NO.6 短編、誕生日 前編(紫苑)

今日、紫苑は流星の家を訪れていた
特に何をするわけでもなかったが、こうしてたまにとりとめのない話をする事が多くなった
そして今日は、ふいに紫苑がこんな事を尋ねた
「そういえば、流星は今何歳なんだ?」

「え・・・っと・・・そうだな・・・君と同じくらいだとは思うけど・・・」
流星は、今自分が何歳なのかはっきりとわかっていなかった
普通はそんな事はないのだろうが、流星にはそれがわからない理由があった

「そうなんだ?けど、年齢って誕生日と共に経過していくからわかりやすいんじゃ・・」
紫苑はそこで、はっとして口をつぐんだ
「気を遣わなくてもいい。・・・君が予想している通り、僕は生まれてこのかた誕生日を祝うなんて事、した記憶がない。
だから、僕は自分が成長していくのはわかったけど、はっきりとした年齢はわからないんだ」
それゆえ、誕生日がいつなのかさえわからなかった
誕生日とは、生まれてきた事を祝う日
中途半端な体で生まれてきた自分は、明らかにその出生を望まれていなかった
だから幼い頃は、生まれた日に何か祝い事があるなんて思ってもいなかった
そんな祝い事があると知った時も、特に自分が惨めだとは思わなかった
祝われない事が当たり前、祝ってもらう喜びもなければ、祝われない寂しさもなかった


「・・・何だか、悲しいな」
紫苑がぽつりと呟いた
流星はなぜ紫苑がそんな事を言うのかわからず、怪訝な表情を浮かべた

「どうして君が悲しむんだ?」
自分にとって、当たり前の事で悲しまれるのは何だか複雑だった
こんな事で、無駄に気持ちを沈める事なんてないのに

「悲しいよ・・・だって・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・そうだ!」
紫苑は何か良い事を閃いたのか、突然立ち上がった
暗くなりかけていた表情は、一瞬で明るくなっていた

「三日後を、きみの誕生日にしないか?」
急なその発言に、流星は呆気にとられて紫苑を見上げた

「そうだ、そうしよう。それなら、急がないと・・・」
紫苑は珍しく勝手に、一人で話を進めてしまっているようだ
「ちょ、ちょっと待ってくれ」

「それじゃあ、また三日後に来るよ」
流星が反論する前に、紫苑はさっさと出て行ってしまった
紫苑がこうして一人で考えをまとめてしまうのは、本当に珍しい事だった
いきなり三日後を誕生日にすると言われても、全く実感がなかった
だから流星は紫苑にその事を尋ねに行く事もなく、日々を過ごした




そして三日後、予告通り紫苑がやって来た
何をする気か予測できなかったが、とりあえず家の中へ通した
そして椅子に座るや否や、紫苑は紙でできた四角い箱をテーブルの上に置いた

「流星、誕生日おめでとう」
「ああ・・・どうも」
そうは言われても誕生日なんて何をするのか知らないし、それが喜ばしい日だと実感した事がなかった
わけがわからないでいる流星とはうってかわって、紫苑の表情は晴れやかで、楽しそうにしていた
だが流星は友人がこんなに楽しそうにしているのならそれでもいいかと思い、流れにまかせようとそのまま黙っていた

「誕生日って、たいていケーキを食べるものなんだ。
だから、今日はきみにこれを持ってきた」
そう言うと、紫苑は四角い箱を開けて中身を取り出した
その中身は、この町では滅多にお目にかかれないであろう珍しい物だった


箱の中から出てきた物は、小さめだが一ホール丸々あるチェリーパイだった
新鮮そうなチェリーが所狭しとパイ生地の上に並べられていて、とても高価そうに見えた
少なくとも、そこらじゃ手に入りそうにない洒落た品物だった

「これ・・・一体どうしたんだ?まさか、作ったんじゃ・・・ないよな」
「ううん。力河さんっていう、知り合いのおじさんに頼んで用意してもらったんだ」
その人に調達してもらったとはいえ、これだけの物ならかなりの値段になることは間違いなかった

「これ、いくらした?半分払うよ」
紫苑が勝手に決断し、勝手に持ってきたものだから全額とは言わなかった
だがそれは場違いな言葉だと、流星は気付かなかった

「実はこれ、力河さんに友達のために用意してほしいって言ったら、お金はいらないって言ってくれたんだ。
だから心配いらないよ」
いくら純粋無垢な彼の為とはいえ、心の広い人もいるもんだと流星は感心した

「それに、これはきみへのプレゼントなんだから」
「プレゼント?」
クリスマスや誕生日といった記念日に、子供は大人からそういう物をもらえるとは聞いたことはある
だが流星は、特に何もしていないのに一方的にそんな品を貰える事に疑問を抱いていた

「紫苑、一つ聞きたいんだけど・・・
どうして誕生日って、無条件でそういうプレゼントっていう物がもらえるんだ?」
真剣な表情でそんな事を尋ねてくる流星に、紫苑はくすっと笑って答えた
贈り物を貰える事に、疑問を持って尋ねてくる人なんてそうそういない
たいていの人はただ、ありがとうと言って受け取るだけだ
だが、何も知らない子供でもない流星が、本気でそんな質問を投げかけてきた事が何だかおかしかった

「プレゼントっていうのは、その人に感謝してるから贈るんだよ」
「へえ・・・それなら、僕には縁のない代物だな」
流星は紫苑の答えを聞いて納得した
それならば、感謝されるどころか嫌悪され続けていた自分が、そんな意味が込められた物の存在を知るよしもなかった

「縁ならあるよ。ほら、ここに」
紫苑はテーブルの上のチェリーパイを指差した
「あ・・・ああ、そうだったな」
あまりに急な出来事だったので、それをそういった意味が込められた物と認識していなかった
ただ、珍しいなとか、どうやって入手したのかとか、そんな考えしか出てこなかった

「これはぼくからそういう意味を込めた、きみのためのプレゼント。
急に持ってきて押しつけるようで何だけど・・・受け取ってほしい」
紫苑はチェリーパイをずいっと流星の方へ押した

「僕の為の・・・」
流星は目の前にあるその贈り物を見下ろした
紫苑が、僕の為に用意してくれた
その意図は、僕に感謝しているからだと

流星はなぜか、瞳の奥が熱くなるのを感じた
別に悲しい事なんてないのに、彼の意図を考えると不思議と目が潤みそうになった


「・・・でも、一人じゃ食べきれないから一緒に食べよう。今、切ってくるから」
そう言って流星が立ち上がろうとした時、紫苑がその手を掴んだ

「ちょっと待って、もう一つ言っておきたい事があるんだ」
流星はもう一度座り直し、紫苑と向き直った
紫苑は流星の手を両手でそっと包み、目を閉じて祈るような姿勢で言った

「流星・・・生まれてきてくれて、ありがとう・・・・・・」


その言葉を聞いた瞬間、驚きのあまり声にならない声が喉を通った
聞き間違いではないかと、頭の中で反復してみる

生まれてきてくれて、ありがとう

紫苑は確かに、僕にそう言った
彼はその純粋さからたまに思いもよらない驚くべき事を言うが、今の言葉には今までにないくらい驚愕した
父からでも母からでもない
今、友人からとても重い感謝の言葉を告げられた
ずっと否定され続けていた自分に、まさか今日こんな言葉を言われるとは思いもよらなかった
それゆえ、その言葉が流星に与えた衝撃は大きかった

生まれてきてくれて、ありがとう

もう一度、その言葉を反復する
すると、さっき以上に目の奥が熱くなった
視界がぼやけて、目に涙が溜まっていく
紫苑が目を開けたら、見られてしまう
こんな顔は絶対に、見られたくない
人前で情けなく泣く事は、流星にとって最も恥ずべき事だった
弱い自分をさらけ出す事はいくら友人の前でもしたくなかった


流星は紫苑が目を開ける前に腕を引いた
自分の手をやんわりと包んでいたその両手は、いとも簡単に外れてしまった
そしてすぐにチェリーパイを持って台所へ向かった

台所へ移動する時も、それを切っている時も流星は無言だった
何か声を出してしまったら、それと共に耐えている物が零れ落ちてしまいそうだった
紫苑の言葉で、憂いではない、別の感情が溢れ出しそうになっていた

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