エースコンバット5(前編)


メンバーが減ってしまったラーズグリーズ隊
そこに、補充されるように、一人の少年が入隊してきた

少年の名は、リオン
まだどことなく幼さが残る彼に、隊員は少し不安に思ったようだったが
飛んでいる姿を見たら、文句はなくなった
小回りのきく機体で敵機を撹乱し、躊躇うことなくミサイルを打ち込む
そして、弾が余れば、撤退してゆく地上兵器も殲滅させる
躊躇いが全くない彼を、隊員は扱いに困ることがあった

リオンはリオンで、あまりコミュニケーションを取ろうとはしなかった
彼の目的は、隊員達と仲良くなることではなく
この基地の、軍事機密を手に入れることだったから




リオンは、いつものように人の集まる時間を避けて食事を取っていた
寂しいとは感じない、むしろ好都合
どうせ、機密を手に入れたらここを出て行くのだから

「リオン、隣いいかな」
ふいに声をかけられ、視線を上げる
とたんに感じた、優しい眼差し
そんな目ができるのは、基地内で一人しかいなかった

「隊長・・・どうぞ、座って下さい」
本当は、一人でいたかったけれど
隊長であるブレイズの申し出を、無下に断るわけにはいかなかった

「ご飯食べるの、遅いんだね」
おっとりとした口調で、話しかけられる
それだけを見ると、隊長の威厳はあまりないように思える
しかし、操縦士としての腕を見たら、そんなことは言えなくなる
激しく、攻撃的にもなる飛び方はまるで人が変わったようだと、よく言われていた

「人ごみは、あまり好きじゃないので」
これは、自分の立場からではなく、性格上のことだった
だからこそ、裏切り行為が必要なこの任務を任されたのだけれど

「実は、僕もそんなに好きじゃないんだ。それに、隊長って柄でもないんだけどね」
ブレイズは、やんわりと苦笑する

何につけてもおっとりしていて、いかにも人がいい雰囲気をまとっている相手
そんな隊長と対峙していると、その雰囲気に飲まれ、自分も穏やかになってしまいそうだ
いっそのこと、無慈悲な鬼隊長だったらよかったのに
リオンは、自分がほだされて、情がわいてしまうことを危惧していた


「・・・もう食べ終わったので、そろそろ失礼します」
あまり長く接していると、張り詰めた気持ちが解けてしまう
リオンは立ち上がろうとしたのだけれど、その前に袖口を軽く引っ張られた

「人ごみは好きじゃないけど、一人は寂しいからさ。
僕が食べ終わるまで、ここにいてほしいな」
微笑みかけられ、リオンは動きを止める

逆らえなかった
相手が隊長だからではない
あまりに穏やかな瞳を見ていると、逆らう気がなくなってしまう

それは、危険な傾向だと感じていても
その眼差しを受け止めずにいられない自分がいた


その後、話しながらだったので、ブレイズが食事を終えるまで結構な時間がかかった
コミュニケーションの一環のためか、好きなもの嫌いなものから、入隊した経歴まで、ブレイズはいろいろなことをリオンに問いかけた
リオンはあまり詳しく経歴を話すわけにはいかず、一部は嘘でごまかしていた

質問責めにされたが、嫌な気はせず
気付けば、取り込まれていた
ブレイズ特有の、穏やかな雰囲気に
重要なことをべらべらと話すほどではないが
自分の気が緩み、肩の力が抜けているのは事実だった



「長いこと引き止めてごめん。君のこと、いろいろ知れてよかった。
これからもよろしく、リオン」
自然な動作で、手が差し出される
リオンは、その手を取ることに躊躇った
けれど、ここで手を払いのけて、体裁を悪くするのは賢い選択ではない

「・・・こちらこそ、よろしくお願いします。ブレイズ隊長」
自分より大きな手を、遠慮がちに掴む
リオンの手は、すぐにブレイズに包まれていた

いつも、操縦桿を握っている大きな手
温かい
慣れていない温度に、一瞬だけ心音が反応した気がする
その反応の真意を確かめる間もなく、手が離された

「それじゃ、また明日。お休み、リオン」
「あ、はい、お休みなさい」
リオンはぺこりと頭を下げ、自室へ戻った




その日の夜
リオンは一人、基地内を歩いていた
誰にも気付かれないよう、足音を潜めて

あまり複雑でない基地は、目が慣れてくれば明かりがなくとも歩ける
リオンが目指しているのは、軍事プログラムを管理するコンピューターが置いてある場所だった
まだ、広い基地の構造を全て把握していなくとも、目的とする場所だけは覚えている

迷うことなく、リオンは進む
自分が本当の任務を遂行する場所に辿り着くまで、それほど時間はかからなかった


リオンは扉の前に立ち、ノブを回す
鍵がかかっているのは当然のことで、押しても引いても開かなかった
リオンは残念がる様子は見せず、二本の針金を取り出す
こんなときのために、リオンはピッキングの仕方を教え込まれていた
針金を使う原始的な方法だが、持ち運びに不自由することはない

二本の針金を、慎重に鍵穴へと差し込む
決して壊さないよう、少しずつ、ゆっくりと鍵穴を探る
そして、ほどなくしてカチリと音がした

リオンはほくそ笑み、針金を抜く
これで、機密を手に入れ、戦闘に紛れて自国に戻ればいい
あまりにあっけなくて、気が抜けた
しかし、すぐに、自国に戻るまで気を抜いてはいけないと思わせられた

「あれ、リオン?」

暗がりの中から声をかけられ、はっとして振り返る
驚きのあまり、針金が手から滑り落ちていた

昼間にも聞いた声
ブレイズが、リオンの数メートル先に佇んでいた
見られていたのだろうか
一気に緊張感が身を包む

「もう遅いよ。寝付けないの?」
相変わらずの、おっとりとした口調
見ていたわけではなかったのかと、リオンは胸を撫で下ろした

「・・・はい、ベッドでごろごろしているのも退屈なので・・・
暇な時間に、基地内のことを把握しておこうと思ったんです」
残念ながら、今日は任務を達成できそうにない
リオンは適当な言い訳をでっちあげ、さっさと自室に帰ろうと思った


「そうなんだ。じゃあ、僕が案内してあげるよ」
「え・・・」
予想外の申し出に、リオンは戸惑う

「こんな暗い中、一人で行くと迷子になるかもしれないし。
遠慮しなくていいよ」
やんわりとした笑みと共にそんなことを言われると、断れなくなる
全ての申し出を、甘んじて受けたくなってしまう
リオンは、ほとんど考える間もなく、「お願いします」と軽く頭を下げていた

「実は、僕も寝付けなくて暇だったんだ。リオン、行こう」
ブレイズは微笑み、ごく自然な動作でリオンの手を取った
リオンは一瞬驚いたが、自分を包む手を振り払うことはしなかった

差し延べられた手を取ることに、不思議と違和感を覚えない
また、ブレイズ特有の雰囲気にのまれていると感じたけれど
やはり、それを拒むことはできなかった

リオンは手を引かれるまま、ブレイズの後に続く
扉の前に落ちた針金のことを、気にかけながら




翌日の夜、リオンは再び軍事機密がある部屋の前に来ていた
二日連続の夜更かしはこたえるが、もたついてはいられない
あまり長く居座ってしまったら、おっとりした隊長にほだされてしまう
昨日、ここで針金を落としてしまったけれど、それくらい探せばいくらでもある

リオンは昨日と同じくピッキングを試みたが、昨日とは違う違和感を覚えた
感触が違う
もしやと思い、ノブに手をかけ、ゆっくりと押してみる
すると、信じられないことに扉が静かに開いた
昨日開けたことが気付かれず、そのままにされていたのだろうか
リオンは周囲を警戒し、中へと入って行った


部屋に入っても、電気を点けるわけにはいかない
パソコンを起動させ、自国を出るときに教えられたパスワードを打ち込んでゆく
機密事項が書かれているファイルには難無く辿り着けて、また拍子抜けしそうになる

けれど、最後まで油断はしない
自国から渡されたメモリに機密をコピーしている間も、緊張感を保ち続けていた



数分後、コピーが終わり、一息ついて外へ出る
今度は、おっとりした声は聞こえない
これで、後は自国へ戻るだけ
ちょうど、明日は激戦区へ行く予定になっている
そのいざこざに紛れて、逃亡すればいい

意外と軽い任務だったと、リオンはそう思っていたが
それは、大きな間違いだと知ることになるのだった




翌日、二日連続の夜更かしがたたったのか、起きるのが辛かった
しかし、行かないわけにはいかない
リオンは、チームと共に、激戦区へ向かっていた

「今回の戦闘は激しいものになる。皆、気を引き締めろ」
無線から、きびきびした声が聞こえてくる
驚くべきことだが、これはブレイズの声だった
ブレイズは、戦闘機に乗ると口調がまるで変わる
いつもの穏やかな様子とのギャップが大きいからか、凛とした声に隊員は気を引き締めた


しばらく飛んでいると、遠くの方に黒い点が見えてくる
敵機が接近してきたのだとすぐにわかり、隊員達は臨戦体制に入った

「ナガセ、グリムは西。ダヴェンボート、スノーは東の敵機の撃破に当たれ。
俺とリオンは、中央の敵機を撹乱する」
「了解」
それぞれが指示に従い、分散してゆく
リオンにとって、それはとても都合のいいことだった
分散してくれれば、それだけ楽に逃げ出せる
ブレイズがついているけれど、敵機に構っているときならば追う余裕はないだろう


ほどなくして戦闘が始まり、爆音が周囲にこだまする
最初から逃げると隊員に気付かれかねないので、ミサイルは撃たないものの、銃器で撹乱はする
そして、気を取られた機体をすかさずブレイズが撃ち落としてゆく
その腕前は、やはりいつものおっとりまったりしている風貌からは考えられないくらい的確だった

みるみるうちに、機体の数が減ってゆく
このままでいたら、全滅は時間の問題だろう
そろそろ潮時かと、リオンは敵機の群れに突っ込んで行った


「リオン、どうした」
機体の動きを不振に思ったブレイズが、無線で呼びかける
だが、リオンは戻らない
ブレイズと距離を置いたところで、答えた

「さよなら、隊長。短い間でしたけれど、お世話になりました」
リオンは敵機の間をすり抜け、戦場から離脱してゆく
撃墜されることはない
もう、これらの機体は敵ではないのだから
後は、このまま飛び、自国へ帰ればいい

リオンはほっとしたが、あまり達成感はなかった
それよりも、リオンはあることを感じていた
それは、胸に穴が空いてしまったような、喪失感だった

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