ほだされる感情、後編(R-18)


だが、そうしてゆっくりしていられたのも束の間だった
突然浴室の扉が開き、もう上がったはずの訪問者が入ってきていた

「な・・・」
信じられない出来事に、流星は一瞬呆気にとられた
だがすぐにはっとして、声を荒げた
「何しに来た、忘れ物でもしたわけじゃないだろ、すぐ、今すぐ出て行ってくれ!」
とたんに、流星は狼狽していた


こんな体を人前にさらけ出すなんてことはしたくない
今は男として見られる姿だが、それは布一枚の隔たりで保たれている姿でしかない
こんなに無防備な自分に、誰も近寄らせたくなかった
万が一自分の体が全てさらけ出されてしまえば、相手はきっと離れていってしまう
未完成品という事実を聞いただけでも、人はその異質なものを避けてしまうのだから


ネズミは、流星の訴えなど聞こえていないかのように、平然としていた
そして、出ていくどころか歩を進め、流星と向かい合うようにして浴槽へ身を沈めた

「何してるんだ、早く・・・っ!」
抗議の途中で、流星は息を詰まらせた
ネズミが手を伸ばし、流星の首に触れる
そのまま指先で首筋をなぞられると、ぞくっとした感覚が背中を走った

遠ざかりたいと思っていても、後ろにもう空間はない
立ち上がって逃げようとしたら、布が揺れてさらけ出されてしまうかもしれない
それ以前に、緊張と狼狽のせいで混乱していて、その場から動けなかった
その間に、ネズミは距離を詰めようとする
すると、流星はほとんど反射的に手をつっぱね、これ以上相手が接近してこないよう肩を押した


「・・・何で、入ってきた」
流星は自分の体を見られている羞恥から、視線を合わせずに言った

「確かめたかった」
ネズミは、流星を真正面に見据えて言った

「何を」
「あんたに触れて、どう思うのか」
流星に口付けたとき感じていた感情
それが、友情の延長線にあるものなのか
それとも、全く別の感情なのか
ネズミはそれを、はっきりさせたがっていた

「どう思うって、男の体なんか見てもつまらないだけだろ・・・」
流星は、一瞬ネズミと視線を合わせた
そのとき、意外なものを見て驚いた


向けられている眼差しが、いつもと違う
うまく言い表すことはできないが、違っている
その視線には、僕を動揺させる何かが含まれていて、思わず視線を逸らした


ネズミがまた、手を伸ばす
今度は片手が頬を包み、髪を撫でる
そして、もう片方の手は、自分の肩を押さえている手を外そうとする
この手が外されてしまえば、ネズミはさらに近付いてくることだろう
そう予測してしまうと、もう羞恥心が黙ってはいなかった
ネズミは流星の手に自分の手を重ね、丁寧に撫でた

「流星」
ふいに名を呼ばれ、つい視線を合わせてしまう
その瞬間、流星は息が詰まるような感覚を感じ、言葉を失った

今までに見たことのない、優しい視線が自分に向けられている
何で、どうして、似合わないような優しい眼差しを向けるんだ
流星は困惑し、弱弱しくわずかに首を横に振った


そんな視線を向ける相手を間違っている
どうすればいいのかわからなくなる
優しい視線を、受け止めることができない
しかし、ネズミは一時も視線を逸らさなかった
流星の髪を、頬を、首筋を、愛おしそうに撫で続ける
いつの間にか、ネズミの肩を押す力が緩んでいた
ネズミは流星の指を解き、そして近付いた


「ネズミ・・・ぼ、僕は・・・」
また、息が詰まるのを感じる
何も身にまとっていない相手が、至近距離まで接近する

心音が落ち着かない
湯はそれほど熱くはないはずなのに、その心音のせいで体温が上昇する

ネズミは、頬を撫でる手はそのままにじっと流星を見た
そして、引き寄せられるように唇を落とした
言葉を発する箇所を塞がれた流星は、もう何も言えなくなった


自然と、目を閉じていた
それは、この行為は安心するものだと、そう誇示しているようなものだった
感じたことのない感覚が、体を走る
自分には相応しくないと思っていた、そんな感覚が
そんなものを抱いてしまっていいのだろうかと、僕はまた困惑してしまった



ネズミが、塞いでいた箇所を離す
自ずと、視線が交わる
自分に注がれている眼差しを感じつつ、流星は言葉を紡いだ


「僕・・・僕は・・・・・・・・・・どうすればいい・・・?」


ほとんど無意識の内に、そう問うていた
息が詰まる感覚
高鳴ってゆく心音
始めて感じる感情
それらに戸惑い、困惑する
思わず、尋ねていた
こんな感覚を感じている自分は、どうすればいいのかと


「・・・身を・・・」
ネズミは流星を抱き寄せ、静かに答えた

「おれに、身を委ねていればいい・・・」


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