラトゥは草原に座り、サイファーと視線を合わせた。
鋭い視線、だが、恐れは感じない。
友好的なものではなくとも、敵意を含んだものではなかった。

『夢や幻影では、痛みを感じないらしいな』
「ああ。それが、何か・・・」
問いかけようとした瞬間、ノスフェラトゥがサイファーににじり寄った。
何事かと驚き、サイファーは身を引いたが、ふいに、漆黒の腕が伸びてくる。
そこに、何か危険なものを感じ取り、とっさに後ずさったが
腕はそれよりも早く伸びてきて、肩を強く掴まれた。
冷ややかな感触に、いつもとは違う悪寒を覚える。
そして、抵抗する間もなく、サイファーの体は再び空を見上げる形になっていた。

「な・・・何すんだ」
視界はほとんど相手の漆黒に覆われ、陽の光が遮られる。
『俺の名の由来を、知っているか?』。
「・・・ああ。確か、ルーマニア語で・・・」
そこで、サイファーは、はっとしたように目を見開いた。
ノスフェラトゥは、その胸の内を読み取ったかのように、冷ややかな嘲笑を浮かべた。
そして、ゆっくりと、自分の身を下ろしてゆく。
相手の白い首筋を、じっと見据えて。


「お、おい・・・」
その行動に動揺し、サイファーは焦る。
何をする気なのか、予測がついてしまう。
とっさにその体を押し退けようと肩を押したが、手が拒まれ、いとも簡単に地面に押し付けられてしまった。

「おい、ふざけんのはやめろ!」
強く言ったが、反応する様子はない。
首筋に、わずかに息がかかる。
それは冷たいものではなかったが、サイファーは強い危機感を覚えていた。
ノスフェラトゥの名は、今、まさに首筋に食らいつかんとしている、吸血鬼を意味していた。
抵抗しようともがくが、抑えつけられた手は少しも動かせない。

恐怖が、胸の内に湧き上がる。
首筋を、噛み千切られてしまうのではないか。
ここへ連れ出したのは、人気のないところで、思う存分相手の血をすするためなのではないかと。
気が付いても、もう遅い。
息とは別の、冷ややかな感触が、首筋に触れる。
サイファーは覚悟し、強く目を瞑った。


しかし、いつまで経っても痛みは襲ってこなかった。
サイファーは、おずおずと目を開く。
そこに、陽の光を遮る者は、もういなかった。

起き上がり、辺りを見回す。
すると、少し離れた場所に、漆黒の機体が佇んでいた。
サイファーはわけがわからず、しばし呆然とする。
さっき、吸血鬼は血をすすろうと、喉元に噛みつこうとしていたのではなかったのだろうか。
それとも、最初からからかい半分であんなことをしていたのだろうか。
サイファーは半分安心し、半分困惑していた。




基地へ帰還した後、サイファーが出動命令意外でノスフェラトゥに乗ることはなくなった。
息抜きで乗ったつもりが、逆に疲れてしまう。
だが、理由はそれだけではなかった。
以前に、草原で蹂躙されたとき、首筋を貫かれるのではないかと、そんな恐怖を感じていた。
それが一種のトラウマとなり、ノスフェラトゥに声をかけることもめっきり少なくなっていた。

そんな中、ある一通の手紙が届いた。
差出人の名を見ると、封筒の裏にはタリズマンと書いてあり、嫌な予感がしながらも封を開く。
そこに入っていた一枚の羊皮紙には、ただ一言。
「CFA-44ノスフェラトゥを返せ」とだけ書いてあった。

文面を読み終えると、サイファーは大きく溜息をついた。
そもそも、無理に機体を持って行かれて、しばらく何も言ってこないほうが不思議だった。
こうして、催促の手紙が来たからには、返さなければならない。
サイファーは、再び溜息をついた。

自然と、気が落ち込んでいってしまう。
もう、高性能の漆黒の機体を操縦して、大きな戦果をあげられなくなるからか。
普段の機体でも戦果があげられないことはないのに、気が沈む。
なぜ、こんなにも大きな溜息をついてしまうのだろうか。
なぜ、こんなにも重苦しい気分になってしまうのだろうか。
サイファーは頭を掻き、手紙をダストボックスへ投げ入れた。
まるで、湧き上がってきたもやついた考えを、共に捨て去るように。

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