NO.6 短編、別れの前に


最近、紫苑は毎日流星の家を訪れていた
もう三日連続にもなるが、流星は紫苑を邪険にはしなかった
友人が訪ねてきてくれるのは、喜ばしいことだった


そして、四日目の今日
紫苑は神妙な顔つきをして、ベッドに座っていた

「紫苑、どうかしたのか?」
昨日までとは違う紫苑の様子に、隣に座って問いかけた

「・・・・・・もうすぐ、人狩りがあるんだ」
「人狩り・・・」
それを見たことはなかったが、だいたい想像はついていた
優しい彼は、その非道な行為を悲しんでいるのだろうか
だが、その予想は違っていた


「ぼくはその人狩りに紛れて、NO.6へ行こうと思う」
「え・・・・・・?」
あまりに衝撃的な発言に、流星は言葉を失った
人狩りに紛れる?
NO.6へ行く?
何のために、そんな危険なことを?
とたんに様々な疑問が浮かんできて、何を言えばいいのかわからなくなった


「NO.6に沙布っていう、大切な友達が捕らわれている。
ぼくは、沙布を助けに行かなければならない」
感情を入れないようにしているのか、紫苑の口調は淡々としていた

「・・・正気なのか。そんな、危険なこと・・・」
流星は、拳を握った
人狩りのことは、噂で聞いている
狩られた人は、二度とこの町に戻ってはこられない
紫苑が、NO.6へ行ってしまったら―――

「危険なことはわかってる。それでも、ぼくは行かなければならない」
その口調に、微塵も迷いは含まれていなかった
確固たる信念を持っている、そんな雰囲気が醸し出されていた
そんな言葉を聞いた瞬間、流星には重苦しい重圧が圧し掛かってきていた

体の内部が、ずしりと重さを持ったような感覚がする
いつか、感じたことのある重圧感
それをもたらしている感情
それは、不安という感情だった


「・・・・・・引き止めても、無駄なんだろうな」
諦め半分で、そう呟いた
紫苑は、無言で頷いた
人狩りに紛れ、危険に身をさらすなんて
自分の命を脅かすことに迷いがないのか

そんなことは、問わずとも判断できた
彼は、とても優しいから
自分をないがしろにすることをいとわないほど、愚かだから

再び、重圧感が増す
引き止められないという事実をつきつけられて
この重圧は不安だけではない
もっと、もっと大きな負の感情が入り混じっているのを感じる


「今日は・・・それだけ言いに来たんだ」
紫苑は、一時も流星と目を合わせることなく言った
そして、別れの挨拶もないまま立ち上がった
その瞬間、流星も立ち上がり、紫苑の前に立ち塞がっていた
紫苑は少し困ったような表情をしたが、構わず足を進めた
紫苑が一歩近付くと、流星はすかさず刀を抜き、目の前につきつけた

「君を行かせるわけにはいかない」
そうは言ったが、流星は困惑していた
一体自分は、何をしているのかと
こんな、脅すような真似をしてしまったら、紫苑に不快な思いをさせるに違いないのに


考える前に、体が動いてしまっていた
このまま紫苑を行かせてしまえば、もうこの家に訪れることはないかもしれない
そうさせないように、僕は立ち塞がった
僕に、紫苑を強制的に引き止める権利なんてないのに


紫苑は一時歩みを止めたが、止まったわけではなかった
鋭利な刃を目の前にしていても、紫苑はまた一歩を踏み出した

「・・・紫苑、止まってくれ」
流星は、懇願するように言った
しかし、それでも紫苑は歩みを止めなかった
また一歩、刀の方へ足を進める

これ以上進むと、刃先が突き刺さる
それでも、紫苑は近付く
これ以上進まないでほしいのに
なのに、断固として歩みを止めてくれない

無駄な抵抗をしていると、自分でも感じる
けれど、抵抗せずにはいられない
少しでも、相手に迷いを生じさせられるのなら
僕はこうやって、刀をつきつけることだって―――


刃先が、紫苑の服に触れる
もう、進まないでくれ
けれど、切実な祈りは届かなかった
紫苑はそこから進むべく、片足を踏み出した

そのとたん、瞬間的に腕が震えた
相手を傷つけてしまうことを、全身が拒否している
思わず、一歩を後ずさっていた
彼を傷つけてしまう行為は、僕にとって恐怖そのものだった



紫苑は片手で、刀の逆刃となっている部分をそっと上から押した
さほど力は込められていなかったが、紫苑のその行動一つで、刀は音をたてて床に落ちた


流星は、脱力していた
大切な存在を引き止められない自分に


紫苑が、歩みを再開させる
もう、どうやっても引き止めることはできないのか

重圧感が、鈍い痛みに変わる
肉体的な痛みとは別の痛みが、胸の内を揺るがす
真っ直ぐに、相手を見られなくなる
痛みのあまり俯こうと、命令していないのに体がそうしようとしている

まだ、駄目だ、俯いてはいけない
その前に、その前に、望んでいることが―――


「・・・紫苑」
流星の目の前に来たところで名を呼ばれ、紫苑は足を止めた

「君が行ってしまう前に・・・頼みがある」
最後に、なんて言葉は絶対に使いたくはなかった

「ぼくにしてあげられることなら、言って」
優しい声で、紫苑は答えた
流星は、この先の言葉を躊躇っていた
それは、自分のプライドも羞恥心も揺らいでしまう言葉だったから


「・・・だ・・・・・・き・・・・・・」
羞恥心とプライドが邪魔をしているのか、うまく言葉にならない
それでも、今言わなければならない
もう、会えなくなるかもしれないのだから


「君に・・・だ・・・・・・抱きつかせてほしい・・・」


その願いに、紫苑は目を丸くした
流星は、迫られたときは別に、自ら進んで受け身にまわることはしなかった
しかし、抱きつかせてほしいなんて、今更頼むことでもないようなことを流星は望んでいる
最後になるかもしれない願いで、そんな願いを言う彼が―――愛おしかった


「いいよ。流星、おいで」
紫苑は柔らかな笑みとともに、両手を広げた
完全に受け入れる体勢となっている紫苑へ抱きつくのは、また抵抗感があることだった
けれど、もう羞恥心やプライドのせいにして機会をふいにしたくはない
流星は思い切って一歩を踏み出し、紫苑に抱きついた

すぐに、紫苑の背に両腕をまわして、離れて行かないようにする
そして、少しでも相手の存在を感じ取れるように、顔を首元へ埋めた

紫苑は、自分の首に感じる流星の息使いに胸の高鳴りを覚えていた
未練が残らないように、伝えることだけ伝えて帰るつもりだった
けれど、紫苑はどうしようもない愛しさを感じてしまっていた
羞恥やプライドを押し殺して、自分を求めている相手に


「・・・どうせなら、どうせ行くのなら、僕を突き放してから行ってほしかった・・・。
そうすれば、こんな・・・・・・こんな痛みを覚えずに済んだのに・・・!」
流星は絞り出すような、かすかな声で言った
本音ではない、ただの強がりだった
その言葉に憂いを感じた紫苑は、たまらず流星を強く抱いた

「きみを突き放すことなんて、考えたくない・・・。
だって、ぼくは・・・きみのことが、たまらなく愛おしいから・・・」
「っ・・・・・・紫苑・・・」
優しい言葉に、流星は胸が締め付けられるような感覚を感じた
行ってほしくない
自分の身を危険にさらすことなんて、してほしくない
この温もりを、手放したくない
けれど・・・引き止めることは、できないんだ


流星は腕を解き、顔を上げた
諦めという言葉が、脳裏によぎっていた

「流星・・・」
紫苑は目の前にある流星の表情を見て、切なさを覚えていた
まるで、今にも泣き出してしまいそうな不安定なものを感じる
いつも気高い彼からは、想像もできないくらい弱弱しい
紫苑は、流星とは違う胸の痛みを覚えていた

「・・・流星、きみは、ぼくを求めてくれる?」
その質問に、流星は少しの間黙った
相手を求めることが、どんな行為に繋がるのか
もう、わかっていることだった
けれど、首を横には振らなかった


「僕は、君を求めたい。・・・君の存在を、感じていたい」
答えた瞬間、口付けられていた
温かいものが、胸の内に広がる
僕は目を閉じ、再び紫苑の背に両腕をまわした
今だけは、羞恥もプライドも忘れて、彼を感じていたかった

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