NO.6 短編 七夕(前編)
(紫苑がどうやって日付を知ったかは、触れないでくだされorz)



夕日が街を照らしているとき、流星の家の扉が叩かれた
扉を開くと、そこには片手に袋を持った紫苑が立っていた

「流星、今から短冊を書きに行かないか?」
「・・・短冊?」
扉を開くなりそんな提案をされ、流星は思わず聞き返した

「うん。きみがいつも行ってる丘の近くに枯れ木があるから、そこにつるそうかと思って」
紫苑は後から、「今日は七夕だから」と付け足した

「七夕・・・ね」
流星は、あまり興味がなさそうにその行事の名前を反復した


七夕といえば、短冊に願い事を書き、それを笹の木につるす。と、いうことは知っていた
だが、そんな神頼みのようなことなんてしたことはなかった
そもそも神なんて信じていないのだから、自分にとってその行事はほとんど無意味なものだった
そんなことをするのは幼い子供だけだと思っていたが、紫苑が短冊を書いてもなんら違和感はないような感じがした


「一年に一度のことだから、流星と一緒にしたいって思って。・・・だめかな」
さっきの、流星の乗り気ではない声に無理に誘うのはよくないと思ったのか、紫苑は控えめに尋ねた
七夕事態にさして興味はなかったが、紫苑の言葉は嬉しかった
紫苑に存在を望まれているのなら、拒否する理由はなかった

「いいよ。・・・友達・・からの、お誘いだもんな」
流星が少し照れくさそうにそう言うと、紫苑は嬉しそうに笑った


友達、という言葉を僕は今まで嫌っていた
蔑まれ、裏切られ続けていた日、いつの間にか友情なんて偽りの物でしかないと思っていた
自分にとって不都合な相手だとわかれば、人はすぐにきびすを返すものだと、そう思い込んでいた
僕はそんな人を疑い、過剰に警戒していた
それは、もう傷付きたくないという防衛本能からかもしれなかった

けれど、今の僕には安心して友と呼べる存在がいる
昔の自分が聞いたら驚くかもしれないが、僕はこの現状に安心感を覚えている
だが、その安心感が生まれると同時に、もう一つの相反する思いも生まれてきていた・・・




流星は紫苑に連れられて、枯れ木のある場所までやって来ていた
夏なので陽が落ちるのは遅く、辺りはまだ少し明るかった
今まで気付かなかったが、確かに丘の近くに枯れ木が一本、ぽつんと生えていた
その木はそんなに大きくはなく、短冊をつけるのは容易そうだった
紫苑は木の根元に腰を下ろし、袋の中身を取り出した
流星も隣に座り、取り出した物を見た

「結構、ぞんざいなものだけど・・・色々、工夫してみたんだ」
袋から取り出されたものは、この町にはお似合いの、確かにぞんざいなものだった
短冊用と思われる紙は、片面は白かったがもう片方の面には文字がびっしりと印刷されていた
形は長方形に切り揃えられていたが、端のほうが変に切れているものがあった

「それは、ネズミに許可をもらってから、本を破ったんだ」
そして、短冊を引っかけるための紐は、よく見ると布を細く切ったものだった
ナイフか包丁で切ったのだろうか、ところどころうまく切れていない糸がほつれて飛び出していた
紫苑がそれを見て苦笑いしているとこから、たぶん自分で切ったのだろうとわかった
ネズミならば、ほつれた糸一本も残さずに切るだろう

「それじゃあ、願い事を書こう。はい、流星」
そう言って手渡されたのは、紙と糸には不釣り合いなほど高価そうな万年筆だった

「書くものだけは見つからなかったから、力河さんに頼んだんだ。
こんなに立派なものじゃなくても、よかったんだけどね」
聞きなれない名前が出たが、特に気に留めなかった
それよりも、今は他に考えなければならないことがあった
流星は、手渡された紙をじっと見詰めた


願い、というものがすぐに浮かんできそうになかった
ちらっと隣を見ると、紫苑は早くも二枚目の紙に手を伸ばしていた
一体何を書いたのだろうかと、流星は地面に置かれている一枚の紙に目を落とした

そこには、「ネズミと流星が、危険な目に遭いませんように」と、丁寧な字で書かれていた
流星は、よくこんなことが恥ずかしげもなく書けるものだと思った
だが、自分自身より他者のことを真っ先に願いとして書くなんて、紫苑らしいとも思った

彼は、とても素直で優しい
だからこそ、こんな他者の為の願いをすぐに思いつけるのだろう
けれど、僕は一向に願いは浮かんでこない
ずっと自分を保身してきて、自分の身は自分で守れと言わんばかりだった僕は、他者を気にかける余裕なんてなかった
彼等と出会ったことで、その性格は少し緩和されたが、それでもとても他者の為の願いなんて思いつかなかった


紫苑はすでに、三枚目を手にしていた
二枚目は何を書いたのだろうと見てみると、今度は「今年は凍え死ぬ人が少なくなりますように」と、書かれていた
まるで聖人のような願い事だと、流星はつくづく思った

「流星、願い事は一つじゃなくてもいいよ。紙、たくさん持ってきたから」
さっきから短冊を一枚も書いていない流星を見て、どうやら紫苑は、
流星は願い事がありすぎて一つに絞れずに迷っているのだと思っているようだった
一つどころか、一つも思いつかないと言ったら、紫苑はとても信じられないと思うかもしれない
しかし誘いを受けたのだから、何か一つは書かなければこの行事の意味がなくなってしまう
他者のためではなく、自分のための願いは何かないかと、流星はじっと考えた




「流星、書けた?」
もう十分に願い事を書き終わったのか、紫苑が手を止めて尋ねた

「ああ。何とか・・一枚だけ」
紫苑はというと、ゆうに五枚は書いているようだった

「見てもいい?」
そう尋ねられ、流星は少しためらった
自分にしては、恥ずかしいことを書いたと思った
だが、紫苑の短冊を覗き見してしまったのだから、見せないわけにはいかなかった
流星は無言で、短冊を手渡した



その短冊に書かれた言葉を見た瞬間、紫苑はふいに憂いを感じた
流星の短冊には小さく、控えめな文字でこう書かれていた



「僕の友が、友で在り続けてほしい」、と



それは、紫苑にとっては願う事ですらない、当たり前のことだった
だが、流星はそんな当たり前のことしか書かなかった

これが、流星にとっての、確固たる願い
流星にとって、友が友で在り続けてくれるということは、今までになかったことなのだろう
だからこそ、もう裏切られたくないという思いを
友を信じつづけたいという思いを、この短冊に託したのだ


紫苑はさらに、憂いを感じた
流星は、自分には想像できない不安を抱えている

流星は、相手を信じきることを恐れている
もし裏切られれば、信じた分だけ自分が傷付くから
心を許せる存在ができても、過去のしがらみのせいで、どこかで恐れてしまう
流星が、そんな不安を、恐れを抱いているのだと思うと、紫苑はいてもたってもいられなくなった


紫苑はほとんど衝動的に、隣に座る流星を抱きしめた
「し、紫苑?」
突然のことに、流星は慌てて問いかけた

「流星・・・ぼくは、きみのことが好き」
「な、何をいきなり・・・」
またもや突然にそんな事を言われたものだから、流星は動揺した

「ぼくは、きみの存在を求めてる。きみが、傍にいてほしいって思ってる」
紫苑は、恥ずかしげもなく言った
拒否され続けてきたこの存在を求めるなんて、物好きもいたものだと思う
だがそれ以上に、そんな物好きがいてくれて、良かったと思っていた
僕だって、その物好き達を求め、傍にいてほしいと思う
だが、どうしてもどこかで抑制がかかる
自分では意識していないところで、まだ恐れがあるのかもしれない


「だから、きみもぼくを信じて、求めてほしい。・・・ぼくは、きみに求められたい」
「紫苑・・・」
他者を求めているなんて恥ずかしい台詞だが、直球にそう言ってくれる紫苑に僕は好感を抱いていた

言葉や行動にしてくれると、安心する
慣れていない言動に動揺してしまうけれど、その言葉は僕がここにいてもいいという確証を与えてくれるものだったから
だが、自分からそんな言葉はかけられそうになかった
自分の力で生きてきた僕にとって、他者を求めて甘えることなんて、頑固なプライドが許さない
それに羞恥心も折り重なって、僕の言葉にはいくつもの抑制がかけられていた

「・・・僕は、君みたいに、素直にものを言えない。
それに、僕は他人を求めたことなんて・・・一度も、ない」
紫苑を拒否しているわけではない
ただ、迷ってしまう
僕が本当に、相手を望んでしまっていいのかと


紫苑はその言葉を聞いて、流星がとてもいたたまれなく感じた
そして、彼は求める事も無く、求められる事も無く生きてきたのだと気付いた

とても、悲しかった
まるで、流星という存在が、いてもいなくても同じだと思われていたということを、示しているようで
紫苑は流星を抱く腕に力を込め、そして言った

「ぼくは・・・ぼくは、いつだって、きみの存在を求めてるよ。
だって、ぼくはきみのことが好きだから。・・・大好きだから・・・・・」
紫苑は言葉を言い終えると、ゆっくりと流星に顔を近付けていった

「え・・・っ」
流星は近付く視線に、思わず少しだけ顔を背けた
だが、目線だけは紫苑の動きを追っていた
紫苑が何をしようとしているのかは、理解できていた
理解できていたが、拒まなかった
それは自分を動揺させる、とても恥ずかしいことだったが、突っ撥ねようとはしなかった
ただ、近付いて来る紫苑を横目で見ていた

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