ヘタリア #6前編

―マイペースな訪問客―

ある朝、リンセイは電話の音で目を覚ました
どこかから電話がかかってくるなんて滅多に無い事なので驚きつつ、寝惚け眼で受話器を取った

「はい、どちら様でしょうか」
何とか声だけはしゃんとさせようと、声を張った

「早朝からのお電話、申し訳ありません。
私、先日そちらの国を訪問させていただいた日本と言う者ですが、リンセイ君は御在宅でしょうか」
とても丁寧な挨拶が受話器から聞こえた
名を名乗らずとも、その挨拶だけで相手が誰だかわかりそうなものだった

「あ、僕がリンセイです。お早うございます、日本さん」
今まで、友人からこうして電話がかかってきたことはなかった
この電話の相手が第一番目の話し相手だと思うと、何だか嬉しかった

「リンセイ君、実は、お詫びしなければならない事がありまして・・・」
日本は申し訳なさそうに、少し声を小さくした
リンセイには、日本が無礼を働いた事など何も思い当たらなかった
「実は、昨晩イタリア君にリンセイ君の国の場所を教えてしまったのです」

「そうなんですか。それでわざわざ電話を?」
イタリアに国の場所を教えて、何を謝ることがあるのか
そもそも口止めなんてしていないのだから、何も気にすることはないというのに

「はい。リンセイ君の許可なく国の場所を教えてしまって・・・本当に、申し訳ありませんでした」
日本は語尾を強くして、謝罪の言葉を強調した
とたんにリンセイは、彼はなんて気真面目で、相手の事を配慮できる人なんだろうと思った
そんなささいな事を気にかけ、謝罪の電話をかけてくるなんて
早朝からの電話も、無礼だとは思わない
早く自分の無礼を伝え、謝罪したかったのだろうという思いが十分に伝わってきていた

「何だ、そんな事、別に構いませんよ。イタリアがしつこく聞いたんでしょう?」
たぶん、日本が僕の国の印象やらを話し、そこにイタリアが食いついたのだろうと予想がついた
イタリアの性格からして、子供のように何度もしつこく尋ねたのかもしれない

「そうなのですが・・・口を滑らせてしまったのは、私の責任です」
「気にしないで下さい。イタリアに国を知られたからって、何の不利益もありませんよ」
あまり幅広く知れ渡ると、上司に何か言われると思うが
相手は脅威にはとうていならない、軍事力のからっきしな国
それならば、上司が興味を示すことはないだろう

「そう言っていただけると、気が楽になるようです・・・。それでは、失礼します」
電話が切れ、相手側から何も聞こえなくなると、リンセイも受話器を置いた
イタリアがこの国を知った、ということは、今日中にでも来る可能性がある
だが、イタリアは朝が遅いので来るにしても昼過ぎだろう
昼ごろになったら、門の外へ様子を見に行ったほうがいいかもしれない
それまではもう一眠りしようと、リンセイはベッドに寝転がった




目が覚めた時は、丁度昼時だった
リンセイはぼんやりしている眼を冷たい水で起こし、身支度を整えた
そして、門の外を確かめるべく外へ出た
今日も相変わらず、空気が張り詰めていた


門番の兵に門を開くよう頼むと、大きな門は重たい音をたてて開いた
するとすぐさま、聞き覚えのある声が聞こえてきた

「ねーねー入れてよー。俺、リンセイに会いにきただけだよー」
くるんとした髪が特徴的な人物が、門番の兵にしきりに訴えていた

「申し訳ありませんが、許可無く他国の訪問者を入国させるわけにはまいりません」
門番の兵は少しも表情を崩さず、丁寧な言葉で相手をあしらっていた
敬語を重視するのは、この国の軍事に対する教育方針でもあった
こういう風に敬語を使えば、なんて丁寧な国だろうと、相手を油断させられるかもしれないという企ての下に教えられたことだった

「イタリア」
兵に訴えるのに必死で、まだこっちに気付いていない相手に呼びかけた

「あっ、リンセイ!」
イタリアはその声に気付くとこっちに走り寄り、飛びつこうとした
だがすかさずイタリアの両肩を抑え、それを制した

「彼は僕の友人なんだ。すまないが、入国させてあげてくれないか」
リンセイはイタリアを制したまま、兵に言った
兵は「了解しました」と一言言うと、敬礼を二人に向けた
リンセイは片手を離して敬礼し、イタリアもへらっと笑いながら敬礼をした



二人が国の中へ入ると、門はすぐに閉められた
「リンセイ、おはよ〜」
イタリアが挨拶をしてきたので、リンセイはすかさず両肩を制した
イタリアが挨拶をしてきた時は、必ず抱きついてくるからだ

「・・・イタリア。この国では、抱きつかないでくれ」
「え〜、何で?」
本当に気がついていないのか、イタリアは不思議そうに首を傾けた
リンセイは溜息をついて、説明した

「この国は、とても監視の目が厳しい国なんだ。そんな所で、抱きつかれたくない」
「監視の目?」
イタリアはきょろきょろと辺りを見回し、そこでやっと気付いたようだった

「うわ、ほんとだ。いかにも、監視してるであります。って人がたくさん」
この視線の多さに気付かない彼は、本当にお気楽者だと思う
だが、それがうらやましくも感じる
この視線を気にしないでゆけたら、どんなに気が楽になるだろうか

「日本から聞いたよ、国を案内してもらったって。ね、俺も案内して〜」
「ああ、いいよ。君にとっては、退屈になるかもしれないけど・・・」
退屈どころか、イタリアのお気楽な国とは正反対の空気に不快感を与えてしまうのではないかと思う
だが、勝手に来たイタリアにも非はある
せめて連絡の一つでもしてほしいが・・・
来たい時に来るということがイタリアの性格に合っているのだから、仕方のないことだから咎めはしないでいた
リンセイはもう一度、抱きつかないようにと注意した後手を離し、街中へと足を進めた



案内するコースは、日本の時と同じだった
まず、国で一番監視の目が厳しく、兵が多い街へ連れて行った

「あれが、リンセイの家?」
説明する前に、イタリアが一番大きな建物を指差して尋ねた
「ああ、あそこには上司も住んでる。だから、兵がやたら多いんだ」
「へ〜、何か、緊迫してるね」

そう言ったイタリアの口調は、いつもと変わらなかった
こんなにも空気が張り詰めた場所に来たのだから、少しは緊張するかと思っていたが
イタリアは、相変わらずマイペースだった


彼が居ると、こんな監視体制のこの街が少し穏やかになる気がする
その雰囲気に巻き込まれているのか、僕は隣で空気が弛緩しているのを感じていた
彼は、相手やその場に穏やかな雰囲気を与えることができる

それが、本当にうらやましい
子供の時からずっと彼と一緒に居たなら
彼と一緒に成長し続けていたなら、僕は変わることなんてなかったのかもしれない


ここにはもう説明する物はないので、二人は次の場所へ移動した
前と同じく、人気のない道の先にある草原
そこに着くと、イタリアは両手を広げて走り出した
やはり、街の緊迫した空気が窮屈だったのかもしれない

リンセイも草原の中へ進み、草を押し潰し始めた
その様子を見たイタリアが興味深そうにして近付いてきたので、今作っている物を説明した
するとイタリアも手伝ってくれたので、すぐに人二人分の空間ができた
その空間ができると、二人は草の上に腰を下ろした

「ここが日本の言ってた、落ち着く場所かぁ〜」
イタリアは後ろに両手をついて足を伸ばし、リラックスしているようだった

「日本さんが、そう言ってたのか?」
「うん。草の音が気持ち良くて安心する、良い場所だって言ってたよ」
リンセイは、その感想を覚えていてくれたイタリアに感謝した
この場所を褒められたことが、とても嬉しかった
そしてそれは、何も満足させられなかった、という事を撤回してくれる言葉だった
日本がそんな感想を残してくれた事に、リンセイは心底安心していた

「リンセイ、ここでならハグしてもいい?」
「まあ、ここでならいいよ」
イタリアの言葉で気分を良くしていたリンセイは、すんなりと了承した
するとすぐにイタリアが抱きつき、両頬に軽くキスをしてきた
これはさっきできなかった挨拶の分なのだから、何も動揺することはない
リンセイが抱きつかれたまま仰向けに寝転がると、イタリアはリンセイのほうを見ながら横になった


イタリアがいるからか、一人で空を見上げている時よりも、穏やかな時が流れていく気がする
リラックスしているというか、とても安心感がある
隣で抱きついているこの存在に、僕は安心している
他者が傍に居てくれるということを、こんなにも心地良いものなのだと感じるのは、いつ以来だろうか

昔はそんな事、意識していなかった
だから、彼の前から立ち去る事が出来た
その頃からイタリアには他の友人がいたし、僕一人くらい減っても何て事はないだろうと思っていた
僕自身も、イタリアがいなくてもそんなに困る事はないだろうと、そう思っていた

だが、僕は本当に自分に不利益な事は何も無いと思ったのだろうか
本当は何か思う所があったから、成長していくにつれて変わってしまったのではないのだろうか
彼はいたって純粋無垢な、子供のようなままだというのに


「リンセイ、俺、今日リンセイの家に泊まりたいな」
イタリアの声にリンセイは考え事を中断し、思考を相手の声に集中させた

「ああ、構わないけど・・・」
リンセイは、自然と出た自分の答えにはっとした
日本に同じ事を言われた時は狼狽し、断ってしまったというのに
イタリアからの申し出は、こんなにもすんなりと了承してしまった
そんな自分の判断が、日本に申し訳なく思えた

「やった〜。リンセイの家に泊まるの初めてだから、楽しみだ〜」
そんな事はつゆ知らず、イタリアは嬉しそうに笑った
もう、慣れてきているのかもしれない
この積極的なスキンシップのおかげで、共に眠る事なんて当たり前の事のように思ってきているのかもしれない

「泊まるんなら、そろそろ家に行こう。夕食の支度もしないといけないし」
「うん!俺、手伝うよ〜」
イタリアがまわしていた手を離して立ち上がると、リンセイも隣に並んで立った
そしてリンセイが先行して、あの緊迫した空気の中にある家へ向かった

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