NO.6 短編、衝動的な・・・ 前編

今日も、流星と紫苑はいつもの小高い丘に座っていた
流星は、こうして紫苑と過ごす時間が好きだった
何をするわけでもなく、ただ景色を眺めているだけだったが、むしろそんな雰囲気に安楽を感じていた
無理に話題を作り、話すこともせず
ふと思いついた事をぽつりぽつりと話す、そんなペースが楽だった

「そうだ。流星、今日きみの家に行ってもいいかな」
紫苑が何かを思いついたのか、唐突に言った
「ああ。構わないよ」
今となっては、紫苑が泊りに来るのは珍しくない事だった
紫苑を拒否する理由はどこにもないので、やや狭いベッドで共に眠る日が多くなった
最初は羞恥心が邪魔をして、すんなりとは了承できずにいたが、今となってはもう慣れた事だった

「きみの家って、お風呂があるだろ?それに入りたいんだ」
「ああ、そういえば・・」
風呂といえば、湯船に湯をためるのが面倒くさくて全く使っていなかった
寒い時は浴槽に浸かったほうが温まるとわかっているのだが、
シャワーのほうが手っ取り早いので、いつもそれしか使っていなかった
紫苑が使いたいと言うのなら、自分も久々に風呂に入るいい機会になるかもしれない

「わかった。今日、湯を張っておく」
こんな機会でもなければ浴槽は使えないだろうと思い、流星はこれも了承した

「ありがとう。それじゃあ、今夜お邪魔させてもらうよ」
そう言って紫苑は立ち上がり、その場を後にした
何の合図も無く、好きな時に立ち去る
時間に束縛されない、そんな別れ方も、流星にとっては好ましいものだった
流星は一人、ぼんやりと夕日を眺めてから家に帰った




そして夜、言った通り紫苑がやってきた
浴槽には、明らかに溢れさせたとわかるほど、並々と湯が貯まっていた
帰って来たらすぐに熱めに設定したシャワーを浴槽の中に入れておいたのだが、夕食の支度をしていた時につい忘れてしまい

食事をし終えた後に気がついたら案の定、浴槽は湯で溢れかえっていた
紫苑はそれを聞いてくすりと笑うと、早速風呂場へ向かった
その間、流星はタオルや着替えを出し、その後は紫苑が出てくるのをベッドに座って待っていた



しばらくして、用意した服に着替えた紫苑が風呂場から出てきた
十分に温まったのか、体は赤みを帯びていた

「着替えまで用意してくれて、ありがとう」
「ああ。僕も入ってくるから、先に寝ていてくれ」
折角温まっても、この冷たい空気の中ではすぐに冷えてしまう
なので、シャワーを浴びた後はさっさと毛布を被るのが、いつものパターンだった
流星は紫苑に場所を明け渡し、自分も風呂場へ向かった



流星は、風呂場へ行く時は必ずタオルを二枚持って行っていた
一枚は体を拭くため、もう一枚は自分の見たくもない物を隠すために
一人の時でも、必ず腰に巻くタオルは手放さなかった
できれば、自分で自分のコンプレックスを直視したくはなかったからだった

そして簡単にシャワーを浴び、少し湯が減っている浴槽に入った
湯の水位が肩まで上がり、全身が丁度いい温度に包まれる
体の芯まで温まるとは、こういう事を言うんだなと思う
余すとこなく温められ、ついこのまま眠りたくもなってしまう
その温度は、久々に入ったせいか、かなり心地良かった

腰に巻かれているタオルが少々うっとうしくも感じたが、それでもそれだけは外さなかった
いつまでも入っていたいとさえ思うが、それではのぼせて倒れてしまう
そんな醜態は見られたくなかったので、流星はそろそろ出ようかと浴槽の淵に手をかけた

その時、まるでそのタイミングを見計らったかのように、風呂場の扉が開いた
そして、同じく腰にタオルだけを身に付けた紫苑が入ってきていた
流星は突然の出来事にしばし絶句したが、すぐに我に返った


「な、何で、入って来てるんだ。冷えたなら、僕が出てからまた入ればいいだろ」
流星は慌てぎみに、紫苑に訴えた
紫苑は後ろ手で扉を閉め、流星の言葉が聞こえていないかのように何も言わず浴槽に浸かった
流星はさっと足を引っ込め、巻いているタオルを反射的に押さえていた
そんな流星の様子を見て、紫苑は少し申し訳なさそうに言った

「・・・本当は、お風呂に入りたいなんて言ったのは、きみと一緒に入りたかったからなんだ」
「な・・・」
唐突に入ってきて、そして唐突にそんな事を言われ、流星はどう言葉を返していいかわからなかった
拒否すべき事なのか、喜ばしい事なのか、羞恥心がゆえに判断がつかないでいた

「きみが、嘘が嫌いなのはわかってる。だけど、正直に言ったら、断られると思って・・・」
確かに、一緒に風呂に入りたいなどと言われたら、羞恥ゆえに即座に断っていただろう
だが、紫苑はただ風呂に入りたいと言い、完璧に嘘をついたとはいえなかったので、その事は咎められなかった

「・・・まあ、でも、風呂に入りたかったのは、事実だろ。嘘じゃない。
・・・じゃあ、僕はもう出るから」
「あ、ま、待って」
立ち上がろうとした流星の手を、とっさに紫苑が掴んだ
普段なら、何の気にする事でもないはずの事だが、
お互いの状況を意識してしまって、それだけで体温が上昇しそうになった


「ぼくは・・・その・・・・・・きみと・・・・」
紫苑は少し俯き、口ごもった
そこから紫苑の言わんとしている言葉を察知したのか、流星ははっとして手を振りほどき、慌てた様子で浴槽から出た
紫苑が本当に予想している事を言うのかは確定的ではなかったが、今はただ、羞恥心が体を動かしていた

しかし、浴槽の扉に手をかけたとたん、視界がさっと暗くなった
それは、急に風呂から上がると感じる、特有の立ちくらみだった
勢いよく立ち上がったせいで急激な行動に体がついていけず、膝が崩れる感覚がした

「流星!」
紫苑も勢いよく浴槽から出て、崩れる流星の体を支えた
そのせいで紫苑も少しくらっとしたのか、流星の体を支えつつその場にゆっくりと座り込んだ
浴槽の側面にもたれかかるように座ると、冷たいその個所が心地良く感じた

「っ・・・ああ、支えてくれたのか・・・すまない」
流星が薄く目を開き、まだ体を支えている紫苑に言った
そうしたとたん、紫苑はとたんに胸の高鳴りを感じた
紅潮した頬と体、そして色っぽいともとれる細まった眼差しに、紫苑は目を奪われていた
そして、抑えきれない衝動が、自分の中に生まれてしまっていた

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