チャイルドプレイ(前編)
引っ込み思案で、なかなか周囲の子と打ち解けられないアンディ
そんなアンディは、いつも一人だった
本当は友達が欲しいと思っているけど、仲間の輪に入れない
そんなアンディを不憫に思った母親は、精巧な作りの人形を買い与えた
それが、どんな恐ろしい人形なのか、その時は誰も知る由もなかった
「ママ!これ、本当にチャッキー?CMでやってたチャッキー?」
アンディはプレゼントされた人形を箱から出し、興奮気味に言う
「ええ、そうよ。アンディがいつもおりこうさんにしてるから、神様がプレゼントしてくださったのよ」
本当は、裕福層しか買えないほど高価なその人形を買う余裕はなかった
けれど、友人の紹介のダフ屋から、運良く半額以下で入手することができたのだった
それは、神からではなく、悪魔からのプレゼントだとは知らずに
「ありがとう、ママ!ボク、もうこれで寂しくないよ」
アンディが人形の胸を押すと、『やあ、ボク、チャッキー。友達になろう?』という声が発せられる
髪はしなやかで、口の動きはまるで本物の人のように滑らかに動く
ここまで精巧に作られた人形に、アンディは満面の笑みを浮かべていた
「よかったわね。さあ、もう寝なさい」
母親は、アンディの頭を一撫でして微笑みかけた
「うん、おやすみ。ママ」
アンディは、チャッキーをしっかりと抱き締め、自分の部屋へ向かった
「ねえ、チャッキー、ボクの友達になってくれる?」
アンディは、自分の隣にチャッキーを寝かせ、問い掛ける
人形からは決まり切った返事しか返ってこないとわかっていても、妙に人間味のあるチャッキーに話しかけずにはいられなかった
『ボク、チャッキー。ボクを抱いてくれる?』
声に反応したのか、胸を押さなくてもチャッキーが声を発する
「うん、いいよ。ボク達、友達だもんね」
アンディはチャッキーを横から抱き締め、頬にキスをした
その頬がわずかに温かく感じたのは、ベッドに入る前までずっと自分が抱いていたからかもしれない
「おやすみ、チャッキー」
アンディは、チャッキーを抱き締めたまま目を閉じる
そのタイミングで、チャッキーの瞼も閉じられた
それから、アンディはいつでもチャッキーと一緒だった
朝食のときも、学校へ行くときも、眠るときも、いつもチャッキーを連れていた
まるで、アンディに本当の友人ができたようで、母親はそれを微笑ましく見ていた
そんなある日、母親が申し訳なさそうな顔をして言った
「アンディ、今日、ママは帰ってこれないの・・・チャッキーとおるすばんできる?」
本当なら、子供を一人で家に残したくはなかった
けれど、どうしても人手が足りなくなり、支配人に懇願されて断れなくなってしまったのだった
「うん、いいよ。チャッキーが一緒にいるから、寂しくないもん」
アンディは、チャッキーを愛おしそうに抱きよせて答えた
「ごめんね、アンディ。今度、おいしいもの食べに連れていってあげるから」
母親はアンディの頬を優しく撫で、せわしなく出て行った
一人家に残され、しんとした空気が流れる
けれど、チャッキーが傍にいてくれるから、怖くはなかった
「チャッキー、アニメでも見る?」
アンディはチャッキーをソファーに座らせ、テレビを点けようとする
『いや、アニメはいい。それより、俺と話でもしないか?』
人の声が聞こえて、アンディははっと振り返る
誰かが居る気配はなく、目の前にいるのはチャッキーだけ
アンディは目を丸くして、チャッキーの前に座った
「チャッキー、きみなの?」
『ああ、俺意外誰もいないだろ?』
人形に、こんなことを答える機能はついていない
アンディは寂しさのあまり自分の耳がおかしくなったのかと疑ったが、二度も聞き間違いをするはずはなかった
「すごいや、チャッキーがしゃべってる。・・・ボクとお話してくれるの?」
『そうだ。だって俺達、友達だろ?』
友達という言葉を聞いた瞬間、驚きは喜びに代わり、アンディは嬉しそうにほほ笑んだ
同時に、チャッキーも口端を上げて笑う
その笑みに、悪どい物が含まれていることに、アンディは気付かなかった
「あのね、チャッキー。ボク、実は学校に行きたくないんだ・・・」
『ほう?どうしてだ?』
「だって・・・ボクをいじめるやつがいるんだ。
今日だって、消しゴムを取られて、掃除当番を押し付けられて・・・」
嫌なことを思い出し、アンディは俯きがちになりながらも、今までされてきたことを話し続けた
心配をかけまいとして、母親にも言えなかったことを聞いてほしかった
チャッキーはたまに相槌を打ちつつ反応してくれて、それがまたアンディの話を流暢にさせた
そうして、一通り話を聞き終わったあと、チャッキーは神妙な顔つきをして言った
『今まで、いろんなひどいことされてきたんだな。そんな奴、死んで当然だと思わないか?』
突然物騒なことを言われ、アンディは驚く
「そこまでは思わないけど・・・」
いくら嫌なことをされてきたと言っても、純真無垢なアンディはそこまで残酷になることはできず、言葉を濁した
『じゃあ、少しくらい天罰が当たってもいいぐらいは思ってるんじゃないのか?
そんなひどいことをする奴だ、全然恨んでないなんてことはないよな?』
チャッキーはアンディを見上げ、肯定の返事を促すように問う
それでもアンディはわずかに躊躇ったが、小さく返事をして頷いた
『よく言った。そいつには、きっと罰が下るぜ。
さあ、そろそろ寝な。夜更かしして、明日学校に行けなくなったら大変だ』
そう言われて時計を見ると、いつも寝ている時間をとっくに過ぎていた
友達と会話をしているときは、こんなにも時間が経つのが早いことを、アンディは初めて知った
「そうだね。ありがとう、チャッキー。きみと話してたおかげで、全然寂しくなかったよ。」
『そいつはよかった。けど、俺と話してたってことをママに言うんじゃないぞ。
どうせ信じないし、頭がおかしいと思われるだろうからな』
「うん、わかった。チャッキーの言う通りにするよ」
アンディは嬉しそうにチャッキーを抱き締め、ベッドへ向かった
その最中、チャッキーは新しい楽しみを見つけたかのように、怪しく笑っていた
翌日、アンディはいつものようにチャッキーを連れて学校へ行った
授業中は、ロッカーの上に置いておく
アンディはちらちらとチャッキーの様子を窺っていたが、学校でチャッキーが動く様子はなかった
けれど、昼休みにアンディがトイレに行っている間に、忽然とチャッキーが消えていた
「チャッキー?」
勝手に動いてどこかへ行ってしまったのか、それとも意地悪な奴が隠してしまったのかもしれない
アンディがチャッキーを探そうと教室の外へ出た瞬間、「ウワッー!」という悲鳴が聞こえた
アンディは肩をすくめ、辺りは騒然となる
そして、一瞬の間が空いた後、何が起こったのかと生徒達は悲鳴の下方へ駆けて行った
アンディもそれに続き、廊下を走った
群衆が悲鳴の主を見つけて立ち止まったとき、アンディは目を丸くしていた
階段の下でうずくまり、体のあちこちに擦り傷をつくって痛そうに呻いている男子生徒
それは、昨日罰が当たればいいと思った意地悪な相手だった
「ほら、どいてどいて!何があったの!」
騒ぎを聞きつけた教師が、慌て駆け寄る
苦痛の表情を浮かべている生徒を見た瞬間、教師は驚きを露わにした
「まあ、何てこと!一体、何があったの?」
「急に、階段から落ちたんです。まるで、何かに押されたみたいに・・・」
慌てる教師を見て、野次馬の一人が答えた
「押された?・・・とにかく、保健室に連れていきます」
教師は男子生徒を背負い、野次馬をかき分けるようにしてその場を離れた
アンディが教室に戻ると、いつの間にかロッカーの上にチャッキーが戻ってきていた
きみがやったのかと尋ねようとしたが、運良く昼休みが終わるチャイムが鳴り、生徒がぞろぞろと入ってくる
アンディはまたちらちらとチャッキーを見つつも、席についた
授業が終わり、家に帰ると、幸か不幸か母親はいなかった
誰もいないのを確認すると、アンディはすぐに尋ねた
「チャッキー、もしかして、きみが突き落としたの?」
アンディが恐る恐る尋ねると、チャッキーは愉快そうに笑った
『ああ、俺が・・・』
だが、そこでチャッキーは言葉を止めた
目の前にいるアンディが、とても不安げな目をしていたから
本当のことを言えば、恐れ、近付いてこなくなるかもしれない
そう思ったチャッキーは、とっさに言葉を変えた
『・・・俺が、神様にお願いしたのさ。アンディをいじめる悪い奴に、何か罰を与えてくださいってな。
神様はすぐに叶えてくださった。
だって俺は、その神様から寂しいアンディと遊ぶために遣わされたんだからな』
チャッキーは、流暢に嘘をでっちあげた
「本当!?すごいや、チャッキー。ぼくのために、お願いしてくれたんだ」
チャッキーが直接突き落としたのではないとわかると、アンディはほっとしたように表情を緩めた
『俺がそんなひどいことするわけないだろ?これからも、お前を虐める奴がいたら、また神様にお願いしてやるよ』
チャッキーはにやりと笑って言ったが、人の気配を感じ、さっと表情を戻した
「アンディ、まだ起きてたの?さ、もうお休みなさい」
「あ、はい、ママ」
母親に見つかったら、頭がおかしいと思われてしまう
だから、チャッキーは人形のふりをしてくれたのだと思い、アンディはますますチャッキーのことが好きになっていった
アンディは部屋に行くと、いつものように自分の隣にチャッキーを寝かせる
「チャッキー。ぼく、チャッキーのこと大好きだよ。
・・・これからも、ずっと一緒にいてくれる?」
『ああ、もちろんだ。いずれ、ずーっと一緒にいられるようになる』
アンディは嬉しそうにチャッキーを抱き、喜びを表すように頬にキスをした
そして、アンディが寝静まった後、チャッキーは小さな手でアンディの額をそっと撫でていた
『今の内に、せいぜい良い夢を見てな・・・』
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